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没原稿  作者: パーシング
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04


 わざわざリモートの高校に入ったのに、制服姿の女子高生と食事をすることになるとは夢にも思っていなかったが、リアルJKじゃなくて仮想世界の不思議なJKってところが凄く俺らしい気もする。


 彼女と話をしていると楽しいし、サーバー管理の分野では凄く頼りになるパートナーだ。専門用語を理解してくれるからこっちも楽で、教わることも相当多い。


 何より、眺めているだけでも飽きないくらい可憐なルックスが堪らん。

 イレーヌという伝説級の名前に全然負けていない……と、個人的には思う。


 彼女がモデリングデータじゃなくて、生身をスキャンした身体構成データってことは、こんな美少女がリアル世界に実在したわけだ。残念ながら知り合う機会はなかったし、不幸にも事故で亡くなった女の子だそうだけど、都合の良い妄想を積み上げた俺のデザインが足元にも及ばない美貌が三次元にあるということだ。


 天然、めっちゃ強いな。


 しばらくはアバターモデリングのバイトを休業しよう。


 少しだけ元気になってきたイレーヌの笑顔を見ていると、これ以上のものをわざわざデザインする意味が思い当たらない。


「すみません。ご馳走になって」

「いや。お粗末様」


 彼女にとって何ご飯になるのか全然分からないが、簡単に作ったワンプレートとオレンジジュースで食事を済ませた。メイド服のデータから流用したエプロンを着けて、イレーヌがさっと片付けを引き受けてくれる。俺は食器棚のチェックがてらティーセットを取り出して紅茶を淹れてみた。


 おお。ちゃんと茶葉が踊っとるやん。

 UVRマジすげえ。


 せっかく見栄えのするティーセットを作ったのに、お茶菓子の一つもないのが残念だ。今度は小麦粉類を揃えて焼き菓子を作り置きしよう。完成品を公式サイトで購入するより、素材の方が断然安いみたいだし。


「マスター。本体のROOT権限はこのまま私が預かっていていいんですか?」

「さっきの話だと、俺が持ってない方が正解だと思う。私物データを参照できるのはイレーヌだけにするのが筋だ。あと、この宮殿周りのROOTも君が持ってた方がいいよ、念のため」


「増設オーブの分もですか? そこまでは流石に……」

「そうか? 今、イレーヌから衣装データへのアクセス権限を無くすとどうなる?」


「………………いますぐ権限を寄越して下さい!!」



 答え。一瞬で制服一式が消え、一糸まとわぬ裸に大変身。

 さすがイレーヌ。状況の飲み込みが早い。

 追加でROOTを渡すと、もの凄いスピードで衣装にプロテクトを掛けていった。


「な? 俺が権限持ってると危ないだろ?」

「な? じゃありません。他に悪用の可能性がある手口を全部言って下さい!」


「仮想世界だからな。心当たりがありすぎて全部は言えない」

「例えば?」


「このテーブルのレンダリング透過度を下げてみ」

「??」


 訝しい顔をしながらイレーヌがテーブルの設定を変えていくと、茶器が乗っている状態で天板が透けていき、死角で完全に油断しているミニスカートの足元が目に入ってくる。


「!!」

「な?」

「な? じゃありません!!」


 慌てて膝をぴったりと合わせ、透過設定が元に戻る。

 割と面倒なコマンドの筈なんだけど、素早く同時作業ができるあたりは、さすが管理のベテランだ。


「透過設定ひとつを取ってみても、俺が自由に変えられちゃダメなんだよ。ROOT権限を持ってると、ここでは神様だからね」

「……なるほど、身に染みて良く分かりました」


 スカートの裾を直しつつイレーヌが続ける。

 衣装データへのプロテクトを――何故か全部外しながら。


「それでも……ここではマスターが神様でいて下さい。私のことはお好きにどうぞ」

「上手いな。開き直られるとかえって何もできねえ」


「駆け引きじゃありません。私もそういうのが得意ではないので。本当に言葉通りです。私のことは好きにして下さい。もともと助けて下さったマスターの所有物です」

「物だなんて思ってないよ」


「ありがとうございます。でも、一回ログアウトすればただの演算オーブだって、思い出しちゃいますよ」

「思わない」


「これでも?」


 イレーヌが何かコマンドを入れたのは分かったが、俺に検知できる異常はない。


 首を傾げそうになった次の瞬間、真後ろに人の気配を感じ、飛び上がりそうになりながら振り返る。見上げたそこには、純白のドレスを着たイレーヌが「もう一人」立っていた。

 陰のある複雑な表情。笑顔を作ってはいるが呼吸のたび溜息が漏れてくる。


 ドレス姿のイレーヌが言葉を引き継ぎ、続けた。


「簡単にコピーできるんですから。やっぱりただのデータなんです」


 突き放すように、諦めるように。それだけ言い残して、瞬時に消える。


 ゆっくり姿勢を戻すと、同じ表情をした制服のイレーヌが正面から見つめ返してきた。――まあ、言わんとしていることは分からなくもない。でも。


「他の人より便利だ、くらいに思っておけないかな」

「便利、ですか」


「そう。確かに君の活動範囲はサーバーの中だけかも知れないけど、この都合の良い空間にずっと残りたい人は沢山いる。それこそ大金を出して専用施設に入居するほどだ。そこまでしたって、長くて半日が限界。連日連続ダイブとなるとリアル側の身体が衰弱して持たない。でも君だったら――」

「私の連続ダイブ記録は最長一週間です」


「それなら尚更――――――いや。君の場合は、時間の意味が変わるのか」

「寿命。とも少し違うのですが。ログを見る限り、最後はオーブを起動できなくなって構成情報が壊れるみたいです。一定時間応答がないと過去のバックアップから再起動するスクリプトを組んで、今のところはなんとかループ出来ていますけど」


「……ウォッチドッグタイマー……ねえ。ソフトウェア制御だとしても、思いつくだけで流石管理者だな」

「そのループ時間がどんどん短くなってるんです。最近はほんの数日で戻ってきて。多分明日には全部忘れて過去の安定バックアップ時点まで戻ります。だから、これから私に何をしたところで全然大丈夫ですよ。何事もなかったように、毎回初めましてからやり直しです」


 独立した組み込み系のシステム。身近にいくらでもあるが、例えば「電子レンジ」だっていい。機械の気持ちを代弁すれば、誰の助けも期待できない絶望的な環境だ。


 自分自身がいつ故障してしまうか分からず、利用者の修理も当てに出来ない。

 そういうシステムには必ずウォッチドッグタイマー――番犬時計の仕組みがある。


 毎日決まった時間に餌をやり、散歩に連れて行く犬がいて、飼い主がうっかりサボると叩き起こしに来るイメージ。


 システムが正常に稼働している間は時間切れになる前にタイマーをリセットして何も起きないが、万一故障してリセットもできない程の異常状態になるとタイムアップで番犬が出動。予め指定してある手段に従い、システムを強制的に初期化する。


 イレーヌは自分が急に動けなくなっても、正常だった頃のバックアップから復帰する仕組みを作って、自力で修復しながら生きてきたことになる。


 それでも、再起動の間隔が縮まっているのは――――――。


「イレーヌ。そのログって見せて貰っても良い?」

「……お見せできる範囲で宜しければ」


 ざっと受け取った資料を分析したところ、見事な右肩下がりで稼働時間が短くなっている。全てアバターモデルを使っているから生身のデータが体調を崩している訳じゃなさそうだ。


 行動範囲が極端に狭くなり、意識レベルが急速に下がって、オーブを起動する気力自体がなくなる。データの数字からそんな印象を受けた。


「見せて貰っていないログに分かりやすい答えが書いてあるんじゃないかな。一番大事な、機能停止直前あたりに」

「…………」


「無理に内容は聞かないけどさ。イレーヌは悪いディープラーニングの循環にはまってるんだと思うよ。自分自身が報告してきたログが追加されるたびに、どんどん症状が悪化しているんだから」

「ディープラーニングの……悪循環……ですか」


「そう。悪いニュースばかり聞いていると気が滅入るだろ? 何でも頭に入れればいいってもんでもない。重りになる嫌な記憶なら、時々忘れて入れ替えないと」

「私は……忘れられません。元々AIですから」


「普通のAIだったら無理だよね。でも君は生身のデータをベースにして動いてる不思議な子だからきっと大丈夫。連続稼働していくうちにだんだんと忘れるよ」

「その連続稼働が数日しかできないんです。多分、この後もすぐ……」


「もし今度動かなくなったら全部のログを見せて貰って本格的に対応する。その時はROOT権限を使って君の全情報にアクセスするけど……いい?」


 こくり。とイレーヌが真剣な表情で頷いた。



 もしもは絶対起こさせない。


 今日からは俺がウォッチドッグだ。


 約束に忠実な番犬と違って、時間切れ前でも君を向かえに行く。



 サーバーコマンドを発行し、シンプルモードからリアルモードに変更。

 周囲の描画精度が一気に上がった。


「ちょっと、なにを……しているんですか?」

「負荷を掛けてのオーバークロック。液体窒素がどの位減るかもテストしたいしね。イレーヌも手順を覚えておいて」


 窓から見える遠景に変わりはないが、距離が近い物は一目瞭然。

 作り物の限界を超えて、何もかも現実としか認識できないUVRの真骨頂だ。


 一通りの機能確認もしたし、そろそろこのサーバーにも本気を出して貰おう。

 叔父さんが最終的にいくらで落札したのか教えて貰っていないが、競り勝ってくれていなかったらイレーヌとも出会えなかった。最悪、誰かの手で初期化されていたかもしれない。


 色々危ない橋を渡った先に、せっかくこうして縁があったんだから、俺の両手で出来る範囲ではなんとかしてあげたいじゃないか。



「二人と……これだけ広いエリアをリアルモード演算して、全然余裕ですね。凄い」

「本体側の演算オーブも全部解放してよ。暗号化データはメモリに置いたままで良いから、演算ブロックのリソース割り当てだけこっちに繋いでくれる?」


 正直、中古品である本体側オーブ一千万個のうち、何割がオーバークロックに耐えられるか不安ではあったが、脱落して低速の補助演算に回った個体は一パーセントもなかった。温度管理さえ間違わなければ、かなりの人数が同時にダイブしても耐えられるだろう。まあ、そうなると今度は通信回線の方が全然持たないんだが。


「マスター。全エミュレートエンジン最大精度でも……殆ど負荷が計測できません。この子、一体何人ダイブできる設計なんですか?」

「それを俺に聞く? こいつの素性は君の方が詳しいと思ったんだけど。大した資料も付いてこなかったしさ」


 実際、大した資料どころか、電源投入手順のA4二枚しか納品時に付いてなかった。そもそもが無保証だし、自力でセットアップして勝手に使えという挑戦状と受け取ったが。


「私は、データコピーして逃げ込んだだけで、この子が本格稼働しているのは見たことがないんです。流石にかなり発熱はありますけど、このまま強制冷却できるなら万人単位でも平気で動かせそう……」

「うちはそんな太い回線引いてないし、遊園地を開業する気はないよ」


「そうですけど、内部でデータが稼働するだけなら通信帯域は必要ありません。この敷地一杯、街ごとでも動かせます」

「イレーヌが何万人もいる街? 一度くらい試してもいいけど、可愛い子は一人居てくれれば十分かな」


 城郭都市の店という店、道という道に溢れかえるイレーヌをちょっと想像して面白いとは思ったが、サーバーに大負荷を掛けるベンチマーク実験くらいにしかならないだろう。


「マスター。全開のリアルモードなんかに変更して、これから私をどうするつもりですか? 可愛いなんて急に言い出すと、もの凄く身の危険を感じます」


「君とゆっくり散歩に出かけようと思ってね。建物のチェックがてら、今晩の寝床も早めに決めないといけないだろ? 悪いけど、そこの水筒にアイスティーの準備をしてもらってもいいかな。俺は一旦ログアウトしてトイレ休憩に行ってくる」


「リアルモードにすると女の勘も全開になるんですから。くれぐれも変なことは考えないで下さいね」

「変なことってなに? さっきの話だと、多少は覚悟出来てるってこと?」

「それは自分で考えて下さい!」


 冗談だよ。イレーヌ。


 とりあえず、そんな感じで元気にしていてくれれば最高だ。


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