表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

第十回 見つめる記憶:暴走する理想

仕様の関係でフリガナに不自然なところがあります。

 ヴィクターは通常型ホムンクルスや再生型の研究をしているときも、平行して卵の成長を早める技術の応用手段を模索した結果、その技術をほぼ確立して『加齢手綱(たづな)術』と名付けた。補足だが、この『加齢』とは生き続けることによって起こる諸現象を纏めていった語であり、「老化」だけではなく「成長」なども含む。『手綱』という表現には、馬の歩みを操るように、対象の加齢速度を操るという意味が籠もっているのだが、それだけでは取り除けない問題が残っていた。通常型ホムンクルスの成長を早めたところで、やはり成長した個体は小さいままだったのだ。仮にヴィクターが、自分を素材とした通常型ホムンクルスから必要な部位を貰い、その部位を健康にしたところで、そもそもそれが小さいのなら話にならない。それを再生型にするとしても、元の大きさに依存するのだから、やはり小さなままである。とても自分に移植など出来ない。二つあるヘルモントの資料を読んでも手掛かりはなく埒が明かない。何気なく水槽に目をやると、以前作ったイモリの(えら)を持つトカゲが泳いでいた。それがなんとも気持ちよげというか、随分と気楽そうに見えたので「いい気なものだな。トカゲのくせに鰓があるから水の中も平気ってか。まるで人魚じゃないか」と漏らした独り言で閃いた。

 協力者は別に、全身が人間である必要はない。すぐにホムンクルスの生成の構想に取り掛かった。ヴィクターは自分のホムンクルスを数体生成し、それを八歳ほどに成長させてから、大型犬の脳と連動させることで人間の知性と犬の忠誠心を同時に得ることが出来た。同様の手順で用意した脳を、猿の脳とも入れ替える。これは猿にも一定の忠誠心を求めたためだ。この犬と猿を使って、一人で遊んでいる小さな子供を回収させる。人懐っこい動物を演じれば、警戒心の薄い幼い子供を人気(ひとけ)のないところに誘い込んで殺すのも持ち帰るのも容易だった。ヴィクターはその子供に、犬と猿から持ってきた部位を継ぎ接ぎして、最後に(しもべ)の犬や猿と同様の脳を埋め込んでから再生型ホムンクルスとして生成する。通常型・再生型問わずホムンクルスの生成確率は低い。無為な犠牲を三人も出したが、どうにか四人目の犠牲者をもとに人間のような姿をしたホムンクルスが生成された。犬と猿の要素も取り込んだだめ、そのホムンクルスは体毛が濃く、口元も犬や狼の口吻(こうふん)のようだった。そんな異形な姿から、ヴィクターはこの化け物にBeast(ビースト)と名付けた。


 ヴィクターは、このビーストなる化け物を自分の協力者にするために生成したのだが、万が一この化け物がヘマをして捕まったときに、自分のことが軍部なり警察なりに伝わることを恐れた。そのため命を維持するための星はマナの補給が不要な歯車星ではなく、普通の香星(こうぼし)を使った。さらにビーストが喋られないよう声帯を取り除き、文字すら教えなかった。与える知識にも制限を加えていたことから、ビーストの知能は決して優れているとは言えなかったが、ヴィクターの命令を実行できる程度の知能はあった。そしてヴィクターが徹底的にビーストに学ばせた決まり……というより教義として「ヴィクターの命令は必ず従うこと」と「ヴィクター以外の誰にも、自分とビーストのことを知られないようにすること」、「決まりが守られないのなら、自分の頭を全力で傷めつけろ」との三つを徹底的に植え付けた。これは(しもべ)の犬と猿も同様である。

 犬と猿の性質を持って生まれたビーストは、ヴィクターにとって都合が良かった。犬のように忠実で、かつ身体能力も高い。命令だって、その処理の仕方さえ教えればきちんと達成できた。

 目的の健全な部位の収集だが、ふと疑問が(よぎ)った。移植となると開腹手術が必要になるのだが、それを自分一人では行えない。無理に行ったとしても無事に終える自信はヴィクターには無かったし、信頼して任せられる相手もいない。この愚かな(けだもの)であるビーストや下僕の畜生どもに任せるだなんて想像するのも恐ろしい。仕方がないのでビースト達には自宅の警備をさせることにして、ヴィクターはホムンクルスの研究に精を出した。


 職場ではイサーク・クレメンティと同僚が楽しそうにお喋りしていた。それだけならどうってことはないが、その中に「おめでとう」だの「幸せになって下さい」といった言葉が含まれているのが少し気になった。それでも誰かと結婚するのだろうと思う程度だったのだが、別の同僚からクレメンティの結婚相手がエリザベス・グローグだと聞いて絶望する。

「そうなのかい。知らなかったよ」などと、ヴィクターはどうにか冷静を装う。

「そうですか? 結構有名でしたよ。よく一緒にいるし、何年も前から同じ指輪をしてましたし。それに交際は学生時代からだそうですよ」などと、ヴィクターの恋心を知らない同僚が、悪意のない追い打ちを続ける。

 例の研究のことで頭がいっぱいで、近頃はエリザベスの顔以外に意識を向けていなかった。そもそもクレメンティに至っては視野にすら入っていない。指なんて知るか。指輪どころか手の甲に派手な入れ墨があっても気付かない。

 帰宅する。異形な生き物に囲まれた研究室の机には、ヘルモントの研究資料とそれを解読した資料、それを元に独自に確立した理論や技術を書いた書類が載っている。ヴィクターはそれをただボーッと見つめた。

 憧れのエリザベスの笑顔が脳裏を過る。それが消えたと思えば、朧気にしか覚えていないクレメンティの憎たらしい笑顔が映った。思わず机にあった書類を払い飛ばす。

「クソォ!」と怒鳴りながら机を強く叩いた。その直後に(むせ)せて咳が止まらない。それが治まるとまた「クソ! クソ!」と叫びながら何度も机を叩き続けた。

「なんでエリザベスは僕じゃなくて、クレメンティなんかを選んだんだ!」

「なんで僕じゃないんだ! クレメンティめ! 僕に恨みでもあるのか!」

「僕がなにをしたと言うんだ! 僕のほうが賢いのに! 僕のほうがお金持ちなのに! 僕はホムンクルスだって作れるんだぞ!」

 禁忌の研究に夢中になることで抑え付けられていた劣等感が、本来の何倍にも膨張してヴィクターの心を圧迫した。

 体が弱いからか! 臆病だからか!

 体が弱いのは僕のせいじゃない。僕をこんな体に生んだ親のせいだ!

 僕は被害者なんだ! 僕が悪いわけじゃないのに、どうして僕だけが酷い目に遭わなきゃならないんだ!

 あまり話しかけたりしなかったのも、エリザベスに迷惑をかけたり傷つけたくないからだ。大切なものは慎重に扱う。それは当然のことじゃないか! 確かに僕は、自分の気持ちに気付きながら、彼女に積極的に声を掛けたりはしなかった。だけど、それだけ彼女への愛情が強いという証拠じゃないか!

 言われてみれば、エリザベスが鈍感ならば僕の気持ちを理解しろというのは無理があるのかも知れない。だから特別に許す。

 だが、問題なのはクレメンティだ! あいつは僕からエリザベスを奪った! 絶対に許さない!


 ヴィクターは今まで蓄積した技術を使い、通常型ホムンクルスの脳を持つ鴉と隼を数羽ずつ作った。そしてその鳥たちにクレメンティを監視させて行動の一切を調査するよう命じる。それによって得た情報の中には、エリザベスらしき女性と恋人として行動しているといった、ヴィクターからすれば耐えられない情報もあったのだが、鳥たちに働きによってクレメンティの行動パターンがある程度推測できるようになった。そして、もっとも殺害が容易であろうと思われる日時を選んでビーストを投入する。周囲の監視役として、鳥たちも同行させる。死体を回収する必要はない。むしろ奴の死体が残ったほうが都合がよかった。

 ある日の夜中、帰宅を急ぐクレメンティと変装したビーストがすれ違う瞬間に、ビーストがクレメンティを思い切り殴りつけた。激しく動揺した上に、眉間を殴られたクレメンティの視界が渦巻く陽炎(かげろう)のように揺れて、なにがなんだか分からない。そこにビーストが再び殴りつけて押し倒す。さらには必死に立ち上がろうとするクレメンティの後頭部を思い切り踏みつけた。ビーストは動かなくなったクレメンティの首も胸も、ヴィクターの命令通りに何度も何度も徹底的に踏みつけて骨を粉砕する。それが終わるとビーストは何事も無かったかのように去って行った。


 翌日、ヴィクターは職場で吉報に触れる。ビーストは命令通りにクレメンティのクソ野郎を殺したようだ。だが、職場の同僚たちからすれば絶望的な悲報である。誰もが「クレメンティが通り魔に殺されたらしい」とか「どうして寄りに寄ってクレメンティなんだ」とか「エリザベス・グローグは一生立ち直れないかも知れない」とか延々と話し続けている。ヴィクターは笑い出しそうな邪悪な一面を抑えて、可哀想にとか気の毒だなどと心にも無いこと言う。エリザベスは出勤前にクレメンティの死を聞いたらしく、その日は欠勤した。

 エリザベスの欠勤が三日続いて、四日目にようやく出勤したどことなく痩せこけて顔色も青白く明らかに参っている様子だった。声もなんだか()れていた。

 以前ならエリザベスに声をかける勇気すら無かったヴィクターだったが、この機を逃さまいと「大変だったね」だの「クレメンティのことは残念だったね」などと声を掛けるのだが、エリザベスからすれば何度も何度も何度も何度も傷に塩を塗りたくっては刃物で(えぐ)るように言い続けて来るので、思わず「いい加減にして! もう話かけないで!」と彼を拒絶する。普通に考えれば、辛い感情を刺激することを何度も言い続けたので拒絶されたのだと理解して猛省しそうなものだが、ヴィクターはそうは考えない。自分に非が無いことを前提に、彼女の精神状態を推察した結果「自分のことを嫌っている」または「まだクレメンティが心にこびり付いている」のどちらか、もしくはその両方だと判断した。後者なら時間が経てばどうにかなるかも知れないが、前者なら難しい。そもそも拒絶された事がヴィクターを大きく動揺させた。

 だからってエリザベス・グローグを諦めるつもりはない。ならどうするか。

 すぐに思いついたのが再生型ホムンクルスである。彼女をこれにすれば記憶は消えてしまう。つまり、赤子同然のお(つむ)になるのだが、それと同時に自分への嫌悪もクレメンティへの執着も消えてしまうという訳だ。これを狂気的で異常な考えだと、ヴィクターはこれっぽっちも思わない。

 帰宅後すぐに、クレメンティを監視させた鳥達にエリザベスの監視を命令する。そして彼女をホムンクルスにする手順を考えるのだが、大きな問題がある。それはホムンクルスを生成するための成功率が低いことだ。実験に使う個体は死んでも代わりは利くが、エリザベス・グローグは一人しかいない。予備の複製を作るにしても、通常型ホムンクルスは小型であり、人間というよりはお伽話(とぎばなし)に出てくる妖精かなにかである。ホムンクルス生成確率ほぼ百パーセントになるまで、エリザベスを放置すれば、またどこかの害虫がエリザベスを惑わすかも知れない。ならば、せめて常にエリザベスを手元に置いておく手段も必要になって来る。だが、それには彼女の体と魂をどう保存するかというのが問題になって来る。拉致して閉じ込めるという方法もあるのだが、逃げられる危険性があるので難しい。それにエリザベスのウィザードとしての属性は【()】であり、【水】であるヴィクターとマナで競えば彼女のほうに分がある。なにより、拒絶されたトラウマから、彼女の顔に恐怖や怒りを表す姿を見たくなかった。

 ヴィクターは技術確立のために何度も仕事を欠勤したのもあって、思った以上に早く三つの技術を確立する。体の問題は、加齢手綱術を応用することで死体の劣化を阻止するのに成功した。ヴィクターはこれに『加齢凍結』と名付けた。さらに生物の体から魂を抜き取ったり植えつけたりする技術も、ヘルモントが持っていた資料を参考にして確立し、前者は『魂魄採取』、後者には『魂魄注入』と名付けた。

 これらを併用すればエリザベス・グローグの肉体も魂も、ヴィクターの手中に収めることが出来る。彼女の体が死んだところで、ホムンクルスの技術を使えば生き返るので、そこは一切に気にしなかった。


 鳥たちによってエリザベスの行動パターンは把握しているので、ビーストに彼女を拉致させる。彼女の魂を失うわけには行かなかったので、ビーストには彼女を生かしたまま連れ帰るように命じたのだが、あの力だけが頼りの愚か者一人に任せるのには不安があった。そのため鳥たちにも、彼女を襲うときの周辺の監視や、ビーストが問題を起こしたときの伝達などのために同行させる。そして、ビーストを作るために使った犬と猿も投入する。

 夜道を一人で歩いているエリザベスの前方を、例の犬たちが塞いで彼女に牙を剥いた。後ずさりする彼女が、変装して背後を付けていたビーストと接触する。振り返って詫びようとした彼女の顎を掴んだビーストは、もう片方の腕で彼女を締め上げると、ビーストの肩に乗っていた猿が、彼女の首元に注射器を突き刺してなにかの薬を注入する。そうしてエリザベスの意識がゆっくりと薄れていった。

 すぐにビーストたちが帰宅する。ビーストや猿に『魂魄採取』の方法を教えると、不意にヴィクターの魂を抜き取る恐れがあり、また帰宅時に彼女の魂を紛失する危険があったので、猿には散々注射の練習をさせてはいたが、やはり畜生どもが行うことだから不安で一杯だった。しかし奴が連れて帰ってきたエリザベスは、意識こそないが無事に生きていた。ヴィクターはすぐに彼女から魂を抜き取ると、治療のための注射を打った。それからしばらくして、残っていた体が劣化や腐敗しないようにホムンクルス生成に使っている缶の中に入れて保存する。万一に備えて、注射器を使わせた猿はすぐさま殺処分した。

 エリザベスの失踪はすぐに職場の話題となる。事件に巻き込まれたのか、それとも絶望して自殺か蒸発したのかなどと噂になるが、誰も「いかれた同僚が、彼女をホムンクルスにするために拉致して、自宅で保存している」といった異常極まりない事態が起こっているなどとは思わない。真実を知っているヴィクターは、この噂に関しては一切興味を示さなかった。周囲の様子や新聞報道を見ても自分は疑われていないようだし、ビーストの目撃例もない。なら、心配することは何もなかったのだ。


 ある日、帰宅途中にとある夫婦を目撃する。知り合いでもなんでもない夫婦だが、奥さんのお腹が膨らんでいた。誰がどう見ても妊婦である。奥さんは一瞬立ち止まってお腹を(さす)る。傍にいた夫が奥さん声をかけたら彼女は笑って言葉を返したので、今度は彼女の腹に顔を近づけて何かを(ささや)いていた。お腹の中の子供が中から蹴ったのだろうと、ヴィクターは思ったときにピンと来た。

 ホムンクルス生成のための缶の中を、お腹の中のような環境に近づけることが出来れば、ホムンクルス生成確率は上がるのではないか。家に着くなり生物学の書物を読み漁る。

 現在使っている缶は、鳥類や爬虫類の卵のように殻に覆われた卵の再現だ。ならば、魚類や両生類のように膜に覆われた卵を再現すればどうだ。それなら透明だから発育過程もしっかり観察できるし、なにより膜なら栄養や酸素を追加させられるだろうから、通常の缶を使った生成より緊急事態の対応がしやすいかも知れない。だが、肝心の膜になにを使うかという問題が生じる。ヴィクターは思いつく限りの素材を活用したのだが、結局は代用品になるものが見つからず、魚や両生類の卵と同じ成分にするにもホムンクルス生成には使えなかった。頼みの資料には、この問題を解決させる手段が断片ですら記されていなかった。

 やはり哺乳類のように体の中で育てるのが最良かと、雌の黒猫の中に白いネズミの組織片を入れて実験を行うが何度も失敗した。その失敗の仕方も、素材が水子になったり、器になった個体が死んだりとマチマチだったが、それでも実験を繰り返すうちに成功に近づいて行った。以前から確立していた加齢手綱術も有効らしく、時間は思った以上に掛からなかった。そして成功する時が来る。黒猫の中で、白いネズミの通常型ホムンクルスが生成されたのだ。器の大きさが影響するのか、本来のネズミよりは大きく子猫ほどもあったのだが、それ以外の影響は見られず、両親の血が混ざっているような様子もない。今度は大型の雌犬を器に、ネズミの再生型ホムンクルスの生成を行ってみると、いくつかの失敗の果てに成功した。生成されたネズミの大きさから、やはり生成される個体の大きさは、器となった生物としての大きさに依存するのは確定的だった。ほかにも、この雌の体の中でホムンクルスを生成する技術は、確立さえしてしまえば缶内生成法より遥かに成功確率が高い。ほぼ百パーセントと言ってよかった。

 ヴィクターはこのホムンクルス生成法に『胎内生成法』と名付けた。

 ネズミや猫で成功するのだから、次は人間で実験しなければならない。だが、実験用であるから人間大である必要はないので、実際に人を拉致する必要もない。墓場などから死体を拝借すればいいのだ。といっても、欲しいのは女の死体である。というわけで、有り触れた名前の字面を幾つかビーストに教える。

「これと同じ字が書かれた墓から、死体を取って来るんだ」とビーストと、(しもべ)の動物たちを夜更けの墓地に向かわせる。

 ビースト達は命令通りに、真新しい墓を暴いて棺を開けて死体を奪って帰って来た。数日かけて四人の死体を用意させたのだが、なぜだか男が含まれている。ヴィクターは、ビーストに女性的な名前しか教えていない。だから、例えば「花子」のような名前の男がいるとも思えないし、ヴィクター・シェリーの「シェリー」のように、名字としても女性の名前としても使えるといった名前でもない。

 まあ、こいつは馬鹿だから仕方がない。字も読めないんだしな。

 馬鹿は無視して研究を再開する。回収した死体の組織を使って胎内生成法による通常型ホムンクルスを生成すると、やはり器の動物に合わせた大きさのホムンクルスが生成された。加齢手綱術によって幼児、児童、青年、中年、老人と生涯を全うさせてみたのだが、生まれた大きさを基準に成長するだけで、小人の姿から普通の人間と同じ大きさになるようなことはなかった。これなら人間大の大きさのホムンクルスを生成するには、人間大の大きさの器が必要になる。それに合った動物となると管理が大変になる。仮に牛にしたとしても飼育する場所がないし、特大の大型犬ならヴィクターが振り回されそうだ。

 仕方がないのでビーストを生成した手段を再現する。(しもべ)の犬と猿を使って、幼い少女を人気(ひとけ)のないところに連れ込んでは殺害して回収する。以前と違うところは、周囲の監視のために鳥たちを配備したことくらいだ。死体となってヴィクターの手に落ちた少女は、脳を生きた個体のものを入れ替えられたのちに、加齢手綱法によって妊娠可能な年齢に調整される。ビースト生成の段階で分かっていたが、個体の生死はどうやら脳の生死であるらしい。そしてこの個体を器に、二体の人間のホムンクルスを生成すると、それぞれ生成された赤ん坊は、計画通り普通の人間の赤ん坊と同じ大きさだった。人間大のホムンクルス生成用の器が三つもあるため、しばらくは困らない。

 これまでの研究成果から、ヴィクターは自信を持ってエリザベスをホムンクルスに作り替えようとしたのだが、ふと脱走したときのことを考える。エリザベスの失踪はキミア・ポリスではすでに報道されている。いや、毎年たくさんの行方不明者が出る中で、赤の他人がエリザベスのことを覚えているとは思えない。しかし、記憶を失った女性が街中を徘徊していれば間違いなく保護されて、素性を調べられればエリザベスだと判明する。そのエリザベスが、自分のことを誰かに伝えでもしたら……。

 ビーストは化け物だから、万が一見つかっても殺害されるのがオチだ。だが、美しいエリザベスなら積極的に保護されるかも知れない。なら、エリザベスも化け物にしてしまおう。

 美しく醜い化け物にしてしまえば、なにも問題はない。


 当初の研究からある『錬金術式移植』のように、あとから別種の生き物を組み合わせる手段はあったが、そのためには作り変えたエリザベスに合った別種生物が必要になる。化け物にするために移植要員を生成させれば、無事に移植できるのではないかとも考えたのだが、(かさ)の調整に失敗したときのことが引ッ掛かる。化け物の姿であっても醜くしたくないという、矛盾した願望を両立させるためには、体の嵩や見た目も気になってしまう。仮に移植要員の生成に失敗したところで、エリザベスを缶の中で保存すればいいだけなのだが、それなら作り変える意味がない。

 ホムンクルス生成と錬金術式移植を両立できないだろうか。

 さっそく実験を行う。実験用に購入していた猛禽類の剥製と、以前に墓地から回収した女性の死体の組織を、犬を器にそれぞれ通常型ホムンクルスにする。当然ながらどちらも小さな個体である。それをある程度成長させてから錬金術式移植を行って人の顔を持つ鳥に作り変えて、それを今度は人間を器に使って通常型ホムンクルスにしてみると、継ぎ接ぎ姿で人間大のホムンクルスとして生成された。成長させて様子を見るが、無事に生きている。

 完璧である。

 せっかくなので、この怪鳥にはハルピュイアと名付けた。

 ここでふと思った。人の性質を持ったホムンクルスを、人為的にウィザードにすることは出来ないか。そうなれば(しもべ)としては有益である。ホムンクルスの体内には間違いなく星が入っているので、その星を使ってウィザードにはなれないか。ヴィクターがホムンクルスの体内に埋め込んでいる星は、「本来なら有り得ない状態」を維持するための星座として機能している歯車星である。この星に、体の維持に一切関与しない星を組み入れて、ハルピュイアを何度か生成し直すと、ウィザードとしての能力を持ったハルピュイアが生成された。この成果の凄いところは、対象を人為的にウィザードにするだけではなく、その属性すら任意に決定できるというところだ。

 せっかくなので、追加の実験個体を含めて四体のハルピュイアを作る。どれも同じ名前だと分かりづらいので、それぞれにアエロー、オーキュペテ、ポダルゲー、Kelainō(ケライノー)と識別のための名前も付けた。ほかにも馬と魚を組み合わせた個体には|Hippokamposヒッポカムポスなどと名付けたのだが、途中から面倒になって、のちにアーサーらによって駆除された黒トカゲには「火龍」という、見た目や特徴を捉えただけの安直な名前を付けるようになった。

 さらに実験を続けているうちに面白いことに気付いた。死体を動くようにしたゾンビ擬生物とゾンビ型ホムンクルスでは、全身を素材に使って缶内生成法を行っても通常型ホムンクルスは生成されないのだが、胎内生成法なら通常型ホムンクルスが生成されるのだ。しかも、ゾンビ型と違って学習能力もある。動くだけの死体が再び命を得たとして、ヴィクターはこの特殊なホムンクルスに『転生型ホムンクルス』と名付け、のちにそれを「全身を素材に『胎内生成法』を用いて生成された、通常型ホムンクルス」と定義した。


 エリザベスの魂を、新たに生成させるホムンクルスに移植するための研究も行ってみる。まずは生存個体に、別個体の魂を注入してみたのだが、多重人格のように性格が激しく入れ替わっては、いつの間にか元の性格に戻ったまま変化が見られなくなる。恐らくは、一時的に二つの魂が存在したのだろうが、あとから入った魂が追い出されたか消滅したのだと推理した。

 次はゾンビ擬生物やゾンビ型ホムンクルスから魂を抜き取ろうとしたのだが、一向に成功しなかった。どうやら知能が無いように思えた原因の一つとして、魂が無いのかも知れないが、これは魂の移植において有益な実験素材になりうる結果だった。ゾンビ型ホムンクルスの生成を始める段階から魂を入れてみるが定着しない。ほかにも生成過程や生成法を変えて行ってみるが、やはり上手くいかず、知能のないゾンビ型しか生成されなかった。

 錬金術式移植を行った個体には香星を入れて生命維持させているし、ゾンビ擬生物だってその香星のお陰で動くことが出来る。もちろん、ホムンクルスの生命維持にも香星がいる。ならば、星に魂を宿らせてそれを核にすることが出来れば、ゾンビ型に魂を植え付けることが出来るのではないか。

 早速やってみた。生成したての星に、生存個体から抜き出した魂を埋め込んで、ゾンビ型の材料の一つとしてそれを入れて生成してみる。生成されたゾンビ型のネズミを成長させて苦痛を与えた結果、そのネズミは苦痛を与えられる条件をきちんと覚え、それ以後そのような行動を取らなくなった。知能の獲得である。これは星によって魂がゾンビ型に定着したことを示していた。

 ヴィクターは魂の器たる星座に『蝶星(ちょうぼし)』という名前を付けた。当然だが、これをホムンクルス生成のための歯車星に組み込むことが可能である。

 次は記憶の継承確認である。早い話が、ホムンクルスとして生まれ変わった個体に、前世ともいえる通常個体だったときの記憶があるかの確認だが、これはすぐに確認が取れた。特定の行動をしたネズミを徹底的に苦しめて、その行動をしなくなったところでネズミから魂を抜き取る。そのあとに、その魂を注入した蝶星を仕込んだ通常型ホムンクルスのネズミにしたのだが、そのホムンクルスは前世で散々苦しむハメになった特定の行動を、なんの警戒も躊躇せずに行ったのだ。類似した実験を何度も行ったが、やはりどの個体もいわゆる「前世の記憶」は無かった。

 蛇足だが、蝶星は魂を着装しているため、それを持つホムンクルスから魂を抜き取るためには、それに合わせた特殊な技術が必要だったのだが、蝶星生成のための技術を土台にすることで確立できた。


 副産物だが、先の転生型ホムンクルスの実験のさいに面白い現象を見つけた。複数の素材個体の全身を使ってホムンクルスを生成すれば、それぞれの姿に変化(へんげ)できるというものだ。例えば、仮に人と犬を組み合わせた個体だと、普段は人間の姿なのだが、犬の姿にも変身できるというものだ。興味深いのが、人の姿でいるときと、犬の姿でいるときには体を支配する魂が異なっていた。つまり、二つの魂を持って生まれて来たのだ。犬の姿のときに魂を抜き取れば、それ以後一切動かなくなった。まだ体には人の姿のときの魂があるはずなのだが、サッパリ動かない。どうやら人の姿の場合は人の魂のみが体を支配でき、犬の姿の場合は犬の魂だけが体を支配できる。そのため犬の姿でその魂を失ったこの場合は、人としての魂があっても犬の体を動かせないので人の姿には戻れない。今度は、二体の個体から一方の個体の脳を排除して生成してみると、今度は一つの魂しか持たないホムンクルスが生成された。しかも一つの魂で二つの姿に変化(へんげ)してみせた。どうやら魂が入る器は脳らしい。

 ほかにも実験を続けた。二体の同種間でこれを行ったらどうなるのか。雄の黒猫と雌の白猫で行ってみると、あるときは雄の黒猫、またある時は雌の白猫の姿になる猫になった。同種でこうなるのなら、同じ個体を元にしたホムンクルス同士ならどうなるのか。勿論(もちろん)やってみた。すると面白い現象が起こる。生成された個体は変化能力を持たなかったが、その分だけ体が大きくなっていた。面白いので、犬一体と猫の複製したホムンクルス二体で同じことをしてみると、犬のときは普通の大きさなのだが、猫の姿に変わるとやはり本来よりも大きかった。

 ヴィクターは一応これらにも名前を付ける。変化(へんげ)する個体には「変化(へんげ)個体」、それを応用して大きくした個体を「肥大個体」とし、それを起こす現象には「変化(へんげ)現象」と「肥大現象」といった面白みのない名前にした。

 これらは学者として興味はそそられるのだが、ヴィクターには実用性がないように思えたので、エリザベスに使う気はサラサラ無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ