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信じられないけど、でもネムがそうしたとして、では魔法生物だというネムが、どうして私の妹だと、私は認識しているのか、という問題が浮かび上がってくる。ネムは、確かにパパとママの子だ。ママのお腹が膨らんで、ママから生まれて来た。
「──入れ替わってたのよ。赤ん坊の時から、私は貴女の妹の代わりとして、ネムという名前をつけられ、そして育って来た。全ては、貴女を監視するために。貴女の本当の妹は、この広い世界のどこかで、生きているわ。それが、幸せな家庭の一員としてか、或いは奴隷としてか……奴隷の中でも、凄く凄惨な奴隷としての生を全うとしている可能性もある。もしかしたら、もう死んでるかも」
嘘だ。そんなの、絶対に嘘だ。信じない。信じたくない。このネムは、偽物。私の愛する妹ではない。言っている事は、滅茶苦茶。本物は、どこ。本物のネムは、どこ。
「そんなに怖い顔をしないで。私の愛する、姉様……」
ネムが、突然私の唇に、口づけをしてきた。唇が重なり合い、ネムの暖かな体温を、唇から感じる。
「……」
目の前にあるネムの目が、嬉しそうに笑っている。唇を交わしながら見せる、ネムのその顔は、私の妹の顔になっていた。キスをしながら、妹の顔に戻ったネムに、私は戸惑いを隠せない。
貴女は、ネムなの?ネムじゃないの?頭の整理が、全く追いつかなくなり、私はついに、考えるのをやめた。
私を拘束していた、魔法の枷が砕け散った。私は解析を完了し、レジストする事に成功したのだ。心を落ち着かせれば、これくらいの弱体魔法は、すぐに解く事ができる。
体が自由になった私は、私と唇を重ねていたネムの身体を突き飛ばした。
「きゃ!?」
尻餅をついたネムを見て、心が痛む。でも、コレはネムじゃない。
「姉様、酷いよ。お尻が、痛い……起こして……?」
「黙って!お前は、ネムじゃない!本物は、どこなの!?」
「ネムは、ネムだよ?私が、ネム。姉様の、大切な妹の、ネム」
私に向かい、手を差し出すネムは、確かに私の妹の姿をしている。でも、違うんだ。騙されてはいけない。
「あ……?」
それは、突然やってきた。突然視界がぼやけると、立っていられないほどの眩暈が襲って来た。私は思わず地面に座り込み、頭を押さえる。世界が、ぐるぐると回っている。地面が、木が、空が、何もかもが、めまぐるしく回転しているのだ。
「さっきのキスに、毒を仕込んだの。姉様ったら、目の焦点が合ってなくて、可愛い」
ネムが、私の頭を撫でてくる。愛おしい者を愛でるように、優しく、優しく……。
「鬼ごっこは、コレでお終いね。正直、私の出る幕なんてないと思ってたのに、姉様ったら、こんなに大勢の男の人たちから逃げちゃうんだから、凄いわ。あとは、おとなしく、最期の時まで待っててね」
「おっと、いたいた。探しましたぜ」
「みんな、遅すぎー。私が捕まえといたから、早く姉様を拘束しちゃって」
男たちが、追いついて来た。私はそれを、眺める事しかできない。犬のように舌を出し、だらしなく涎を垂らしながら、朦朧とした意識の中、ごつごつとした男の手が近づいてくるのを、ただ眺める。
「へへ──」
近づいてくる手の持ち主が、笑った。次の瞬間、その男の首は、宙を舞っていた。その男は、笑いながら死に、首を失った胴体は、地面に倒れた。
血が、溢れる。笑ったままの、首から。首を失った、胴から。
「もう、ダメよ。姉様に、そんな下卑た笑いを浮かべながら近づいちゃ。つい、殺しちゃったでしょ」
男の首をはねたのは、ネムだ。ネムの魔法が発動し、男の首を見事に切断したのだ。信じられない事に、私の妹の顔をした彼女は、いつもの妹の顔のまま、何事もなかったかのような、無邪気な顔で、命を奪った。
それを見た私は、逃げた。立ち上がり、駆ける。
このネムは、ネムじゃない。私を拘束していた枷は、残酷な事を平気でやってのけるネムを見て、なくなった。
「毒は!?」
ネムが、驚きの声をあげた。毒は、魔法で解析し、魔法で癒した。まだ少し頭がくらくらするけど、問題はないレベルだ。
「ダイアモンドミスト!」
そして再び、氷の霧を作り、目くらましをして走る。逃げた方向を悟られないように、逃げる方向を途中で変えた。
連中は、目くらましで混乱している。二度も同じ手にひっかかるなんて、ちょっと間抜けだ。
そう思ったのも束の間で、間抜けなのは、私の方だと気づいた。気づいた時には、もう遅い。
「──ザクトアルテミス」
「っ……!」
お腹に、鋭い痛みが走った。お腹を、光の矢が貫き、貫通してどこかへと飛んでいくのを、呆然と見守った。
矢の飛んできた方を見ると、その矢を放ったのは、ネムの仲間の男だった。ダイアモンドミストから、離れた所にいた。私がそうする事を予測して、範囲外で待ち構えていたのだ。