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(1) 7/3 PM 1:55

 ――いい天気だ。


 朝。快晴。こんなにも朝日を鬱陶しく感じた日はない。さんさんと晴れ渡る空を僕は薄目で睨みつけた。

 多くの人間は雨より晴れを好む。神の願いを叶える基準が多数決であるのならば、僕の願いが却下されたのは仕方のない事かもしれない。でも、僕は誰よりも望んだ。心の底から、嵐のよう大雨が降る事を。

 

 ――降るわけないよな。


 無理だ。そもそもこんな夏場に昨日まで快晴続きだった空がいきなり雨雲に変わるわけなどない。

 それとも、神はあいつに味方したのだろうか。


 駅のホーム。時間は午後の二時前。時間通りだ。普段の高校生活ではありえない登校時間だが、今日はそれが許される日だった。


「よう、ハイジン」


 僕を呼ぶ声がした。僕の名前をそんなふうに呼ぶのは一人だけだ。

 声の方に目を向けると、寺谷和人てらやかずとがドラムセットを縛り付けた楽器運搬用のローラーをごろごろ転がしながらこちらに向かって歩いている所だった。ドラムセットと言っても一式ではなく部分的で、寺谷の場合はスネアドラム、ペダル、シンバル数点だ。と言っても高校生の分際では十分すぎる機材だが。

 寺谷の大荷物を見ているといつも大変だなと他人事のように思う。ギターである自分は背中にギターを担いで、二、三個のエフェクター程度を手提げ袋に入れて終いだ。


「おはようございます、部長」


 寺谷は僕も所属している軽音楽部の部長だ。

 親が金持ちのおかげで、自宅に防音施設の整ったスタジオルームまで持っている。自宅で常に自由にドラムセットを触れる環境もあってか、寺谷のドラムの腕は申し分ない。

 ただ、あくまで腕だけだ。本当であればこんな人間とバンドなんて僕は組みたくなかった。

 これも親の影響なのか、寺谷は常に態度がでかく横柄で人を常に見下している。自分の意見が絶対だと思っていて、それ故例え周りからすれば無茶苦茶な意見であってもそれが絶対的に正しいと力のみで押し切ってしまう発言力を持ち合わせ、周りの反論を許さず上から押しつぶすように黙らせてしまう。けっして人に好かれるタイプではない、関わりたくない人間だ。こんな人間が部長の座に君臨している事自体そもそも間違いなのだが、自分も含め誰も部長をやりたがらなかった事も災いしているので、この点は何とも言えないところだ。

 とにかく言える事は、僕はこいつが死ぬほど嫌いだという事だ。


「いやー素晴らしい天気だ。さすが神様だぜ。今日という日の為に最高の舞台を用意してくれたってわけだ」


 捨てる神あれば拾う神ありなんて言葉もあるが、こいつの事を拾った神がいるのであれば、きっとそいつはろくでもない神に違いない。

 心の中で悪態をつく僕をしり目に、寺谷は何度もふわあとあくびをして見せる。何やら構ってほしそうなので僕は面倒に思いながらも仕方なく声を掛けた。


「寝不足ですか?」


 そう言うと、寺谷はカッコつけた笑みを浮かべ、


「ああ、興奮がおさまらなくてね」


 と答えた。

 けっして分からなくはない感情だ。普段スタジオにこもって自分達だけで音を鳴らして聴いているのと、大勢の前で演奏するのとではまるで違う。ライブならではの緊張感、高揚感。あの感覚は他の何でも得る事の出来ない快感だ。だから寺谷の言う事に共感は出来る。


「ハイジンはもちろんぐっすり寝たんだろうな? 俺の最後の雄姿なんだ。睡眠不足でヘマなんてされちゃたまったもんじゃねえからな」


 相変わらず横暴な口調だ。全てが自分中心で自分の世界のみで構成されている。今から始まる文化祭での舞台はなにもお前一人の為だけの舞台ではないというのに。全くめでたいヤツだ。


「しっかし、泉もよく言ってくれたもんだよ。俺を大トリにしようだなんて。まあ、言われなくてもそうするつもりだったが、あいつの方からそう言ってくれるとは思ってなかったよ」

「まあ、やっぱり最後は部長が締めないと」

「そりゃそうだ」


 しかしこんな時間に部長がゆったりと社長出社している傍ら、現場では副部長の徳永先輩が機敏に動いてくれている事だろう。

 結局寺谷はでかい口を叩くがその為の行動は他人にお任せのほぼお飾り部長なので、実質は徳永先輩が部長のようなものだ。徳永先輩がいなければ、軽音楽部は悲惨なものとなっていただろう。


「お、来たな」


 時間通り、ホームに電車が入ってくる。

 学園祭三日目。ステージでのトリを務める僕達の出番は午後三時三十分の予定だ。準備、リハーサル等の時間を考えれば一時間前にはついておきたいので、この電車に乗れば予定通りだ。

 

 ――何もかも予定通り。


 身体が急にぶるっと震えた。

 何事もなければという思いと、全てがぶち壊しになってほしいという気持ちがない交ぜになっていた。


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