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鈍感男子は成り下がり
「王位継承者の座から降りてもらう」
留学先から帰国し、国内の有力者を集めてのあいさつの席でそう
言い放ってきたのは我が弟だった。
はぁ? 何を言っているんだ、こいつは・・・
「次の王位に相応しいのは兄上ではなく、オレだ」
寝耳に水の言葉にポカンとしていると、弟はそう続けた。腰に手
を当てふんぞり返っている。
・・・いや、聞こえていなかった訳じゃないぞ。
当り前だが、王位継承権は長子である自分が第一位で、第二位の
はずだ。
周りを見ると、みんな目をそらす。
「兄君は長らく国を空けていた人物。ずっと国内を見続けていた弟
君こそ次の王に相応しい」
いや、その留学は王位を継ぐための勉強で国外へ出かけていたん
だぞ。出発の時はみんな賛成してたじゃないか。
「そういうことは、落ち着いてから追々話すことであって・・・」
現王である父親がとりなすように言ってくるが、気まずそうなその言葉から察するに内々で決まっていそうだ。
知らなかったのは自分一人だけか・・・ マジかよ。知ってたら帰ってこなかったのに。
・・・いや、だから知らせなかったのか。ヘタに亡命されてどっかの国に利用されないように。
既に準備がなされていたようで、数日と経たず直轄地の領主に就任することになった。
その就任先は先々代の王が別荘を建てたという風光明媚で温泉もわき出す、知る人ぞ知る隠れた観光地らしい。
表向きは留学先で学んだことを実地で試すため人の手の入っていない新たな土地を与えられたことになっている。
実際は態の良い左遷でしかない。まあ、謀殺されないだけマシなんだろうな。
補佐として文官二人付けられたけれど、どう見ても勝手に逃げ出さない様にするための監視役だろう。留学先の恩師へお礼の手紙を出そうとしたが、連絡網が確立してないなどと、それとなく止められた。
まあ、どうしても王になりたいとか固執してた訳じゃないけどさ、この仕打ちってどうなの?
一応、王子として婚約者もいたけれど破談は決定だ。自分からは連絡が取れないので、先方には父親からお断りするらしい。
こんな落ちぶれた身の上じゃ、今後の結婚は期待できない。
まあ、クヨクヨしても、仕方ない。開き直ってのんびり暮らすことにする。
さて、領主となった肝心な土地だが、風光明媚って良いように表現しているけど、実際は単なる田舎だった。領民も三桁に満たない。
領主って言うより、実質村長だ。
長らく無人だった領主の館を兼ねるという王の別荘はボロい。専用の温泉があるのだけが救いだった。
領都というか、領地で唯一の村の中を領民へのあいさつがてら見て回る。
観光地というだけあって領主の家より温泉宿の方が立派だった。
気になって宿の主人に宿泊客の数を聞いてみる。
「十人です」
へぇ~、こんな田舎で一日に十人来るならそれなりに賑わっている方だ。感心して続きを促すと、自慢げに訂正された。
「いえいえ、ひと月で十人です。隠れたお宿として一部のお客さま方に好評です」
一ヶ月で十人とか、隠れすぎだろ!? みんなどうやって生活してんの?
領地の内情を調べてみると土地の九割は未開発で、森が続いている。思った以上に田舎だ。畑は自分たちと宿泊客ギリギリの分だけの自給自足分の麦しか耕していない。周囲に森しかないが、その森の恵みがあるから、なんとかなっているだけだ。
どうしろって言うんだ? 逆に考えれば、好き勝ってに開発し放題の土地が満載なんだけどなぁ。
さて、予算はいかほど?
やる気のなさそうな文官の告げた額はススメの涙だった。
いや、それって自分らの生活費だろ。領地の運営費だよ。その額だと君らに払う給料さえ捻出できないぞ。
「いえ、わたしたちの俸禄は次期王から頂いていますので不要です」
しれっと、答えやがる。薄々気づいていたが、やっぱりコイツらは弟の差し金で決定だ。
しかし、一体どうしろっての? 金がなきゃ、留学先で学んできたことの一部も実践できない。
させる気もないのか? 何もしないで飼殺されろってことかよ。この年で窓際族か・・・
領主としての仕事は全くない。周りは自分らを除いて皆顔見知りなので犯罪も起こしようがない。すぐバレるので。
やることもないので、薪のために切り開かれた後放置されていた雑草の生い茂った荒地を耕して畑を広げていく。
全て手作業なので規模はせいぜい家庭菜園の域を脱しない。弟の手先は手伝ってくれない。出すのは口だけだ。
コイツら、いらなくね?
そんなある日、留学していた国から非公式の使者がやって来た。元婚約者のからの使いだそうだ。
元婚約者は留学先の国のさるご令嬢だった。しかし、ぶっちゃけあまり記憶に残っていない。
政略結婚なので、顔を合わせたのは1回くらいだっけ?
その元婚約者の侍女だという女性と他数人が使者だ。
「お嬢様は婚約解消に納得しておりません」
あいさつもそこそこに侍女はそう言い放った。
そんなこと言われても、自分にはどうしようもない。見ての通り、自分の生活で精いっぱいだ。
経済的にも身分的にもご令嬢を迎えることは無理だ。
「それでしたら、入婿でも構いませんが?」
その言葉に同席していた文官の目がキラリと光った気がする。
弟の手先の前で、言わないで欲しい。隠居生活が好きなので、と肩をすくめる。
元王位継承者が他国で暮らすなんて、将来の火種になるとしか思えない。
断れるのは予想していたのか「残念です」と、それ以上突っ込んでこない。
「どうぞ、お嬢様から預かってきました。このお召し物をお納めください」
差し出してきた箱を開けると、絹の布がぎっしり詰め込んであった。ひと目で高価な生地のが分かる。
金になりそうなそれはありがたい。実にありがたいが、返せるものはない身の上だ。
なので、持って帰るよう頼むと、困惑の笑みを浮かべる。
「しかし、使用人の身では返される方が困ります。お役目が果たせなくては、お嬢さまに叱られてしまいます」
「かといっても、見ての通り返礼するにも、何もないので」
「それでしたら、身につけているものを頂きたいです。その、できれば・・・、いえ、何でもありません」
身につけているもの? そこまで恐縮しないでも、それくらい構わない。
ちゃんと使者の役目を果たした証拠に使うらしい。
彼女らは二泊して温泉を堪能して帰って行った。
帰ったのを確認して、文官に仕事を言いつける。貰った服を売ってこい。
「良いのですか?」
売る! ちゃんとした農具を買うためにも金が必要なんだよ。手作業の家庭菜園は限界だ。文句は予算を用意しないお前の上司(愚弟)に言え。
ほら、一式預けるから高値で売ってこい。
自分が売りに出かけるのは、お前ら文句を言うだろう。
ちゃんと売買の証文、領収書をもらってこいよ。
そそて、送り出して数日---待てど暮らせど金は入らなかった。
結論から言おう。ーーー金を持ち逃げされた。マジかよ!?
売った金の一部を着服するくらいは致し方ないと思ってたけれど、全額持って行方をくらますなんて予想外すぎる。
アイツらのコンプライアンスどうなってんの?
弟に事の次第を文書に書いて金の無心したら、断りやがった。
お前が選んだ文官なんだろ。少しでも悪いと思っているのなら少しは肩代わりしろよ。
王位継承権を奪還してやろうか? ・・・いや、やっぱりいらないや。面倒だし。
追加の文官は送られてこなかったのでひとり暮らしとなったが、元々アイツら仕事してなかったから、やることは一緒だ。
晴耕雨読を実践する日々。地道に農家やり、季節が幾つか過ぎる。
家庭菜園から零細農家までバージョンアップ?したころ、異変が起きた。
武装した一団が押しかけてきたのだ。
訳が分からない。愚弟の差し金か? 村人たちを脅しながら元王子を探していた。
仲良くなった村人は匿ってくれようとしたが、どうせ逃げても無駄だ。大人しく捕まる。
荒事を経験したことのない村人はもちろん、自分も大昔にちょこっと護身術をかじった程度だ。本職の兵隊にはかなうはずもない。
素直に捕まったことで乱暴を働かれることはなかったが、目隠しの付いたカゴに詰め込まれ、どこかへ連れてかれた。
現在地を知ろうにも監視の男が張り付き、抜け出すことも出来ない囚われの身だ。
けれども、兵隊たちのわずかながらのやり取りで隣国との戦争が始まったことが分かった。田舎に情報が到達するより前に攻めて来られては対処しようがない。
兵隊たちは我が国の者ではないので、自分は捕虜となったようだ。
数日たつと、場所をまた移され、身ぐるみはがされ、みすぼらしい服を着せられた。運搬中は一応、貴人としてそれなりの対応をしてもらっていtが、扱いが変化したのが感じられた。
食事も、吐き気を催すような恐ろしく不味い料理に変わった。いや、料理と言って良いのか? 人間の食べる味じゃない。
数日で、我が国はあっさり滅んだらしい。滅んでしまえば取引も不要で人質としての価値が下がったのだろう。
父親も愚弟も何やってんだか、文句を言おうにも既に二人とも死亡が確認されているらしい。
世話してくれていた男ははっきり明言しなかったが、多分奴隷落とされるんじゃないだろうか。
さらに数日たつと、今度は高級な服に着替えさせられ、お金持ちっぽいお嬢さまに面通しさせらせた。
どうやらこの女性に情夫として売られたようだ。
なお、自分はフツメンである。ブサイクではないが、イケメンでもない。
しかし理由は不明ながらも、気にいられたようで虐げられることもなかった。
衣食住は保障されたが、自由に外に出ることもままならない。
元王子様が最終的には、いわゆるヒモである。
まあ、働かなくても生きて行けるんだから、人によっては人生の勝ち組と言うかもしれない。