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来なかった明日への願い  作者: そにお
第一小節 日常と摩擦
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p7 親の心情

 休日である安日、神迎え日の前日、地日にてようやく一通りの準備を終えられた。不足分の物品もヴァギ達のおかげで早期に納品され大きな遅延もなく無事にチェックも済んだ。陽は既に傾き、この後は明日の神迎えに向け、唯一、神迎え前日から一週間に限り酒を飲むことを赦されるとあって、既に祭壇前では宴会の準備までも終わっていた。

 そびえ立つ祭壇は神塔の前に構えられ、極東ゲットーを表す円環が描かれた旗とその隣にそれよりも高くあげられた神を示す、三角形の上部に瞳を描いた旗がはためいていた。亜種を天から見守る優しき瞳だと、仰ぎ見る彼らは言う。ただ僕はどうしても監視している、という印象をずっと持っていた。もちろん、口にも出せないし、思うこと自体、憚れてしかるべきものだった。


「ほらよ」


 丸太を横に切り、平らになっている長いすに腰を下ろして呆けていると、グラスに並々と注がれた、鼻がむっとなるほどの強い酒をドラグは無遠慮に押しつけてきた。もちろん、受け取らないわけにも行かず、両手でつかんだグラスを眺める。ゆらゆらと揺れる透き通った酒に自分の顔がぼやけて映る。


「今回ばかりは助かった。俺たちのとっておきだ」


 隣に腰を落としたドラグに丸太が少し傾く。危うくこぼれるところだ。


「いいえ、お疲れ様でした」


 皮肉は言わず、素直にドラグを労う。もちろん、力仕事に関しては右に出る者はおらず、その仕事は評価されて然るべきだ。


「おう」


 ドラグは満更でもないと、グラスを近づける。それに応えグラスを軽くぶつけると軽い音が響いた。それを合図にドラグは早速、グラスを傾けあおるように喉へ流していく。あまりののみっぷりに案外、軽いのかと思い、一口、含んでみると、濃厚な香りが鼻を抜け、思わずそのまま飲み込んでしまう。数瞬遅れて喉が焼ける感覚が遅い、顔をしかめる。


「わーはっは。どうだ強いだろ? お前にはまだ早いか!」


 その様子を見て、ドラグは屈託なく大笑いする。横を見れば既にグラスが空いていて、息が既に酒臭かった。


「む、なんの」


 一口含んだ酒で既に酔いが廻ってしまったせいか、負けじともう一口、二口と飲み進める。こうなったら喉が焼ける前に飲みきってしまえと気付けばグラスが空になった。


「ふっ。これでもまだ早いと?」


 勝ち誇って見せると、ドラグはきょとんとしていたが、すぐに笑顔になり、傍らに置いていた瓶を持てば、グラスに注いできた。


「やるじゃねえか。だが、まだこれからだぞ」


 ドラグの目には不思議と敵意はなく、淀みない瞳をこちらに向けていた。少し認めてくれたと感じ嬉しくなった。ドラグの瓶を奪い取りドラグのグラスへと並々と注ぐ。


「乾杯!」


 気付けば宴会も始まっており、種族関係なく酒を酌み交わす様子がたまらなく嬉しかった。同時にこういうときでないとここまで仲良くならないというのも悲しく思ってしまう。それも相対的な話だと思うようにして、宴会はどんどんと盛り上がっていく。


「渡り鳥、いや、ナル」


 さすがに勢いが落ちてきたドラグは落ち着いた声で話しかけてきた。といっても足下には数本空になった瓶が転がっている。


「ん、なんだい?」


 敬語を使うことも忘れていたが、ドラグは気にしていないようだ。


「神迎えだが、誰が選ばれると思う?」


「え?」


 思わず顔を上げた。視界いっぱいに収まったドラグの顔は、酒が抜けたのかと錯覚するほど真剣な眼差しだった。その視線の先には、酒は飲めないものの同席し、何人かは眠りに落ちている子ども達へ向かっていた。


「カイルのことが気になるの?」


 ドラグの息子の名前を出すと、図星のようでグラスをあおる。赤銅色の肌がより赤っぽく冷めたわけではなさそうだ。


「洞察力だけは優れたもんだ。まあその通りだ。去年の神迎えでカイルは光栄にも選ばれた。会合ではああは言ったが、ジラクが言っていることもわからんでもない。あいつもまた前の神迎えでコルが選ばれたからな」


「コルか……」


 コルはラナの兄で一つ前の神迎えで選ばれ、この地を去ったジラクの息子だ。よく遊んだことを覚えている。見た目だけは変わらないが成人を迎えた、礼儀正しく、面倒見のいい青年だった。出立の日のことは昨日のように覚えている。ジラクもセナも涙を流して喜んでいた。コルもまた涙を浮かべて、笑顔で神船に乗って旅立っていったことを。そして、後に家で両親が別の涙を流していたことも覚えている。


「他の奴には言うなよ」


 とにかく意外だった。このゲットーに来て一年、初めてドラグの内に触れた気がした。本当は喜ばしい神迎えのことを悲しいとは思ってはいけないのだが、親としての本音を僕に言ってくれたのは、僕がそういうことを感じていると知っていたからだろう。他の者には言えないことだが、僕にならと言ってくれた、その心がとても嬉しく思えた。


「もちろんさ。いつか立派になった彼らに会えるさ。配属次第では明日会えるかもしれないよ」


 これは嘘ではない。前のゲットーでは、実際に神迎えで選ばれた者と親が再会した場面もあったのだ。当時の僕は来たばかりで再会の場面にだけしか立ち会えてなかったが。


「ああ、それは俺も聞いたことがある。渡り鳥のお前が言うならきっと本当なんだろうな」


 "渡り鳥”と彼は呼ぶが、その響きほど自由なわけではない。その役目から抜け出せないだけだ。神迎えにことごとく選ばれなかった僕にとっては羽を失ったの鳥と同義だ。


「さて、さすがに飲み過ぎたな。俺はもう寝る。寝坊すんなよ。ナル」


「おやすみなさい」


 重い腰をドラグは上げて夜道に消えていった。その頼もしい背中を見送り、初めて名前を呼ばれたことに気づき、夜風の涼しさにふんわりとした暖かさを感じた。既に残っている者も少なく、僕もようやく家路につこうとしたところで、ズボンのポケットから落ちた物に気づきそれを拾い上げる。月光に照らされる手のひら大の板状のそれは黒が勝る灰色だった。僕たちを囲う壁と同じ色で鈍く光を反射していた。



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