第5話 愛人の話
ブティックを出るとロリアのお腹がグーとなった。
「もうお昼か。食事にしよう」
アレクは馬車にブティックで買った服や小物を積み込ませると荷物を届けるために一度馬車を屋敷に戻した。
「少しくらいは歩けるよね。無理なら抱えて行くけど」
「歩けます。大丈夫です!」
抱えられるのは恥ずかしいのでロリアはそう返事をした。
「それよりもアレクさま、私達は2人だけですけど大丈夫なのでしょうか?」
馬車を屋敷に戻しオウリュウマルも居なくなってロリアはアレクと2人だけになった。人通りは多いものの2人だけで警護は大丈夫なのだろうか。
「隠れてニンジャが警護してくれているから大丈夫。それに私は強いしベルマンで私に危害を加えるのは難しい。そしてロリアの事は私が守るから大丈夫だ」
ニンジャという者が何なのかはよく分からなかったけれどもアレクが自身満々なので信じる事にした。自分に対して危害を加えたり変な事をしない事は昨日1日一緒に過ごしたので分かっている。
「では改めてお昼だけれどもベルマンには色々と面白い店がそろっている。けれど今回はベルマンの街を知ってもらう為に一般的な店に行こうと思う」
人が多く集まるベルマンには様々な地方の店がそろっていて中胴や東翼の中華料理や和食の店も存在する。しかし普通に安心して食べれる小料理屋というものもきちんと存在している。アレク達は少し歩くと目的の店にたどり着いた。そして貸し切りの札がかかっていた。
「ここは父上の知り合いがやっているごくごく普通の小料理屋だ。今日は頼んで貸し切りにしてもらった。ロリアの父親であるブラウン伯爵とも面識が有る信用のおける店だ」
「ロバート様の知り合いの店。その割には高級そうには見えないのですが?」
目の前にある店は高級店とは程遠い質素な店だ。とても貴族の知り合いが経営している店とは思えない店構えだ。
「料理の腕はベルマン家の料理人ほどではない。でも食べるとほっとする味がする」
そう言うとアレクはロリアを連れて店に入った。
「おまちしておりました、アレク様」
店に入ると客は1人もおらず美人な女将が声をかけてきた。
「女将、今日の頼んでいたものをを2人分頼む」
「はい、かしこまりました。お連れの方はブラウン伯爵様のご令嬢ですね。昨日結婚されたとか。おめでとうございます」
女将はそう言うと料理を用意するために店の奥に入っていった。アレクはロリアをエスコートして席に座らせると向かいに座った。
「アレクさま、あの人は何者ですか?見た目は平民ですけど所作はかなり精練されています。まるで長年貴族の家に仕えていたような」
そこまで言ってロバートやブラウンと知り合いなら女将が昔ベルマン家に仕えていたのだとロリアは思い至った。
「女将は『元』父上の愛人なんだ。もっとも父上が母上と会う前に愛人を止めて他の男と結婚したけどね」
今でも女将は美人だが若いころはもっと美しかったのだろう。貴族の愛人でもおかしくない。
「そんな人のやっているお店にどうして私を連れて来たのですか?」
ロバートの過去の女性関係に思う所は無いが新妻を連れて行く場所では無いだろう。
「一つ目の理由はここの料理が美味しいから。かたひじを張らずに気軽に食べれて味がいい。2つ目は急な貸し切りを頼めたからだ。どうして貸し切りにしたのかと言うと」
「私の娘がアレク様の愛人をしているからですよね」
女将が料理を持ってそう言った。
「愛人ですか…」
子供時代に女の子の奴隷を侍らしていると聞いた事は有るが現在愛人を囲っている事は知らなかった。政略結婚で自分は子供だ。男盛りのアレクに女の1人や2人いてもおかしくない。別にアレクの事を男として愛している訳では無かったがロリアは少し悲しくなった。
「そうですよね、私は跡取りを産むのが役目で嫁いだだけですものね」
「でも金目当ての女よりはずっといい」
「え?」
「料理が冷めるから続きは食べてから話そう」
アレクに促されてロリアは料理に手を付けた。
「おいしい」
「そうだろう。愛人を止めた後でも父上が贔屓にするだけの事は有る」
それから料理をおいしくいただいた後アレクは話をつづけた。
「私が子供の頃女の子の奴隷を侍らしていたと言う話は聞いた事は有るか」
「はい、あります」
アレクの女性伝説の始まりである。
「実は女将は爺様、先代のベルマン侯爵が王都で囲っていた愛人の娘なんだ。最初腹違いの妹と勘違いして近づいた父上と仲良くなって、女将の母親が事故で亡くなった後父上の愛人となった。その後男女の関係よりも兄妹のような感じになってきたので2人は別れた。その後父上は王都を離れ隣国の海で海賊まがいの事をして暴れまわり母上と出会った訳だが」
「すいません、その話は初耳です」
アレクが何かとんでもない事を言い出したのでロリアは話を遮った。
「知らなかったのか。ブラウン伯爵も当時は父上と一緒にヤンチャをしていたから聞いていたと思っていた」
「全然知りませんでした」
温厚な紳士なロバートと父親にそんな過去が有ったと知ってロリアは2人に対して幻滅した。
「まあ、その話はまた今度にしよう。とにかく父上と別れ王都に残った女将は王都から来た男と出会い結婚して娘が生まれた。そしてしばらくして男に捨てられた」
その話を聞いてロリアは女将を見た。女将は何も言わずにニコニコするだけだった。
「さらに女将を捨てた男は莫大な借金を残していった。女将は借金を返して娘を養うためにがむしゃらに働いて体を壊した。娘は女将を助けようとして王都のベルマン家の屋敷まで来てちょうど王都に滞在していた私と出会った。それから父上の愛人の娘だと聞いて腹違いの妹かと勘違いした私は独断で借金を返して女将を助けた」
「あの時助けていただいたことは感謝しています」
女将がそう言うとアレクは話をつづけた。
「ただその後問題が起きた。父上と女将の関係は切れていてベルマン家に借金を肩代わりする義理はなかった。女将の娘…、名前はジルエッタと言うのだけど彼女も父上の子供では無かった。結果肩代わりした借金はそのまま私への借金となった。もっとも私が借金を返すために勝手にベルマン家のお金を使ったので使ったお金はは私の借金になった訳だけど。その後の話し合いで女将はベルマン家の預かりになって療養。ジルは借金のかたに私の奴隷になった」
因みにアレクの借金はその後アレクが立てたヨシワラ計画の儲けで返済完了になっている。
「奴隷になったジルは頭がよく魔法の才能も有ったから魔法使いにしようと学園に入れ結果ジルは錬金術師になった」
「錬金術師…、もしかして女性初の錬金術師にして錬金長者と言われたジルエッタの事ですか!」
辺境で暮らしていたロリアですら聞いたことが有るくらい有名な錬金術師、それはジルエッタだった。
「そうだ、金がかかると言われた錬金術で大金を稼いだ凄腕の錬金術師だ。もっともそうなったのは私が原因なのだが。借金でしばりつけた奴隷を愛人に出来るかと言ったら3年で借金を返すから返せたら愛人にしてくれと言い出したんだ。錬金術で大金を稼ぐのは無理だと思ったから分かったと言ったら、アイツ本当に借金を3年で返済した」
「それは凄いですね」
そう言うと同時にそこまでしてアレクの愛人になろうとしたジルの事を考えた。アレクがこの店に自分を連れて来たのはこの話をするためだ。つまり自分のには愛する女がいると言う事を伝えるためにこの場を設けたのだろう。
分かっている、アレクが他の女と仲良くしても自分は我慢しないといけない。
「そして男として愛しては居ないけど約束通り愛人として養ってくれと私に言った」
「え?」
そう思っていたらアレクは変な事を言い出した。
「貴族の愛人になって左団扇な生活を送りたいのだそうだ。約束したのは事実なうえほっとくとジルの金や錬金術目当てに変なのが寄ってくるから愛人と言う事にした」
ただの後見人になった場合、ジルが女である事を利用しようとする輩が出るので愛人にするしかなかったという事情もある。
「私としてはちゃんとした男と夫婦になりたいのなら何時でも分かれていいと言っているのだが、母親の苦労を間近で見ているから男性不信なんだ」
男として愛してはいないけれども信用できる男はアレクだけと言う面倒な事になっていた。
「そうなんですか」
「この話をしたのはいずれジルの事を聞くことになるだろうと思ったからだ。人づてに聞かされるよりは私の口から事実を説明するべきだとな」
「それでこの店で話す事にしたのですか」
女将は娘の事なのに否定しなかった。つまり今アレクが話した話は本当の事なのだろう。
「今、私が抱えている女性問題はジルだけだ。他に女の影は無いから信用して欲しい」
「分かりました。その話を信じる事にします」
ロリアがそう返事をするとアレクは天井を見た。すると店の扉を開けてオウリュウマルが入ってきた。
『アレク様、馬車の用意が出来ました』
「え?鎧」
突然オウリュウマルが現れてロリアが驚くとアレクが種明かしをした。
「隠れて待機していた護衛に合図を送って表で待機していたオウリュウマルを呼んだんだ」
「待機していたのですか。鎧が表で…」
随分とシュールな光景だ。
「この3ヶ月でベルマンの住人は慣れたはずだよ」
そう言うとアレクはオウリュウマルに何か命令を下し始めた。その間に女将がロリアのそばに寄ってきてアレクに聞こえない様に話かけてきた。
「昨日初めてアレクさまとお会いしたと聞きましたけど娘の話を聞いて随分心を乱されたようですね」
女将に言われて自分が愛人の事を知って悲しんだ事に気づいた。
「私がロバート様の愛人になったのは若奥様と同じ歳の時でした」
女将の話を聞いてロリアはびっくりした。
「私の娘の事は気にしなくても大丈夫です。あの子は勝手に自分の幸せを見つけるでしょう。ですから若奥様は歳の差や他の女の事は考えずに自分の気持ちにだけ素直になってください。今はまだ好きだとは言えなくても気になっているのでしたら積極的になるべきです」
女将はそれだけ言うと離れて行った。
「じゃあ行こうか。半日で回れないけどいろいろと見せたいものが有るんだ」
アレクに呼ばれてロリアは歩き出した。
「ご来店ありがとうございました。デート、楽しんでください」
女将にそう言われ見送られてロリアは店を出た。