p13 引力
視線から逃げきると、皆、努めていつも通りに過ごしていた。それでも休日にはやらない作業だったり補修だったりと、普段以上にやることを見つけていた。
僕はと言えば、散歩することに決めた。動き回っていればそうそう神様に見つかることはないだろ。そんなことを思うのは十中八九僕だけだと確信できる。神様というよりは、あの機械人形に会いたくないっていうのが大半の理由だ。ぐるりと回って外れにある自分の家に帰る。最後にわざわざ一番離れた辺鄙な場所に訪れることはないだろうと踏んだ。
「決まったら行きますか!」
後ろ向きな理由だが前向き風に口に出す。そうすれば、悪いことじゃないような気がするからだ。そうして、道を渡ろうと踏み出した。
「おい」
寒さが背中を切りつけた。振り向くことも逃げることも返事すらできない。竜族の蛇眼に睨まれ石化したような感覚だ。そんな経験はもちろんなくただの比喩だが、それだったらまだマシかもしれない。
「どうした? 具合でも悪いのか」
下手な台本読みでもしているかのようにひどく棒読みだ。感情がないからか余計なものなのか、気持ち悪くてたまらない。
「そ、そうですね。少し体調が悪いのかも」
幸いにもこの大量の冷や汗を体調が悪いと感じてくれたらしい。ゆっくりと首を回すと、予想通り二人の機械人形がいた。男女モデルの一組だ。双子のようなものだ。基本的に男女モデルペアで行動することが多いのはどこで出会っても一緒だった。
「家はどこですか? 送って行きますよ」
「良い提案」
男モデルのほうが言葉数が多い、それに謎の相打ちするのが女モデルのほうだ。色々なタイプはいるようだが、どれも亜種のように感情豊かではない。いらぬ争いを招いた感情を除いて創造された人、それが機械人形、オートマタだ。彼らは人と呼ぶことを許されている。ただ人形という名称ではあり、かつての人にはなりきれない存在ということなのだろう。ほんの少しだけ同情した。それを感じる心など持ち合わせていないだろうな。
さて、先ほどの言葉通りなら親切心溢れるものだが、実際には抑揚がないものだから、まったく伝わってこない。
「いえ、少し日陰で休めば大丈夫です」
ちょうど近くに大きな木陰があって、よろよろと木にもたれながら腰を下ろした。ふと顔をあげるとついてきたらしく。焦点がどこかにいったような灰色の二人の瞳がこちらを見つめていた。
「神様と会うまでに治っていることを祈ります」
「祈ります」
彼らは木陰から出て太陽に病的なほど白い肌を当て歩いていく。黒装束とのはっきりとした白黒のコントラストが不自然で完全な印象を与えた。そして、他にも出歩いていた機械人形が合流してなにやら小声で相談めいたことをしていた。かろうじて、見つけたか、と誰か、何か、を探しているようなニュアンスの言葉だった。その言葉だけは少し焦りがあったので、珍しい反応だったので妙に引っかかった。
しばらく木陰でそよぐ風に涼んでいると、風の行く先から声が聞こえてきた。
「はわわ、神様!」
あの慌てようは、ラナしかいない。そうなると気になるのが先生としての性だ。半分体を覗かせるようにして腰をひねる。反射する光で目が痛いが、こらしながら行く末を見守る。
「ラナ、落ち着きなさい」
ラナの母、セナが本当に普段、窘めている感じで接していた。たぶん、コルが選ばれた時の経験が、慣れになっているのだろう。
「ふふ、大丈夫ですよ。焦らなくても。そして、ここも覚えています。暖かくて愛で包まれているような理想な家族です。そして、前回、良きご家庭に育ったコルを神の元へと選んだこと、昨日のように思います」
ラナの家は神迎えのために、良い家族になっているためじゃない。ごくごく当たり前のことなのに、あの言い方は、まるで、その手段のための家庭だと言っているかのようだ。それを一つ壊したのは、紛れもなく神自身だというのに。本人の口から言うとは皮肉にしかならない。
目の前を唐突にこぼれ落ちた緑が、視界を一瞬、遮った。ふと気を取られると、顔含め体中の筋肉が弛緩していた。つまり、先ほどまで力が入っていたことになる。その間、僕はどんな表情をして神を見つめていたのだろう。いや睨んでいたのかもしれない。こんな感情を持ってはいけない。持つはずがない。まだ見守っていたい気持ちはあったが、何かに押しつぶされそうな気がして、木陰をさっさと後にした。一転して照りつける太陽に、どこか焦げ付いた臭いがした。
結局、落ち着く所はどこかと言うと、自分の家しかない。丘の麓にあるために吹き下ろす風で、過ごしやすく。この理由不在の感情を落ち着かせるにはばっちりだ。ヴァギが暇だからと作ってくれた縁側に腰を下ろす。井戸を臨む風景は、殺風景ながらとても時間がゆったり感じる。最初、エンガワ? って目を丸くしていたヴァギを思い出して、笑ってしまう。まさか誰も知らないとは思っていなかった。言い出した僕もその出所を聞きたかったわけだが、それは叶わなかった。
普段は庭で子ども達が飛び回っているのだが今日はさすがに来ないようだ。普段通りとはいえど、その通りにするわけもなく、なおさら何の意味があるのかと、またそちらに意識を持って行かれていることに気づき、頭を振る。
「これは難儀だ……」
「何がだ?」
「あーちょっとね。考え事」
「そうか、それはナンギ、ナンギだな」
「そう、難儀なんだ……って誰!?」
その違和感に気づくのが遅すぎた。僕の頭上から降ってきた声は聞き覚えがなく、首がつりそうになるのもお構いなしに上を向いた。いつの間にか太陽の影は縮まって、声の主の影が僕を覆っているのみだ。
「とうっ!」
なにやら張り切った声と同時にせり出した屋根から一回転しながら宙を舞った。
「あぶなっ」
二階の高さから飛び降りたものだから7、8メートルほどの高さがある。だが、声が出たところで体は落下速度には追いつかず、腰があがった所で、それは着地の瞬間、重力を無視すして綿毛のようにふわりと庭の芝へ足をそろえた。ふわりとしたのは長い真っ白なドレスで、軽い生地が空気を包んで、色白な肌、すらりと伸びた足首から太ももを僕の瞳に晒して、そして隠れた。一瞬その姿に同じような景色がちらついた気がしたが、振り向いた彼女にそんな疑問は突風と一緒に吹き飛んだ。
「どう? すごいでしょ?」
したり顔でこちらを見つめる少女、僕は腰を上げきるかまた、下ろすかで逡巡していたが、気が抜けて腰を下ろすほうを選んだ。期待していた反応がなかったのか、彼女は少しむくれて見せた。反応を返す所か見惚れていたことは正直事実だ。そして、もう一つ。彼女の長い髪の毛、その艶やかさと風に靡く清浄さ、そして、僕が隠していた黒髪を堂々と晒す彼女に僕は思考できなかった。
「あれ? 妖精族? ごめんごめん」
彼女は軽い謝罪を笑顔混じりにしてくる。たぶん、悪いとは本気で思っていないのだろう。ちょっとした間違い、という程度だろうな。妖精族じゃなければ何に見えたと言うのだろうか。だいぶピントがずれた話ぶりに、ようやく思考を再開させる。
「僕はナル。君は、誰?……誰ですか?」
無意識に言葉を選んだ。先に名前を言ったのは当然の礼儀だ。その間に視界に飛び込んでくる彼女の身体的特徴をリアルタイムで処理していく。ありとあらゆる種族を消去法でつぶしていった。振り向く前にみた柔肌からは尾、翼は出ていない。肌質にも鱗や堅い鎧のような特徴もない。くびれは……関係ない。胸は……これも関係ない。潤んだ口元の犬歯は僕と遜色ない。こめかみ付近の丸みをおびた耳。まるまるとしたくっきりとした瞳は少し猫っぽいが、これも別に関係ない。そして決定的なのが、あの黒髪だった。それが自然と敬語へと導いた。どの種族も候補に残らなかった。知らないことではあったが、そう確信していた。
「うーん。怒られるなあ。でもまあここまで来たら一緒か……。よし、あたしはリタ。大神候補第8位のね。あ、これは言わなくて良かったね。とにかくリタって呼んで! えーっとナル! あと神族だからって敬語禁止! そんな変わんないでしょ。嫌いなのよね。そういうの。じゃよろしく」
そう彼女は神の一人のようだった。物言いは上からではあったが、どこか清々しさまで覚えた。神の顔など見たことはなかった。だが神の名を騙る亜種などいるわけがなく、どの種族の特徴にも当てはまらないことから神であることは真実めいていた。
僕は腰をゆっくりと上げ、リタから差し出された右手に導かれるように近づき、両手を上げ、一気に地面に手を付き頭を地面に擦り付けた。
「も、申し訳ありませええええええん!! 何卒、ご慈悲をおおおおお!!」
もう渾身の力で叫んだし、砂利が息で吹き上がって口に入るのも気にしてられない。やってしまった。神と口を聞いてしまった。あげくに顔まで見てしまった。
僕は全力で土下座した。




