(3 ) 7/3 PM2:10
僕と寺谷を乗せた電車が動き出した。
ここから学校までは五駅。駅を降りて少しばかり歩けば学校の正門にたどり着く。
車窓から差し込む日差しが鬱陶しい。馬鹿にされている気さえする。
何より、心が落ち着かない。
「やべえな。さすがに緊張してきた。」
寺谷の言葉に僕は少々驚いた。
我が部において彼の振舞いや言動はけっして褒められたものではない。でかい口ばかり叩くお山の大将感は否めないが、悔しいながら自分が口にした事を実現するための頭と度胸は兼ね備えている。つまりただの馬鹿ゴリラというわけではない。それがこいつの厄介な所でもあるのだが、このゴリラの唯一良い点としてけっして弱気を口にしない所だ。
どんな時でも横柄で横暴。自分に歯向かう者は否応なしになぎ倒していく面も態度もでかい人間だ。そんな男から緊張という言葉が出てくる事などないと思っていた。
――こいつでも緊張するのか。
ほうと思いながらも、その緊張はもちろんこれから迎える本番に向けてのもので、それを考えると途端に憂鬱になる。
この男とステージを共にする事ももちろんだが、それ以上に大きな不安要素が僕の胸の中をかき乱して止まない。鼓動が高まり、その度胸の奥で暴れまわる不快に嗚咽がもれそうになる。
――どうしたらいい。
いや、分かっている。僕だけの力ではもうどうにも出来ない事は。
この時間に僕は電車に乗ってしまった。その時点で、僕は運命のレールを選んでしまったのだから。
現実に目を向けていられなくなる。
逃げたい。逃げ出したい。
僕は目を瞑り、ステージを思い描く。あの日の女神の姿を。
――瑞枝さん。
心の中だけでは、僕は女神の事を気安く名前で呼ぶ。
ステージの上で瑞枝さんはふわっとマイクを握り、すっと息を吸い込んだ。
名前の通り瑞々しい彼女の唇が開き、細く美しい見た目からは想像のできない力強い歌声が無音の会場に一気に響き渡る。
圧倒的。頭の中だけでも彼女の存在、彼女の歌声が全てを支配していく。
トリップするような危うさが脳内を駆け巡る。先輩は僕にとっての麻薬に近い。
僕が唯一寺谷に感謝する事があるとすれば、瑞枝さんと同じバンドに参加させてもらえた事だ。
こんなバンドすぐにでもやめてやりたい。そう思っているのも事実だが、瑞枝さんと同じバンドで同じ時間を共有出来ている事にはたまらなく感謝している。
しかし、今日が本番。
いずれにしても、全ては今日終わる。