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第九回 火山の魔物

仕様の関係でフリガナに不自然なところがあります。

 ヨハン・フラメルの孫にあたる|Arthur Cruzアーサー・クルスは憤慨していた。数日前に、伯父のジュゼッペ宅で起こった火災によって伯母が亡くなり、彼女の葬儀のためにキミア・ポリスに赴いたのだが、そこで従兄弟にあたるマルゲリータ・ザックスから、この火災はジュゼッペを拉致するための放火だと聞かされたからだ。しかもそれが、エクリプス・カードなるメモ用紙にもならない紙切れのために行われた犯行だと知って、怒りが収まらなかったのだ。あまりの感情の高ぶりから「犯人を取ッ捕まえてズタズタにするためなら、なんでも協力するぞ」とマルゲリータに告げると、その数日後にヘルモント教授なる人物から手紙が届く。

 ヨハン・フラメルの実家はキミア・ポリスの東にあるHephaestus(ヘパイストス)火山地帯の集落であり、アーサーがその実家を継いでいたため、自宅にあるヨハンの遺品の中にエクリプス・カードに関わるものがないか調べて欲しいというものだった。だが、調べろと言われても、アーサーはその大柄で筋肉質の体型から想像しやすいように、頭より先に体が動くといった性格で、落ち着いて頭を使うといったことが苦手だったし、なにより学問には疎かった。そのため小難しい資料なんか見ても、具体的にどれだけ学術的な価値があるのかどうかなんて分からない。ましてや、エクリプス・カードとかいう最近まで聞いたこともなかった代物の手掛かりになるようなものを探せと言われても、そんなものが分かるはずもない。困ったなと、しばらく揉み上げと繋がっている顎鬚(あごひげ)を撫でながら考えるのだが、今度は対処を考えること自体が億劫になってくる。それならばと、アーサーはヘルモントに「無学ゆえどれが重要な資料なのか分からないので、そっちで調べてくれ」といった趣旨の手紙を返すと、数日後に返信が届く。ヘルモントの友人の息子とその友人をそちらへ向かわせるといった内容だった。

 翌日、アーサーの元にチカプ・ホーエンハイムとメリッサ・フルーリーなる二人が訪れた。

「お前らがヘルモント教授の知り合いだな。祖父さんの遺品なら倉庫にあるから、好きなだけ調べてくれ」とアーサーは笑った。

 チカプ達はすぐに倉庫に入って古書や資料などを読み漁った。アーサーは、彼らが自分とは比べ物にならないほどの速さでページを(めく)るのに感心しながらも、彼らを呼んだのは正解だったと安堵した。自分一人でやれば何年掛かるか分かったもんじゃないと思ったからだ。だが、そんなチカプらでもこの作業は一日で終わらず、結局二日も掛かってしまったのだが、エクリプス・カードに関するものは何も見つからなかった。


 そのあいだに奇妙な噂がアーサーの耳に入ってくる。集落から離れているのだが、ホライの森やアイオロス渓谷に現れたような、異形な化け物がヘパイストス火山地帯にも現れたというのだ。ただ、被害もなければ目撃者も少ないことから噂程度で終わっているが、場合によってはその謎の生物を駆除することになるかも知れないと伝達があったのだ。

 アーサーは集落の自警団長である。ウィザードではないが、並みのウィザードには負けないといった確乎(かっこ)たる自負もある。そのため化け物が現れたと聞いても、不安や恐怖といった感情とは無縁で、むしろ化け物と遭遇する機会があれば、捕まえて痛めつけて伯父の居場所を吐かせてやると意気込んだ。


 倉庫の調査を終えたメリッサが「すみませんが、家の中も確認させてくれませんか」と頼んできた。

「祖父さんの遺品は家の中には無いぞ」とアーサーは返すのだが、「そう仰るならそうかも知れませんが、万一のために」と彼女も譲らない。挙げ句の果てには、ホーエンハイムとジュゼッペの命が懸かっているとまで言って来た。

 さすがに鬱陶しく思えたのだが、自宅に上げてくれないのなら代わりに探せと言われるのが嫌だったので、結局は「仕方ないな。いいぜ! さあ、入れ!」と迎え入れる。

 メリッサ達には家宅捜索のごとく徹底的に家の中を調べ上げられた。これも丸一日かかった。さすがに彼女らを招き入れたことを後悔したアーサーだったが、彼女らのお陰で探していた無くし物が見つかり、妻のヘソクリを自分のヘソクリに出来たりと、悪いことばかりではなかった。

 だが、メリッサ達からすると無駄だった。

「大変ご迷惑をお掛けしました」と詫びるメリッサに、「全くだ」とアーサーは笑って返す。冗談で言ったのだが、彼女らはそう受け取れなかった。

「じゃあ、また用があったら来てくれよ」と、親しげに言ってチカプの肩を何度も叩き、その度に打たれる杭のようにチカプが屈んでいった。


 チカプらは去った。すでに夕方だから、奴らは明日(あす)の朝にヘパイストス火山地帯を立つらしい。アーサーは居間に戻ってソファーに座ると一息ついた。

 ふと考える。確かに犯人を捕まえるためなら協力すると言ったのは自分である。祖父さんが持っていたカードが事件に関係あるのなら、それについて調べるためにも、遺品が眠る倉庫を調べるのは、まあ当然といえば当然だ。だが、自宅まで徹底的に調べられるとは思わなかった。まあ、それだけ奴らも必死なんだろう。ヘルモント教授とかいう奴は、自宅に化け物が出たとか新聞に書いてあったしな。

 ……そう言えば、あいつらはアイオロス渓谷で化け物を倒したらしいな。チカプとかいう小僧はホライの森でも化け物を倒したらしいし。ヘッ、ガキ共の割にはよくやるじゃないか。その話が本当なら大したもんだ。是非ともうちの自警団に入れてやりたいぐらいだ。けど、あいつらが戦ったとかいう化け物どもは、どれほどのものだったんだ?

 そう考えている内に、会えればブチのめす程度に考えていた化け物に対して、段々と興味が湧いてくる。本当に人知を超えた化け物だったのか、それとも変装させた動物だったのか。マナを使ったというから、怪物に変装した人間なのか?

 うむ。ぜひ一度見てみたい……などと思えてくる。

 アーサーは遭遇した熊を投げ飛ばして追い払い、突撃してきた猪の牙を掴んで押さえ込み、そのまま蹴り殺したこともある。そのため並みの動物なら、猛獣でも怖くもなんともない。それどころか噂に聞く化け物がどれも異形な姿であることに対して、嫌悪感や恐怖よりも好奇心が強く働いた。

 しばらく静かな時が流れる。夕食を済ませたあとは、さっきと同じようにソファーに腰を下ろしてボンヤリしていた。と、アーサーが所属している自警団の男が自宅にやって来る。出迎えてみると、その男は息を切らせて「ば、化け物が出た。すぐに来てくれ」と言ったものだから、アーサーは内心喜びながら得物であるhalberd(ハルバード)……つまり、槍と斧を組み合わせた武器を手に取って外に出た。

 アーサーの自宅は温泉街の郊外にある。扉を開けるなり、温泉街に降りた闇が橙色を浮かべて黒と白の煙を上げているのが見えた。化け物が出たと内心喜んださっきまでの自分を恥じながら、火災の起こっている現場へと向かった。

 宿屋が連なる街の中心が炎上していた。現場は混乱していて、あちこちから悲鳴に似た声が湧き起こっている。

「早く逃げるんだ!」

「とにかく火を消せ!」

「子供が見つからないんです!」

 アーサーが、先に駆けつけていた自警団の男を見つけると、彼の胸倉を掴むなり「おい、貴様! 一体なにがあったんだ! さっさと言え!」と怒鳴って尋ねた。

「なんでも羽の生えた、でかいトカゲが火を吹いてこんなことに」

「羽の生えたトカゲだと! そんなもの居るわけないだろうが!」

「話を聞いた人、みんながそう証言しているんです。あと、放して下さい」

 すまんと、彼から手を放す。

「それで、そのトカゲはどこに居るんだ?」

「分かりません。火山の方角から飛んできたという話は聞きましたが、どこへ行ったかまでは……」

「なら、まだこの辺にいるかも知れないんだな。それで、そのトカゲはどれくらいの大きさなんだ」

 男も実際に見たわけではないが、住民や観光客の話によると人が乗れるほどの大きさらしい。

「つまり、馬くらいの大きさか?」

「それより一回り大きいそうです」と男だ。

 アーサーは燃え上がる宿屋を見る。火を吹いたということは、(ほのお)は平気ということか。いや、その理屈が通るなら【焔】のウィザードはみんな火傷しないという事になると、アーサーでも理解できる。だが、周囲には宿屋が密集していて、しかも火災で客も従業員も皆が避難しているだろうから、焔を物ともしないのなら、いくらでも隠れる場所はある。トカゲの化け物は火山の方角から飛んできたというのだから、空を飛べるのだろう。だが、すでに夜とは言っても、奴が放った焔によって周囲は明るく照らされているのだから、飛んで逃げたのならすぐに分かるはずだ。

「ところで、そのトカゲは何色だったんだ?」とアーサーが、さっきの男に尋ねる。

「黒だそうです」

 ならば、夜空の下で煙に隠れられたら気付かれず逃げ出せるかも知れない。だが、火災による黒煙は火山とは反対の方角に流れている。化け物の(ねぐら)が火山だとすると、帰り道とは逆になる。

 化け物が近くに隠れているかも知れないが、消火しない訳にもいかない。アーサーの指示で、自警団に所属する【水】のマナが使えるウィザード達が放水し、【(つち)】のマナを操れるウィザード達が壁を作って延焼を妨げ、また土を被せて火を消した。中には観光客などの、たまたま居合わせただけのウィザード達も消火作業に参加してくれて、そこにはチカプとメリッサの姿もあった。

「お前たちも手伝ってくれるのか! ありがたい。助かったぞ。がははは」と、二人を見つけたアーサーは笑った。

 チカプとメリッサは、本来は【焔】のウィザードなのだが、その【焔】を【地】に転じることが出来る。マナが全く使えないアーサーからすれば、この二人は十分に頼りになった。

 突然どこからか「化け物だ! 化け物が出たぞ!」と叫び声が聞こえた。

 アーサーが声のほうへ駆け出すと、燃え盛る家屋からウィザード達に向かって焔が噴射されているのが見えた。

「どけえい! トカゲごときオレがブチのめしてやる!」

 ハルバードを構えたアーサーが、化け物が隠れているであろう家屋の前に立った。

「クルスさん! 危険です!」とメリッサと、チカプが駆け寄って来る。

「貴様らこそ危険だ! さっさと引ッ込んでろ!」

「なにを言うんです。あたし達はこう見えても、化け物を退治した経験があるんです!」とメリッサが返す。

 三人は揃って家屋を見た。焔の光の中に黒い影が見える。本当に大きな生き物のようだが、その揺らぐ影に二本の角が生えているのが確認できた。アーサー達は息を呑んでその影を睨んだ。

 化け物が翼を広げた瞬間、家屋から焔と熱を帯びた突風が起こった。一瞬だけ目を逸らしたとき、家屋が崩れる音がしたので視線を戻すと、そこから黒い影が飛び上がった。話に聞いていた通り、翼を持つ黒くて大きなトカゲである。どうやら前肢はコウモリの羽のようになっているようだ。

 チカプが【地】のマナで作った鎖を、トカゲに向けて飛ばして翼の付け根に巻き付けた。アーサーはその鎖を掴むと、チカプと一緒に綱引きでもするかのようにトカゲを地面に下ろそうとするのだが、トカゲも抵抗して力尽くに飛び上がろうとする。

「野郎ども! なにをしてる! さっさと手伝え!」

 その叱咤にある者はトカゲに攻撃し、ある者はアーサー達の綱引きに加わったのだが、不意に【地】の鎖が切れた。トカゲの体が赤い光を帯びる。そしてアーサー達に向かって口から【焔】を吹き放ったので、【水】のウィザード達が防いだのだが、トカゲはその【焔】の勢いを利用して飛び上がった。

「なんで鎖が切れたんだ!」

 トカゲを睨んだアーサーが、その上空で鳥が羽撃いているのを見つけた。時刻はすでに夜中であり、鳥が飛んでいるような時間帯ではない。コウモリかと目を凝らすと、それはコウモリでも鳥でもない。いや、鳥なのだが顔が人間だった。

「トカゲの上に、気持ち悪い鳥がいるぞ!」

 アーサーが叫ぶと、「ハルピュイアだ!」とメリッサが大きな声を上げた。

 そのハルピュイアは顔色一つ変えることなく、こちらに視線を向けていたのだが、すぐにトカゲの背に乗ってヘパイストス火山に向かって飛んでいく。ウィザード達がトカゲを引き止めようとマナで攻撃するのだが、地上からではトカゲにはろくに届かなかった。そのまま何も出来ずに唇を噛み締めながら、悠々と遠ざかるトカゲを見送ることしか出来なかった。


 翌朝、アーサー率いる自警団は昨夜の化け物退治のために、奴らが逃げたヘパイストス火山へ赴くことにする。自警団内では、化け物退治は警察や軍部に任せるべきだとの意見も出たのだが、「相手は生き物だから、早いうちに手を打たないと逃げられるぞ」というアーサーの意見が通ったのだ。昼前には化け物退治に出発する。

 ヘパイストス火山は、キミア・ポリス周辺の五大聖地の一つで、古代には【焔】のマナを生み出す場所と考えられていた。この火山地帯は、現在では温泉を利用した観光地として整備されていて、宿泊所や娯楽施設などが多く存在しているのだが、聖地である火山……特に神殿があった火口は危険であることから一切整備されていなかった。言い換えると、熱や焔が平気なら誰もいない聖地は格好の塒になるということだ。その火山の(ふもと)にはわずかに草木が生えているのだが、火山自体は荒れ地である。そのため獣はおろか虫すら生息していないというのが地元の常識だったのだが、上っている坂の遠くに動く影がいくつか見えた。空にも鳥が飛んでいる。

「すでに化け物の巣窟にでもなっちまったか」と、アーサーは思わず嘆いた。

 中腹を過ぎたところで、岩壁と岩壁に挟まれた狭い道を通ることになる。同行した自警団員の中には迂回してでも安全な道を通るべきだという意見も出たが、それならあまりにも時間が掛かるとアーサーが却下する。だが、この判断が甘かった。一列に並んで進んでいるときに、岩壁の上から大きな石が雨のように降り注いだ。

 何事だ! と、頭を守りながら見上げてみると猿のような生き物がこちらに向かって石を投げ付けてくる。【地】のウィザード達が、屋根を作るようにして落石を防ぐのだが、それが間に合わずに石が頭に命中して倒れた団員もいる。とにかく急いで狭い道から抜け出すと、今度は犬なのか狼なのかハッキリしない獣が襲い掛かってきた。それをアーサーはハルバードを振り下ろして切り伏せたのだが、大きな傷を負いながらも出血もせずに、そのまま立ち上がってまた襲い掛かってきたので、今度はハルバードを横に振って打ち飛ばしたのだが、まるで効いていない。それにその獣は何匹もいる。

「なんなんだ! この野良犬どもは!」

 切っても死なないのなら、今度は【焔】のウィザードたちの出番である。動く死体のような化け物であっても、焼き払ってしまえば遣ッ付けられると考えたのだ。ほかの属性のウィザード達は【焔】のウィザードらの援護に回るが、そこを例の猿たちが投石で邪魔をしてくる。それに気を取られたら、その隙を突いて犬どもが襲い掛かって来る。まともに戦えば、昨日のトカゲと鳥の化け物どもと戦う余裕なんて残らない。

「団長、ここは私たちに任せて、団長たちは例の化け物どもの駆除を!」と団員の男が、アーサーに言った。

 ただ「わかった」と答えたアーサーが、仲間の半分を引き連れて駆け出す。それを追い掛けようする犬たちを、残った団員たちが防ぎ止めた。神殿がある火口に辿り着くまでに、種類は違えど奇妙な生き物たちと何度も遭遇する。カマキリの斧を持った大きな蜘蛛と対峙したこともあれば、蠍の尾を持つコウモリとも戦い、その度に戦力が削られた。どの生き物も当然ながら本来なら火山には生息していない化け物であり、恐らくはそれらと近いであろう種類の生き物とは、明らかに大きさや形質が違った。ただ、聖地に近づくに連れて奇妙な生き物と遭遇するということは、やはり昨日の化け物は聖地にある神殿を塒にしているという憶測が確信に変わっていった。

 日没間近にようやく火口に着いた。仲間はすでにアーサーを含めて四人だけである。一息ついている暇はない。神殿があるのは火口内部である。古代の連中がどう掘ったのかは知らないが、火口には横穴が掘られており、そこが神殿になっているのだ。

 当初、アーサーはハルバードを杭代わりにして地面に刺し、それに命綱である鎖をかけて神殿に近づき、そこになんらかの攻撃をして化け物どもを引きずり出そうと考えたのだが、団員から危険だし歴史的にも重要な場所だからダメだと言われたので一旦は諦める。だが、今は出発前に想定していた戦力もなければ、ほかに化け物を引きずり出す手段もないということで、結局はアーサーの計画に沿って神殿に入ることにする。【地】のウィザードに杭と鎖を作ってもらい、それを頼りにアーサーが神殿に侵入。化け物が眠っていれば寝込みを襲って駆除して、起きていれば威嚇や挑発して引きずり出すといった乱暴な作戦であるが、疲労が溜まっていた仲間たちも深く考えるだけの余力も時間も無かったので、この作戦通りに行う。アーサーは、杭に繋がった鎖を腰のベルトに繋げる。その鎖を掴んで慎重に火口を下りて、もうすぐ足が横穴に届く辺りまで来たときに、その横穴から昨日の黒いトカゲの化け物が飛び出して来た。その背中にはハルピュイアが乗っていた。

「飛び出したぞ! 引き上げろ!」

 頭上の仲間に指示を出す。と、【地】で出来た鎖に白い光が横切ったと同時に切れた。

 しまった。忘れてた!

 そう思っても、もう遅い。

「うわああああ!」

 悲鳴を上げて落下するアーサーに焔が迫り来る。それがアーサーを繋いでいる鎖に触れた瞬間、切れたはずの鎖が再び繋がった。火口の入り口にいた【焔】と【地】のウィザードたちの素早い芸当である。その鎖を【焔】で包んだことで、またハルピュイアの【風】で切られることはない。団員の二人がアーサーを引き上げ、もう一人は化け物たちの注意を引くために攻撃する。いつの間にかハルピュイアは黒トカゲから離れて飛んでいた。

 化け物たちの戦いかたは、黒トカゲが好き勝手に暴れるのを、ハルピュイアが手助けするというものだった。ただ、どちらも空を飛んでいるため対処しづらく、さっきの犬と猿ではないが、片方に意識を向けるともう片方からの攻撃を受けた。団員たちは携行していた猟銃まで使うのだが、黒トカゲの口から放たれる【焔】で視界が奪われるのと同時に、巨体を活かした体当たりや、尻尾を振り回すといった荒業に対応し切れない。ある団員は【焔】を受けて体勢を崩した拍子に転げ落ち、またある団員は尾を叩き付けられて飛ばされた。アーサーも尾の攻撃を受けたのだが、団員と違ってそれを両腕で抱き締めるように捉えてみせた。このまま地面に叩き付けてやろうとした瞬間に、黒トカゲは上空高く飛び上がる。いま手を放せば間違いなく死んでしまうと、必死に尾を掴んだまま目を強く閉じた。

 黒トカゲは火口内部に急降下する。そして尾を強く振り払った。それでもアーサーは尾を放さない。次に黒トカゲが円を描くように飛び続けたあと、再び上昇する。そしてさっき同様に急降下しては、火口内部で円を描くように飛ぶ。それを何度も繰り返しているうちに、黒トカゲのほうが諦めたのか火口の入り口に着陸すると同時に、アーサーに向けて口を開いた。

 アーサーはウィザードではないので黒トカゲの【焔】から身を守れない。

 もうダメだと思ったのと同時に、黒トカゲが火を吹いた。アーサーは思わず目を力強く瞑った。

 暑いことは暑い。だが、熱くはない。

 そっと目を開けるとアーサーの目の前に現れた土の壁が、彼を【焔】から守っていた。

「クルスさん! 大丈夫ですか!」

 メリッサの声だ。ならばこの壁は奴らが作ったものか。

「貴様ら! 来てくれたのか! よくやった! がはははは!」と笑った。

 チカプが黒トカゲに向かって鎖の付いた【地】の槍を飛ばす。黒トカゲも自身の【焔】のマナを【地】に転じて応戦しようとするのだが、それを団員の【風】が妨害した。黒トカゲの胴や脚を覆っている鱗は、チカプが思っていた以上に硬くて槍が刺さらない。もう一度、槍を飛ばすと近くを飛んでいたハルピュイアの【風】が、【地】のマナで作られている槍を取り込んで妨害してくる。

「まずは、あの蝿をなんとかしないと」

 アーサーは連れてきた団員たちを見る。すでに傷まみれ砂まみれだが、なんとか立ち上がっていた。

「野郎ども! 少しの間でいい! あの蝿をなんとかするんだ!」

 団員たちが【焔】や【地】のマナをハルピュイア向かって放ち、相手も必死になって躱し続けるのだが、黒トカゲはそれに我関せずと言いたげに見向きもしない。どうやらハルピュイアは、それなりに知能があって黒トカゲの応援が出来るらしいが、この黒トカゲには「連携」といった概念が持てるほどのお(つむ)は無いようだ。

「小僧! あのトカゲの動きを止めろ!」とアーサーが、チカプに怒鳴った。

 再度、鎖の付いた【地】の槍を作ってみせると、それを今度は黒トカゲの翼に向かって放った。なるほど。頭や胴とは違い、翼の膜には頑丈な鱗はない。刺さった槍を外そうと何度も羽撃くような仕草を見せるのだが、【地】の槍から湧き出る蔓のようなものが翼を拘束して、さらには返しまで付いているのだから外せない。それどころか、槍から伸びた(やいば)が黒トカゲの翼を切り裂いて大きな穴を空けた。

 アーサーとメリッサを含めた三人が、綱引きの要領で黒トカゲを転ばせると、その頭が地面を叩き付けられた。起き上がろうとする黒トカゲの首を、アーサーのハルバードが真ッ二つに断ち切った。黒トカゲの体が砂のように朽ちていくのを見て、思わず「なんじゃこりゃ!」と声が出た。だが、まだ退治できていない化け物がもう一体いると、団員たちが戦っているハルピュイアに目を向けた。疲れが限界にまで達している団員たちは、三人掛かりにも拘わらずハルピュイアが逃げないようにするだけで精一杯だった。ハルピュイアも命が惜しいのだろう。団員たちの攻撃を躱しながら、【風】や【水】のマナで反撃や防御しつつ、時には爪を立てて団員たちに襲い掛かっていた。

「出来ればあの化け物を殺さずに生け捕って下さい。フラメルさんやホーエンハイムを(さら)った化け物の仲間かも知れません」

 メリッサの言葉に「捕まえたところで無駄だろ」とアーサーは返したのだが、「いえ、あの化け物は喋れるはずです」と返される。

「ホントか?!」

「はい。渓谷で駆除した、あれと同じ姿の化け物は、片言ながら喋ってましたので」

「うむ、分かった。出来るかどうか分からんが、とにかくやってみよう」

 アーサー達と団員らの六人がハルピュイアを襲う。とはいっても、ウィザードではないアーサーが出来る攻撃といえば、ハルピュイアに向かって石を投げる程度であった。そんな様子で一度もマナを使って来ないアーサーに襲い掛かれば、逃げる隙が生じると思ったのだろう。しばらくは死ぬ物狂いで攻撃を躱し続けていたハルピュイアが、不意にアーサーに襲い掛かった。

 彼に考える暇など無かった。反射的にハルバードを振り下ろしてしまったのだが、その斧が見事にハルピュイアの後頭部に()り込んだ。黒トカゲと同じように、ハルピュイアの体が砂のように朽ちていく。

「いや、なんて言うか、すまん。思わず、やってしまった」

「仕方ないですね。さあ、帰りましょうか」と、メリッサは何だか素ッ気なかった。


 火山を下った頃には、とっくに日が暮れて辺りは真ッ暗だった。それでも麓には分かれた団員たちがアーサー達の帰りを待っていた。

「お前ら無事だったのか。しぶとい連中で、まあよかった」とアーサーは笑う。

 登山中に分かれたあとのことを聞くと、皆どうにか化け物退治を済ませたそうだが、一部の化け物には逃げられたそうだ。戦いの途中に、チカプらと会った者もいたそうだが、訳を知るとアーサーを追うように指示したと言う。

「そう言えば、なんでお前ら、オレ達が火山にいるって知ってたんだ?」とチカプらに尋ねる。

「昼前にクルスさんの自宅を訪ねたときに、すでに聖地に化け物退治に向かわれたと伺ったので。私たちも微力ながら力になれればと思って追い掛けたんです」とメリッサだ。

「そうか! そうか! それにしても助かったぞ。さすが、そこらで化け物を倒しまくってる奴らだ! がはははは!」

 それを聞いた団員の一人が言う。

「アーサーさん、それってどういう事ですか?」

「ああ。この小僧どもは、ホライとかアイオロスとかの化け物をやっつけた、凄い奴らなんだ」とチカプの肩を強く叩いて、また笑った。

「二首の犬とか、キミアに出たとかいう変なライオンとかですか?」

「ああ、そうだ。行くとこ行くとこで、化け物退治をしてるそうだ。すごいだろ! お前らも、ちょっとは見習えよ! がはははは」と満足気だが、誰かが「こいつらが化け物を呼んだんじゃ?」とボソッと(こぼ)す。

 おい、聞こえるぞ。

 だって変だろ。同じ奴が、何度も化け物と戦うなんて。

 そうだけど。

 こいつらが居るから、化け物が来るんじゃないか?

 失礼だぞ。いくら、そうとしか思えないからって。

「あれ? なんか変なこと言った?」

 アーサーがきょとんとして、チカプ達に言った。

「別に」とだけ返したメリッサと、チカプはそのまま黙って宿屋へと歩き出す。

 その後ろ姿を、団員たちは冷たい視線で見送った。

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