第八回 見つめる記憶:死の克服
仕様の関係でフリガナに不自然なところがあります。
ヴィクターからすれば、植物の無茶な接ぎ木は実験の初歩に過ぎない。今度は動物での実験である。これも庭にいたミミズを捕まえて行った。複数の個体を区別するために、個体ごとに色を塗って、その後に二匹のミミズから切断した部位を取り替える手術を行う。赤色に塗った個体の首と、青色に塗った個体の胴の繋ぐといったものだ。当初は何匹もの犠牲を出したが、数多の試行を経てようやく成功した。このミミズは接ぎ木のように繋げただけなので、外科手術によって器官や神経を繋げるようなことはしていない。錬金術によって二匹のミミズを接合させたのだ。ただ、これだけでは飽き足らない。今度は二首ミミズを作ってみせた。それを三つ首、四つ首と増やしていく。どの個体も問題なく生きている。一日に一度、ミミズの体内に埋め込んだ香星にマナを注ぐと、拒絶による死亡は起こらなかった。この複数の接合ミミズを同じ飼育ケースに入れていたこともあり、気がつけば繁殖までしていた。その卵を育ててみると、生まれた子供は健康だった。つまり、この技術は繁殖において問題が生じないということだ。
この二代目ミミズの血筋はどうなるのか。普通に考えれば、繁殖に関わる器官を持っていた個体の子供であるが、錬金術という特殊な技術で接合させた訳だから、その影響で別の個体の血は混ざっていないのだろうか。確かめようにも同種間での接合であるため見た目では確かめようもない。まあ、実験も上手くいったことだから、もうこのミミズ達には用はない。外に逃がすのもどうかと思ったので、香星を取り出したのちに観賞魚の餌となった。
ちなみにだが、偶然得たミミズの卵を使って新たな技術を確立し『孵化促進法』と名付ける。これは卵の成長を早めるといったもので、つまりは早く孵化するといったものだ。もちろん、これは例の資料にあったものを参考にして確立したものであり、これは繁殖実験に極めて役立った。
ミミズの次は爬虫類で実験を行う。入手した無毒の蛇を二匹使って、実験ミミズ同様に首と胴を入れ替える移植すると、実験に成功した二匹の接合ヘビはそれぞれ健康だった。次に二首の蛇になるよう移植する実験にも成功した。ここまでは接合ミミズ同様に問題はない。次はいよいよ異種間での移植を行う。例えるなら首がコブラで、胴はマムシといった具合であるが、これも問題なく成功した。今度は複数の首を持たせる移植であるが、これも二種類の別種の蛇の頭を加えた三つ首の蛇を作るのにも成功し、さらには三つの首と胴がそれぞれ異なる種類の蛇にすることが出来た。例えるなら、ハブ、コブラ、マムシの首を持つニシキヘビといった具合だ。もはや完璧である。今度はもっと離れた種で実験を行ってみる。ヘビの首を持ったトカゲを作ってみると、これもまた成功した。
次は繁殖の実験である。繁殖期が同じて交雑可能な二種類の蛇の番いを用意して、それぞれの雄ヘビの首と胴を入れ替えた接合ヘビにする。そして繁殖期と同じ環境を整えて、その接合ヘビを二匹の雌ヘビと交配させた。
ヴィクターの予想では首が同種の雌雄の間には交雑種が生まれ、胴が同種の雌雄の間には同種が生まれるはずである。実験の結果、やはり予想通りの結果が生じた。どちらの子も解剖まで行ったのだが、前者の子供は雑種であり、後者は普通の純血種だった。
なんだ、面白くない。
いくつもの実験で、歪んだ成功を見てきたヴィクターからすれば、平凡すぎて大きく期待を裏切られたような気持ちになった。
条件を変えて、また爬虫類だけではなく魚や哺乳類など色んな動物を使って同様の実験を行ったが、その結果から「繁殖に関わる器官と同種の個体とのみ繁殖が可能」であり「子供には、その器官の個体の血統のみが継承されて、移植した別個体からの影響はない」と結論付けた。
これは錬金術の移植を行っても、提供者の血統が受容者の子には受け継がれないということであり、仮にヴィクターが他人から健全な部位を貰ったとしても、ヴィクターの子に他人の血統が混じらないということを示している。ヴィクターからすれば面白みこそ無い情報ではあるが極めて有益だった。
繁殖実験の最中にも、いくつかの研究を並行して行っていた。一つは香星の質を高める研究であり、無事に成果も上がった。常にマナを消費し続けるために、その補給が必要だった香星と、常にマナを吸収し続ける通常の星と連動させた星座が出来上がる。噛み合い連動するが互いに異なる向きに回るために、ヴィクターが『歯車星』と呼んだ、この星座によって逐一香星にマナを補給する必要が無くなり効率が良くなった。
もう一つ成果が、大きく異なる別種からの移植である。例えばトカゲにイモリの鰓を移植すれば、トカゲも水中で呼吸が可能になるというものだ。これも鳥の翼を移植して空を飛ぶといった、筋肉の量や構造の問題などほかの事情がない限り、かつ存在そのものが有害でなければ無事に機能することが分かった。ほかにも犬や猫の尾の先を蛇の首に付け替えるといった実験でも無事に成功した。
どの実験も錬金術を使って、星が無事に機能すればどれも問題なく成功する。それが面白くて、ヴィクターの実験室には異形な生物が増えていき、不要になった個体は別の個体の餌と消えた。ただ、不思議なことに切断して失われた部位は、イモリの腕やトカゲの尾のように「元から再生機能を有している」場合以外では復元できなかった。ヴィクターからすれば、別種間での移植よりも簡単に思えたので、何度も実験を繰り返してみたが一向に成功せず、例の資料には手掛かりになるような記述は無かった。
ヴィクターの研究は、ヴィクター自身の体を健全にするためである。彼の体から異常な部位を切除して、健全な部位として再生させるといった手段がないのなら、その異常な部位の代わりとして、他人から健康な部位を貰う必要がある。当初の接合や移植の実験から、他人の部位を移植しても問題は無いのは分かってはいるが、ヴィクターからすれば最悪に備えた最終手段だった。ほかにも移植するための部位をどこから持って来るかと考えたとき、もっとも無難なのが動物からであるが、やはり気持ちが悪かった。それに短期的に見れば問題ないだけで、長期的にはどうなるのか分からない。そう考えれば動物のものは使えない。やはり同種の人間から体の部位を頂くことになるのだが、誰から頂くのかという話になる。生きている者から貰えば、必ずなんらかの社会的な問題が生じる。それに動物からの移植を想定したときのように、長期的な健康を考えれば、やはり移植が可能な組み合わせの相手から体の部位を頂くのが望ましいのだが、同じ血液型の人物の人から血液を拝借するのとは違い、生命維持に深く関わる部位となると適合者を探すのは難しい。墓場で眠る死体から頂くというのもあるが、体は死後に劣化し腐敗する。その対策をどうするのか。やはり、動物から移植するのが最も簡単ではあるのだが、この禁忌ともいえる研究は自分一人で行っているため、万が一が起こったとしても自分一人で解決しなければならない。つまり、瀕死の重体になっても誰にも助けてもらえないのだ。
再びヘルモントの資料を読んでみる。だが、手掛かりは無かった。
ヴィクターは途方に暮れた。
ある日、ヴィクターの容態が一層悪くなった。朝から晩まで頭が重くガンガン痛む。胸が締め付けられて息も出来ない。簡素な食事すら出来ないほどだった。普段服用している薬を通常の何倍も飲んで無理やり症状を抑えるのだが、今度はその副作用に体が持たなかった。ヴィクターが専門とする錬金術は医学と深い関わりがあるため、医学に対して門外漢ということはない。そのため、ヴィクターの症状は複数の病気が同時に進行しているためだと確信しており、それは彼の診察をしている医師も認めていた。
あまりにも不調なために一週間以上も仕事を休んでしまった。ここまで休むと、いくらヘルモントらが彼の病状に理解があるとはいえ、いつクビになっても仕方がないと不安になってくる。本来ならば入院しなければならないほど酷い状態だったが、自宅に異形な生物を隠している以上、長時間の外出は避けたかった。
無理にでも大学に出勤する。なんとか仕事をしてみせるが、当然ながら殆ど役には立たなかった。他人からすれば居ても居なくても同じといった具合であるばかりか、普段なら言葉を交わさないような相手からも「大丈夫ですか」などと心配される始末だった。数日して、どうにか地獄から解放される。とは言っても、症状がある程度治まったというだけであり、病気そのものは治っていないし、普段からある不調は相変わらずであった。
またある日、教授室から研究資料を取って来るようヘルモントに雑務を頼まれたヴィクターは、内心喜びながらそれを引き受ける。教授室に入ってすぐにサイドボードを覗いてはエクリプス・タブレットに関する資料がないかを探してみると、奥のほうに皺くちゃになって埋もれている封筒があった。引ッ張り出して確認してみると、やはりヘルモントとホーエンハイムの名前がある。中に入った書類には、例の暗号でなにかが書かれていた。怪しく口元を緩めて、その封筒を白衣に収める。そして何事もなかったように、頼まれていた資料をヘルモントに手渡した。
帰宅して例の資料を読んだヴィクターは驚愕する。人工生命体であるホムンクルスの生成に関わる情報が書かれていたのだ。ホムンクルスの原義は「小人」という意味であるため、資料には「人の姿をした小型の生命体の生成について」といった具合に書かれているのだが、その生成手段は技術さえ確立してしまえば幾らでも応用が利くものだった。すぐに翻訳した資料を読んで、一字一句誤りなく暗唱できるほどに頭に刻み込んだのちに、動物実験を繰り返す。ホムンクルス生成の技術で、自分の分身から健全な部位を手に入れて、それを自分の不健全な部位と入れ替えれば、なんら問題のない完璧な肉体が手に入る。夢が現実に近づく足音を聞くほど、いくら体調を崩そうが実験を休んだり寝込んだりしようなどとは思わなかった。
このホムンクルス生成の技術は、最初に手に入れた資料にあった知識を応用して作った、卵の成長を早める技術の基礎と類似性があった。恐らくは、ヘルモントとホーエンハイムなる人物はその技術を応用してこれを作ったのだろう。ほかにも、ヴィクターが独自で開発したと思っていた『歯車星』と類似した星の生成方法も書かれていたことで、さらにその技術を超えるようなものを作ってやろうという彼の野心を燃え上がらせた。
資料にある『缶内生成法』と書かれたホムンクルス生成は、缶に歯車星と素材になるものを入れて培養することでホムンクルスを生成するといったものである。缶を卵の代わりに使うためなのか、生成された個体は全て赤子になるらしい。それに、発生段階から作用する必要があるためか、先に行っていた移植実験よりも高濃度のマナが必要になった。ヴィクターは幾度の失敗を繰り返して、ようやく蛇を実験台に使ったホムンクルスの生成に成功する。その蛇の大きさはホムンクルスの原義通り、赤子であることを考慮しても元の個体と比べれば明らかに小さかったのだが、それ以外は元の個体とホムンクルスとの間には差異は無かった。体の形も臓器の数も同じだったのだ。次は移植実験をする。とは言っても大きさの違いから、以前のようにそれぞれの首を入れ替えるなんてことは出来ないので、ホムンクルスの首を元の個体に移植して、提灯のある鮟鱇のような歪な双頭の蛇にする。同様の実験を続けた。ネズミ、イヌ、ネコ、トカゲとこの技術はどの動物にも応用できた。だが、どの動物で同じなのだが、確実にホムンクルスを生成することは出来ずに、大半は生成の途中に死んでしまった。仮に無事に生成できた個体であっても、死亡と同時に砂像のように朽ち果てるといった現象が起こった。
待ちに待った禁忌を行う。ヴィクターは自分の血をもとにホムンクルスを生成した。その自分の弟や息子というべき個体を見るまで、期待に胸が高鳴ってある種の興奮を抑えることが出来なかったのだが、それを見た直後に絶望する。命こそ得ていたが元となったヴィクターと同じように同じ箇所が不健全だった。大きさの問題を解決したとしても、とても移植に使えるような素材ではなかった。最初の子供は蛇の餌にして、二人目三人目と生成していくのだが、どれも書き写したように出来損ないの体である。ヴィクターは自分の体は偶発的に病魔に侵されたものではなく、彼自身の血肉が本来備えてしまった必然であるということを、このとき初めて知ったのだ。
自分の血肉から、新しい部位を作るのは不適格だ。
ならばどうするか。やはり移植可能な組み合わせの人物から、必要な体の部位を貰う必要がある。ホムンクルス生成の技術を使えば、その人物を攫ったり殺したりする必要はないので、当初よりは楽に必要な部位を調達できるのだが、やはり生成されたホムンクルスが小さすぎるという問題が残っていた。
二つある例の資料を何度も読み漁って手掛かりを探しては、ホムンクルスの大きさに変化を加えられないか実験を繰り返したが、成果らしい成果はなかった。
元の個体とホムンクルスの大きさの差異による問題が解決できない以上、ホムンクルスから部位を貰うわけにはいかない。ならば自分の劣悪な部位を治療するなり、健康な部位に作り替える手段を確立するのに力を入れるべきだろうと、ヴィクターは考える。無論これは以前から考えていたことであり、ほかの実験と並行して研究していたのだが、これも成果らしい成果が上がらなかったのだ。自分の病魔に侵された部位の生検に使う病変組織は、自分のホムンクルスから採取したので、今までよりは研究が進むとは思っていたのだが、まるで成果がない。
ヴィクターは考える。
生命維持において最も問題のある状態とはなにか。
それは『死』だ。
死ねば機能しないどころか、劣化や腐敗から免れることは出来ない。その『死』の状態にあるものを、どうやって生き返らせるか。いや、生きているように機能させられるか。
死んだ蛇の胴体に、生きている蛇の首を移植する実験を行うと、その蛇はすぐに死んだ。同様の実験を行えば、やはりドンドン死んでいく。死んだといっても健康な肺や心臓があればほんの少しだけ生き続けるが、やはり死ぬ。ヴィクターは、死体に生存個体を移植しても、例えば消化器官が死んでいれば餌を与えても栄養を取り込めないように、ほかの臓器が生命を維持する機能が果たせないからだと考えて、今度は生存している蛇に、死んだ蛇の尾の先の部分だけを移植してみたのだが、そこから壊死してやはり最後は死んでしまった。やはり死んでいる箇所は、生存において有害である。だが、どうにかして生きているように振舞ってもらう必要があった。それでも一応は、死後間もない死体からの移植では成功した例もあるのだが、これなら個体として死んだだけで組織としては生きているといった、「完全には死んでいない」からであり、つまり生存個体からの移植と大差ないものだとヴィクターは考えた。有益かも知れないが、自分のために活用できる知識とは思えなかった。
ホムンクルス生成の技術を応用してみる。この実験でも当然ながら実験個体は悉く死に、数え切れないほどの失敗の果てに、ようやく一匹だけ動く蛇を出したのだが、ただ痙攣しているようにしか見えなかった。恐らくは生きているのだろうが理想には程遠い。同様の実験を、条件などを僅かに変えながら繰り返していると、ついに生きた蛇のように振る舞う個体が現れた。餌を与えると興味を示して、しかも食べた。そして観察するのだが、膨らんだその蛇の腹は一向に小さくならない。この個体は首が生存個体だったのだが、胴は死体であるために餌の消化と吸収が出来ないようだ。それに移植手術のために埋め込んでいた香星のマナが切れると同時にその蛇は動かなくなり、マナを補給しても再起動することは無かった。
実験を続けていくうちに少しずつだが、生存個体と死体の移植による技術が確立していった。それを元に死体だけを使って生きているように振る舞わせる実験を行ったのだが、これも一応は生きているように動くのだが、器官や臓器は生存しているように機能しなかった。それでも一定の成果が出たので、錬金術によって生存個体に死体を移植することを『ゾンビ移植』、死亡個体を動くようにしたものを『ゾンビ擬生物』、そして接ぎ木実験から行っていた移植法には『錬金術式移植』と名付けた。ゾンビ擬生物やどの移植でもマナが切れれば死んでしまうが、それは初期の実験からも分かっているので、ヴィクターはそこを問題視しなかった。
ゾンビ移植個体である「首が生存個体で胴体が死体である個体」の場合は、餌を与えても栄養を取り込めずに死亡し、逆にゾンビ擬生物である「首が死体で胴体が生存個体」であれば、栄養摂取については問題ないのだが、首が死んでいる以上、目鼻や脳といった器官が機能している様子は見られなかった。餌もたまたま口に入ったものが、たまたま喉の奥に行って栄養になるといった具合で、自分から餌を食べるような仕草が無かったのだ。
死んだ箇所も生きている箇所と同様に機能しなければならない。これが成功しなければ、生きている個体から直接部位を奪わなければならない。ヴィクターの目的を考えたとき、安全性を考えれば人から必要部位を奪うことになるのだが、それは危険が大きすぎる。
ホムンクルスの生成は、血肉を培養するような形で行われるのだが、ヴィクターはゾンビ擬生物の蛇を丸々一体使ってホムンクルスの生成を行ってみる。無論、通常のホムンクルスの生成とは条件などを変えていて、何度も何度も実験を繰り返すうちに一匹だけ本当に生きているような個体の生成に成功する。しかも素材となった元の個体と同じ大きさであり、成長段階なども同じである。餌を与えれば意識して食べるし、膨らんだ腹も小さくなる。この個体と通常の生存個体を使って通常の錬金術式移植を行う。前者は、首がホムンクルスで胴は通常の個体。後者は、首が通常の個体で胴がホムンクルスという二体である。術式の性質上「生存個体同士なら生き続け、片方が死体なら死亡する」ので、今までなら二匹とも死んでしまうのだが、この実験ではヴィクターの予想した通り二匹の蛇は問題なく生き続けた。感無量である。これは死体を生き返らせたといってもいい成果だった。序でに行った実験で、後者の蛇に香星にマナの補充をやめると、その蛇は死んでしまったのだが、これも初期から分かっていることなので問題視はしなかった。それより奇妙なのは、やはり、死んだその蛇の胴……つまりホムンクルスの部位は死亡と同時に朽ち果てたのだ。
とにかく、この新型ホムンクルス生成の実験を生存個体やほかのゾンビ擬生物でも行うと、やはり当初から問題視している生成の不確実性から犠牲を出してしまったが、無事に成功した個体もあった。ほかにもネズミなど蛇以外の動物でも実験を行うと、蛇と同様の確率で同じような新型ホムンクルス生成に成功する。当初から生成できる小さなホムンクルスを、新型ホムンクルスに作り替えると、やはり小さな新型ホムンクルスとして生成された。
この新型ホムンクルスの観察を続けた結果、どうやら死体やゾンビ擬生物を素材に生成した新型ホムンクルスには記憶といったものがないらしく、どの個体も本能のまま動いている。空腹になれば食べられそうなものを口に入れ、眠くなれば眠る。ネズミには一定の行動ののちに苦痛を与えると、その行動をしなくなるといった学習能力があるのだが、この新型のネズミは何度苦痛を与えても一向にそれを覚えようとはしない。もしや苦痛を感じないのかとすら思ったが、ネズミの様子から苦痛を感じているのは間違いない。それでも苦痛を味わう条件を覚える気配は無かった。それと同様なのか、どの個体も巣や塒のようなものは持たず、眠る場所はいつも異なっていた。
ヴィクターは一定の技術確立に成功したとして、この素材となった個体の全身を用いて生成した新型ホムンクルスに『再生型ホムンクルス』と名付け、その中でも死体やゾンビ擬生物をもとにしたものを『ゾンビ型ホムンクルス』とした。その対比として以前から生成できた小さいホムンクルスには『通常型ホムンクルス』と名付けた。
ゾンビ型は知能においては残念な結果となったが、ヴィクターからすれば健全な体から健全な部位を頂戴するための通過点に過ぎないので、知能の問題には関心が薄かった。それ以上に問題なのは、缶内生成法によるホムンクルスの生成確率が一向に低いままだということである。体の一部を使ってもホムンクルスは生成できるのだが、それだとどうしても小さくなる。出来れば用意した死体をそのまま使用してホムンクルスを生成したいのだが、ヴィクターの病弱で華奢な体では死体一つを持って帰るのも至難の業である。どうしても協力者が必要になるのだが、当然ながらそんな奴はいない。