第10話 ドラゴンネスト
アレクとロリアが結婚してから1ヵ月、ロリアがベルマン家での生活に慣れ落ち着いた日々を過ごしていた。ただロリアが連れて来た侍女のルシアが未だに使い物にならなくて困っていた時、アレクは一通の手紙を受け取った。それはブラウン伯爵の母親、ロリアの祖母テディからの手紙だった。
「私のおばあさまですか?」
「そうだ、ブラウン伯爵が貴族になる前、父上に使える時にベルマンに移り住んだのだが山暮らしの方が性に合うと言って田舎に移り住んだんだ」
「ベルマンにも田舎が有るのですね」
「まあ、街道から離れれば静かなものだよ。話を戻して、結婚式の時招待状を送ったんだけど身分を理由に来なかったんだ。けれど手紙が着てそろそろ落ち着いた頃だから顔を見せて欲しいって。ロリアはテディさんと会った事が無かったんだね」
「ベルマンにおばあさまが居ること自体知りませんでした」
「そうか、ブラウン伯爵は時々会いに来ているみたいだったけど、一緒に会いに来なかったんだ」
「当時私はアレクさまの妾になる予定でしたからベルマンに連れて来たくなかったのでしょう」
「それもそうか、とにかく連休を取るから会いに行こう」
「分かりました」
母親を早くに無くし、母方の実家とは半ば縁が切れているのでロリアにとってお祖母さんの家に泊まると会ういうのは初めての事だった。ワクワクしながら泊りの準備をして遊びに行く日を待ち遠しく思っていた。ただ問題が有るとすれば、
「お嬢様!どうして私は留守番なのですか!」
「今の貴方をベルマン家の使用人として他所様に見せられないからですよ。いいから来なさい」
「メイド長放してください。いやー!お嬢様ー!」
留守番が決まったルシアがうるさかった事だろう。
そして連休初日、ロリアはアレクと共に馬車でベルマンを出た。向こうに人がいるという事なのでお供はオウリュウマル一体だけだ。
「アレクさま、おばあさまの所にはどれくらいでかかるのですか?」
「馬車で行くと数日かかるからドラゴンに乗って行くよ」
初めての遠出の旅行でも有るので道中の事を聞くとアレクはドラゴンに乗っていくと答えた。
「ドラゴンですか?もしかしてあの時の…」
ロリアが思い浮かべたのはかつて故郷を守ってくれた巨大なドラゴンの姿だった。
「応龍神、あの時のドラゴンは大きすぎるから使わない。それに今は東の方にいる。今回は別のを使う」
しかしアレクは別のドラゴンを使うと言った。
「他にもドラゴンがいたのですね。オウリュウジン、オウリュウマルと名前が似ていますね」
「だって親子だし」
「?!」
アレクはとんでもない事を何気も無く言った。しかしそこから詳しい説明はせずに別の話をした。
「今向かっているのは通称『ドラゴンネスト』。ドラゴンを使って人や者を運ぶための一大拠点だ」
「あの、拠点って一体何体ドラゴンが居るのですか?」
「各地に配備されているのを除くと常時4、5体は常駐しているよ」
かなりの数のドラゴンがいた。
「各地に配備って…」
「超大型の応龍神を除いて国境警備に戦闘用を5体。輸送用のが4、5体くらい飛び回っていて王都に1体常駐。後はドラゴンネストに休憩と体の整備の為に3、4体。待機が1体。全部で15体稼働していて5年以内に後10体増やす計画だよ。私の正妻として知っておくべき事だから教えておくけどドラゴンの数は機密だから他言しないでね」
ロリアの脳内で山のように大きなドラゴンがワラワラしている姿が映し出された。余談だがこの大陸の『モンスター』は魔力をエネルギー源にしているので食べ物を必要とせず食費はかからない。魔力も魔物領域で補給できるのでコストはかからない。
「アレクさま、ひょっとしたらブルマン家だけでこの大陸制服出来るのでは無いですか」
「ドラゴンを使って上空から爆撃すれば相手を滅ぼす事は出来る。でも人手が足りないから占領政策とかは無理。それ以前に王様とかになったら仕事が増えるからやりたくない」
冗談で聞いたら恐ろしい返事が来た。
「それにあいつらは戦いな嫌いな温厚な性格ばかりだから戦いには向かない。あと鳳凰大陸を統べる女神『賢凰神』は大陸の統一を望んでいない。各国に分かれての多様性を望んでいるから世界征服に乗り出したら勇者をけしかけられる」
でなきゃ隣国のルナティスの領土をもっと分捕っていたとアレクは言った。
「アレクさまが女神さまと話ができる使徒で良かったです」
「使徒なんてただの尻ぬぐい…、どうやら目的の場所に着いたようだ」
話の途中でベルマン空港に着いたことに気づいたアレクは話を中断した。
「ドラゴンが集まる場所、一体どんなところなんでしょう」
ワクワクしながら馬車の外を見たロリアの目に映った光景は自然豊かな場所にドラゴンが暮らしているような光景ではなく。まるで空港のような無機質な光景だった。
ドラゴンが離着陸するため何もない広い広場を中心に大きな倉庫がいくつも並んでいる。他には事務所や関係者の宿泊施設などが有り、施設全体を大きな塀で囲われている。ここはファンタジーとは遠くかけ離れた空間だった。
「な、なんですかここは」
「ドラゴンネスト。そして今回私たちはあのドラゴンに乗っていく」
アレクが示した先には金属質のドラゴンが鎮座していた。そのドラゴンはもしアニメや模型に詳しい転生者が見たら『ゾ〇ドかよと!』突っ込みを入れたであろう姿をしていた。そのドラゴンは胸が開いていて中は空洞になっていた。そのお腹の空洞の中に空港の職員が荷物を運びこんでいた。
「便宜上ドラゴンと呼んでいるけど本当はドラゴンの形をした鉄の鎧のモンスター。リビングアーマーの亜種、スピリットアーマーというのが彼らの種族だ」
「そ、そうなんですか…」
女神からファンタジーの世界観を壊す気かと怒られ、大丈夫ですモンスターですからと切り返した過去を持つアレクは自慢げに言った。
『いいですね、いつか私もあの大きさになりたいです』
理解が追い付かない光景にロリアが呆然としていると控えていたオウリュウマルがそんな事を言った。
「オウリュウマル、大きくなるの?なったらああなるの?」
『はい、正確には力を付けると操れる鎧のパーツ数が増えてもっと大きな体を持つ事が出来るんです。私はまだ生まれて1年もたっていない子供なのでこの大きさが精一杯なんです』
身長2メートル近くもある鎧にそんな事を言われてロリアは頭が痛くなった。
「アレクさま、少し休んでもいいですか」
「じゃあドラゴンに搭乗しよう。あ、その前にこれを身に着けておいて」
アレクはロリアに綺麗な宝石が埋め込まれたカメオを渡した。
「何ですかこれは」
「浮遊石が埋め込まれたカメオだ。こうして落とすと」
「あ、ゆっくり落ちてる」
アレクがカメオを下に落とすとカメオはまるで羽のようにフワリフワリとゆっくりと落下していった。
「浮遊石は錬金術で作った特別な石でね。大きさに応じて周りの物を巻き込んでゆっくりと落下する力を秘めている。墜落防止の為にドラゴンの体を形成するパーツにも埋め込まれているが念の為にドラゴンに搭乗する者はこれを身に着ける事になっているんだ」
転生者が見たら『ラ〇ュタ』かよと突っ込みを入れそうなアイテムを受け取ったロリアは様々な出来事を脳内で処理出来なくなってアレクにもたれかかった。
「アレクさま、お姫様抱っこしてもいいので後の事をお願いします」
そう言うとロリアは疲れて意識を失うのだった。