p6 追加の仕事
タラクの下へ行くと、昼食にもお邪魔してしまい、これは徹底的に手伝わないとと思う。ボリューム的にはどうにか夕方には戻れるかといったところだった。
神迎えには相応な準備が必要だった。祭壇の設置は既に始まっており、力仕事はお前には無理だと頭角族の男集に追い払われ、結局、資材の確認と調達の手配など管理に明け暮れた。頭角族もその管理能力には一目おいてもらっているおかげか、口は悪いものの、これははどうする、あれはどこにあるなど、遠慮なく質問してくる。いわば彼らのブレーンという所だ。不思議と苦ではなく物事の整理と組立は得意分野だった。
「ああ? 足りねえだ? ちっ。おい、渡り鳥、追加発注だ」
男集をまとめるドラグは嫌そうに、かつ、尊大に追加資材のリストを押しつけてくる。それを受け取らないわけには行かず、くしゃくしゃになった紙のリストを広げる。
「装飾用の銀細工に留め金、儀礼用の剣……、剣はヴァギにお願いしてたけど、銀細工や留め金はまだあったはずでは?」
「うるせえ、さっさと調達してくりゃいいんだよ!」
こちらの質問に答えず、不躾に注文を付けてくる。こんな時はあれだ。
「それはいいんですけど、もし正当な理由なく追加調達となれば、まずくないですか? そもそもこちらの把握している数通りなら問題ないはずですし。改められると困るのはあなた方ですよ」
なるべく冷静に、一言一言をはっきりとドラグに告げる。みるみるうちにいきり立った顔が、沈んで淀んでいく。効果は抜群だ。
「けっ、若い連中の扱いが悪かったんだよ。それで使い物にならなくなったから足りなくなった。ああ、こっちの責任だよ。これで満足か?」
先ほどの態度とは打って変わって弱々しい、最後には半ば捨てきれなかったプライドの言葉だったが、大したことはない。
「ええ、それだったら経年劣化によるものですね。組み立て前に気付いたのは真剣な証拠で、神も怒るどころか喜ぶことでしょう」
そう答えると、ドラグはきょとんとした顔でこちらを見つめる。普段との差異で子どもっぽく見えたが、柔和な笑顔に努めた。
「ちっ。借りができたってか。まあ、助かる……」
顔は素直ではなかったが、その言葉はとても素直だ。普段はああだが、恩義には素直な男で、感謝するところは誰であってもというところは尊敬する。肉体だけでなくその心のあり方も彼のリーダーとしての資質なのだろう。
「いえ、それでは、ちょっと行ってきますので、怪我のないようにお願いします」
すっかりしぼんだドラグに一時の別れを告げる。その後すぐにドラグは若い者を呼び寄せ、叱っている大声が轟いた。
喧噪から離れると、目的地から金属を叩く音が大きくなってきた。ゲットーの一角、職人区と呼ばれる区画では、文字通り鍛冶や細工師を生業とする者達が集っている。 錬練族が住まう。
「ヴァギー?」
工房で鎚を振り下ろすヴァギに声をかけるが集中とリズムよく慣らされる金属の音で聞こえていないようで、邪魔するのも悪いと思いしばらく様子を見ていた。熱気と気迫にも感じる熱さが僕にぶつかって外へ抜けていく。本当にあの小柄な体型に詰め込まれた繊細かつ剛胆な筋力には恐れ入る。いつもあの長い髭が一緒に叩かれてしまわないかと不安になるが、そうはならないのがさすがといったところだろう。
「ふっ」
息を整え、叩き延ばした金属の板を貯めた水で急速に冷やす。むっとした水蒸気が立ちこめ、思わずせき込んでしまった。
「ん、うおっ!?」
訪問者がいることに驚いたヴァギは身を仰け反らせるものの、手を離すことはなく、心底安堵した。
「ご、ごめん」
すかさず謝罪が口に出る。ヴァギの驚いた顔が、すぐに安堵の表情へとため息と共に変わる。
「心臓に悪いぞ。まったく……まだかかるが、待ってられるか?」
良かった。怒ってはないようだ。もちろんと数回大きく頷いた。喉が枯れたようなしゃがれた声はすごみがあり声だけでは怒っているようにも思えるが表情と比べればそうではない。
そこから暫くして、水に濡らした布でヴァギは顔を拭うと、外に出て椅子に座って涼み始めた。
「ふう……で、どうしたんだ? 心配せんくても黒剣は間に合うぞ」
黒剣というのは儀礼剣のことでその制作をヴァギが行っていた。その確認と思ったようだ。
「いきなりごめんよ。黒剣のことはもちろん心配してないんだけどさ。これを調達できそうかい?」
ドラグから預かったリストを渡す。折り目が乱雑だったが、ヴァギは文句も言わずに開く。
「……またあの角連中がやらかしたのか?」
ご明察だ。理由など聞かなくてもわかるのだろう。当然、それらの物品は予定数納めているはずで、鍛冶、細工組合のリーダーとして当然だった。
「ま、表向きは経年劣化ということで、ね」
ぴくりとヴァギの太眉が反応する。
「経年劣化だ? そんなやわな作りしてねえんだが。こっちにとばっちりだけは勘弁だぜ」
表向き、と伝えて正解だった。職人たるプライドを傷つける理由なのだ。それを本当の理由として伝えてはおそらくへそを曲げてしまうだろう。半ば癖になった苦笑いで返すと、ヴァギはまたため息をついて、リストの物品を一つ一つ指で追う。
「ふむ。まあわかった。他の奴らに話は通しておく。後日、直接届ける。あんまり調子に乗らすなよ」
「この件に関しては大丈夫だよ。とにかくありがとう。助かるよ」
感謝を伝えて、挨拶代わりに手をあげ、ヴァギも軽く返したところで、ドラグの元へと報告に走った。
結構遅くなってしまったが、それについてはドラグは何も言うことはなかった。もちろん言えるわけはないと踏んでいたが、あの体躯で威圧するのはやめてほしいものだ。