第六回 見つめる記憶:目覚めた衝動
仕様の関係でフリガナに不自然なところがあります。
バシリスクと名乗ったヴィクター・シェリーによって、新たなホムンクルスが生成された。この個体はMnemosyneといって、エトンらほかのホムンクルスと違い「記憶を覗き見る」といった能力が付与された。その様相は人間の姿であり、特にヴィクターの母|Caroline Shelleyと、エリザベス・グローグの二人を足して割ったものであった。無論これはヴィクターが意図的に、母親とエリザベスの容姿をムネモシュネに継がせたことによる。
ムネモシュネを生成した目的は、ケレブ達によって間に合いはしなかったが、彼女にホーエンハイムらの記憶を見せて、エクリプス・カードの情報を奪うためであった。だが、その記憶を覗き見る能力が正確なのかは、客観的に判断する術がない。そのため、彼女が見つめた記憶に誤りがないかを確かめるために、ムネモシュネが最初に覗き見る記憶の持ち主を、ヴィクター本人にした。
「さあ、我が妹ムネモシュネ。僕の記憶を見たあとに、私の質問に答えるんだ」
鶏冠のついた蛇の仮面を被って立っているヴィクターが、ムネモシュネに言った。無表情に近く、そして美しい顔をしているムネモシュネの手を掴んで、そっと自分の頬に触れさせた。ムネモシュネは目を瞑ると、その体が緑色の光に包まれた。
ガイアの丘の鉱業王であるシェリー家の子として生まれたヴィクターは、生まれながらに病弱だった。だが、天才だった。学年に一人や二人はいる優秀な生徒という程度ではなかったのだが、病気によってほとんど学校には通えなかった。そのため、家や病院で過ごす時間が長かったのもあり、もっとも多くの時間を共有するのが母親だった。ヴィクターが病弱だったというのもあるだろうが、母親は必要以上に息子を溺愛し、彼もそれを全身で受け止める。時たま父親が「甘やかしすぎだ」と注意することもあったのだが、途中から諦めたのか呆れたのか、二人の過剰な接触になにも言わなくなる。
成績は極めて優秀だったため、十一歳で名門のキミア大学にも入学できたのだが、やはり生まれながらの呪縛が、彼の人生の枷となる。もしも順調に大学に通えれば二年以内には卒業できたのであろうが、結局は十年以上も学生として大学に在籍した。ヴィクターが大学を卒業したのは、同年の学生が卒業した二年後であった。
その在学中に不幸なことが起きる。両親と一緒に街中を移動しているときに、交通事故に巻き込まれて両親が死亡する。そのときに重傷を負ったヴィクターは、父親が呆気なく死に、母親が苦しみながら死んでいくのを見てしまった。
両親はキミア・ポリスにある墓地に埋葬される。ヴィクターは二人の名前が刻まれた墓石に抱きついて叫んだ。
「僕はこれからどうやって、こんな体で生きていけばいいんだ!」
「お願い! 生き返って! 僕を見捨てないで!」
「お母さん! お父さん! お母さん! おかああさあん!」
そんな彼の姿を、ヘルモントはどう声を掛けていいのか分からずに黙って見つめていた。ヘルモントは彼の母親のキャロライン・シェリーの上司であり、彼の父親とも面識があったのだ。
ヴィクターの両親が残した財産があれば、狂ったほどに散財しなければ無事に生きていけるだろうと、ヘルモントら彼の両親の知り合いたちは思っていたのだが、シェリー家の親族がそれを許さなかった。親族はヴィクターの両親の遺産を奪うために、手練手管を用いて可能な限り奪い取った。このような仕打ちは、ヴィクターの祖父……つまり、キャロライン・シェリーの父親が、病弱なヴィクターに見切りを付けていたからであり、間引きの対象に金を回すよりは、将来有望なほかの孫たち……つまりはヴィクターの従兄弟らに回すべきだと考え、ほかの親族も同調した。というか、ヴィクターの生まれながらの体質は方便や建前であり、実際のところ祖父はヴィクターの父親を財産狙いのGigoloや紐といった男だと強く思い込んでいた節があった。現にキャロラインがすべきシェリー家の事業は、彼女ではなくヴィクターの父親が行っていたのだが、祖父からすれば娘の仕事を夫が奪い取ったようにしか見えなかった。そのため、自分の孫というよりは寄生虫の息子という認識の強いヴィクターに対して容赦が無かった。ヴィクターの父親が、財産や地位を狙ってキャロラインと結婚した訳でも、好き勝手に放蕩を働いていた訳でもない。だが、鉱業王の一族からすれば、あまりにも平凡で面白みのない男だった。
ヴィクターは弁護士を立てて親族に応戦したのだが、結局ヴィクターに残ったのは、キミア・ポリスにある自宅の屋敷と、恐らくは二十年程度で使い果たしてしまうであろうといった財産だけであった。それでも高額には変わりないのだが、本来受け取れる額からすれば骨の髄までしゃぶられたと言ってよかった。
ヴィクター、十四歳のことである。
どうにか大学を卒業できたヴィクターは、そのまま大学に残ってジュゼッペ・フラメル教授のもとで働くことになる。それはヴィクター自身がウィザードとしての才能があったのもあるが、彼に降り掛かった不幸と知り、彼の優れた頭脳を高く評価していたヘルモントの勧めがあったからだ。もちろん、錬金術の発展によって医療分野を向上させることが出来れば、多くの人々を救えるばかりか、自分自身の呪われた体さえ正面にすることが出来るのではないかという希望があった。それはつまり、自分の努力によって、夢にまで見た「健全な体」を手に入れられるかも知れないということだ。
いいことはこれだけではない。同期で卒業したエリザベス・グローグも、ジュゼッペのもとで働くことになる。彼女は才色兼備といった表現が相応しく、高嶺の花といった女性であり、ヴィクターからすれば決して手の届くことのない太陽ですらあった。その太陽とこれから仕事の上とはいえ常に一緒にいられることは、彼からすれば幸福なことだった。ただ、そんな彼の想いをエリザベスが把握している様子はなかった。実際のところ、エリザベスは彼に関心や興味といったものは微塵も無かったのだ。
無口で表情の乏しい人物の性格を「冷静で控えめ」と「陰気で臆病」と取るかは、人によって異なる。ヴィクターからすれば自分の性格は「控えめ」であったが、エリザベスは「陰気」と解釈する。さらに仕事に関することでエリザベスから声を掛けることがあるが、ヴィクターの好意から来る戸惑いを、エリザベスは臆病ゆえの動揺と捉えていた。それはエリザベスがヴィクターを嫌悪する理由にはならなかったのだが、醜悪でこそないが美形でもない、しかも生まれながら病弱であるためしょっちゅう欠勤するヴィクターに対して、エリザベスが彼に男性的な魅力を感じることは無かった。故にエリザベスから、ヴィクターに私的な話を持ち掛けることもなければ、ヴィクターも拒絶されるのを恐れてエリザベスに話し掛ける勇気もなかった。
ある日ヴィクターは、教授になっていたヘルモントから、必要な資料を教授室に取りに行くよう頼まれたのだが、そこのサイドボードに入っていた書類の中から、ボロボロになった古い封筒を発見する。普通ならそのまま元の場所に戻すのだが、その封筒に書かれた文字に目をやると、ギュスターブ・ヘルモントと、ロバート・ホーエンハイムの名前が記載されていた。当時のヴィクターはホーエンハイムのことを知らないが、なんとなく興味を持ったので封筒を開けてみる。中身を見て少し驚いた。見慣れない文字で論文のようなものが書かれている。それがすでに使われなくなった文字を鏡写しにしたものだというのはすぐに分かったが、肝心の書かれている内容が意味不明である。無作為に文字を羅列したようにしか思えない。天才がこれまで蓄積した知識を動員して解析を試みる。
単純なのは、日本語の文章をローマ字書きにするように、別言語の文字で音を記したものとも考えたが、恐らくは違う。AをBとし、BをCと認識するように、文字の役割をすり替えたか。『ほあいうしえお』を書いて『星』と読むように、一文字目の次は三文字無視して五文字目を読むといった、飛び石のように読むのかとも考えたが、これも違う。円周率のような、特定の法則に従って飛ぶ文字数を変えたのかとも思ったが、どうやら違う。特定の文字を無意味な文字として扱っている様子もない。
この奇異な書きかたに変に興味が擽られたのもあって、ヴィクターはもう少しこの謎解きをしたかったのだが、仕事があるため書類を元の場所に戻して去って行った。
数日経ったある日、またヘルモントの教授室で奇妙な資料のことを思い出す。そのときは自分しか居なかったのもあって再び資料を覗いてみるのだが、やはり意味が分からない。古い紙だというのは見て分かるから、ヘルモントが若い頃にホーエンハイムなる人物と遊び半分で作ったものだろうか。いや、大学にあるということはヘルモントは研究員であり、少なくとも大学生だったはず。こんな事をするのはあまりにも幼稚だ。そう考えると、やはり、なにか意味があるものが書かれているはずだ。
研究者は他人に研究成果を盗まれることがある。それを警戒して自前の暗号にしたのだろうか。それ以外となると、日頃の愚痴かなにかを書き留めた日記のようなものだろうか。そういう秘密の日記を二人で書くだろうか。男同士で交換日記でもしていたのだろうか。いや、内容は不明だが書きかたから察するに、なにかの実験成果などを記したものに見えるし、意味不明な図に補足のような文章もある。未知の文字で書かれた、ある程度まとまった研究資料と考えたほうが合点がいく。
いろいろ思案しながら解読を試みるが、どうしても分からない。どう考えてもどの知識を当てはめてもピンと来なかった。ヴィクターはいつの間にか解読に夢中になってしまったのだが、不意に扉が開いたため思わず書類と封筒の自分の白衣に隠した。
「シェリーくん、遅いじゃないか」とヘルモントだ。
ヴィクターは、部屋に来る前にトイレに行っていただの、探している資料がなかなか見つからなかっただのと、いい加減な嘘で取り繕った。ヘルモントはそれを真に受けたのか、そもそも古い資料のことを忘れていて用心していなかったのかは分からないが、特にお咎めを受けることもなくその日を終えた。
帰宅したヴィクターは、返し損ねた古い資料を見つめていた。明日は必ず返さないといけないと思いつつ、ほんの好奇心から解読を再開する。
ああでもない、こうでもない。
夜が更けて次第に眠くなってくる。それでも気になって資料を見ているうちに不覚にも眠ってしまった。すぐに目が覚めたのだが、そのとき慌てて資料を見たときピンと来た。白紙に閃いたことを書き留めて、別室にあった言語に関する書物を持ってくる。古語・外国語などを調べながら解読に取り掛かる。
この資料は例えるなら、中国語で書かれた文字を日本読みして、「あ」を【A】、「い」を【B】、「う」を【C】と続いて、「ね」を【X】、「の」を【Y】、「は」を【Z】、「ひ」を【a】、「ふ」を【b】、「へ」を【c】といった、仮名にローマ字の大文字・小文字を当てて書いたようなものである。余った文字は、解読手段が分からない読み手を混乱させるための無意味な文字として、また日本語でいう濁点や半濁点、拗音などを表す記号として使っている。しかも異なる役割を持たせた記号は、連続で同じ意味を持たせず、奇数回なら濁点、偶数回なら半濁点といった具合に持ち回らせて使っている。
つまり『你好 (こんにちは)』が「ジコウ」と読まれ、それを暗号に沿ったローマ字書きである【LzJC】となる。ちなみに例に挙げた暗号では【z】は余るので、この場合は濁点として使っている。話を戻すが、いきなり【LzJC】を見せられて「こんにちは」の意味があるなんて誰も想像できるはずがない。ヴィクターが解読したこの暗号は、この例よりは簡単ではあるが、それでも推理小説などの謎解きとしては難解ではあった。
最初は謎解きが面白くて解読していったヴィクターだったが、だんだんと書かれている内容を知るにつれて血の気が引くような緊張感と、見てはならないものを見たくなる好奇心と、それを覗く高揚感に染まっていく。
うわさ程度には聞いたことがあった。
完璧な内容ではないが、大昔の与太話として残るエクリプス・タブレットに書かれていた内容の断片が、この研究資料には書かれていた。極めて効率よく星を生成する方法、卑金属を貴金属に変化させる手段、生命を弄ぶ手順と、どの項目もヴィクターが学び研究している現代錬金術では不可能や困難とされるものが並んでいた。目を見開き息をするのも忘れて読み耽った。だが、やはりどれだけ解読しても研究資料自体に不備があり、所々で欠落していた。さらに暗号解読に必要な法則を把握したといっても、解読できない箇所がある。例えるなら『ジコウ』と解読した音が、「你好」なのか「時効」なのか分からないのだ。多くは前後の文面で察しが付くのだが、それでもどうしても分からない箇所が残るし、独自の用語や隠語ではないかと思える単語もあった。
ヴィクターは内心、この暗号に書かれた資料の一部または全てが虚偽ではないかとも疑っていた。だが、彼は今にも暴走せんとする好奇心を抑えることが出来なかった。
翌日、ヴィクターは盗むような形で持ち帰ってしまった資料を、ヘルモントに返すことはしなかった。何事もなく仕事をして、それが終わると一目散に帰宅する。部屋に閉じ籠もって、例の資料に書かれていた内容通りに実験してみる。まずは卑金属を貴金属に変化させる実験を行ってみると、それに使った銅が金色に光り輝いた。手に取った輝く銅は明らかに重かった。体積と重さの比重を確認すると、間違いなく黄金のそれだった。
成功だ。この資料は本物だ!
そう思うと面白くて仕方がなかった。学者として、病弱な人間として、この資料の中身を全て完全な形で知りたいという強い願望が込み上げてくる。この資料がなぜ存在するのか、どうして書類の山に葬られたのか、このときのヴィクターは考えもしなかった。
それ以来、あるときは理由をつけ、またあるときは忍び込んでヘルモントの研究資料からエクリプス・タブレットに関連するものを探しまくった。さらに自宅に錬金術に必要な機器や薬品を多く取り寄せる。これは両親が残し、弁護士に守ってもらった財産が元手になっている。さらに安値で取引されている卑金属を、金や銀に変化させて売り捌いた。豪遊を楽しむような性格でもなく、元金持ちの優秀な錬金術研究者が、遺産を売って研究設備を調達しているだけに見えるので、この収入と散財を怪しむ者はいなかった。
生体実験で最初に使ったのは、庭に生えていた低木だった。接ぎ木は通常なら同じ科の植物……桜と桃などの組み合わせで行わないと成功しないが、ヴィクターは最初から異なる科の植物で接ぎ木を試みる。予想通り、普通にやったものは失敗したが、資料を参考に行ったものは成功した。この成果をもとに、庭に生えているあらゆる植物を無数の組み合わせで接ぎ木する。木と木、草と草、木と草などと思いつく限りの組み合わせで何度も接ぎ木を繰り返して、そのたびに成功した。ここまで成功が続くと中毒と思えるほどの高揚感や達成感を覚えてしまうのだが、その喜びは長続きしない。錬金術による無理な接ぎ木は、錬金術の効果が続くまでであり、錬金術の効果は魔法のもとであるマナが無ければ持続しない。
卑金属を貴金属に変える実験では、マナが切れても問題はなかった。だが、生物である以上は錬金術の効果が失われても生き続ける。その生命活動が、錬金術よって生じた「本来ならば有り得ない状態」を拒絶するのだ。
ウィザードではない植物に、マナの効果を与え続けるにはどうすればいいのか。錬金術による無理な接ぎ木をされた植物には、空気・栄養・日光・水のほかにもマナが必要となる。マナが必要ということは、星を使う必要がある。星を使えるのはウィザードだけだ。仮に植物の体内に星を埋め込んだとしても、それを使えないのなら意味をなさないし、なによりマナの力で無理やり生かしている訳だから、常に高濃度のマナが必要になる。ヘルモントの資料には、ウィザードが星を意図的に使わなくても、一定時間はマナを持続させる手段や手掛かりになるようなことが書かれてはいるのだが、必要な情報の半分以上欠落していた。
日中は真面目に働いて、帰宅すれば資料を読んで実験を繰り返すといった生活を続く。体調が悪くて欠勤した日もあったが、ヴィクターはこの私的な研究だけは一日として休まなかった。自分が資料の誤訳でもしたのかと、何度か資料の解読を仕直したが、問題点は見つからなかった。何度か植物での実験を諦めて動物実験を行おうかと思ったのだが、錬金術の効果を常に持続させる手段を確立しないと、とても自分に応用できない。本物のエクリプス・タブレット、いや複製であるカードでも構わないから実物を手に入れたいという願望は日増しに強くなっていった。
ある日ヴィクターは、ヘルモントに頼まれて彼の教授室に資料を取りに行った。部屋には自分一人しかいない。ならばやることは決まっている。こっそりとサイドボードを開けて資料を探す。以前、あの資料を見つけた場所を探したが、やはり見つからない。あの資料は予想通り、たまたま処分し忘れただけだったのだろうか。ずっと探していたいが、たかだか普通の資料を取りに行っただけで時間を食っては不審に思われると、後ろ髪を引かれるような思いで教授室から出て行った。
仕事中も物思いに耽ってしまう。考えてしまうのはエクリプス・タブレットの内容の書かれた資料のことで、時たま息抜き程度にエリザベス・グローグのことを思う。彼女はそのことを知らない。何気なく彼女を見ると、大学では後輩で職場では先輩であるイサーク・クレメンティとなにかを話している。自分とは離れた場所にいるので、二人の会話は聞こえない。ヴィクターは、クレメンティに対して興味もなければ友誼もない。ただ意中の女性と楽しそうに話しているのを見て幼稚な嫉妬を覚えていた。エリザベスも愛想よくお喋りなんかするなと言いたくなるが、彼女ほど聡明な女性が、あの程度の男に心惹かれるはずがないと、すぐにエクリプス・タブレットに思考を移した。
悔しいが発想を変える。常にマナで【焔】を発生させるのではなく、マナの【焔】を解いてもその余熱が残るように出来ないか。発条仕掛けのようなものと思っていい。現代の錬金術においてその技術は確立されていないので、自分で確立する必要があるのだが、まるで成果がない。仕方がないので、もっと発想を変えてみる。マナで作った状態を、錬金術の効果維持に使えないだろうか。つまり、マナで生成した【焔】で体を温めるのではなく、その【焔】を薪に移して、その焚き火で暖を取れないかという具合である。前者の『発条』と後者の『焚き火』の両方を同時に活用できれば尚よい。考え抜いて、思いつく限りの実験を繰り返した結果、ヴィクターは理想に近いものを作ることが出来た。
一言に『星』と言っても色々ある。まずは単に『星』と呼ばれているものの狭義は、一つにつき一つの属性しか持たない単純なマナの結晶である。それの応用として人工的に作られた『星座』というものがあって、これは一つないし複数の星に細工をして高度な機能や複雑な現象を持たせたものがある。この『星』も『星座』も常に空気中のマナの取り込み、その星が属するマナに転換して蓄積する。蓄積したマナを使うには、その星を使うウィザードの力量によって可否や魔法の強弱が決まり、それに沿ってマナが消費される。
一方、ヴィクターが開発した星は、この通常の星や星座とは逆の性質を持っており、常にマナを少し消耗していく。底に小さな穴の空いた水瓶から、水が少しずつ漏れ出してくようなものだ。その漏れ出すマナを使って、錬金術による「本来ならば有り得ない状態」を維持しようとしたのだ。
ヴィクターは通常の星と区別するため、この星を『香星』と名付けた。名前の由来は、燃え尽きるまで燻るお香である。通常の星と同様に『星座』にすることも出来た。この『香星』のことを学会に発表すれば、学者としての名声を得られるはずだが、ヘルモントの資料を参考にしたものであるため、誰にも知らせることはしなかった。