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来なかった明日への願い  作者: そにお
第二小節 彩るハルの季節、軋んでナル世界
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e2 リタに彩るハル

 朝、スマートフォンににセットしていたアラームが鳴る。唯一好きで聞いているバンドの歌声で目を覚ました。なんとなくもったいない気がした少年は、サビが終わるのを待ってアラームを止めた。


「……学校行くか」


 父に言った手前、行かざるを得ない。幸いにもまだ逡巡する時間はあり、どちらかに踏ん切りをつけるためか、パソコンのモニターを目覚めさせる。


「やべ、返してなかった。学校で返すか」


 ネットの友人からのメッセージが溜まっていたが、スマートフォンのアプリにも連携しているため、返事は後回しにした。それよりも、また差出人がnullからのメールが来ていて、目を見張った。


「なんだ、解読者特定と、不定期送信?」


 解読者とは自分のことだと察しがついた。それと不定期送信というのは、途中で白紙になっているページと関係があるのかと踏み、そのページをめくるが、変化は特になかった。どうやら、その不定期にはまだ当たっていないらしい。置いていくのは不安に感じ、念のため通学鞄に詰め込み、後は学校で考えようと急いで支度した。


 梅雨と共に過ぎ行く風景にYシャツの白と黒のスラックスが多くなっていく。男子はともかく女子も上下同じで違うのはスカートだけと不自由な自由を友人達と話している集団の背中をやる気なく見つめ、自らも窮屈な世界に生きていることを実感する。

 歩道を占領して歩く男女のグループに苛立ちを募らせるもののそれを割って抜いていく勇気もなく、無駄に遅い足取りに合わせて、グレースケールだけで表現できるなと、どうでも良いことを思った。


「でさー、あ」


 一ヶ月ぶりだろうか。代わり映えのしない教室に入ると、楽しげに談笑していた女子が少年に気づき、会話を中断する。それを気にしないように一直線で自分の席に座る。彼女達は物珍しい視線を数度向け、なにやらひそひそと話し込んでいる。ホームルームが始まる頃には、飽きたのかまた大声で昨日のドラマの話を楽しげに会話していた。


「おはよーさん」


 教卓に担任が立ち、皆を見渡す。そして、その視線は少年に数秒止まるが、何も声をかけることはなく座席表と人数を照らしていく。数年たったまだ新任の気分が抜けない教師にとっては余計な心配なのだろう。彼にとっては出席しているという事実が彼の評価に直結するのだ。


 どの教科の担任も声をかけることもなければ、クラスメイトも声をかけることもなく、ただ静かに無駄に時間だけが過ぎ、あっという間に昼休憩となる。

 昨今珍しい、屋上が解放されている学校で、迷わず少年は購買で買ったパンとお茶のペットボトルを持って逃げるように屋上へ上っていった。梅雨が終わったとはいえ、炎天下と梅雨の名残の蒸したような屋上に近づくものはほぼいないし、ただ解放されているだけのベンチもなにもない屋上に好き好んで昼食にふけるのは奇特な少年のような奇特な人間だ。まともな者は中庭で涼んでいることだろう。


 屋上を隔て張り巡らされた高いフェンス、屋上の出入り口に周り、その壁に座り込む。案の定、人の気配はなく、それでも人目を気にするようにして静かにパンの袋を開け小さくちぎっては口に放り込む。


「よっ」


 頭上から振ってきた声に、パンが喉の途中で引っかかり、むせそうになりながら急いでペットボトルのお茶を流し込み、胃にパンを迎えた。


「あちゃー、ごめんごめん」


 影が少年を覆い真上で照らしているはずの太陽を遮った。ふと訪れた冷ややかな風に、少年は上を向く。


「うわ!?」


 生首が給水タンクが置かれている屋上出入り口の上の縁から除いていた。逆光ということもあり、真っ黒な生首に見えた。


「とうっ!」


 一瞬引っ込んだかと思うと、生首ではなく体が宙に躍り、一回転した後、目の前に着地した。無意識にパンの口を閉じるのと、ふわりと風を受けたスカートを凝視したのは同時だった。


「10点満点!」


 体操選手さながら両腕を天に仰ぎ、自己採点を口に出す。あまりの出来事とスカートから覗いた白に、目を白黒させていると、彼女は、振り向いた。


「ごめんごめん。驚かせちゃった?」


 それが、彼女との最初の出会いだった。呆けたままでいると、彼女は腰を屈めてこちらをのぞき込んでくる。


「おーい。大丈夫?」


「え? あ、ああ、別に、大丈夫」


 何が別なのかは分からないが、普段通りに戻ろうとなぜかパンをまた口に入れていた。


「君、2クラスだよね? 見ない顔だから覚えてるんだ」


 こちらの戸惑いもお構いなしに彼女は話し始める。


「き、君は? 2クラスなら俺も知らないはずないんだけど」


「私? そうだねー多分、君がいない間に転入してきたからじゃないかな? 一ヶ月前だけどね」


 一ヶ月前なら確かに、学校に行った覚えがない。その間に転校してきたのならお互い覚えがないのも頷ける。


「ずっと空いてた席気になってたんだけどねー。なんか皆どうでも良さそうだったし」


 それはそうだろう。彼らの未来に僕はまったく関係ないのだから、と少年は少し寂しく思ったことを押し込み圧縮機にかけた。


「で、名前は?」


 それが自己紹介しろと気付いたのは少し遅れてからで、少年は口が渇くのを感じながらゆっくりと返事をする。


「俺は――」


「ハルでしょ! 座席表見たから知ってるんだ。あたしは、リタ! ん、どったの?」


 自己紹介を彼女にされたことに、呆気にとられる。どうにも人の話を聞かない性格らしいとこの数回の会話で彼女、リタを位置づけた。それでも吹き付ける風が、久しぶりに体を過ぎ去っていくような清々しさを感じさせた。


「な、なんでもない」


 呆けていたのか見惚れていたのかは定かではないが、ハルはあわてて視線を伏せる。ひらひらと舞うスカートの影がハルの心を揺らしていた。 




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