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来なかった明日への願い  作者: そにお
第一小節 日常と摩擦
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p4 教育者

 何を隠そう、僕は教育者の一人だ。週に三日、月日、炎日、水日、樹日、金日、地日、休みの安日の七日の内、炎と樹と金の日を担当し子ども達に勉学を教えている。

記憶を失った妖精族(メディクス)と言えども、その知識などの記憶については失われないもので、早々に先生としてあてがわれたのだ。と言っても、記憶がある内で学んだ事が大半ではあり、記憶力の良さという妖精族の特徴のおかげでもあった。


「おはようございます」


 勉学のために用意されたゲットー北西部の海を望める建物内の教室で、僕は正面に立つと同時に子ども達に挨拶した。


「おはよう。ナル兄ちゃ、ナル先生」


「おはよーってそんな時間でもないけどねー」


 兄ちゃんと言い掛けてはいたが、ちゃんと返してくれるラナとは別にしっかりと指摘してくるルルに苦笑いで返す。


「ちょっと、だめだよ。そんなこと言っちゃ」


 ラナは隣に座るルルをわたわたと手を振って注意している。どうにもラナはあえてスルーしてくれたみたいでその優しさがちょっと悲しくもなる。ルルは正三角形に近い、小さな耳を頭から覗かせて面白げに左右に向きを変える。


「どうでもいいし、早く初めてくださいよ」


 かたや面白くなさそうに仏頂面を浮かべるクインは妖精族の特徴である尖った耳を不満げに垂らしていた。

彼は妖精族ではあるが、まだ子どもで成長度合いも他の子どもと変わらない。二十を越える当たりから緩やかに時の歩みが遅くなる。いつか他よりも長い経験を積めば、同族の大人達のように感情の起伏のない落ち着いた男になってしまうのだろう。成長は喜ばしいのだが、そういった幼さはどうかそのままでいてほしくもあるのも本音だ。ともすれば記憶を失わなければ、この僕もそういった大人になっていたのかもしれないな。


「はいはい、言われなくても始めるよー。というか今日は少ないね。さんに……三方だけとは」


 慌てて言葉を直したが、幸いにも気にとめる子はいないようで助かった。改めて考えると今日は三方しかいないではないか。


「あー角持ちは今日はこないよー。なんか神迎えがまたあるからって、朝から皆トレーニングに行ったよ。ただでさえドラグのおっさんのせいで先生の授業は聞くなーてなってるから」


 どうにも寝ている間に神迎えの話が報告されていたようで、それを見聞きしたであろうルルが頭に手を組んでは背もたれに寄りかかる。やる気があるのかないのかわからないルルではあるが、それよりも後者の理由が一番ダメージが大きい。


「一週間足らずで何が変わるのか」


 大人さながらに冷めた顔で皮肉を言うクインは肘を突きながら横目で穏やかな海を眺めていた。


「そっか……まあ仕方ないね。じゃあ、この前の続き、正しい知識は歴史から、ということで――」


 気を取り直して授業を開始しようとしたところで、引き戸がはずれるほどの勢いを持って開かれた。


「お、遅れましたああ!!」


 汗というには尋常じゃない水をぼたぼた垂らしながら、少女は顔をひきつらせていた。


「セラ! んー大丈夫だよ。いまから始めるところだから。セーフセーフ」


 セーフという言葉に安堵したのか、セラは耳の上部に延長された薄い膜に纏ったままの水を陽に輝かせ拳を振り上げた。


「さっすが先生! 話が分かる! 婿として迎えよう!」


 振り上げた拳を今度は僕に向け親指を立てる。伸びた水掻きから水滴が落ちる。


「セラ、それはだめ!!」


 ラナが勢いよく立ち上がると、踏ん張りが利かなくなった椅子が後ろに倒れた。


「あ、ごめんなさい……」


 丸まった耳から心底悪いと思っているのだろう。もたもたと椅子を戻す。


「とにかく、水を引かせなさい」


 既にセラの足元には水たまりができていて、その指摘に初めて気付いたのか、ごめんごめん、と舌をいたずらに出す。本当に反省しているのだろうかと不安に思う。セラの体にうっすらと半透明な鱗が浮かぶと、纏っていた水が引いていき、鱗が消えた時には、水たまりも肌の水気も乾いていた。そうして、セラは椅子に手をかけているラナの隣に座る。


「冗談、冗談! ……今はね!」


 そうやってラナの肩を軽く叩くと、またけたたましく椅子が床に倒れた。


「はあ、バカばっかりだ」


 クインのため息まじりの一言はあえてスルーした。


 セラは水鱗族(シレーナ)の一人でその名の通り鱗をもった亜種だ。このゲットーにきて初めて出会った亜種だった。海などの水中を魚よりも速く泳ぐことができ、永続的に水中で過ごすことができ、陸にあがれば、皆と同じように生活できるのだ。あの感じからして一泳ぎして、授業を忘れていたというところだろうか。何度か水中を泳ぐ水鱗族を見たことがあるが、水中では下半身が魚の尾鰭のように変化し、泳ぐ様は美しく見とれてしまうほどだ。もちろん水中に引き吊り込まれていた僕は、気付けば空気を求めておぼれてしまったが。



 とにかく、ようやく落ち着いたところで授業を開始する。


「えーっと、まずはおさらいかな。さあ澄まし顔のクイン君。創世記とはなんだい?」


 あえて澄まし顔と言ったのは、こちらに注目させるためだ。子どもながらプライドが高いクインにとってはバカにされて溜まるかと乗ってくるはずだ。


「馬鹿にするなよ先生。神が死に満ちた世界を再生させた始まりの時代。そして神を裏切り死の世界をもたらした大罪種である先祖をその慈悲深さを持って死の世界でも生きられる亜種生活区域、総称ゲットーに住まわせた。そして、敬虔で有能な亜種を神迎えの儀にて取り立て、神に仕えることを許した。いつか、全ての亜種が許される日のために僕たち亜種は日々研鑽を積んでいるのです。神と共に並ぶ「人」と名乗ることを夢見て。先生が言い掛けた、ね」


 教科書通りにすらすら答えてくれたが最後の一文にちくりとナイフの切っ先で刺された気がした。クインはちゃんと聞いていたようだ。冷や汗を一筋背中に流れるのを感じ、また苦笑いで返した。


「はは、あ、ありがとう。よくまとめましたね」


 仕返しされるとは思っておらず、口がうまく回らなかった。誰か聞いていたらまずかった。それほど人と自分たちを呼称するのはタブーだった。他の亜種にしてみれば、口に出るどころか考えすらもしないのだが、ふと気を緩めると人をつけそうになる。さっきの、言い掛けた三人、という言葉のようにだ。

 もし告げ口でもされていれば、それこそ死刑、よくても追放だろう。どちらにせよ死という結末には変わりないのだが。


「別に言いませんよ。先生には……恩がありますし」


 焦りを察したのか、ルルは口を尖らせ、それこそ馬鹿にするなと、誰にも言わないことをわざわざ言ってくれた。恩は確かに思い返せばあるのだが、そこまで思われるほど大したことをした記憶はなかった。だが、ここは素直に感謝する。


「ありがとう」


 すると今度は、照れたのか目を逸らしながら席に座った。やはりいい子だ。こんな教え子を持って嬉しいと思える思い出が増えた。


「で、なんの話?」

 

 ルルが悪戯な笑みを浮かべて身を乗り出して、仔細聞こうとする。


「ん、先生になって良かったなって話だよ」


「えー、絶対そんな話じゃないじゃーん」


 頬を膨らませ、面白くないという態度を取られる。


「や、やめなよ。それ以上はナル兄ちゃんが困るからっ」


 クインだけではなかった。一生懸命に話を切ろうとするラナもまた感づいていたのだ。後で何か奢ってやろう。もちろん賄賂とかそんなことじゃなく、皆に奢るぞ。うん。


「はいはい、時間がなくなるから次行こう。後、セラ、泳ぎ疲れて眠いのはわかるけどそっちの海を泳ぐのは早いぞー」


「ふがっ。うー、呼んだ?」


 丸くまとまっていたはずの髪はどこでついたのか既に寝癖が突き、あらぬ方向に突き出していた。


「じゃ、眠気覚ましに15ページの最初から読んで」


「はーい」


 目を擦りながらセラは教本のページをめくり、たどたどしく読み始めた。




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