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わしを見て、一瞬喜びの表情を見せた少女だが、すぐにその表情を曇らせ、わしを離れた場所で伺う。
「……違う。姉様じゃ、ない」
「ほう」
存外、頭の良い娘である。年に見合わぬ、観察力を持っている。それに、力も中々強い。
「恐らくは、そうであるな。わしは、そちのような妹をもった記憶はない。気付けばこの体で、この場所に倒れていて、途方に暮れていた所である。わしの事を何か知っているのなら、教えてくれぬか」
「……貴女は、私の姉様よ。魔王様の器に相応しき身体を持った、大切で偉大なお方。これから、魔王様の魂を受け継ぐのに相応しいか、テストを受けに行く所だったの。その途中で、不慮の事故で崖から落ちてしまったのよ」
魔王の魂を、受け継ぐ。その意味が、よく分からん。魔王は、わしだ。その魔王の魂を引き継ぐとは、一体どういう意味だ。
「とりあえず、姉様。病院に行きましょう?お腹の傷を、なんとかしないと……」
「腹?」
そういえば、服に血が滲んでいたな。特に、腹のあたりに多く血がついていて、赤く染めている。しかし、その傷はもう治した。治療魔法により、完全に傷は塞がっている。
「安心するが良い。怪我は、何もない。全て治療した」
立ち上がりながら言うと、男たちはどこか警戒した様子で、わしを囲むように配置を変えた。まるで、わしを逃がさないようにしているようだ。
どうも、きな臭い連中だのう。男の連中は、わしを見る目が獲物を見る目であるし、この少女はこの少女で、言葉に虚偽が混じっているようで仕方がない。
が、とにかく情報が欲しい。
「姉様。ち、治療って……」
「魔法で、治したのだ。見せてやりたいが、この場には雄もいるが故に、肌の露出をする事は許してくれ」
「……」
少女を含め、男たちは信じていないようだ。が、事実だ。わしの怪我は、ほぼ完璧に治っている。故に、治療は必要ない。
「──ところで先ほど、魔王がどうのこうのと言っていたな。魔王は、元気なのか?」
「……」
わしの質問に、全員が黙り込んでしまった。わしの質問の意図が、汲めていないようだ。どうやらこの質問は、質問される意味が分からぬ程の何かがあるようだな。
「ま、魔王様は、元気よ。ただ、そろそろ今の肉体が限界なの。だから、魔王様の魂を受け入れる事のできる身体を、探している所よ。姉様は、その身体の候補に選ばれたの。それは、素晴らしい事だわ」
「くっ、ははは!」
わしはその答えを聞き、思わず笑ってしまった。
何故なら、魂の引継ぎは、何百年も前に禁止される事になったからである。例え、どのような偉い立場の者であっても、その例外には漏れぬ。理由は、単純明白だ。魂の引継ぎなど、そもそもできぬからである。
引き継ぐのは、記憶。それも、滅茶苦茶になった、一部の物だけだ。記憶の引継ぎですら、完璧にはできぬ上に、下手をすれば引き継がせた者の頭が、崩壊する。そうならないためには、身体の相性などを測る必要があり、それで器に相応しき人物を探していたと言うのなら、納得できる。
そんな不完全な物を、魔王は実現しようとしているというのだ。笑うしかなかろう。
「魔王の名は?魔王の名は、何と言う?」
「……ジルドハイ様よ」
聞いたことのない、名だ。わしが死んだ後の世界に生まれた魔王か?いや、しかし、魔王の存在は、わしの代で終わったはずだ。その上、魔王自らが禁忌を犯そうなどという考えに至るとは、考えられぬ。
「ジルドハイ、か。どうやら、とてつもない阿呆が、魔王を名乗っているようだのう」
「っ……!」
わしがそう言った瞬間、我が妹が、わしを強い目つきで睨みつけて来た。自分が崇拝する者がバカにされた事により、怒りを爆発させたようだ。
しかし、どうだ。周りの人間どもは、怒る様子も見せぬ。むしろ、戸惑い、恐怖している。その恐怖は、我が妹と、恐らくはわしではない魔王に対しての物だ。
「……取り消して、姉様」
「取り消す?事実を言ったまでの事だ。取り消す気はないので、諦めてくれ。それにしても、そのような阿呆の魔王に、どうして貴様たちは従っているのだ?阿呆に従うのは、阿呆以下である。今からでも遅くはない。反乱でもおこして、その阿呆の魔王を殺す気概を見せる者は、おらんのか」
「黙って……」
「黙っておられる訳がなかろう。魂の受け継ぎなどという事をしようとする者が、阿呆でなければなんだと言うのだ。大方、自らの命が尽きるのに恐怖し、そのような手に出たのであろう。なんと往生際が悪い。真に醜き、まるで生ゴミがごときの誇りに、わしはある意味で感心してしまうぞ」
「──もういい。分かったわ、姉様。姉様は、私の大切な姉様だから、ここまで手加減してあげたの。ここまで逃げて来られたのが、自分の力だとでも思ってる?もしそうなら、それは間違い。全員、手加減をしていたの。姉様に、危害を加えないようにするためよ。私が、そう命じたの。それなのに、私の気持ちを無下にして、私から逃げて、挙句に魔王様の悪口を言う姉様は、嫌い。はぁ……本当は、姉様のお可愛い身体を、時が来るまで私の物にできるはずだったのに……仕方がないわね。もう、泣いて謝ったって、許してあげないから。でも、姉様のそんなみじめな姿も、見てみたいわ。う、ううん。今は、魔王様をバカにした姉様に、罰を受けてもらわないと。……殺さなければ、好きにしていいわ」
我が妹が、一人で長々と喋り、最後に冷たく言い放った。それを聞いた男たちの、目つきが変わった。同時に、それぞれの武器を、魔法で具現化させ、それを構える。剣に、槍に、杖、棍棒。様々な武器が、わしに襲い掛かろうとしている。