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―プロローグ―
ふふ。と彼女は笑った。只話をしていただけなのに、突然笑い出すので何かおかしなところが有ったのだろうかと首を捻る。思い当たる節は、自分には無い。その動作も余計に面白かったらしく、彼女は口元に手を当てて笑ったままだ。
「本当に、貴方は変わっているのね」
とても、失礼な事を言われている気がする。しかし、悪意が無い事も理解しているので、腹を立てる事は我慢する。腹を立てる程、失礼だとも思っていないのかもしれない。
この優雅に、でも少しぎこちなく微笑む少女は、まるで童話や御伽噺に出て来るお姫様の様に美しい。童話や御伽噺のお姫様は美しさの中にある活発な所も魅力の一つだと言った印象を受けるが、この少女には活発さは無く、代わりに憂いの影がある。そんな所も少女の魅力の一つになるのではないかと思う。強烈な眩しさよりも、静かな美しさが有るので、童話や御伽噺のお姫様が太陽だとしたら、少女は月と例えよう。
「私の、どの辺が変わってるって?」
自分は意地悪では無いと分かっていながらも、意地悪な事を言いたくなってしまう。男子はよく、好きな子に意地悪をすると言うが、その気持ちが何となく分かった。相手の事を可愛いと思えば主程、困らせたくなってしまう。色々な表情が見たい。
「他のアリスと違う……と言いたいのだけど…………、実を言うと、」
「私もあまり他のアリスは知らないの」と何を躊躇しているのか、申し訳なさそうに金色の瞳を伏せながら続ける。
「貴方も知らないだろうから、比べられないわね」
と、まるで謝るかのように微笑んだ。そして、少し考えてから「そうだ」と声を上げる。
「最初のアリスと似ているのよ」
「最初のアリス?」
この世界に来てから何度も聞いた。「最初のアリス」と言う単語。聞き覚えも無いので訊ねるが、その度にはぐらかされてしまう。はぐらかし続けた彼等も居ない今なら、答えてくれるだろうか。恐らく、この少女は隠し事は上手くても嘘は上手くない。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけどさ、」
「はい?」と言いながら、笑みの種類を変える。それでも、憂いの影が払拭される事は無い。
「皆言ってるよね。最初のアリスって何?」
「……それは……」
この反応は、答えにくそうにしている反応だと流石に気付く。でも、此方も引き下がる訳にはいかない。この世界で生きていく為にどんな些細な物でも情報は大事。知らない事を知らないままにしておくと、後で大変な事になりそうだから。一番は好奇心だが。
「……最初にこのゲームに参加した人の事を私達はそう呼んでいるの。貴方の様に別の世界から来たお客様は皆アリスと名前が付けられてしまうから、『最初の』って付けて区別しているの。それ以降は、『次の』とか『前の』とか、貴方の事は『今のアリス』と認識しているわ……だけど……」
「だけど?」
「私は彼女について、話せることは無いから、最初のアリスについては、彼に聞いた方が良いかも」(……私の所為で、彼女が居なくなってしまったのだから。それに、私が彼女の話をする事に、彼は良い顔をしないから……)
そんなに聞いてはいけない事だったのだろうか。「話せることは無い」と言う彼女は、何かを知っている。そんな気がした。けれど、これ以上は無理そうだと判断。確かに、過去をあまり話したがらない少女だ。空気が悪くなって来た。こういう時は、話題を変えることにしよう。
「……その定義で行くと、私の他にもアリスって沢山居たんだね?」(ルディもそんなような事言ってたし)
「ええ」
「その人達は、どうしたの?」
「アリスはいつでも、何時の間にか現れて何時の間にか消えている。だから、他のアリスについても私は何も知らないの」
「ふーん……?」
納得したいようなしたくないような。だから、少し冷たい返事になってしまった。空気を察した少女は「ごめんなさい」と言う。彼女の言葉に含みがありすぎて、触れてはいけない話の様な気もするが、隠されると気になってきてしまうのがお約束だと思う。
と言うか、おかしい。私は皆の言う『アリス』なのだ。それなのに随分と隠し事が多いように感じる。それも、途中まで聞かせておいて肝心なところは一つも聞かせてくれない。まるで、餌が目の前に有るのに待てを強要されている犬の様だ。気になる事はとことん知りたい。
だって今の私は無敵の主人公様なのだから。
―1―
ここ数日、この世界で過ごして分かった事がある。
どうやら、私は一度死んだかもしれない言う事。しかもその後、流行りの異世界転生もしくは、トリップしたかもしれないと言う事。
何方にしても、実感が湧かないから自分では分からないが、多分そう。此処は明らかに日本じゃない。異様な程にきらきらとした眩しい光景と、石畳の道に近くには木々の生い茂る森があって、車も電車も無い。行き交う人々も、中世のヨーロッパのような漫画やゲームの中でよく見る服装をしている。
どう見ても、日本じゃないけれど会話が成立する事は、もう気にしないでおく事にした。来て直ぐの時は知らない所だと思っていたけれど、よく考えれば私はこの世界を知っている。
ここは、私がプレイしていたゲームの世界だ。
けれど、プレイしていた時と違う点がいくつかある。なので私は、このストーリーを勝手に裏ルートのようなのもと思う事にした。そして私は、自分がプレイしていたゲームの主人公ポジションになっているらしい。悪役転生では無いのかと思ったけれど、そう言えばあのゲームに悪役令嬢は存在しない。
ライバルになるような女の子は登場していないと言うのに、プレイしていた時と違う点その一。私の隣で話し相手になってくれる少女の存在が有る。隣に居る、オフィーリアと言う名前の女の子はゲームの中では名前しか出て来ない、隠しキャラ的存在で、ファンによって度々考察されていた。最初に名前だけ出て、後は全く出て来ないのは絶対裏があると、乙女ゲームファンが声を大に発信し続けた結果、何と運営を動かした。オフィーリアと言う名前の少女が主人公のオリジナル小説が発売される事になったと言っていた気がする。気になる。読みたい。読んだ記憶が無いので、恐らく発売前に死んだか異世界トリップしたのだろう。読めない事が悔やまれる。
それは良くないけど良いとして、ゲーム上の設定はこうだ。
十数年前、人を食べる悪食の女王に耐え切れなくなった民衆に呼応するように、女王の夫である王配と王国の騎士団の一部が反乱を起こした。
時同じくして、異世界から突然現れたと言う少女も、王配や彼を指示する騎士団員と共に民衆をまとめ上げて女王と戦った。
異世界から来たその少女は勇敢に戦い、幾つかの領土を解放したと言う。国の人々の期待を背負い、人々からは『救国の乙女』と呼ばれた。
乙女の活躍も有り順調かと思われた矢先、誰と詳しい言及は無いが、思わぬ伏兵によって革命は成されず、反乱の主犯格だった王配と『救国の乙女』が処刑されて反乱の幕を閉じた。
その反乱の際に、行方不明になった王女が居ると言う設定が物語冒頭、主人公が見る夢の中に出て来る。
正直、その設定が出てくるの序盤だけで、一度見た後はオープニングをスキップしてしまっていたからうろ覚えも良い所だ。少し新鮮でもある。こんな事なら、スキップしないで二回に一回くらいは見ておくべきだったと後悔。
『ギルティメルヘン~救国の乙女と血染めの薔薇姫~』と言うタイトルの付いたこのゲームは、主人公の少女と悪政を布く悪食の女王との殺し合いと言う、「え、これ、乙女ゲーム?」と思うような内容で、主題の通りに登場キャラも何かしら罪の意識に囚われていた。それを解放するのも、主人公の務めではあった。
主な登場人物は当然のように皆イケメン。会話画面ではヴェールを被り、素顔を見せない女王ですら、遠目に見える断罪後のスチルでは凄く美人だった。主人公も平凡過ぎず、かと言って派手過ぎない一定のラインで描かれていて、凄く可愛いと思った。私は何方かと言うと、女の子の方に目が行ってしまうらしい。可愛いは私の憧れみたいな感情だと思う。
そんな主人公とイケメンとの恋愛を眺めるのは楽しかった。元々、二次元は好きだが、主人公を自分だと置き換えて追体験するのは得意では無かった。
恋愛自体はそれがコンセプトのゲームなのだから良い。他人事のように見ていても、ドキッとしてしまうようなスチルや台詞はあった。でも、イケメン達は画面越しに滅茶苦茶見たし、「あの性格は二次元だから許されるよね」と思うような人達ばかりだった。いざ対面してみると、「ちょっと良いや」と遠ざけたくなる。胸焼けすると言うべきか。単純に見飽きたと言うべきか、現実が……直視したくないと言うか、だって、
「どうした?」
数日……正確に言うと、攻略キャラ達が反乱後に女王の目を盗み住んでいる隠れ家を空け、オフィーリアと二人で留守番する事になるちょっと前。お茶の時間だと言って、色取り取りのお菓子とお茶が用意された。そこに、彼等の留守を守るオフィーリアの姿は無い。ゲームの通りなら、彼女は存在していない事になる。
「何でもなーい。と言うか、アデルこそ何?」
「何って、お前がじっと見て来るから、お返し。やっと俺に惚れたか?」
「要らない。勘違いだし」
考え事をしていて、気が付かなかった。どうやら私は、ずっと彼の方を見ていたらしい。誤解の無いように言うと、決して彼を凝視していた訳では無い。それなのに此方を見なくても良いと思う。
この無駄に顔の良い男の名はアデルバートと言う。プレイヤーからは「アデル」と呼ばれていた。
アデルバートは反乱軍のリーダーとして今も虎視眈々と女王の命を狙っている。彼の設定は元女王の騎士団小隊長と言う立場で、冒頭に赤ん坊を抱いていたスチルの人でもあり、攻略対象の一人。主人公大好きで、何故か一目惚れの最初から好感度MAXのベタ惚れ。これでもかってくらい甘やかしてくる。『ギルメル』はフルボイスのゲームで、主人公の名前は変更可能。初期名の『アリス』では無い名前を使った場合、この男は主人公の名前に「天使」「天女」「女神」とルビを振る。私は名前を呼んでくれる方が良くて、ずっとデフォルト名でプレイをしていたが、世の女性はイケメンにイケボで「天使」と呼ばれる事を選ぶらしい。それを目の前で言われると、ときめくどころか余計に胸焼けする。
行き過ぎる程に主人公べた惚れでも、それを維持するのが中々難しく、下がりすぎると逆に殺されてBADエンド。一回、もしかしたらヤンデレなのかなと思って殺されてみたがそんな事も無く、凄くがっかりしたのを覚えている。一目惚れする割には、主人公が死んだ後の切り替えが早い所があった。それでも、『主人公依存症』なんて仲間に言われてしまう程、本当に主人公を溺愛し、甘いシチュエーションばかり用意されていたアデルに恋をした乙女達が、SNSで発狂していた。しかも、他のキャラを攻略するにも、この好感度MAX始まりが災いして、アデルの好感度を落としつつ、攻略したいキャラの好感度を上げなければならないから、これにも発狂してた。ネットで凄く荒れていたのを覚えている。
「アリスは本当に可愛いな」
「何? 突然……」
「事実を言っただけだが」
「そう言うの本当で要らない」
「それは無理だ」
「何で?」
「俺の天使があまりに可愛いから、ずっと見ていたくなる」
止めて止めて。良い顔で微笑みながら止めて。恥ずかしい。少女漫画のイケメンかよ。って、乙女ゲームの世界だった。言ってる本人じゃなくて、周りが恥ずかしくなるのは地獄だよ唯一の救いは、彼自身が照れない事だ。言っている本人も照れてしまっては収取が付かなくなる。アデルには是非周りを見てほしい。ルディが吹き出しそうになっている。笑いを堪えているのか、顔を反らして口元を手で覆っている。その証拠に小刻みに肩も震えている。
色白美人で登場するどの女性キャラ(モブ)よりも美人と言われた、青年・ルディ。本当に驚く程の美人で、容姿は勿論の事、性格は正統派な腹黒キャラで人気が高かった。
「隊長はさ、」
「何だ?」
「こんなのの何処が良いの?」
「馬鹿じゃん」
そう言いながら、虫けらでも見るかのような目で上司を見る。
アデルとは対照的で、ツンデレが可愛いくて背が低い事がコンプレックスの少年・リブレ。此方は逆に主人公に対して関心がまるでなく、尊敬している筈のアデルバートにまで噛みつく始末。「何処で躾を間違えたかな」とアデルがぼやく台詞が有った。因みに、『主人公依存症』と命名したのは彼だ。
「可愛い」
「それから?」
「元気で可愛い」
「……は?」
「笑顔が可愛い。アリスの全てが愛らしくて、愛おしい」
「理由、薄くない? 可愛い以外に無いの?」
その通りだ。ゲームの中ではあんなに主人公の事「白百合の如く美しい女性」とか、「俺には君と言う天使しか居ない」とか言って口説いていたのに。思い出しても本当に恥ずかしい。
「アリスの事になると、途端に語彙力低くなるの、どうにかならないの?」
「無理だな」
「何で」
「アリスへの賛美はどんな言葉を並べても足りない。残念ながら、俺にはそれを表現する語彙力が無い。認めよう」
「何言ってんだか。あんたまで馬鹿なの」
「仕方ないですよ。勉強嫌いですからね」
「あんたはそれで良いの?」
「と、言うと?」
「隊長さらっと、自分は馬鹿だって発言してるけど」
「……良いんじゃないですか? 変えようのない……事実だし」
「ルディ? それってどういう意味だ」
「そのままの意味ですよ。隊長」
ゲーム内の敬意は何処に行ったのか。実際はこんな会話をしていたのか……と思うと何とも言えない。決められた会話を見せられるより、楽しいとは思うが。
だから、ゲームの中で一度も話しをしたことが無い、オフィーリア……(長いからフィリアって呼んでも良いかな)と話している方が楽しい。
『ギルメル』において主人公・アリス(名前変更可)は絶対的に愛される。
と言うのも、出てくるメインの女性キャラは主人公ともう一人、敵である女王だけ。ちらっと名前だけ出る女性キャラっぽい人も居るけど、後は要するにモブばかり。
反乱の後、女王は自らの兵士や城の中を信頼のおける女性だけにしてしまったから、女王関係の女性のモブキャラは沢山出て来る。皆名前の無い、兵士1とか2と呼称されていた。
そんな中で、主人公は女王を倒すヒーローで女神。生き残った人々にとって唯一の女性であり、唯一恋が出来る相手。そう思っていたのに。それがゲームのコンセプトだと思っていたのに。めっちゃ可愛い子が居るんですけど。
そう言えば、恋愛ゲームのライバルキャラって、美人多いよね。実際オフィーリアも私より相当美人に思えるんですけど。……じゃなくて。
「アデル達、居ない事多いじゃん」
と、フィリアに伝えれば、「そうね……」と寂しそうな返事が返って来た。
『ギルメル』の攻略対象は、反乱を引き起こした反乱軍の生き残りの主要メンバー。その中の一人が先の反乱時に、燃える城の中から赤ん坊を抱いて出ると言う絵がある。
行方不明になったのは王女で、フィリアも女の子。もしかしたら、その赤ん坊がオフィーリアなのだろうか。その時、赤ん坊の名前は明かされない。只、主人公が目覚める直前に『オフィーリア』と名前を呼ぶ声を聞くだけ。画面もブラックアウトしていて、暗闇の中で聞こえた声で目を覚ます。その後、ゲームの中ではその赤ん坊のその後は語られていなかった。あの人はどう考えてもアデルなのに。
「確かに。皆はあまり此処には来ないかもしれないけど、大好きなアリスが居るのだから、すぐ帰って来ると思う」
「そっかぁ。なら、後でアデルに聞いてみよ」
「ええ。是非、そうしてあげて。彼も貴方と話をしている方が楽しそうだから」
攻略対象のキャラをもう少し紹介。久坂・リブレ・ルディの他に、リブレにちょっかい出して、遊ぶのが狂気の少年・キラと全員を攻略した後に攻略可能になる女装少年・ハクが居る。
キラは狂気と紹介されていたが、意外にも緩和剤みたいな人だった。しかし、幾ら緩和剤と言っても狂気のスイッチが入ると厄介。発想がぶっ飛んでいて、考え方が怖い。狂気のキャッチコピーに負けない、真のヤンデレはアデルではなくキラだった。
城勤めの女装少年・ハクはゲーム終盤にならないと接点が出て来ないキャラクターなので、会うのはもう少し先になると予想。ハクは女装が趣味なわけでも男の娘な訳でもない。他に補足をするならば、ルディは主人公がこの世界で初めて会う人物で、反乱軍と引き合わせてくれるまで守ってくれる。かつチュートリアル的な事もしてくれる。アデル達とは、離れて行動していて、ある物を探している。何時も傘を差しているから、ルディイメージの日傘なんてグッズも販売されていた。
ハクは女王お気に入りの赤い目をした男の子。城では超男性嫌いの女王の信頼を得るために仕方なく女性の装いをしているというのが設定。反乱軍が主に男性メインだった事も有り、男を信用出来なくなったけれど、赤い目をしていて従順で、アデル達と表立って対立していたハクを女王は手放さなかった。それでも、「容姿が嫌だ」とドレスを着せた。因みに、城の中では『セキ』と呼ばれている。でも、ハク自身は赤い色が嫌いらしい。
以上5人が攻略対象。この5人と主人公で、悪の女王と殺し殺されのゲームをしながら、恋愛を楽しむ。今思うと、そんな状況で恋愛するとか、どうなんだって思った。
たった数日と言うかものの数分でアデルが溺愛してくるのは分かった。無条件に主人公に甘い。
「すごいよねー」
と、無意識に口に出してしまっていたらしい。
「アリス?」
フィリアに聞こえていたみたいで「何が?」と質問されてしまった。
「何でもない」
そう言ってはぐらかすと、不思議そうに首を傾げたままのフィリアが可愛い。
私なんかよりもフィリアの方が全然可愛い。それなのに、育ての親だと言うアデルとの仲は最悪らしい。こんなに可愛らしく、良い子を嫌うとか、器量良しの新入社員が入ってそれが気に入らないボスお局みたいだ。出掛ける前にアデルには「フィリアには近寄るな」って言われてはいたけど、大好きなアリスを置き去りにして留守にするアデルが悪いと思うのは、私だけだろうか。
ゲーム中にも、この家のスチルが出て来る。けれど、主人公が一人にされる事は無かった。彼は常に寄り添い共に居た。放置されるとは思っていなかったから、それも新鮮。でも、一度だけ、家に主人公と攻略キャラ以外の人物が住んでいる描写があった。あれは確か、ルディがお茶を用意した時の事、明らかに一つ多く用意されたお茶のカップは波紋を呼んだ。
「アデル達、何処行ったの? こんなに放置されるとは思ってなかったから、何処か遠くに行ったの?」
「……確かに。何日もアリスを置いて行ったままなんて、そう何度も無かった気がする」
「そうなんだ?」
「ええ。何時もアリスの傍に居たから。でも、そうね。何処に行ったと言う質問なら、答えられると思う」
「知ってるの?」
「仲悪いのに?」なんて聞いたら、意地の悪い人になってしまうのだろう。どうして仲が悪いのかは誰も言ってくれなかった。どうしてアデルはフィリアを嫌うのかも。それでも、少し意地悪をしたくなる。別に私サディストの気が有る訳でもないけど、悪いのは全体的に可愛い反応をするフィリアと言う事にしておく。
「女王を倒すために必要な物を探しに行っているのだと思う」
「あー……」
それは女王を倒す武器の事ですね。ゲームでも一緒に探す描写はある。言ってくれれば、それが何処にあるのか知っているのに。いや、それはそれで何故知っているって話になりかねない。もどかしい。何処まで干渉して良いものなんだろう。と言うか、それは主人公と共に探しに出るのではなかったか。また、ゲームと違う展開を発見。
「もうすぐ帰って来ると思う」
「何で?」
「遊戯が始まるって、ルディさんが言っていたから」
「ゲーム……始まるって、アリスが来ると自動的に始まるんじゃないの?」
確か、『ギルメル』ではそうだった。主人公が世界に来る事が、女王とのゲームが始まる合図になっていた、と言うか、既に始まっていた。
「毎回、アリスが来ると行われるお祭りみたいなものが有るの。それが開始の合図だって、言っていたのを聞いた事が有るわ」
「お祭り……?」
オープニングと同じく、殆ど早送りしていてちゃんと読んでいないイベントがある。その事だろうか。主人公を歓迎すると言う名目のパレード。
ゲームの中でアデル達はそれを、『アムネジア・パレード』と呼んでいた。確か、記憶喪失の行進だっけ。
「ええ。私は行った事は無いけれど、二番目のアリスが来た時からずっとあるの。きっと、迎えが来るわ」
そう言うフィリアは、何だか何時になく寂しそうだった。
「行ったことないの?」
「ええ」
「何で?」と聞いてしまうことは簡単だった。答えてくれない事も分かっている。
それでも、口は動いていた。
「何で?」
「必要無いと言われたわ」
「必要無い?」
「ええ。私には必要無いのだと言われてしまったわ。ただ、」
「? ただ?」
「少し、羨ましい気もしているの」
「羨ましい?」
「ええ。記憶を無くせるなんて、素敵な事だと思うの。だから、羨ましいわ」(私に出来る事なんて何も無いのだから、悪夢を見続けるくらいなら、記憶なんて無い方が良い……なんて、言えるわけがないのだけど)
「……」
これは……、重そうな何かがあるね!!
誰に聞けば答えてくれるかな。やっぱりルディかな。アデルは絡むと面倒臭いし、リブレは「何でボクがお前の質問に答えないといけないの」って言い出しそうだし。キラは「自分で本人に聞けば?」って言いそうだし。消去法をとるまでもないね!
本当に不思議。
アデル以外は過保護なくらいフィリアの事気に掛けてるのに、何でアデルだけは嫌うんだろう。結構念を押されたんだよね。
「同居人には近付くな」って。「もし見掛けても放っておけ」って。
まぁ、それが出来ないから、こうしてお話ししているわけだけど。
「そう。ねぇアリス、お願いが有るんだけど」
唐突に声を上げるオフィーリアに、少しびっくりした。
「お願い? どんな? 私に何か出来る事?」
「ええ。とても簡単な事だと思うわ」
「それなら……」
聞くだけ聞いて、判断しよう。
「彼等が帰ってきたら、私と居た事を内緒にしていてほしいの」
「……何で?」
さっきから何で? ばかりだね、私。
「その方がアリスの為でもあるからよ」
「私の為でもある? 何で?」
「その内分かると思うわ。内緒にしておいてね」
「……」
頷きたくないけれど、私は「分かった」と頷いていた。
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