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苦しむ兄は成り上がり
僕にとって妹とは頭痛のタネである。
妹といっても、アレとは血の繋がりは一滴たりともない。
彼女は将来政略結婚の道具にしようと、父親がどこからか拾って来た孤児である。
妹以外にも将来美人になりそうな孤児を複数拾ってきたのだが、礼儀作法のスパルタ教育についていけず、追い出された。追い出された者たちの末路は言うまでもない。
優秀だったアレは妹となり、十を過ぎる頃頃には礼儀作法も完璧に教え込まれ、表面上は何処へ出しても恥ずかしくない令嬢へ成長した。
さて、巷では才色兼備な美少女と言われているようだが、僕から言わせればその正体は化け物である。
優秀であることまでは否定しないが、幼い頃から突飛で謎の行動をして僕を悩ませている。
庭の木に登るのはまだ可愛い方で、街に散歩に出かければ何故かチンピラをのして、姐さんと呼ばれたりする。
最も印象深かったのは、彼女が幼い頃庭に野犬が紛れ込んできて女性の家人らがキャーキャー言っていた中、トコトコと歩いていくと何の躊躇もなく、蹴り殺してしまったことだ。
何故そんな事をしたのかと問えば、「みんながうるさいから」である。
ただ、両親の言う事に殆ど反抗もせずに唯々諾々と従っていたので、彼らからには好印象だった。
反抗しなかったのは単に興味がなく、どうでも良いからだ。両親は彼女の異常さに気づかず、後始末に駆り出されるのは何故か僕だった。
そんな妹がある小国の王子に恋をした。
その恋に対して政略結婚を企んでいたはずの両親は反対した。
何故ならその小国は目立った特産もない貧乏国だったからだ。王子に嫁ぐなんて身分上のハードルが高いだけで、金額的にはうま味がなかったのだ。
逆に身分の低い成り上がりの金持ちの方が両親的にはお得だったらしい。
今まで言いなりと思い込んでいた妹の反抗に両親は強い態度で臨んだ。いや、臨もうとした。
・・・が、それは叶わなかった。
何故なら二人とも数日後に命を落としたからだ。事故死として処理されたけれど、僕は妹の犯行だと確信している。
両親が死んで跡を継いだ僕が初めに行った仕事は、我が身の保身のために妹とその王子を結びつけることだった。
金を積み、伝手を使い、なんとか国として正式な婚約が成立した。
ほっとしているのもつかの間、たった一年で、なんと婚約解消の知らせが・・・
慌てて帰ると、入れ違いで我が家に使者がやって来ていたらしい。
妹に会おうとしたが、夜間にもかかわらず、何処かに出かけて不在だった。嫌な予感しかしない。
妹に会えないまま翌日城に出社すると、王の暗殺未遂があったいう話を聞いた。女性暗殺者が王の寝所まで入り込んだらしい。
言い忘れたが、我が家は代々城に勤める官僚の家系である。
それって・・・妹じゃないよな。真実を聞くのは怖い。いや、僕は何も知らなかった。知らなければ真相は闇の中だ。
頼むから、城に行くのは止めてくれ。そう必死で懇願した。証拠が上がったら言い逃れできない。
婚約解消になった理由を述べ、論理的に説得するが、既に僕以上に内情に詳しかった。
それどころか王子の元に密偵を送り込んで監視しているらしい。
何ソレ、怖い。完璧なストーカーである。
ちなみに、他のもっと良い条件の相手を探すのは無理だろうか。
ダメ元でそう聞いてみると、そんな相手を連れてきたら、殺すと言う。
予想はしていたが、既に手遅れだった。ヤンデレも極まっている。
せめて大人しくしてくれ。きっと何とかするから。幸い、妹は適齢期を過ぎるまでたっぷり猶予がある。
なんとかしようと四苦八苦している間に、あろうことか妹はゴロツキを護衛と称して雇い、妹専属の侍女と家を抜け出して王子の元へ行ってしまった。
許可の無い武装集団が国境を行き来するなんて正気の沙汰ではない。
戻ってこなければ良い。いや、戻ってこないちうことはトラブル発生が確実なので戻ってきてもらうしかない。
戻ってきた彼女に下手すると国際問題になると言い聞かせようとしたが、どこ吹く風だ。
一応、「はいはい」と返事したが、絶対守る気はなさそうだ。
本人に聞く気がないので妹の侍女にお願いする。彼女は妹のエキセントリックな行いにも不満を零さず真摯に仕えてくれる、菩薩のような人である。
ただ、度々妹を甘やかすことも見受けられるため抑止力になるかは疑問だ。
案の定、妹王子の元へ度々行っている様だった。中途半端にお説教を聞いていたのか、今度は侍女を替え玉にしてひとりだけで抜け出した。
抜け出した先で国境の関所を破壊した。とか、他国の文官を害した等、侍女が漏らしていたが、気のせいという事にしたい。
あまりにも頻繁に抜け出すので侍女がお茶会などにも妹の身代わりとして出席している。一応、妹にも最低限出席が必要な付き合いというものがある。
彼女も主に負けず同系統の美人なので、化粧すれば、親しい人でない限りまずバレない。深い付き合いの友人がいないことが救いだ。
副次効果で表情が柔らかくなったとして、妹の評判が上がったのが納得いかない。
ある日、妹の行った国とその隣国、小国同士で軍隊が出て国境を隔ててにらみ合う事態に発展した。
なんでも、砦や関所を一方的に破壊したのしないの、自作自演の言いがかりだの、他方をお互いに非難、責任を押し付け合っている。
ーーどう考えても妹が発端だ・・・
知らんぷりで無関係を装っていたのだが、そのにらみ合いは小競り合いに発展し、軍隊の衝突を繰り返す本格的な戦争に突中してしまった。
他国とはいえ、大国である我が国は建前上見過ごすことができず、調停に乗り出すこととなった。
その派遣するエージェントとして白羽の矢が立ったのは僕である。
妹の動向をそれとなく知ろうと、以前から城内の情報通に探りを入れて悪目立ちしていたのが裏目に出た。
場合によっては武力介入しろ、という無茶振りな命令付きだ。僕は一介の役人だ。軍人ではない。でも引き受けたのは妹の弱みがあるからだ。
向かうのは数約百人の団体だ。調停役の使者としては大人数であるが軍隊としてみたら武力衝突であっさり負ける人数だ。
無理難題を押し付けられてしまった恰好だが、ちゃんと対応していますよ、という周辺国へのアピールのためなので成功しなくても良いらしい。
そう言われるなら、多少気が楽だ。
交渉の手始めとして、妹がツバをつけていない国の軍の駐屯地へ言い分を聞きに行く。すると、何故か恭順の意を示された。
前日に指揮官を含めたリーダー格の人物が軒並み何者かに暗殺され、指揮命令系統が機能していないらしい。残されて困っていた兵糧管理の文官がこれ幸いと降伏してきたらしい。
その暗殺者って・・・ いや深く考えるのは良さう。
もう一方の国の軍隊は降伏を確認するや否や、自国に引き上げてしまった。
もう休戦の目的を達成してしまったが、他国の軍隊を任されても困るので、兵士らをその国の王に返すことにする。
兵士の中から代表者を決めて先行させる。なお、降伏していた文官は責任を取らされるのが嫌で逃げ出した。
僕は後方で軍を引き上げさせた隣国の状況を確認していると、返すはずの軍隊を街に入れる入れないで揉めているとの知らせが。
続けて、入れてもらえなかった兵士らが暴徒と化して首都を陥落させてしまったとの第二報が届いた。
真っ青になって、現地へ向かえば僕が策略で国を落としたことになっている。
本国に釈明の使者を送ると、そのまま統治するようにとの、命令がきた。
隣国にも使者を送ると、属国になりたいと王と王子の首をもって降伏してきた。僕があまりにもあっさり国を落としたことでビビってしまったらしい。
それに下手に僕らと敵対すると本国から本気になった大軍が出てくるとも思われたようだ。
結局二国とも我が国の一部となり、支配下に置かれることになった。
妹は僕が四苦八苦している間に元婚約者を拉致して家を出て行った。それはもうあっさりと。
行方は知らない。知りたくもない。
ただ、誠心誠意仕えていたのに置いていかれた侍女が不憫である。
妹の事は公表できないのでその侍女が名を変えて妹ということになった。元々身代わりで披露していたので誰も家人以外気がづかない。
小国とはいえ元一国を丸々領地として預けられた。大出世だ。
僕を悩ませた妹はいなくなったし、人生勝ち組と言われる気がしないでもない。