第6話 ご挨拶
女将の店を出た後アレクはロリアにベルマンの街を案内した。そして日が落ちる少し前になり屋敷に帰る事にした。
「ロリア、今後の予定だけど」
「まだ、何か有るのですか?」
馬車の中でアレクが屋敷に戻ってからの事を言おうとするとロリア疲れた声で返事をした。
「父上と母上への挨拶があるんだけど」
アレクがそう言うとロリアはピシッと固まった。
「本来なら昨日披露宴が終わった後に行う予定だったけどロリアが気を失ったから延期になった。今日は父上も母上も公務が有ったから日が落ちて公務が終わった後という事になったんだ」
「何でもっと早く教えてくれなかったんですか!挨拶の口上を忘れてしまったではないですか!」
今になって大切な事を忘れていた事を思い出したロリアはアレクに食って掛かった。
「他人が考えた口上なんていいから。たどたどしくても『今』の自分の気持ちを言葉にして欲しいと思ったんだ。その為に今日は色々と連れまわした。『私』の事を少しでも知ってもらう為にね」
「ロバート様は結婚前に何度かお会いしていますけど、アレク様のお母様とは会った事が無いのですよ」
アレクがそう言うとロリアは恨めし気にアレクを睨んだ。言いたい事は理解できても納得いかない。特にアレクの母親とは初めて顔を会わせるのだ。緊張しない方がおかしい。
しかしアレクはクスッと笑うとロリアの頭を撫でるだけだった。
「ふざけていないで助けてください!」
自分が困っている所を見て楽しんでいるかのようなアレクを見てぷんすか起こるロリアだったが、アレクはまったく気にする事は無かった。
それから屋敷に戻るとロリアは部屋に連れていかれて着替えさせられた。しかしそこに一緒について来てくれた侍女の姿は無かった。
「ルシアはどうしたのですか?」
「彼女はベルマン家の研修を受けた結果、問題が有ると判断されたので研修が終わるまで若奥様の世話をさせない事にしました。彼女の休憩時間に若奥様がお会いになるのは止めませんが侍女としての仕事はさせないつもりです」
ロリアの着替えを手伝った年配のメイドに聞くとメイドはそう答えた。
「問題?」
「申し訳ございませんが私の口から詳しい事を話す事は禁じられています。日を改めてメイド長が説明に参ります」
そう言われるとロリアに詳しく聞くすべはなかった。
そして着替えを終えて部屋を出るとベルマン家の紋章が入った礼服を着たアレクが待っていた。
「昼の少女らしい服も似合っていたけど、今の大人びた服も似合っているよ」
「ありがとうざいます」
ロリアがそう返事をするとアレクはロリアの元で屈み胸にベルマン家の紋章が入ったブローチを付けた。女性には紋章が入った礼服がない代わりに公の場には紋章が入った装身具を身に着ける事になっている。そして結婚して初めてつける装身具は夫が家に迎え入れてから夫の手で付けるのがしきたりになっている。
政略結婚で結婚した花嫁の中にはこの装身具を付ける事で体に夫の名前をきざまれたような気になる者も少なくない。
「ただの名札だ気にするな」
「名札ですか」
その事を知っていたアレクはロリアにそう言った。それからロリアの手を取ろうとしてアレクは躊躇した。普通は腕を組んで挨拶に向かうのが通例なのだが身長差が有るのでそれは難しい。だからと言ってただ手をつなぐというのは面白くない。そこでアレクはロリアをお姫様抱っこして運ぶ事にした。
「え、きゃあ!何をするのですか」
「この方が夫婦らしいかなと」
「いきなりこんな事されたら驚きます。それに人前でされたら恥ずかしいです」
「メイド達なら退散したけど」
言われて見るとメイド達は居なくなっていた。この場にいるのはアレクとロリアとオウリュウマルだけだ。
「オウリュウマルは鎧だから人じゃないよね」
そう言われてロリアは声を出せずに口をパクパクさせた。
「じゃあ、行こうか」
そう言ってアレクは歩き出そうとしてふと立ち止まった。
「そう言えば」
「何ですか?」
降ろしてもらうのは半ば諦めたロリアは不貞腐れながら返事をした。
「2人だけの時に前もって声をかければしていいのか?」
ロリアは返事をせずに無言のまま空いた手でアレクの頬を叩いた。しっかりとロリアを抱き支えていたアレクはびくともしなかった。
それから改めてアレクはロリアを抱いたまま両親が待つ部屋へ向かった。そしてアレクに運ばれている間ロリアは恥ずかしさのあまり自分が緊張していた事を忘れるのだった。
『ロバート様、奥様。アレク様と若奥様が到着しました』
「分かった入りなさい」
ロバートの返事が来たのでオウリュウマルは扉を開けた。扉の先ではロバートが妻であるディアナをお姫様抱っこしているという光景が待っていた。
「何をしているのですか?」
「アレくんがロリちゃんをお姫様だっこしてこっちにしていると聞いたから対抗して私も抱っこしてもらっているの」
「どう対抗しようと思ったらこうなるのですか?」
ロバートの正妻でありアレクの母ディアナ。昔は抑圧された環境で人形のような性格だったのだが海賊ごっこをしていたロバートに攫われてしがらみが無くなったとたん抑圧から解放されて今の正確になった。40代半ばの年齢なのだが魔力の強い血筋で老化が遅いのと、その性格のおかげで20代に見える美女である。
結婚前に会った時は厳格な侯爵だったロバートと初めて会ったアレクの母ディアナの様子にあっけに取られたロリアの元へよいしょとロバートから降りたディアナはやってきた。
そしてアレクに抱えられたままで目線が同じ状態のロリアにニコリと笑いかけた。
「初めまして、アレクの母親のディアナよ。ようこそベルマン家へ。これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「はい、挨拶終わり。2人でお話しましょう」
「ちょっと、母上!」
結婚後のあいさつはもっと厳粛なものである。こんなにも気軽に終わらせていい物では無い。
「そうね、ダーリンへの挨拶がまだだったわね。ロリちゃん」
「はい、よろしくお願いします」
ディアナに流されてロリアはロバートに挨拶をした。アレクはこの状況を何とかしてもらおうとして期待を込めた眼差しでロバートを見たのだがロバートはディアナの方を優先させた。
「これからよろしくね」
「父上!」
『アレクさま、若奥様をお姫様抱っこして緊張を忘れさせつつ、仲の良さをアピールしようとしたのに見事に先制を取られましたね』
オウリュウマルにそう言われてアレクは力が諦めの境地に入りロリアを降ろした。
「じゃあお食事の時間まで2人だけでお話ししましょうね」
アレクがロリアを手放した途端、ディアナはロリアを引っさらって隣の部屋に駆け込んでいった。
「これでいいのですか?」
「結婚式の最中にロリアが気絶した時点で形式だなんて吹っ飛んだからな。ベルマン家らしくていいだろ」
当主である父ロバートがこれでいいと言った以上もう何も言えないアレクだった。