2-3
武器を持った大勢の人間に囲まれるという経験は、何度もあった。何度もありすぎて、最早驚きもしない。
しかし、久々で、懐かしい光景である。殺さぬと決め、地下の神殿に籠もる事数年間……それまで戦いに明け暮れていたのが、嘘のように平和な時を過ごした身であるからな。
「わしはもう、殺さぬと決めたのだが……──しかし、相手が罪深き者や、襲い掛かってくると言うのであれば、別だ。加減はせんぞ。死ぬ覚悟で、かかってくるがよい」
「……グルーダップ」
杖を持った数名が、魔法を唱えようとした。杖の先には白く光り輝く紋章が浮かび上がり、それがわしへと向けられる。しかし、魔法が発動する事はなかった。
「んなっ!?」
むしろ、その紋章が暴走を起こし、赤く輝くと、次の瞬間に爆発を起こした。杖は吹き飛び、その魔法を使おうとした魔術師は、爆風で吹き飛ばされ、木にぶつかって止まったり、地面を転がっていく。
あまりにも弱く、あまりにも単純な魔法に、魔法の発動の無効化をするついでに、魔力暴走を引き起こす回路を作ってしまった。結果として、魔法が発動せんばかりか、爆発まで引き起こす事になってしまった。
「……」
だが、男たちは冷静だ。魔術師を失っても、前衛の剣を手にする者が、わしの背後から襲い掛かって来た。
仲間が吹っ飛んだと言うのに、まるで取り乱さない様子を見ると、どうやらこやつらは、それなりに鍛えられているようである。
「あ?」
だが、いかんせん行動が単純すぎる上に、魔法に対する対処ができておらん。故に、わしに襲い掛かった剣が、腕ごと吹き飛んでしまった。
わしの魔法によって作られた闇の口が、男の剣と腕を、丸のみにしてしまったのだ。
「ぎゃあああぁぁぁぁ!」
腕を失った男が、大袈裟に泣き叫ぶ。まるで、子供のように泣き叫ぶさまは、無様である。
痛そうだし、その痛みから解放するためにも、止めをさしてやろう。この男の剣も、わしに対しての加減がなかったので、仕方あるまい。
「あ──」
男の叫び声が、止んだ。男の首から上が、闇の口によって飲まれ、消え去ったのだ。それにより、男は絶命し、残された身体がその場に倒れる事になった。
「な、何が……」
「うろたえるな!ただの、魔法だ。なんの魔法かは分からんが……」
「分からんのか。それでよく、わしに襲い掛かってこれたものだ。ほれ……そこのお前、足がないぞ」
「へ?」
わしが指摘してやり、初めて気づいたのは、剣を構える男だ。片足が、闇の口に飲み込まれ、なくなっている。それに気づいて叫ぼうとした次の瞬間には、そやつも首を失った。
闇の口は、わしの思うように動き回る。まるで生き物のように、獲物を求めて周囲を彷徨っているぞ。
「は、早く魔法を解析しろ!」
「もうやってます!」
魔法を解析しているという、魔術師は避けてやろう。時間をやるつもりで、周囲の者達から、闇の口が食らっていく。本来であれば、解析をするまでもない。ちょっと魔力をぶつけてやるだけで、消え失せてしまうような、とても弱い魔法である。それに、存在すらも気づかんような連中が相手だ。退屈で仕方がない。
「ふあ……」
おっと、思わずあくびが漏れてしまった。
昔のわしなら、血の戦いに興奮し、眠気どころか高笑いをして喜んだ物だが、今は違う。血を見ても興奮せんし、憎悪も湧き起らぬ。極めて冷静にいられて、眠気すら襲ってくる。このような経験は、初めてである。
「この、化け物がぁ!」
死にゆく仲間たちを見て、危機感を抱いた者が、数人一斉に、わしに向かって斬りかかって来た。魔法を使おうとする者は、全員魔力暴走を起こしてしまうので、一斉にとびかかり、力づくでどうにかしようという考えだ。
考え方は、悪くない。実際、そこにいるわしを、剣が貫いた。
「や、やった……!」
「──本当に、退屈だのう。誰か一人くらい、わしがこっちにいる事に、気づいてくれても良いと思うのだが」
剣が貫いたのは、わしの姿をした幻影だ。本物のわしは、そこから5歩退いた場所にいる。夜の暗闇を利用し、すぐ近くで闇に紛れていただけなのだが、誰一人として気づいてくれなかった。さすがに少し、寂しい物があるぞ。
「もう少し、頑張ってほしいのう」
わしはそう言いながら、わしの幻影に斬りかかった男に、人差し指を向けた。
「ごっ……が、あああぁぁぁ!」
「おい、どうした!?」
人差し指を向けられた男は、頭を押さえて苦しみだす。その様子に、周囲の男たちは戸惑うが、男が暴れるものだから、どうする事もできぬ。
「ああああぁぁぁぁ……」
やがて、静かになった男は、鼻血を出し、目を血走らせ、正気を失った顔つきをしていた。
「……」
そして、その男が突然、自分を心配して寄っていた男の腹に、手にした短剣を突き刺した。
「な、なにす……!あ、ぎゃ……ぐ……がっ……」
「……」
男は、何も答えない。短剣で、その男の腹を、何度も何度も刺しては抜き、刺しては抜く。やがて、立っていられなくなった男は、地面に倒れた。大量の血を噴き出し、痙攣をおこしながら、必死に腹を押さえている。
「この……!」
正気を失った様子のそれは、もう味方ではないと判断した者が、その男に剣で斬りかかった。背中に大きな切り傷を作り、血を噴き出す男だが、痛がる素振りも見せぬ。振り返ると、今度は血にまみれたその短剣で、自分に斬りつけて来た者に、襲い掛かった。