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(6) 7/2 PM8:25

「おい泉、大丈夫かよ」


 出番前日。

 最近練習が終わる度に口癖のようにそんな言葉をかけ続けていた。

 もはやいじめレベルの寺谷からの叱責は聞いているだけでも辛いものがある。それを直接浴びている泉はすっかり憔悴しボロボロだった。


「もう、慣れたよ」


 やつれた顔でそんな事を言われても何の説得力もなかった。


「ほんとひどいよな。泉の演奏全然悪くないのに」

「あいつにとってはそうじゃないんだ。世界中の人が僕を認めても、あいつが認めなかったらダメなんだ。あいつが王様だからね」

「くそみたいな絶対王政だよな」


 入部してからというのも、寺谷だけには関わりたくないと思って過ごしてきた。しかし最後の最後で僕も捕まってしまった。

 しかし正直、泉が同じバンドになったと聞かされた瞬間助かったという思いはあった。おそらく自分に照準を向けられることはないだろうと。結果としてそれは正しかったが、ここまで毎日泉のひどい有様を見せられると心が痛んだ。


「まあでも、明日でそれも解放だな。部からも消える。学校からも消える。ようやく何も気にせずに音楽が出来る。そうなれば楽園だよ」

「……うん」

「瑞枝さんともうバンドが出来ないってのは寂しいけどな。あんなすごい人、多分きっとこの先出会えないよ。ほんと、なんであんなクソ野郎と付き合ってるのかな。いまだに謎だわ」

「……そうだね」


 僕達が入部していた頃からすでに二人は付き合っているようだったが、この疑問は皆が抱きながらも当人達以外に答えを知る者はいなかった。

 何故よりにもよって瑞枝さんが。

 見ていて仲が悪いようには見えなかったが、あまりにしっくりこない二人の組み合わせを見て、寺谷の権力的なものや横暴さが何かで瑞枝さんが付き合いを強いられているとしか僕らには思えなかった。


「まあ、とにかく明日一日頑張ろう。明日さえ乗り越えれば、それで終わりだ」


 そう明るく声をかけてみたが、泉は何も言わず真っ直ぐな目で空を見上げていた。


「神様なんていないよね」


 唐突に泉の口から出た言葉の意味を、僕は全くつかめなかった。


「なんだよ、急に」


 泉は空を見上げたまま、独り言のようにつぶやき始めた。


「神様なんていないんだ。でもいる事にしておかないと皆いろいろと不都合だからさ、そう思いたいだけなんだよね、きっと。存在はしていても僕らが期待するような仕事はしていないだけで。別に願いを叶えてくれたりとか、そんなのはないんだよきっと。ただ人が、誰にもどこにもぶつけようのない祈りを消化させる為だけに、受け口の為だけに存在しているにすぎないんだよ」


 泉が何を言っているのか全く分からない。

 ただひたすらに嫌な感じがした。泉の身体から流れ出る言いようのない冷たい狂気が僕の足元に絡みつきぞぞっと身体をのぼっていった。


「……急に何言ってんだよ、お前。ちょっと、怖えぞ」


 泉の表情は仮面のように無だった。つい先程まで寺谷に怯えていた時と同じ人間とは思えないほど異質な空気を放っていた。


「榛原君」

「……なんだよ」

「僕明日死ぬから」

「え」


 聞き間違えかと思った。思いたかった。

 でもそう思う事の出来ない程、泉の言葉は強くはっきりとしたものだった。


「明日、14時の電車に乗って。あいつと一緒に。必ずだよ」

「……は? どういう意味だよ」

「飛び込んでやるのさ」


 なんだ。なんだそれ。

 何からどう処理していけばいい。

 明日泉が死ぬ?

 明日泉が電車に飛び込んで死ぬ?

 どうして?

 何もかもが急すぎて何一つ分からない。

 今一体何が起きてるんだ? 


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 全然意味わかんねえよ! 冗談だろ? なあ、冗談だろ!?」


 泉がこちらに振り返った。

 血の気が引いた。


 ――こいつ、本当に泉か?


「部長にはもちろん内緒でだよ。いつも通りに接して。ただ一つだけ。一緒に指定した電車に乗って欲しい。ただそれだけ。それだけでいいんだ」

「何の為に……」

「明日は、最高のライブになるよ」

「明日……お前、まさか…」

「じゃあね。とにかく伝えたよ。僕の命を無駄にしないでね」


 それだけ言うと泉はすたすたと歩きだしてしまった。


「おい、泉!」


 呼びかけても止まらない。走って追いかけて、その場に引き倒してでもやればよかったのかもしれない。

 できない。できなかった。

 有無を言わせない泉の空気に、僕は完全に圧倒されてしまっていた。

 

 泉が死ぬ。

 寺谷への復讐の為に。

 どこまでも馬鹿げた、ありえない復讐だ。

 寺谷の最後の舞台を無茶苦茶にする為、それだけの為に自分の命を使うだなんて。


 ――どうする。どうすればいい。


 家に帰り、布団に入ってからも頭の中は混乱のままだった。

 泉の言葉がずっとこびりついて離れない。


“僕の命を無駄にしないでね”


 結局僕は、泉に言われた通りの時間を寺谷に伝えてしまった。

 泉の言葉が嘘であってくれと信じながらもそうしたのは、もしも僕のせいで泉の決意を無駄にしてしまったら、泉に一生恨まれる。そう思ったからだ。


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