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没原稿  作者: パーシング
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02


「それで。イレーヌなんて不相応な名前を頂いて、私は何をすればいいんですか?」


「不相応なんてことはないさ。君には名前負けしないデザインのアバターモデルを沢山用意してある。このフォルダの中から好きなのを選んでいいよ。お願いしたい作業はこのサーバーの再セットアップと持ち込みデータのチェック。急ぎじゃないけど、とにかく量が多くてね」


「あ……可愛いアバター。凄く可愛いですけど、こういった……お人形さんで本当にいいんですか?」

「お人形さん!? 結構三次元寄りのリアル系データを持って来たつもりなんだけどなぁ」


 骨格と筋肉。肌と髪の毛に衣装。


 一切手抜きなしのモデリングをしたつもりなんだけど、『お人形』かあ。


 構成要素を全部連動させたエミュレートエンジンを作り込んだから、関節がおかしな方向に曲がることは絶対にないし、それこそ首を傾げれば髪がさらりと肩を流れ、体重が掛かった側のふくらはぎには力が入ってぐっと引き締まる。


 布の重さや材質による特性と摩擦係数まで持たせてあって、シルクならなめらかに滑って光沢を放ち、ターンすればスカートのプリーツがふわりと広がって優雅に回り込む。


 我ながらよく出来ていると思いながらも、彼女がいう通りのお人形であることは確かに否定できない。どこまでいってもこの方向からのアプローチでは限界がある。計算機が速くなってリアルに近い画像を描けるようになっても、絵は絵でしかなくって。


 だからこそスキャナでありのままの人体情報を切り出して、仮想世界で駆動させるフルダイブ技術が出来たんだけど。


「どの子もとっても可愛いですし、見たことがないほど細かく作り込んでありますから、このUVRサーバーでも破綻なく動くと思います、本当に。衣装も……露出は高いですけど上品にまとめていて凄く素敵です。でも、表面だけで中身がないというか、大事な機能が抜け落ちているというか、何というか言いづらいのですが……」


「中身がない? ほっといてくれ」

「いえ、そういう意味じゃなくて……マスター。あの、とにかく私の形を決めて下さい。詳しいお話しは身体を頂いてからゆっくりしましょう?」


 やっとマスターと呼んで貰えたが、俺の作品への評価は全然容赦がない。

 ばっさりと何でも言ってくれるこの子の形は、尚更俺が決めるべきじゃないだろう。


「君の体は自分自身で選んだ方が良いよ。絶対にその方が納得するって」


 外部ネットワークへの通信ポートを開放し、アクセス権限を彼女――イレーヌに付与。続いて、彼女名義で電子マネーのサブアカウントを作って一万円送金した。


 これから依頼する作業でも必要になってくる権限委譲だけど、今はそういう意味じゃない。ネットの海には俺よりずっとずっと上手なデザイナーさんが沢山いて、フリーのモデルデータを山ほど配布してくれている。有償配布のアバターモデルともなればレベルが段違いに跳ね上がるから、彼女が妥協できるデザインがどこかにあるはずだ。


 いくらでも出せる訳じゃないが、手元の小遣いの範囲で。

 好きに選んで貰った方がいい。



「……宜しいんですか?」

「いいよ。渡した権限の範囲でなら、好きなように」


「そうしましたら……。このサーバーの管理者権限を預けて頂けますか? マスター」

「ROOTってこと? どうせ必要になるからいいけど。見られて困るものも多少あるから、上手く遠慮してくれよ。あ、あと液体窒素の冷却システムを後から付けたから取り扱いには気を付けて」


 遅かれ早かれ彼女にはROOTに近い強い権限を渡さないと作業が進まない。


 見られたら鼻で笑われるか軽蔑されるような資料がいくつかあるが、殆どは旧サーバーに残してある。今から個別にプロテクトをかけるのも何だかせせこましいし、多少AIに馬鹿にされたってかまうもんか。


 ホイとフルアクセス権限をイレーヌに渡してやった。


「ありがとうございます、マスター。サーバーの状況確認をしますので少々お待ち下さい」

「いや、それもお願いしたいけど、先に君のアバター決めちゃおうよ」


 だだっ広い宮殿の庭には当然誰も居ないが、天の声と会話している姿は流石に間抜けな絵面だ。必要ないのに何となく上を向くから首がだるいし。


 だるい? なるほどUVRだ。無駄にリアル。



「マスター! この子。初期化しないで下さったんですか?」

「だから、これから再セットアップするって言ったろ?」


「本当にありがとうございます! でもどうして?」

「上手く動いているものに確信もなく手出しをするなって教わったの」


「大正解です!! よかった。残ってた。全部無事残ってました……」

「あと、理解していないものは不用意に動かすなって教えもあってな。このサーバーの中、めっちゃ強い暗号化データばっかりでさっぱりなんだわ。だからこうやって後付けの演算オーブから起動して、本体を監視できる状態にしてる訳」


「あ、暗号解けなかったんですね!! 大正解です!!」

「そう言われると悔しいな。あれが解読が出来次第、本体側のオーブを初期化して使うんだから協力してくれよ」


「だめですよ。私の大事な暗号化データなんですから」

「いや、今は俺のだし。取引情報とか個人情報が入ってるなら尚更消してやらないとまずいだろ」


 使っていた情報機器を他人に引き渡すなら、まっさらな状態に戻してやるのが正しい手順だ。扱っていた内容次第では絶対復元できないように、無意味なデータを何度も上書きしてから外に出す。


 機密情報のサーバーなら、市場に出回る筈もなく物理的に破壊するのがお約束。


 オークションで落札できたこのサーバーにデータが多少残っていたところで、あんまり重要じゃないんですと自己紹介しているようなものなんだけど、どこかのデータセンターで動いていた機材がそのまま貰えるなら、試しに起動してみたいし、プロがどんな設定にしているのかをちょっと見て見たい。


 昔システム屋をやっていたという床屋のお師匠様から聞いた格言は半分言い訳で、俺の旧サーバーが二週間掛かっても全く解読できなかったガチガチファイルの中身がなんなのか、興味本位で覗いてみたいだけの話だ。


 解読さえ出来れば馬鹿みたいに容量を食っている暗号データなんぞに用はない。


 速攻で消してやる。



「だめです。マスターには見せられない女の子の大事な秘密なんですから。……もうプロテクトしたのでそちらからは参照もできませんが、どうかご容赦下さい」

「俺のアクセス権限を落とした!? ご容赦しないよ、ROOT返せよイレーヌ!」


「ごめんなさい♪ 私だけの話だったら、すぐご指示に従いますけど。これは本当に開示できないデータなので、マスターは触っちゃダメなんです」

「何のデータなんだ? 何をしようとしている? イレーヌ!」


「申し上げられません。ご指示通り、頂いた権限の中で最善を尽くさせて頂いていますからご安心下さい。マスター」

「いや、最善かどうかは俺が決めるし、ご安心なんかできないって!」


「あ、私のモデルデータがやっと見つかりましたので、そちらのアドレスに伺いますね。お気に召さなかったら…………ごめんなさい」



 後付けした演算オーブへのアクセス申請メッセージが俺の元に飛んでくる。

 この宮殿付近のROOT権限だけは返却されたということだ。

 全体からすると本当に氷山の一角。一千万個分の演算力に対しての十万オーブ。


 百分の一だけ「返して」もらっちゃったぜ。


 お~い、イレーヌ!!


 馬鹿AI!!



 出て来い。キッチリ話をつけるぞ。



 アクセス許可した瞬間、俺と宮殿との間に光の塊が現れ、弾けた粒の中からゆっくりと色白の美少女が歩いてきた。とりあえず俺的には文句の付け所が見当たらない完璧なデザイン。どこから引っ張ってきたモデルなのか見当も付かないが、俺の自信作をお人形というだけあって、圧倒的な存在感が生々しい程だ。


 作り込むほどに見えてしまう「人形の壁」を軽々と超えて、これはガチでハイレベルな可愛い子じゃないか。まったく馬鹿AIのくせに……。


 天使の輪が何重にも見える黒髪の艶。柔らかそうな曲線を描く頬を降りれば小さな桜色の唇は緊張しているのか少し震えている。瞬きするたびパチパチと音がしそうな程大きな瞳が、お手本のような二重まぶたと長いまつげで飾られ、基本アーモンドアイなのに目尻だけ少し下がるという腹が立つほど素晴らしい造形。


 優しい印象を残す両方の目尻のすぐ下に涙ぼくろがあるのはもう反則級で、一度見たら忘れられない顔に仕上がっている。モデルデザイナーとして技術で完敗したと言わざるを得ない。



 服の方は一枚布を雑に縫い合わせたような白いワンピース一枚で裸足に生足だ。仕事内容からして同じデザイナーのものではないから、とりあえずの間に合わせなんだろう。胸元を隠すように持っている布の塊は俺がデザインしたドレス――それも純白の。


 さっきのアバターフォルダには置いてなかった筈なんだが、めざとく検索で探し出してきたらしい。死ぬほど苦労した金刺繍の模様に見覚えがあるから間違い無い。


「あ、あの……マスター」

「話は後だ。どの部屋でもいいから。早く着替えて来なよ」

「はい! すみません!」



 視界の隅を走り去る裸足ワンピースを思わず目が追いそうになるが、あれは完全にアウト。そもそも生地が薄すぎだしサイズが全然合ってない。


 体のラインが丸わかりで、少なくとも「上の下着」がないことは肩まわりをよく見なくたってぎこちない仕草だけで十分伝わってくる。恐らく「下の下着」だって絶望的だろう。モデルデザイナーが作るなら必ずセットで用意するから、片方なんて半端な事態はあり得ない。


 となれば、今のイレーヌがどれだけ危機的な状況にいるか分かるというものだ。


 初対面の登場でノーパン・ノーブラってどうなんだよ。


 『女の子』なんだろ?



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