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第十四回 闇を抱いた最高傑作

仕様の関係でフリガナに不自然なところがあります。

 ヘパイストス火山からキミア大学に戻ったメリッサとチカプだったが、そこでチカプはヘルモントからホーエンハイムの手紙を見せられた。そこには養父であるホーエンハイムを攫った首謀者がバシリスクなる者であり、その正体が大学の研究員であるヴィクター・シェリーであること、そしてバシリスクを裏切ったケレブとビビアンなる二人の側近と共に、現在はオケアノス湖に潜伏しているというものだった。ほかにもホムンクルス生成の技術を応用して作られた鴉と隼によって、ヘルモントやチカプらを監視していることなど、ケレブ達から得た情報も書かれていた。

 ヘルモントはこの手紙のことを警察に伝えていなかった。方便としては、鴉と隼が監視している以上、無理に動けば反ってホーエンハイム達に危険が及ぶとしたのだが、実際は警察によってかつて自分たちが行っていた錬金術における禁忌が、白昼の下に晒されるのを恐れたからだ。

 ヴィクターは、ヘルモント宅に訪れた翌日から仕事を休んでいて大学にはいない。そのため彼を捕まえて問い(ただ)すことは出来なかった。

 チカプとヘルモントがどう行動すべきか話し合うのを、メリッサは黙って観察していた。そして話し合いの結論として、手紙に書かれてある住所に向かってホーエンハイム達と合流し、一旦はキミア大学に戻ってくることが決まる。メリッサも一緒にホーエンハイムのもとへ行く予定だったのだが、大学から出たところで監視役の鴉が鳴いてメリッサを呼び出し、その鴉が彼女バシリスクことヴィクターからの命令を告げた。彼女はヴィクターとラミアによって生成された五番目のホムンクルス、キマイラだった。命令には、エトンとヒュドラが裏切り者のケレブとビビアンを駆除するために出動したため、その二人の代わりにアジトの警備をしろというものだった。メリッサは、鴉に大学に置いてきた荷物を取りに行ってからアジトに向かうと行って、チカプに別れを告げたあと一度は大学に戻った。

 メリッサは大学で別れの挨拶と称してヘルモントと会うのだが、カーテンで窓を覆った教授室で、彼に置き手紙を預けた。それと同時に【70.3‐8713】と書かれたメモを渡す。

「もしケレブ・ウォルフと、ビビアン・デイと名乗る人物がこの番号を知っていたら、この手紙を渡して下さい」と告げた。

「別に構わないが、この手紙には何が書かれているんだ?」とヘルモントが尋ねると、「ヴィクター・シェリーの居場所」と返した。

 ヘルモントは思わず息を呑む。


 キミア・ポリスの東側にある広い荒野は『ガイアの丘』と呼ばれて、複数の台地やいくつもの大きな丘陵などが点在している。風が吹けば砂を巻き上げるような土地柄のため、草木などはろくに生えていないが、その代わりに豊富な地下資源に恵まれていて、あらゆる鉱物が手に入ったことから古代には【地】のマナが溢れる聖地とされていた。古くから採掘が行われていたため、丘や山には坑道があり、内部も迷宮のように入り組んでいるのだが、ヴィクターはそんな廃坑を新しいアジトとした。ケレブとビビアンがホーエンハイム達と逃げたときから、すでに自宅の屋敷に潜伏するのは危険極まりないと判断し、ガイアの丘の廃坑なら訪れる者もいないと考えたからだ。ケレブらを捜すために散撒(ばらま)いたホムンクルス達には、アジトの廃山周辺で暴れることを禁じ、その代わりに陽動としてアジトから離れた地域では積極的に暴れさせた。これによってガイアの丘の軍部やウィザード達が、ホムンクルス駆除にために動いたとしても、アジトの廃山が狙われる心配はないと踏んだのだ。それにヴィクターからすれば、この廃山は仮宿であり、長居をする気などサラサラ無かった。

 鴉から伝達を受けたメリッサ・フルーリーことキマイラは、アジトの廃山にいた。エトンとヒュドラとは入れ違いになったために会っていないので、細かな事情は置き手紙で知った。さらに詳しいことを聞こうとヴィクターがいるという場所に向かうのだが、その途中で二体のホムンクルスに止められる。一体はSeirēn(セイレーン)なる女のホムンクルスなのだが、背中と腹の辺りから下は猛禽類のそれだった。人間らしい手があるとはいえ、両腕は翼のようになっていて、そのせいか指が三本しかない。もう一体はTalōs(タロス)というホムンクルスで、全身が缶詰のような西洋風の甲冑を纏った姿である。この二体が言うには、誰であっても通すなとヴィクターから命令を受けているらしい。

 アジトは廃坑なのでとにかく暗かった。ほとんどが通路であり、一部には広間があるのだが、そこは採掘の過程で広くなった場所や、ホムンクルス達を作って部屋にしたものだった。一応は、燭台の明かりがあるのだが、やはり頼りなかった。メリッサは警備のためと称して廃山の通路と部屋の見取り図を確認し、場所によっては実際に歩いて坑道内部を確認した。

 このアジトは本当に蟻塚のように、いくつもの穴から四方八方に広がった坑道は各所で繋がっており、さらには居室・台所・食堂・寝室・医務室・警備用ホムンクルスの控え室など、役割に応じた部屋がいくつも用意されていた。ヴィクターの部屋は、廃山の上層部にある。ここの出入り口はほかの部屋と異なり一つしかない。万が一の事態に備えれば、廃山の深部に居そうなものだが、恐らくはすぐに逃げ出せるためであろうとメリッサは考えた。【(つち)】のマナを使えば外への穴が作れる厚さなので、緊急時には即座に外へ逃げることも出来るし、逆に外から攻められればすぐに深部に逃げられる通路も近くに幾つもある。

 メリッサは「司令室」と呼ばれた、廃山のやや上層にある広間に現れた。ここは、いわゆる「ヴィクターとラミアの子供たち」のための部屋であり、メリッサはエトン達が帰って来るまでここでホムンクルスに指示を出すことになっていたのだ。司令室は出入り口に近く、外はバルコニーになっていて、ほかの部屋よりは明るかった。

 特に何事も起こらず時間が過ぎる。退屈だったメリッサは、司令室にある丸太のような土のstool(スツール)に座り、やはり土の形を整えただけの机に寄り掛かって日記を書いていた。バシリスクやエトンに上げる報告とき、それを細かく求められることがある。この日記はそれに備えたものだった。この日記をそのままバシリスクやエトンに渡すわけではないので、日記の中には些細なメモや、落書きに愚痴なんかも書かれていた。

 外から入る光は赤みを増したころにエトンが鷲の姿で戻って来た。バルコニーに降り立つと同時に人の姿になる。

「ヒュドラは?」

 穴から姿を見せたメリッサがそう尋ねると、エトンは一言「ヒュドラなら死んだ」と答えた。

「ケルベロスとスフィンクスは?」

「スフィンクスも死んだが、ケルベロスは殺し損ねた」

「じゃあ、ホーエンハイムとフラメルはどうなったの?」

「私は知らん。鴉どもに聞け」

 そう言ってメリッサをどかして穴に入り、そのままドカドカと内部に消えていった。

 小さく息をついて外を見る。もうすぐ日が暮れる。


 夜が更けた頃にメリッサがエトンを捜すが、廃山のどこにも彼の姿は無かった。警備についているホムンクルス達にもエトンの居場所を尋ねたが、やはり誰もそれを知らなかった。ヴィクターの部屋に続く通路の入り口を警備しているセイレーンとタロスにも尋ねると、エトンが一度ヴィクターのもとを訪れたという。最初は彼に引き取ってもらおうとしたのだが、エトンが緊急事態だからと、半ば無理やりヴィクターの部屋に入り、しばらくしてエトンが戻ってきたそうなのだが、そのあとのことは知らないという。

 ケルベロスの駆除とホーエンハイム達の拉致に失敗したエトンが、すぐに警備のホムンクルス達に何らかの新しい命令を下すとメリッサは思っていたのだが、警備の様子を見ると別段変わったところはない。警察や軍部を動員するのかどうかは知らないが、少なくともケルベロス達は明日(あす)明後日(あさって)には、このアジトに攻めて来るはずである。

 メリッサが再び、ヴィクターの部屋の前を警備している二体のホムンクルスに、自分を通すように命令するのだが、やはりさっきと同じようにヴィクターの命令を優先すると言って断られる。先のエトンのことを引き合いに出し、そしてエトンが行方不明であるとも告げて部屋に入れるよう言うのだが、「ならばキマイラ様が、エトン様に代わって指揮をなさるのです。エトン様が不在のときは、キマイラ様が我々を指揮することになっているのはご承知のはずです」とセイレーンが返したので、メリッサも「なら、そうさせてもらう」と吐き捨てて司令室に戻った。

 メリッサはすぐにアジトにいるホムンクルス達を一斉に司令室に呼び寄せた。そして、敵の襲来に備えた作戦を伝える。要は分散された戦力を各個撃破される訳にはいかないので、戦力を集中してヴィクターの部屋を守るというものである。控え室をヴィクターの部屋近くにある幾つか部屋に設定し、それぞれの部屋を結ぶ通路以外の道も、二つだけ残して全て埋めた。これも周囲から攻め立てられたときに備えたものとメリッサは説明した。ほかにも、出入り口も一つだけの残し、それ以外は埋めることで封鎖し、廃山内部が暗いことを理由にアジト中にある蝋燭や油脂などの燃料を掻き集めた。すぐに警備のホムンクルス達を先ほど設定した控え室で待機させる。

「あたしの指示があるまで、決して動かないで。戦力を集中させた分、陽動に()まったら目も当てられないから」と念を押して部屋から出る。

 通路と通路が結ぶ丁字路のところで、メリッサは先ほど集めた大量の燃料を控え室に続く通路に置いて、【(ほのお)】のマナで小さな火を幾つか灯した。そしてその通路を【地】のマナで壁を作って塞いだ。もう一つ残っていた控え室への通路も、同じく燃料に火を灯したあとに封鎖してホムンクルス達を閉じ込めた。小さな焔だから少しは時間が掛かるだろうが、ホムンクルスも動物である以上、そのうち酸欠で全滅するはずである。


 一方、オケアノス湖で合流したチカプとケレブは、すぐさまホーエンハイムらとも合流してその足でキミア大学に向かい、着いた頃にはすでに夜だった。

 ホーエンハイムとヘルモントの二人は旧友との二十数年ぶりになる再会を喜ぶ間もなく、ケレブが「『七十・三の八、七、一、三』と書かれた手紙を、誰かから貰ってないか?」とヘルモントに尋ねた。

「君のことなら妹さんから聞いている」とヘルモントが、メリッサから預かった手紙を彼に渡す。

「なにが書いてあるんだ?」とフラメルの問いに、「バシリスク……ヴィクター・シェリーの居場所のはずだ」と返して手紙を読む。

「ところで、君たちの手紙にあったビビアン・デイとかいう女性はどうしたんだ?」

「ビビアンなら殺された」とケレブが素ッ気なく答えた。

 手紙を読み終えた直後に「よし、場所は分かった。オレは早速ヤツのアジトへ行く」とケレブと言うのだが、ふらついた足取りで明らかに疲れ果てているケレブに「一晩くらい休んだほうがいい」とヘルモントが言った。

「休んでいる場合じゃない。今こうしているうちにも、エトンが戦力を整えているかも知れないんだぞ。それに、アジトの場所が書いてあると言っても、いつまでそこに居るのか分かったもんじゃない。すぐに行かないと、もう見つけられなくなるかも知れない」

「今日、君になにがあったのか知らんが、そんなフラフラな様子じゃ、倒せるものも倒せんぞ」

「そうだよ。ケレブ、今にも倒れそうだよ」と連れてきたエディスだ。

 少し考えたケレブは、仕方がないと周囲の意見を受け入れて一晩休むことにする。

 大学近くの安宿に泊まったケレブが目を覚ました頃には、すでに日は中天に近かった。寝坊したと慌てて飛び起きる。チカプ、エディス、ホーエンハイムにフラメルも、皆が疲れ果てていて寝坊をしてしまったのだ。

 ケレブはエディスをヘルモントとホーエンハイムに預けて、チカプと共にヴィクターのアジトがあるガイアの丘へと向かった。


 一晩たって昼になるが、控え室に閉じ込めたホムンクルスがなにか行動を起こした様子はない。恐らくは無事に成功したのだろうとメリッサは思い、それと同じ方法でヴィクター達も倒せないかと考えていたのだが、ヴィクターの様子が分からないことと、エトンが不意に戻ってくることを警戒して出来ずにいた。

 日が暮れるころに、メリッサのもとに鴉が飛んできた。鴉の報告によるとケルベロスとチカプがこちらに向かって来ているという。司令室からバルコニーに出て、ケルベロスらが向かってくるという方向を見る。まだ僅かな残光があるので、暗くて全く見えないということなかった。と、そこに大きな獣が走っているのが見えた。凝視すると三つ首の獣に人が乗っている。間違いなくケルベロスとチカプであると、メリッサはすぐさま廃坑の入り口へと向かった。

 ケレブことケルベロスが、廃坑の入り口で足を止めた。そこでチカプに降りるよう指示する。入り口にはメリッサことキマイラが一人で立っていた。獣の姿のままのケレブが「警備の連中が全くいないようだが?」と尋ねると、キマイラは妖しく頬笑み、彼女も化け物の姿になる。頭部から鳩尾(みぞおち)までが獅子で、腹から下は山羊(やぎ)であり背中から山羊の首が生えていて、尾は蛇の首であった。

 二体の化け物はしばらく睨み合うと、不意にキマイラが逃げ出した。

「チカプ、オレに乗れ!」と、すぐさまケルベロスが彼女を追い掛けた。

 初めて廃山に訪れたケルベロス達だったが、壁に掛けられている燭台の明かりが道標となる。

 一方キマイラは、一目散にヴィクターの部屋に続く通路までやって来て、セイレーンとタロスに守りが突破されたと告げる。そこにケルベロス達が追いついた。ケルベロス達から向かって左からキマイラ、セイレーン、タロスと並んで臨戦態勢を取る。キマイラとタロスの体は赤い光を帯びて、セイレーンは白い光を纏った。

「すぐに攻撃するな。ほかの連中の二の舞になるぞ」とキマイラが、セイレーン達に言った。

 キマイラがセイレーンの前に出る。そのままケルベロスと睨み合い、ケルベロスが牙を剥いた瞬間に、キマイラの背中にある山羊の頭部がセイレーンに向かって【焔】を吹いた。一瞬ひるんだセイレーンだったが、すぐさまキマイラの裏切りに気づいてタロスと共に反撃しようとするが、ケルベロスとチカプのマナがキマイラの援護をする。不意を突かれた試作のホムンクルスなど、ケルベロスとキマイラからすれば大したことはなく、二体の連携であっさりと倒すことが出来た。残ったタロスは【焔】のマナで体を纏う鎧を赤く熱するのだが、そんなもの遠くからマナで攻撃すれば、なにも怖いことはないし、そもそも【焔】はケルベロスの【地】とは相性が悪いこともあって、タロスは警備の役割をまるで果たすことが出来ずに駆除される。二体のホムンクルスの亡骸が朽ち果てていくのを尻目に、ケルベロス達はヴィクターの部屋に続く通路を駆け上った。


 ヴィクターの部屋には大きな扉が設けられていた。チカプを降ろしたケルベロスが思い切り体当たりを食らわせると、容易に扉が開いた。チカプとキマイラも部屋に入って中を見回すと、デスクや大きな机、それに錬金術に使ういくつもの設備が整えられているのだが、中でも特筆すべきなのが、部屋の奥に鎮座するように置かれた大きく丸い、そして白いなにかである。白くて太い糸が、丸いなにかの下部に張り詰めてそれを支えている。その丸いなにかの前に、ムネモシュネが一人立っていた。ヴィクターとラミアの姿はどこにもない。予想はしていたが、エトンの姿もなかった。

「ムネモシュネ! ヴィクター・シェリーはどこ!」

 キマイラが大声で言った。

 ムネモシュネは表情一つ変えずに、ただ静かにキマイラ達に視線を向けた。

「答えろ、女! ヴィクター・シェリー! ……バシリスクとエトンは何処(どこ)に行ったんだ!」とケルベロスだ。

 ムネモシュネが静かに答える。

「まず、エトン様ですが、一度ここに来たあとは存じません」

「なら、奴はここで何をした!」

「バシリスク様のことをお聞きになったあと、エクリプス・タブレットの資料を持って部屋から出て行きました」

「エクリプス・タブレットの資料の場所は、バシリスクしか知らんはずだ!」

「わたくしが存じております。バシリスク様が持つ資料の原本は、今わたくしが持っております。エトン様が持って行ったのは、万一の紛失に備えた予備の資料です」

「つまり、結局はエトンもバシリスクを裏切ったのか。で、その人望が微塵もないバシリスクは、いったい何処にいるんだ」

「ここにおいでに御座います」

 そう言ってムネモシュネが大きく白くて丸いなにかに目を向けた。ケルベロス達の視線もそれに向いて、「それは一体なんだ」とケルベロスが尋ねる。

「バシリスク様が開発した最新のホムンクルス生成法……『蛹化(ようか)生成法』の(まゆ)で御座います。いまバシリスク様は、繭に覆われた(さなぎ)の中におられます」

「蝶や蜂のような蛹であるなら、その中身はドロドロのはずだ。今なら簡単にトドメを――」

「無駄に御座います。すでにバシリスク様はこの蛹の中で生まれ変わり、新たな姿となりました。今は加齢手綱術によって成長している段階で御座います」とムネモシュネが割り込んだ。

 ケルベロスが少し考えてから言う。

「ホムンクルスの生成といい加齢手綱術による調整といい、どれも内部からでは出来ないはずだ。誰があの蛹の中のバシリスクを管理してるんだ」

(わたくし)めに御座います。わたくしはバシリスク様の記憶を見つめて、あのかたの錬金術による技術と知識を(たまわ)りました。そして、バシリスク様の理想を成就させるため、バシリスク様が生まれ変わるまでの管理という重職を、わたくしは拝承いたしたので御座います」

「まあ、どうでもいい。ムネモシュネとか言ったな。邪魔立てすれば、貴様もバシリスクもろとも消えてもらう」

 ケルベロスがそう言うと、ケルベロス、キマイラ、チカプの三人が光を帯びる。と、そこで薄気味悪い含み笑いが部屋に響き渡った。

「なんだ?」

「気持ち悪い声」とキマイラ。

「途中からだが……聞こえていたよ」

 バシリスクことヴィクターの声だ。

 部屋の奥にある巨大な繭が揺れ出した。ケルベロス達が身構えて、【地】と【焔】のマナを放つが、それらは繭を突如包んだ黒と紫のマナによって掻き消された。

「なに! あの黒いマナは!」

「【闇(Dark(ダーク))】属性のマナで御座います」とムネモシュネ。

「そんなもの、聞いたことがないぞ!」

 ケルベロスが怒鳴ると、「本来であれば自然には存在しない特殊なマナで御座います。そのため自然に存在する基本五属性とは異なり、『特殊属性』と呼ばれております」とムネモシュネが答えた。

「どういう効果があるマナなの!」と今度はキマイラだ。

「基本五属性のすべてに対して滅却効果が御座います。つまり、【()】【焔】【地】【風】【水】の全てのマナを掻き消すことが出来るので御座います」

 そんなもの、どうやって倒せと言うんだ。

 仮に相手のマナが、自分のマナを掻き消す属性であっても、力で勝れば多少は被害を与えることが出来るはずだ。だが、バシリスクの繭を包み込んでいる、混じり合いながら溶け合うことのない黒と紫色のマナの量は膨大で、チカプ達が三人掛かりで一斉にマナを放って攻撃しても、奴の繭には些細な傷しか与えられなかった。しかも繭はすぐさま修復されて傷の痕跡すら残らない。

「仕方ない。バシリスクが羽化するより先に、繭を管理しているムネモシュネを仕留めるぞ!」

「そうはさせない」

 ヴィクターの声が響いたと同時に、繭が内部から破られた。巨大な翼で開かれた繭の中には、上半身が二つに裂けた、腰から翼を生やした巨大な蛇がいた。しかも上半身の片方、チカプらから向かって左側がヴィクター、右側がラミア……いや、エリザベス・グローグだった。

「なに、これ。気持ち悪い」と思わずキマイラが呟く。

 繭から出てきたヴィクターは、チカプらを尻目に異形な化け物に成り果てた自分の姿を見つめて思わず笑みを零し、そして大声で笑い出した。

「さすが僕だ。やっぱり僕は天才だ。僕は天才なんだ。僕が願ったことは何でも通じ、望んだことは何でも叶えられる! 僕は天才だ。まるで神だ。そうだ。僕は神なんだ! わはははは! あはははは!」

「おい、ヴィクター・シェリー! 貴様は一体なにをした!」

 ケルベロスが、狂喜するヴィクターに向かって叫んだ。(おぞま)ましい化け物の姿になったヴィクターは、ケルベロスらを一瞥すると鼻で笑う。

「貴様らがここに居るということは、エトンとヒュドラは死んで、キマイラまでもが私を裏切ったのか」

「エトンも貴様を裏切って逃げ出したぞ。エクリプス・タブレットの資料を盗んでな!」

「ほう。エトンも私を裏切ったのか。使い捨ての分際で、(あるじ)である私を裏切るとは、やはり畜生はどこまで行っても畜生か。やはり元が卑しい魂なら、生まれ変わっても卑しいままか。まあ、鴉どもが追い掛けているはずだから、そのうち見つかるだろう。そうしたら奴も殺処分だな」

「貴様の魂も随分と卑しいぞ、ヴィクター・シェリー!」

「ケルベロス、その名で私を呼ぶのは()めてもらおうか。私はもうヴィクター・シェリーをやめる」

「そりゃ、そんなに醜く気色悪い化け物になったら、人間には戻れないよなあ! シェリー!」

 ヴィクターが笑いを含んだと思ったら、再び狂ったように笑い出す。

「私が化け物か。貴様ごとき下賤な犬畜生にそう見えるのは仕方がないな。だが、貴様のいう化け物になった今の私は最高に幸せな気分なんだ。確立したての技術を使ったから不安もあったが、いま思うとヴィクター・シェリーの体に固執せずに、もっと早くに生まれ変わるべきだった。優れた魂を宿す優れた肉体、しかも常にその傍には愛しい妻がいる。この姿はまだ私が求めた完璧には達していないが、それでも中継とすれば申し分ない」

 さらに続ける。

「ラミアと和合した今の私は、もう出来損ないの肉体を持った惨めなヴィクター・シェリーでも、隠れて禁忌に浸る日陰者のバシリスクでもない。健全な肉体、優れた能力、類稀な知性を併せ持ち、『神の如き英知』をも超えた最高傑作の転生型ホムンクルス! |Typhon-Echidna《テュフォン‐エキドナ》だああああ!」

 咆哮を上げたヴィクター改め、テュフォン‐エキドナの全身から、【闇】のマナが止めどなく溢れ出る。

「まさかの【闇】属性……。私も驚きだが、このマナによって私が貴様らに負ける訳がない。だって私にすら、貴様らが今の私を倒す手段が見つからないんだからね」

 不気味な薄ら笑いを浮かべるテュフォン‐エキドナの尾が、ムネモシュネに巻きついて持ち上げる。

「ママに……いや、ムネモシュネに死なれるのは不味い。ムネモシュネには私の理想にある体を生成するために働いてもらう必要があるからな」

 そう言ってテュフォン……かつてのヴィクターは、エキドナ……かつてのエリザベス・グローグの腹を裂いてムネモシュネを取り込んだ。

「この世で一番安全な場所は、私たちの体の中だ。ムネモシュネは私の胎の中で、私の身を食んで、しばらくは私の庇護の下で生きてもらう。そして新天地で、私たちの理想に叶うホムンクルス生成の準備が整った暁には、私たちはムネモシュネによって生まれ変わり、そして我ら二人は完全なる進化を遂げし新たなるアダムとイブとなるのだあああ!」

「どこまでも限りなく気持ち悪い」とキマイラが吐き捨てた。

「下賤な者に、高潔なる魂を理解するのは不可能だ。しょせん貴様ら使い捨ての実験台には尚更な。では、早速だがお別れだ。これほど名残惜しくもない別れに思いを馳せるのもバカバカしいが、ケルベロス、キマイラ、そしてチカプ・ホーエンハイムだっけ? 貴様にはなんの用もないから、さっさと死んでもらうぞ」

 巨大な尾が襲い掛かるのを、チカプ達は素早く(かわ)す。すぐに【焔】と【地】のマナで反撃するのだが、テュフォン‐エキドナを覆っている【闇】に触れた瞬間に消滅して、とても届かない。同じ属性のチカプとキマイラが力を合わせて【焔】を放つが、やはりテュフォン‐エキドナには届かない。化け物の姿であるケルベロスがテュフォン‐エキドナに飛び掛かったが、鞭のように激しく振り回す尾に叩き飛ばされる。【地】で盾や壁を作って相手の攻撃を防ごうにも、やはり【闇】がケルベロスのマナを掻き消してしまって、どうにもならない。

 自分のマナだけではどうにもならないと、ケルベロスが自分のマナを壁や天井の土と混ぜて(つぶて)を飛ばし、また氷柱(つらら)を落とすように攻撃するのだが、やはりテュフォン‐エキドナが持つ【闇】のマナが【地】を掻き消すことで、攻撃と呼べるものにはならなかった。

 ケルベロス達が苦戦する姿が面白いのか、テュフォンが「どうした! どうした! どうした! どうした!」と(はや)し立て「惨めだ! 無様だ! 傑作だ!」と侮辱し「ワンワンもニャンニャンも、ド田舎の猿も! 尻尾巻いて逃げたらどうだ? 出来ないだろうがな!」と挑発して高笑う。猫がネズミを(しいた)げて遊ぶように、チカプもケルベロスもキマイラも、一切なす術なくテュフォンの意のままに一方的に叩きのめされ続けた。

 絶望的な能力を持つ【闇】のマナと、圧倒的な強さを誇る巨体で暴れ続けていたティフォン‐エキドナの動きが止まる。部屋はすでに半壊して、かつ廃山の最上部ということもあって野晒しになっていた。奴は息を荒げることもなく、ただ静かに星空を眺めた。

「最高だ。最高に気分がいい。なにかを壊し虐げるのが、こんなにも楽しく気持ちがいいものだとは知らなかった」

 テュフォンがゆっくりとチカプ達に目を向ける。

虫螻(むしけら)のように叩き潰すのもいいが、それでこの楽しい時間がすぐに終わってしまうのは勿体(もったい)ない。だから実験をしよう」

 そう言って不気味な薄ら笑いを浮かべた。

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