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来なかった明日への願い  作者: そにお
第3小節 天上都市エイデンにナル鐘の音と警鐘ハル日
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p25 過去の今へ

 目覚めは意外にもすっきりしていた。泣いたら余計なものを流してくれたのだろうか。そういうことにしよう。キアはあの後すぐ何事もなかったように接していた。それが気遣いかはわからないが、心なしか余計に砕けてみえた。

 今日はゲットーに降りる日だ。嬉しさもあるが怖さもある。ゲットーの亜種達と会話することは懐かしくどこもとても楽しかった。ただ、今日は僕が逃げたゲットー、かつて反乱があった場所にいくことが不安だったし、何か露呈してしまう緊張感もある。

 そんなことを思いながら、体を起こす。ただ右側が重く感じてふと隣を見ると、心臓が止まるかと思った。


「ほあ!?」


 素っ頓狂な声を控えめになんとか抑え、寝ぼけた頭を高速回転させる。なんで彼女が、リタが一緒に寝てるんだ? ありえない……とにかく、抱き着かれたままの右腕を離さなければ……! 

 その後、途方もないような時間をかけながらゆっくりと引きはがすことができた。薄着の姿で目のやり場にも困ったが完遂した自分をほめてやりたい。 


「……もういいんだよ」


 寝息と共に漏れたリタの寝言に、一瞬だけ既視感が襲った。忘れていたような、忘れてしまったような懐かしい感覚、それを認めた瞬間には既に感覚は消え去っていた。


「ん、おはよう」


 つかんでいた感触がなくなったからかリタはゆっくりと瞼を上げた。彼女の言動から察するにこの状況はなるべくしてなっているのだと直感した。もちろん僕ではなくリタだ。


「おはよう」


 あまりにも普段通りに接してくるものだから思わず普通に返した。僕が取り乱したところで意味のないことはよく分かっている。彼女は神で僕は守護者であり、ただの罪深き亜種なのだ。

 ちょうど良い具合に案内人が来て準備ができ次第、食事へと向かうことになった。


 無機質にも感じる二人だけのだだっ広い部屋で出てきた料理を口に含む。そういえば全て加工された料理だったなと、水で流しこんだ時にふと思った。ゲットーでは取れた野菜を茹でたり塩漬けしたりなどはあったが、ここでは素材が分からないものばかりだった。味付けも結局はかかっているソースのものではないかとも。そして食事のときリタは無表情なことが多い、まるでただの栄養摂取のための場のようで、食事というのはもっと……いや、なんだっけな。

 早々に食事を済ませ、多少の休憩の後、待っていたかのように案内人が「案内します」とだけ言って背を向けた。


「キアは?」


「はい、先に安全確認のため現地へと降りております」


「そう」


 リタはそれ以上、口を開くことはなかった。僕の視線に気づいたのか振り向いた彼女は本当ににっこりと笑うのだった。それでも前へ向き直る際に垣間見えた表情はとても思いつめたように見えた。僕に見せる笑顔がまるで今の表情の理由を聞くことを無言で止めているような気がして、何も聞けずにいた。


 ここまで僕らを運んだ箱舟よりも小型の箱舟に乗船し発着場を離れていく。

『雲海に入ります。影響がないとは存じますが、念のため窓は到着まで閉じます』

 操縦士からの通信だ。向かうゲットーは天上都市の円内から見れば離れに存在する。それゆえ雲海――毒素の詰まった海のように広がった雲、天蓋機構の範囲外は毒素を含む雲海となる――を通る必要があった。もちろん地上ゲットーには同じ機構を用いたドーム型のほぼ透明な浄化膜が存在しており雨は浄化されるようになっている。ただ向かうゲットーにはかつての罪から雲を晴らすほどのエネルギーを向けることはしばらくない、とキアに聞かされていた。


「ティセには何か見えるの?」


 閉じた窓を無表情かつ仁王立ちで眺めるティセに透視機能でもあるのかと、冗談混じりに聞いた。


「肯定、真っ白だ」


「え……?」


 それが冗談に乗ったのかどうか判断つかず反応に困った。


「……忘れることを強制する」


 どうやら冗談のようだった。苦笑いで誤魔化すとリタが笑った。久しぶりにも感じる心からの笑顔に僕は嬉しくなる。ティセの気遣いなのかもしれないと、また機械人形のティセにも近しさを感じた。


『まもなく到着します』


 しばらく他愛のない会話をしていると、そう通信がきた。いつの間にか発着場に着けるところで窓はそのままだった。内臓が浮く浮遊感の後、固定される衝撃を軽く感じた。


「さて、行きましょうか」


 リタは立ち上がり出入り口へと歩いていく。その前をすかさずティセが出て僕も急いで後ろにつく。開いた出入り口からは発着場内の明かりだけで満たされ、僕らを迎え入れたはずのドームの天井は既に閉鎖されていた。


「道中無事で何よりです」


 かしこまった態度で迎えたキアはエリアオーダーの立場へと変わっていた。対するリタもそれに応じるように背筋を伸ばした。出迎えの数は少なく、上と比べると必要最低限の数のようだ。それでも機械人形の数はそれなりでいまだ警戒をしているというところだろうか。湧きあがりそうになる理由のわからない衝動を抑えつつ自動昇降機へと足を向ける。そんなに広くない空間にティセを除き4人の機械人形が乗り込んできた。それに押しやられるようにして僕は透明な硝子窓に向かうようにして立った。


「こんなに必要なの?」


 背中越しに不機嫌そうなリタの声が飛んでくる。


「はい。ここはまだ管理区域のため、念のための警戒が必要です。ご理解ください」


 抑揚のない声でキアが答えていた。普段のような遊びのない口調だ。どれが普段かは選り好みしてはいるが、こちらが普段だとは思いたくなかった。


「そう」


 リタはそれだけ答えて黙った。横目にティセを見ると心なしか不満そうな顔だ。彼女――形体上は女性型のため――としては、自分一人で充分だと自負があるのだろう。機械人形はどれも同じ無表情だが、ティセと長い時間を過ごしたせいか、はたまた気のせいか、彼女の表情の機微を感じることができるようになった、と思う。


 硝子越しの景色が落ちていくのをただただ見守り早く降りてしまいたいと貧乏ゆすりが出るのを抑えながら過ごしていると景色が壁に遮られたのちに、多少の重みを感じると扉が開いた。ぞろぞろと殺風景な広間を抜け、外への扉が開かれた。乾いた風と入り込む砂が目にしみた。陽の光は届かないにも関わらずひどく乾燥していた。瞳に涙を溜めながらそれを通ると、視界に広がる景色に吐きそうになった。未だに残骸と化した建造物、風化すらしているかつての残滓と、それに不似合なほど活気にあふれた亜種達が資材を運び、残骸を排除し、復興に努めている景色がそこにあった。だから僕は吐きそうになった。





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