環状線
「おどりゃあ! そねぇなこともできんほか! このクソボケ給料泥棒があ!」
いつものように大声を張り上げて社員の士気を高めようとしているワンマン社長。ここの社員はイエスマンしかいない。イエスマン以外はクビになるか精神を病んだ。
「すいませんじゃねぇんじゃあ! ワシぁどねぇするほかって聞いちょるんじゃ! もっと顧客どもが喜んで金ぇ出す企画立ててこいやぁ!」
具体的な指示は何もない。ただ漠然とアレしろ、コレしろ。朝令暮改は日常茶飯事だ。
こんな会社なのに潰れない理由は簡単だ。社員の営業努力である。愛社精神など欠片も持ち合わせていない社員が、社長の怒号を避けるためだけに頑張っているのだ。
「何がマーケティングじゃあ! 一般大衆が考えることなんざぁ気にして意味があるかぁ! おんどれぁ顧客の動向だけ気にしときゃあええんじゃあ!」
こんな時代遅れの男だが、外面はいい。特にマスコミが取材に来ようものなら前後合わせて三日はニコニコしているぐらいだ。
「いやー、身一つで会社を支えるのも辛いものですよ。でも愛する社員のためなら平気です。社員は我が子、我が子のためならいくらでも身を削りますとも。」
そんなある日、お抱え運転手が顔を青くして社長に報告をしている。
「社長……申し訳ありません……ベンツの調子が悪いようで、代わりにタクシーを呼ぼうとしたのですが全車出払っているそうで……」
「あぁ!? じゃけぇどねぇせぇ言うんかぁ!?」
「も、もも、申し訳ありませんっ! で、電車でお帰りくださいませっ! ど、どうか!」
社長の自宅は郊外だ。車なら近いが電車だと遠い。地価の安さと、歳をとってから出来た息子かわいさで建てた広い家なのだ。
「おめぇは減給じゃあ! 車の面倒も見れんほかぁボケがぁ!」
頭を下げる運転手を無視して会社を出た社長。イライラを抑えようともせず駅へと歩く。確か自宅に帰るには惨陰環状線に乗ればいいはずだ。
久しく電車になど乗っていない社長だ。方向は合っていたのだが、残念。快速に乗ってしまった。快速では彼の降りる駅では止まらない。彼がそのことに気付いたのは三つばかり過ぎた後だった。
怒り心頭で車掌室に怒鳴り込む社長。
「それは申し訳ありませんでした。つきましてはお帰りの特別列車をご用意いたします。次の駅の四番ホームでお待ちくださいませ」
特別列車と聞いて機嫌を良くする社長。俗な男である。
普段は停車しない駅に快速が停まる。それが如何におかしいことか、社長には分からない。言われた通り四番ホームで待っていると、すぐに電車が見えてきた。
その時だった。聞き覚えのある声が聴こえたのだ。ホーム下から……「パパ……」
「玖珠雄!」
そこにいたのはまだ三歳にもなっていない我が子だった。考える間もなく線路へ飛び降りた社長。そのまま息子を抱えようとするが……
この手で抱かれるはずの我が子は消えていた。呆然とする間もなく列車は迫る。慌ててホームと反対方向に避ける社長。
列車をやりすごし、ホームへ戻ろうと線路を跨ぐ。すると、レールの間に自分の身が砂利石に沈んでいくではないか。まるで蟻地獄のように。見る見ると……
「お、おい! 誰かおらんかぁ! 助けぇや!」
辺りには誰もいない。ここは無人駅なのだろうか。ついに腰まで埋まってしまった。そこでようやく枕木に手を突くことで沈まなくはなったが。
そこにまた列車がやって来た。腹這いに身を伏せる社長。
「ぐぎゃあぉぉあーー!」
通過する列車に背中を少し削られたらしい。頭は無事なようだ。
そしてまた列車が。
このような時間にしては多すぎるようだが。少しでも身を低くするしか方法はなく、また背中を少し削られた。痛みで気を失うこともなく、ただ悲鳴をあげるのみ。
そんな状況ではあるものの、社長には勝算があった。それは時間だ。すでに夜は遅い。ならば終電が近いはずだ。特にこのような郊外ならば先ほどの電車が終電だとしてもおかしくはない。朝まで耐えれば、いくら無人駅でも乗客は来る。それまでの辛抱だと考えていた。
だが、無情にも列車は断続的に通過していく。その度に激痛を与えていくが、どうしたことか出血量は多くないようだ。そのためか、やはり気を失うことはなかった。
ついに痛みに耐えかねて、何とかしようとする社長。閃いたのは、流れに身を任せてもっと沈むことだった。上を向いて顔さえ出しておけば生き埋めになることもなく、電車に削られることもないとの判断だ。
体を起こし、手を放すと予想通り体が砂利石に沈んでいく。削られた背中が石と擦れ合いかなりの痛みだ。しかし、痛みに耐え、体は順調に沈み込んでいく。
目論見が外れたのはそこからだった。
鳩尾から沈まなくなったのだ。
冗談ではない。こんな状態のままでは体を倒すことすらできない。そして無情にも列車は来る。まるで社長が見えてないかのように。
もはや残された手段は一つ。
大きく手を挙げて、止まってもらう他ない。
「止まれぇぁぁぁーーー! ここじゃあぁぁぁーーー!」
精一杯の大声で。
限界まで手を伸ばして。
「やめっ! と、止まっ」
もちろん列車は急に止まれない。たぶん止まる気なんてなかったのだろう。現場に残されたのは胸から上のない社長だった肉塊だけ。
そんなある日、お抱え運転手が顔を青くして社長に報告をしている。
「社長……申し訳ありません……ベンツの調子が悪いようで、代わりにタクシーを呼ぼうとしたのですが全車出払っているそうで……」
「あぁ!? じゃけぇどねぇせぇ言うんかぁ!?」
「も、もも、申し訳ありませんっ! で、電車でお帰りくださいませっ! ど、どうか!」
社長の自宅は郊外だ。車なら近いが電車だと遠い。地価の安さと、歳をとってから出来た息子かわいさで建てた広い家なのだ。
「おめぇは減給じゃあ! 車の面倒も見れんほかぁボケがぁ!」
頭を下げる運転手を無視して会社を出た社長。イライラを抑えようともせず駅へと歩く。確か自宅に帰るには惨陰環状線に乗ればいいはずだ。
久しく電車になど乗っていない社長だ。方向は合っていたのだが、残念。快速に乗ってしまった。快速では彼の降りる駅では止まらない。彼がそのことに気付いたのは三つばかり過ぎた後だった。
怒り心頭で車掌室に怒鳴り込む社長。
「それは申し訳ありませんでした。つきましてはお還りにはお客様専用の特別列車がございます。次の駅の四番ホームでお待ちくださいませ」
社長の名前は五味 和夫です。