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第一回 ウィザード

仕様の関係でフリガナに不自然なところがあります。


 …………。

 やあ、こんにちは。

 …………。

 君は、どこから来たんだい? 名前は?

 ………………。

 ち……か……ぷ、Cikap(チカプ)……だね。

 初めまして、チカプ……。


 かつては神話やお伽話(とぎばなし)でしか存在しないとされた、いわゆる『魔法』なる神鬼の所業も、科学の発展によって解明されつつある。無論まだ未踏の領域が広いとはいえ、自然に存在する【Mana(マナ)】という魔力の元素が『属性』なる性質を得て、それを利用することによって俗に言う「魔法」と呼ばれる現象が起こる。その魔法を発生させるために属性を得たマナを結晶にしたものを『星【Star(スター)】』と呼んだのだが、この星の状態にすれば人間は恣意的に魔法を起こすことが可能になる。

 しかし問題もある。マナを星にしたとしても、これを使いこなすには才能がいる。楽器の演奏や絵を()く才能のように「才能のない凡人でもそれなりに」といった具合ではなく、素質を持たずに生まれた者は一生魔法を使うことが叶わない。仮に魔法を使う才能を持って生まれたとしても、全ての星を自在に扱うことは出来なかった。

 マナの基本属性には【()Tree(ツリー)』】【(ほのお)Fire(ファイア)』】【(つち)Earth(アース)』】【風『Wind(ウィンド)』】【水『Aqua(アクア)』】の五種類があり、魔法を使う者……いわゆる【Wizard(ウィザード)(魔法使い)】は必ずこの五属性のうち一つに属し、同じ属性の星しか使えない。つまり【樹】のウィザードは【樹】の星しか使えず、ほかの【焔】や【地】の星を使うことは出来ないのだ。

 ウィザードが星を使用したとき、その星の属性の魔法と、その属性に対応したもう一つの属性も扱うことが出来る。つまり、ウィザードは二種類の属性のマナが使えるのだが、注意点としては自身と異なる属性の魔法は、自身と同じ属性と比べると精度は劣ってしまう。

 読んでいる書物には、こんな面倒な文章が延々と続いている。あとに続く内容を要約すれば、各属性を得たマナはこの世のあらゆるものの元というべき存在であるため、魔法という形でマナを扱うということで、この世に存在し()るあらゆる事象を起こせるそうだ。ただ、所々に「可能性」だの「かも知れない」だのと、最初に書かれていた通り、魔法やマナについては不明な点が多いらしい。だが、やはり魔法に関する書物だけあって、マナの結晶である星の使い手であるウィザードが、いかに有意義な存在であるかという点においては、「未来を切り開く者」だの「選ばれし者」だのと熱く語っていて、あとはこの書物が書かれた段階において確認されている知識を、初心者にも理解できるように体系的に図面などを交えて記載されている。いわば魔法の教科書だ。


 チカプは、養父の|Robert Hohenheimロバート・ホーエンハイムの書斎でこの本を読んでいた。ホーエンハイムはかつて魔法を縁の深い錬金術の研究をしていたらしく、書斎や倉庫にはこの手の書物が大量に眠っていた。その中の一冊によると、錬金術は魔法と一般的な科学とを結ぶ架け橋らしく、例えば錬金術における卑金属を貴金属に変える技術は化学に、怪我や病気の治療に係る技術は医学と結ばれる。ほかにも、あくまでも理論上ではあるが、死体をゾンビにし、また別の生物を合体……例えば「虎に翼」の文字通りに、翼の生えた虎なんかも作ることが出来るらしい。すでに何度か読んだ本だから、特にめぼしい発見もなくチカプはそれを本棚にしまった。そして別の本を取り出して開いた。毎日ではないが、こんな感じで暇さえあればホーエンハイムが持っている魔法関連の書物を読んでいた。彼は星が使えるウィザードだった。ルビーのように赤く透き通った、【焔】の星を付けた指輪を左手の人差し指に()めている。嵌めている位置には特に理由はない。ただ指輪がピタリと嵌まるのが人差し指で、利き手だと邪魔に思いそうだったから左手に嵌めているだけである。独学で魔法の勉強をしているのは、養父のホーエンハイムが元研究者だったために教材には困らないという点もあるのだが、それ以上にせっかくウィザードになる才能があるのだから、使わない手はないと漠然と思ったに過ぎないからだ。だが、やはり趣味程度の独学である。本格的に勉強した者ではないと理解できないような専門用語や複雑な理論が出てくると難しすぎて分からない。それでも少しずつ理解できるようにはなってきたが、その知識は当然ながらホーエンハイムと比べると馬鹿らしいほど遅れている。だが、チカプがそれを気にすることはなかった。彼からすれば、学者としての原理や理論といった研究者としての知識より、マナを使う実用的な知識のほうを求めていたからであり、学者としての知識は「無いよりはマシだろう」という程度のものだったのだ。

 こんな具合でも、チカプは住んでいる村の中では、魔法に関してはかなり精通した部類に入る。そもそも彼が住む「はぐれ村」は、ド田舎という表現が恐ろしく似合うほどの田舎であり、住民は主に自給自足で生活をしている。学校と呼べるようなものは無い訳ではないが、せいぜい小学校程度の知識しか得られない。そのため、この村で育った子供の中で勉強が出来る者は進学や就職などを理由に村から出て行き、その()はほとんどの場合、村には戻って来ない。チカプもほかの優秀な子供のように、村を捨てて進学できるほどの知識はあったが、興味がある魔法の知識は学校で教わらなくてもホーエンハイムから教わればいいと思っていた。だが、ホーエンハイムはチカプに魔法に関する知識を授けようとはしなかった。しかし、チカプが勝手に自分の書物を読むことに怒るような真似はしなかったため、チカプは暇を見つけては書物の山に埋もれて魔法の本を読み続けたのだった。そして読み終えた暁には、勉学のために都市部に移るつもりでいた。

 今日は夜も更けたので寝ることにする。日中の農作業などで疲れているから、眠ってしまえば夜は短かった。


 なぜだか、いつもより早く目が覚めた。自室から居間にいくと、すでにホーエンハイムはいない。いつものように朝食を済ませて外に出る。玄関を開けると、東の空から冴えた白い光が差し込んでくる。息を吸うと冷たい空気が体に染みた。

 手ぶらでホーエンハイムがいるであろう畑に向かう。農具一式は畑の脇にある簡素な倉庫にある。ここまでは何時(いつ)もと変わらない、なんの面白みもない日常だった。

 ただ、今日はいつもと違った。ホーエンハイムの畑になにかがいる。遠くてよく分からなかったが、とぼとぼとした歩みが自然と駆け足に変わる。近づいてみると、大きな黒い犬がホーエンハイムを踏みつけているのが分かった。しかもただの犬ではない。なんと頭が二つもあった。やや丸みを帯びた垂れた耳をしている犬である。その傍には黄色と赤の迷彩柄のバンダナをした、薄い黄色の生地に、水色の波や雲を思わせる模様の入った着流しを着た人物がいる。恐らくは男だろうが、こちらに背を向けているので分からない。犬の頭の一つがこちらを見たのに釣られてか、着流しの人物もこちらを見たのだが、そいつは赤い鶏冠(とさか)をつけて毒牙を剥いた蛇といった奇妙な仮面を被っていた。明らかに不審者である。

 チカプはすぐさま、指輪の星を使ってマナを発生させる。チカプの意思に呼応して星から【焔】が湧き起こり、周囲に【焔】の渦を発生させたと思えば、不審な仮面の人物と黒犬に向かってその【焔】を放った。獲物に飛び掛かる蛇のように、一筋の【焔】が黒犬に迫ったのだが、黒犬の体が黄色い光を纏ったかと思えば、畑の地面が盛り上がって【焔】を防いだ。このままでは死角を作ってしまうとチカプが【焔】を消すと、黒犬も作った土塁を何事もなかったかのように元に戻す。

「あれが ほおえんはいむと いっしょに すんでる ひとだね」

 なんと犬が喋った。

 仮面の人物は舌打ちをして犬を見る。

「チカプ! 私のことはいいから、早く逃げるんだ!」

 養父のホーエンハイムはそう言うが、この状況だと素直に従えない。チカプが再び【焔】を纏ったところで、黒犬が話し掛けてくる。

「ねえねえ。えくりぷす・たぶれっとって しってる?」

 これに仮面の人物が文字通りに頭を抱えた。

「お前ら、まさかそんな物のために私を襲ったのか」とホーエンハイムだ。

「あんなものは実在しない妄想だ。仮に、万が一そんなものがあったとしても、酔狂な誰かが作った子供騙しのオモチャだ! いや、オモチャと表現するのも馬鹿馬鹿しい下らない代物だぞ!」と続けた。

 さらにホーエンハイムがなにかを言おうとしたところで、黒犬が「うそだ!」と割り込み「だって ぱぱが えくりぷす・たぶれっとの――」と続けたところで、とつじょ突風が吹き荒れた。

 突然のことで思わず目を閉じたチカプが、再び黒犬と仮面の人物に目をやったときには、すでに姿はなく、たった一人……畑の真ん中に突ッ立っていた。


 困ったことになった。はぐれ村には警察署や交番がない。村の規模が小さすぎて配備されていないのだ。一応は住民が自主的に作った自警団はあるのだが、小さい村だけあって有名無実の存在だった。それでも、チカプはその団長である村長のもとに向かった。

 幸いにも村長は自宅にいた。チカプは家に上げてもらって村長に事情を話す。

 ホーエンハイムは村で唯一の医者である。それが奇妙な仮面を被った不審者に攫われるといった一大事が起こったばかりではなく、その不審者が双頭の化け物まで連れていたというチカプの証言を(にわ)かには信じられずにいたのだが、チカプが嘘をつくようにも思えず、見間違いではと尋ねても否定されるばかりか、その化け物の犬が言葉を話したとまで言うのだから訳が分からなかった。それでも不審者にホーエンハイムが攫われたという事実は理解できるので、すぐにでは助けなければと、村長は息子に村の男たちを呼んでくるように指示を出した。男たちが来るまでのあいだに、チカプは黒犬が言っていた【|Eclipse Tabletエクリプス・タブレット】なるものについて尋ねるが、「エクリ……タブレット? 初耳だが、なんだそれは」と村長も知らないようだった。

「まあ、今はそんなものの事などどうでもいい。そんなことより早くホーエンハイムさんを(かどわ)かした犯人を見つけなければ」と言って、(よわい)七十を過ぎている村長は顎鬚(あごひげ)を撫でながらその方法を考える。

 事情を聞きつけた村の男たちが村長宅に集まって事件解決のための相談を始める。村長の隣にはチカプが座っていた。

「では皆の衆、事情は分かっていると思うが、今朝がた医者のホーエンハイムさんが畑で何者かに襲われて、しかも拐かされてしまった。その場面を目撃したチカプくんによれば、拐かしの犯人は黒い犬の化け物を連れていたそうだ」

「黒い犬の化け物?」と男たちの一人だ。

「左様。チカプによると大きな犬で、しかも首が二つもあったそうだ」

 本当かよ、おいおい嘘だろ、いま嘘ついてどうする、じゃあ……なにかの見間違いではなどと男たちは好き好きに言い出すが、村長はその雑音を無視して話し続ける。

「皆の衆、噂でもいいから、ホーエンハイムさんについてなにか噂を聞いたことがある者はいないか?」

 男たちは顔を見合わせて、チカプや村長には聞き取れないほどの小さな声でなにかを言い合うが、それを大きな声に乗せる者はいなかった。

「では、この中にエクリプス・タブレットなるものを知っている者はいないか?」

 この問いに対しても、正面(まとも)な答えを返す者はいなかった。それどころかエクリプス(『蝕』。日蝕や月蝕など)という言葉自体をきちんと理解しているのかすら疑わしかった。

 村長が小さな溜め息をついたところで、男の一人が言う。

「もしかして錬金術の言葉じゃないか?」

「と言うと?」と別の男だ。

「だって、ホーエンハイムさんって若いころは錬金術の研究をしてたんでしょ?」

「そういえば、そうらしいな」

 そこから、かつてホーエンハイムさんが勤務していた大学に行けば手掛かりがあるのでは、そのときの知人ならなにか知っているかも知れない、どこの大学だったなどと話が広がっていき、その結果チカプが、ホーエンハイムがかつて勤務していた大学に赴くことになった。善は急げということで、さっそく準備をする。ホーエンハイムが不審者に攫われたことや、奇妙な化け物が現れたことも警察に通報しなければならない。準備が整ったころには、すでに昼を過ぎていた。大学がある|Chymia Polisキミア・ポリスまでは、かなりの距離があるからとの村長の言葉を受けて、チカプの出立は翌日の早朝になった。


 キミア・ポリスは、はぐれ村から直線で南西の方角にある大都市であるが、地図通りに直線の最短距離を進めるわけではない。途中で森を抜けて『壁』と称される断崖の山脈を越えなければならない。キミア・ポリスに行ったことのある村人によると、道に沿って森を進むと、その山を抜けるための自然のトンネルがあるらしい。続けて言うには、このトンネルを通らないと、目的地とは真逆の方角である北東に進み、何日もかけて山を避けるように回らないといけないらしい。「自然のトンネル」という表現が引ッ掛かるが、何度もキミア・ポリスに行ったことのある人物の言葉である。わずかに不安は残るものの、それ以上に不安を掻き立てるのが、与えられた地図が大雑把に()かれていることだ。村の位置は小さな円で(えが)かれていて、森は雲のようにふわふわとした囲いで、『壁』なる断崖の山に至っては(いびつ)な「C」、または「つ」を反転させたような太い線である。歩くべき道は点をいくつも打って線のように表現されているのだが、『壁』を越えた辺りから「キミア」と書かれた円に向かって真ッ直ぐ伸びている。子供が()いたほうがまだ絵心を感じるほど粗末な地図だが、チカプの自宅にある地図には『壁』を数日かけて迂回する道しか書かれていないので、仕方なしにこの地図を頼ることにする。


 「自然のトンネル」に辿り着くまでに一度野宿をした。日が暮れると道の脇に広めの空き地を見つけては、そこで焚き火をして朝が来るのを待った。食糧は自宅にあったものと村人に分けてもらった物がある。だが、寝袋などは持っていなかったために焚き火に身を寄せて寝転んで眠りにつく。だが、すぐに目が覚める。真夜中の森は寒いのだ。それに時折、森深い闇の中からなにかが吠えるのが聞こえてくる。ほかにも枝葉の擦れる音や、草や落ち葉を踏み鳴らす音、正体が掴めない物音などもあって、とても安心して眠れるような状態になかった。仮眠をとってはすぐ目覚め、また眠ってはすぐに起きるというのを何度も繰り返して、空の向こうに淡い赤みが(にじ)んできたころに簡素な食事をとって歩き出すのだ。

 無事に例の『壁』に辿り着く。トンネルの前でその崖を見上げると、なるほど『壁』という言葉に相応しくほぼ垂直である。地図でしか知らないが、この崖というか山は『(とつ)』の字のように、垂直に切り立った山の上に丘が載ったような形をしているらしいのだが、上にある丘は、台となっている山と違ってなだらかな坂らしい。

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。

 左手を前に差し出して指輪から【焔】を起こしてランタンに明かりを灯す。村人が「トンネル」と言っていた洞窟に入ってみるのだが、トンネルとは名ばかりのただの洞窟である。足元は濡れていて滑りやすい上にデコボコしていて、段差も激しかったり、急勾配の場所があったりと正面(まとも)に歩けたものじゃない。頭上にはコウモリらしき黒い影が飛んだり止まったりと薄気味悪い。それでも慎重に歩いては、時には壁などに手を当てて進むのだが、分かれ道まであって、どちらに進めばいいのか分からない。こんなの聞いてない。暗い洞窟の中ではランタンの明かりだけでは頼りないと、星を付けた指輪から【焔】を生成するのだが、無理に【焔】を強めて魔力のもとであるマナを使い果たせば、洞窟の奥で闇に閉ざされることになる。そうなれば遭難である。実際には一時間も経っていないだろうが、それでも長い長い時間を暗黒で彷徨(さまよ)った果てに、ようやく遠くに小さく淡い白い光が見えたときには、安堵で頬が緩んだ。駆け出しそうになるのを抑えつつ、転ばないよう慎重に進んで太陽のもとに出られたとき、チカプは大きく息を吸って、そっと吐き出した。

 目的地のキミア・ポリスまではまだ距離がある。村人に渡された地図には、ここから南西に向かって道が(えが)かれているのだが、南西には道はなく、その代わりにあるのは藪と森である。道のない森の中を歩くのは危険と考えて、仕方なしに洞窟から続いている西に向かう道を進むのだが、途中から森に入って獣道になっては右に左にと続いている。歩くにつれて獣道は薄れていき、最後には道すら無くなった。

 あっちこっちに進んできたので、自分がどっちの方角に向かって進んでいたのかよく分からない上に、深い森の中だから空を見上げても、太陽は生い茂る枝葉に隠れていて位置がハッキリせず、どっちがどの方角なのか見当がつかない。

 早い話が、迷子になった。

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