p24 盲目
キアは僕の腕をとり抱え上げた。僕は不思議と言われた通りに目を逸らさなかった。そうすることが必要なんだと思ったからだ。
「大丈夫ですか? びっくりしましたよ。まあ確かにこの悲鳴にはなかなか慣れたものじゃないですし、心外ですよね。清浄化して喜ばれはすれども、悲鳴を上げるなんて、そりゃ吐きたくもなりますよ!」
的の外れた同情をわかりますとばかりに眉を傾けるセリルに言い返したくもなったが、次の次には何を言い返したいのかは既に薄れた。あの映像を見ていると不思議と心が落ち着いた。そう落ち着いたのだ。むしろ今となってはなぜ、抵抗するように叫ぶのか、とも思える。的を射ているのだ。
映像は写真を連続で切り替えるようにして、風景と同時に心安らぐ音楽、神への尊敬の言葉が羅列され、聖書を見せられているようだった。
ほんとうに、くそくらえだ。
「ん……?」
頭に浮かんだ言葉はすでに靄で隠れ、消えていった。
気づけば、異端者025、リベアは悲鳴を上げなくなっていた。漏れ聞こえる音は悲鳴ではなく笑い声だった。穏やかさで満ち足りた幸福を体現したような笑顔が、装置を外された彼の顔に現れていた。
「これは、ナルくんが来てくれたおかげですかね! やっと清浄化に至りましたよ!」
どうやらこれが清浄化の結果のようだ。ぶつぶつと神への愛を呟く彼は、まさしく亜種の代表のようなものだ。聞けばしばらく落ち着けばゲットーに帰れるらしい。道を外れた異端者さえも道を正してもらえるのだ。素晴らしいことだ。
殺したくせに。
いや、あれも救済のうちなのだろう。聞けばどうしようもないこともあるようだ。異端レベルが5になれば清浄化プログラムでも更生できないらしい。その場合は命そのものを浄化するようだ。
詭弁だ。
さすがに疲れたようだ。やっぱりティセにおぶってもらおう。
気づけば来賓用にあてがわれたベッドに横になっていた。たぶん、ティセにおぶってもらったんだろう。窓から差しこむ光は薄暗く、夜が近いことを悟る。
身を起こす。寝すぎたのか体がだるい、頭が重い、何かにのしかかられているようだ。しかし、部屋の外が騒がしく、もう一度横になるのは難しそうだった。体に力をいれてベッドから床へと足を下ろす。ふかふかの絨毯が柔らかく包み込む。
ふと、扉から明かりが漏れている。この先はそうだ、食堂のはずだ。声も漏れている。何か強く言い放っている声が聞こえた。よく知っている声だった。
「あなた、どういうことよ! ナルがあんなことになって、どうしてあそこに連れて行ったのよ! キア!」
「必要だからに決まってるでしょ? 彼は守護者、つまり亜種であっても亜種の立場にない、知らなければいけないのさ、その上でそれが正しいのだと認識してもらわなければ――」
「ふざけないで! ナルにはそんなもの必要ない!」
「お前、分かっているのか、それでは――」
リタとキアの言い合いは途中で遮られた。扉を開けた僕に気づいたからだ。
「起きたようね」
キアがこちらを見つける。その顔は安心したかのように柔和なものになっていた。リタが振り向く。赤くはれた瞼に涙の後が遠目からでもわかる。力が抜ける、安心したからだろう。彼女の顔を見たかった、悪夢から目を背けるためには彼女はうってつけだった。
「ナル!」
彼女はまた泣いた。膝をついた僕に抱き着き赤子のように頭をその胸にうずませた。
「ごめんね、ごめんね」
何に関して謝っているのだろう。僕が見た景色は正しいもののはずだ。僕は知ったのだ、神がどれほどの慈愛を持っていたのかを。だから謝られることなどなにもないはずだ。そのはずだったが、僕は泣いていた、これまでにないほど泣いていた、嗚咽を抑えもせずそのぬくもりの中で泣き続けた。僕が泣き疲れて眠りにつくまで彼女は謝り続けていた気がする。




