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決戦は雨の中

 薄暗い廃墟の中で、波打つようなざわめきが広がった。郊外にある、八畳間の廃屋である。


「また邪魔された……」


 怨念のこもった声が不気味に響く。


「一度ならず二度までも……」


〈あの陰陽師たちはなんだ?〉


 人の身の丈ほどもある大髑髏が骨を軋ませて憎しみを(あらわ)にしている。

 廃屋にいるのは、大髑髏とそれに従う物の怪たち。そして、大髑髏に飲み込まれた少女。

 少女の声は大髑髏の中からくぐもった声で聞こえてくる。


「小賢しい……。おとなしくしていればいいのに」


〈まとめて始末してしまおうか。〉


「いいえ、じきに呪術は完成する。今宵で五十四日目、あと一日」


〈明日になればお前を喰っていいんだな? 早く殺してしまえよ〉


 大髑髏のくぐもった声がにわかに怒気をはらんでいる。


「…………」


 少女は虚ろな目で口端をつりあげた。


 私はいつか会えると祈っているわ。神様はなかなか祈りを聞いてくださらないから、自分の力で叶えるの。


 少女は腕に釘を打ち、滴る血で呪符を書いていく。

 廃屋の中には、激しい怨憎にまみれた呪符の束がいくつも転がっている。壁や天井のいたるところに呪符が貼られている。

 あたりには、凍える冷気が満ちていた。そのせいで、物の怪たちは畏怖のあまり一歩も動けずにいた。


 ひとりで泣いている少女を見かけたのは、ひと月ほど前のことだ。

 自由気ままな暮らしをしている物の怪たちはいつも暇をもてあまし、何か面白いことを探しては悪戯をして楽しんでいた。

 小坊主脅しもそろそろ飽きてきたし、次の遊びは何にしようかと相談している最中に見つけたのが、泣いている少女だった。


 雑鬼は、悲しいのなら助けてやると言った。


 雑鬼が名を問い、少女がそれに答える。

 それは、ひとつの呪詛だ。

 名を呼ぶことは、相手を支配することでもある。大なり小なり使役する関係を築く。


 少女は雑鬼たちの言葉に答え、自らその身を捧げた。

 そして、呪術をもって大髑髏と融合し、人外の力を操るようになった。

 人間の身でありながら妖力を手に入れた少女は、毎夜どこかで力を使っているようだった。少女は赤く染め上げた爪をうっとりと眺めては、毎夜恍惚の表情で数を指折り数えている。


 大髑髏は嬉々としてその様子を眺めた。

 大髑髏に従う物の怪たちはしだいに少女を喰らうことを恐ろしく思えてきたが、誰も口に出しはしなかった。


「あの小賢しい陰陽師など、今の私の敵ではないの……」


 少女は大髑髏の中でうっそりと妖艶に笑っているようだ。

 物の怪の一匹が恐怖に身を震わせていると、大髑髏がゆっくりと顎を開いた。


〈恐ろしいか?〉


 くぐもった声と同時に、震えていた物の怪は大髑髏にひと飲みにされた。ぐしゃりぐしゃりと同族を咀嚼する。


〈同族の恐怖というのも、悪くはない〉


 咀嚼しながら大髑髏がくつくつと気味悪く笑うと、物の怪たちは皆そろって直立不動の姿勢を保った。周囲の空気が張りつめる。


「私は祈っているだけ」


 少女は笑う。


「いつかイツカ、会えると祈っている」










*************************









「藤宮様」


 侍女が襖越しに呼びかける。

 藤宮は香を焚いている最中だった。

 香を焚いた室内は清らかで甘い花の香りに満ちていて、穏やかな気持ちにさせられる。


「なあに?」

「陰陽院より山吹(やまぶき)まひる様と八剣十櫂(やつるぎじっかい)様がお見えです」


 花弁を取り除いていた手を休めて襖を開けると、侍女の後ろにまひると八剣が立っていた。

 侍女は一礼して下がっていく。


「あら? まだ夕暮れ前じゃない。どうしたの?」

「ちょっと確認したいことがあるんだが」

 そう言って八剣が取り出したのは一枚の紙で、そこには「虐」と「怨」を組み合わせてできた呪言の一文字が記されていた。


「この呪符に見覚えはないか?」


 神妙な面持ちの藤宮はしばらく黙ったままでいると、おもむろに黒い漆塗りの小箱を差し出してきた。


「中を見て」


 八剣が紐をほどいて蓋を開けると、そこには八剣の持ってきた呪符と同じものが入っていた。


「今朝方になって、まろが咥えて持ってきたものなの。すぐに貴方達に知らせようとしたんだけど、まろがまたすぐ飛んでいってしまって」

「まろが?」

「どうしたらいいのか分からなくて、とりあえず小箱にしまったのだけど」


 八剣が持っている呪符は、昨晩侵入された結界の外側に貼ってあったのをまひるが見つけたものだ。

 霧の少女の本体である術者につながる手がかりではあるのだが、この呪符は一枚では効力を発揮しない。

 どこかにもう一枚あるはずだからと二人で近辺を探してみたものの、結局見つけられずに、藤宮に覚えがないか確かめに来たのだった。


「まろが持ってきたもの以外では、見覚えありませんか?」

「ないわ。まろはどこで見つけてきたのかしら」

「妖気の残滓を辿っていったんだと思うんですが、詳しい場所はまろに案内を頼むほうが早いですね……」

「そう……」


 ふうんと相槌を打つと、顎に手を当てて考え込む素振りをした。考えているように見えて、その視線はちらちらと八剣を伺っている。

 藤宮の視線を訝しむ八剣。何かおかしなものでもついているだろうかと探ってみても、いつもと変わりはない。いつもの黒無地の狩衣に、いつもの数珠。いたっていつも通りである。


「ところで、ずっと思ってたんだけど、八剣さんって……」


 ちらちらとした視線を不躾な視線に変えて、藤宮が八剣の灰色の瞳を覗き込むようにして言葉を続けた。


「太陽が似合わないわよね」

「は?」


 八剣は突拍子もないことを言われて間の抜けた声が出てしまった。


「朝日よりは月明かりが似合う男。月明りの下で物憂げに街並みを眺めていそう」

「あ、それ私も同じこと思いました」

「やっぱりそう思う?」


 まひるの手を取って嬉しそうに微笑む藤宮。

 やはり、銀弧を思わせる銀色の髪は京の街ではよく目立つ。加えて灰色の瞳をした八剣は、まるで御伽話から出てきたような見た目になっている。

 端正な顔立ちと不愛想な人柄もあり、いよいよ現実味が薄くなり殊更に御伽話の登場人物感を助長させていた。


「もしくは、森の中で火を焚いて座ったまま寝て一夜を明かしていそう。どこかの流離(さすらい)みたいに。それでひょんなことから拾った美少女に懐かれて、本当はひとりでいたいのにその美少女が離れなくて困って仕方なく面倒みたりして」

「すごくわかる! すごく似合う! むしろそれやって欲しい!!」


 何やら共感して興奮気味のまひると、得意気に自分の妄想を本人の前で話す藤宮。意気投合してきゃっきゃと騒ぐ少女ふたり。何やら創作的な匂いがぷんぷん匂うので、緊張感は皆無である。


「何の話だ」


 飽きれまじりにつぶやく八剣。

 少女ふたりが納得顔でしきりに頷いているのを尻目に、八剣はなんとなく昨夜襲撃されたばかりの庭を見やった。

 すると、築地塀の向こうで一ツ鬼がぴょんぴょんと跳ねていた。


「なんだ?」


 八剣が一ツ鬼を招くと、慌てた様子で藤宮のもとへ駆けていき、短い両手をぶんぶん振っている。


「どうした、何かあったのか?」

「ま、まろが!」


 焦った一ツ鬼は藤宮の袖を引っ張って外へ連れ出そうとしている。


「まろが喰われちまうよ! 助けてやってくれ!」


 顔を見合わせる三人。八剣が合図を送るとまひるは小さく頷いた。

 一ツ鬼を抱きかかえてまひるが邸の外にでると、八剣と藤宮がそれに続く。


「どっち!?」


 まひるは、一ツ鬼の示すほうへ走り出した。

 藤宮も合わせて走ろうとするが、いかんせん着物なので狩衣姿のまひるには到底追いつけない。

 それでも必死に追いかけようとすると、ふいに体が浮いた。


「失礼」


 八剣が藤宮を抱き上げたのだ。


「しっかりつかまって」


 横抱きに軽々と持ち上げ、藤宮の腕を自分の首に回すと、そのまま平然とまひるのあとを走っていく。背中に流れる銀髪がさらさらと揺れた。

 思いがけない出来事に、藤宮は紅潮した頬を隠すためにまっすぐに前を見ている八剣の首元に顔を埋めた。


 先頭を走るまひるは、この先に待ち受けている戦闘での作戦を考えていた。まろが藤宮とは全くの別件で襲われているとは考えられない。となれば、度々姿を現す霧の少女の妖か、はたまた術者自身か、どちらにせよ衝突は避けられまい。

 敵は、まだ日が暮れてないのに動き出したのだろうか? 夜を待たずとも、充分な妖力を発揮できるとでも? それとも、残りの呪符を見つけられるのを阻止するために黄昏も待たずに動き出した?


 何しても、まひるが考えていた霧の少女の本体とまひるの一騎打ちという構図は成り立たないようだ。

 やるべきことは、藤宮を守りつつまろを助け、霧の少女の退治とその術者を捉えること。


 ……最初に見た呪符の色目(いろめ)に出たやっかいごとってこのことかなぁ……。


 そんなことを考えていたら、一ツ鬼がまひるの頭の上に乗っかって叫んだ。


「そこの角を右!」


 一ツ鬼が示した角を曲がった先は、表の活気あるれる大通りと比べると閑散とした裏路地だが、ようやく牛車がすれ違えるほどの広さはあった。


「まろだわ!」


 藤宮が見上げている先に、空中を旋回しているまろがいた。

 その下に、ひとの背丈ほどはあろうかという大きな髑髏が見えた。所々から禍々しく瘴気を噴き出している。軽く人を丸呑みできそうなほどの巨体だが、首から下がなく、鼻と顎の突き出た獣の頭蓋骨の形をしていた。

 まろが、ちゅ、ちゅ、と鳴いて大髑髏のまわりをせわしなく飛び回っている。

 吹き出た瘴気が大髑髏の上方に暗雲を作り、あたり一帯を瘴気の闇に沈めていく。瘴気の雲は止めどなく広がり、辺り一面は日没後のような暗さになっている。


「まろ、こっちへ!」


 まひるの声に従って身を翻すまろを、大髑髏の放った瘴気の衝撃波が襲う。


「namaḥ samanta-buddhānāṃ oṃ buddha-locani svāhā!」


 すかさずまひるの作った防御壁が衝撃波をくいとめるが、ぶつかった余波で砂塵が舞い、一面に砂埃が吹き荒れた。

 煙をかいくぐったまろが藤宮の胸へ戻ってくる。

 八剣に降ろされた藤宮は。やさしい腕でまろを抱きしめ、まろの無事に安堵した。

 一ツ鬼もいっしょにまろの無事を喜んでいると、八剣が一歩前に出た。

 まひるは、正面を見据えて呼吸を整えている。


「まひる、気をつけろ」


 八剣の言葉に頷いて答えると、まひるは目を閉じて神経と集中させ、口の中で小さく真言(マントラ)を唱え、周囲に結界を作った。

 人通りの少ない裏路地といえど街の中、瘴気の暗雲で影が落ちているものの、外はまだ日のある時刻だ。

 陰陽の力を使うときは、ひとびとが騒ぎ出して余計な被害がでることのないように配慮しなければならない。陰陽道の教えである。


 薄く開いたまぶたから仄かな青い光が漏れると、街の雑音が消えて瘴気の気流がはっきり視えるようになっていた。まひるの神通力が高まる。


 砂塵が吹き荒れる中、大髑髏がいると思われる方向を睨むが、どうも様子がおかしい。

 瘴気のもとであるはずなのに、気配が薄い。

 舞い上がっていた灰塵が薄れて視界が戻ると、そこには何もいなかった。

 大髑髏は、塵にまぎれて隠形したようだ。

 沈黙があたりを支配する。


 まろが、藤宮の肩の上で片羽を広げた。羽のあちこちが擦り傷で痛んでいた。骨が折れているようで、曲がり方がおかしい。そんな状態でよく飛んでいたと思うような、羽が千切れたような跡もある。小さな背中は毟られたようにぼさぼさで、噛まれたのだろうか、穴がふたつ空いていた。

 まろの傷の深さに気づいた藤宮は息を飲む。


 大髑髏は、まひるの背後に顕現した。

 腰を落として構えていたまひるは、すぐさま懐から呪符をとりだして(イン)を放つ。

 まひるを中心に五芒星の形をした炎が上がる。紅の炎に焼かれた大髑髏はよろめきながら壁に激突した。

 ぱらぱらと破片を落としながら、再びまひるへと体当たりを仕掛けてくる。

 腕を交差させて衝撃に備えるも、体格差がありすぎてまひるの方が押されてしまう。五芒星の炎に焼かれながらも突進を続ける大髑髏。


 その拍子に、まろが藤宮の手を離れて滑空していく。ぼろぼろに傷ついた羽で、懸命に空を舞う。


「まろ、駄目よ、おとなしくして! そんな体で飛んじゃ駄目!!」


 悲痛な叫びを聞きながらまろは、炎に包まれたままの大髑髏へ向かって羽を広げた。

 再び大髑髏の周りを旋回し始めたまろは器用に炎を避けながらも、ときおり吹く風に煽られて軌道がよろめいている。


「戻って、まろ!」


 藤宮の声に応じず、執拗に大髑髏の周りを飛び続ける。きゅう、きゅう、と鳴きながら、必死に飛び回る。

 唸った大髑髏が咆哮を上げた。


〈ええい、鬱陶しい!〉


 大髑髏のくぐもった低い怒号が大地を揺らす。


〈焼き殺してやる〉


 大髑髏が回転すると火力を増して燃え上がり、一瞬、まろが炎に巻かれた。しかしすぐに炎の中から抜け出てきて、またも周囲を飛翔する。


 なぜこんなにも頑なに飛び続けるのだろう?


 藤宮が眉をひそめると、同じことを考えているらしい一ツ鬼も同じように顔をしかめた。

 明らかに、何かを訴えている……、が、藤宮にはそれがなんなのかわからず、自分の無力さが歯がゆい。ぎり、と唇をかみ締める。

 身を乗り出した一ツ鬼がまろに神経を注ぐ。藤宮は祈るように両手を合わせた。

 思案しているのをよそに、大髑髏が勢いに乗ってまひるへ疾走していく。

 まひるが呪符を構えると、一ツ鬼が叫んだ。


「だめだ! あんちゃん、やめてくれ!」


 一ツ鬼の制止で動きが止まったまひるに、燃え盛る炎を宿した大髑髏が速度を上げて突っ込んだ。

 まひるの体が近くの空き家に叩きつけられ、ぼろくなっていた檜皮(ひわだ)屋根が落下する。


「まひる!」


 駆け寄ろうとする藤宮を八剣が阻止する。今近づいては巻き添えをくらってしまう。

 藤宮は細い両の指を絡め、不安に揺れる瞳で瓦礫の崩れた跡の様子を窺った。

 檜皮の微塵の中から、咳き込みしたまひるが立ち上がった。どうやら無事らしい。

 陰陽院から支給される狩衣は強靭な糸で織られたものなので、刃物でさえある程度は防ぐことができる代物だ。しかしその狩衣も、大髑髏の炎によってあちこちが焼け縮れていた。


「っ……」


 頭を振って立ち上がったまひるは全身が(すす)に汚れたものの、傷は負っていなかった。まひるの無事を認めた一ツ鬼が、もともと大きな目をさらに丸く開いて叫んだ。


「あんちゃん、まろが、あの大髑髏の中に人がいるって言ってる……!」


 一ツ鬼の言葉に瞠目するまひると八剣。


「なんだって……!?」


 まひるは、手首に巻いた念珠(ねんじゅ)を外して真言を唱え、小さな数珠を一列に通した糸をほどいた。

 形の揃った子珠を全て外し、大髑髏の足元に向かって投げる。

 数十個の子珠がばらまかれると、その一つ一つから光の柱が創生された。柱の光に照らされて、大髑髏の中にぼんやりと影が浮かんでくる。

 その中に、確かにひざを抱えて丸くなっている人のかたちが見えた。


「人喰い髑髏か」


 冷静な声音の八剣。

 戦況は、さらに困難を極めた。

 もし一ツ鬼の制止がなければ、まひるはあのまま大髑髏に攻撃していた。そうすれば中にいる人にまで被害が及んでしまう。大髑髏を退治する前に、中の人を救出しなければ。


 必死に考えをめぐらせていると、大髑髏がすさまじい邪念を叩きつけてきた。

 津波のような念に、とっさに立てた防御壁が粉砕される。

 屍鬼(しき)である一ツ鬼でさえ、妄執の強さに当てられてしまいそうなほどの邪念。

 はたと、まひるの動きが止まった。


「この邪念は……」


 まひるが呟く。


「同じだ……」

「同じ?」


 藤宮が聞き返すと、まひるはこくりと肯いた。


「昨晩、襲ってきた霧の少女の邪念と、全く同じ念の色をしている……」


 小さく首肯する八剣を見るに、八剣もまひると同じことを感じたようだった。


「まさか……?」


 半信半疑のまひるに、嘆息した八剣が言った。


「どうした?」

「あんまり嬉しくないんですけど」

「何が」

「ひとつ聞いていいですか?」

「ああ」

「大髑髏に飲まれている子と、霧の少女の本体である術者が、同一人物なんじゃないかと思うんですけど」

「俺もそう思う」


 間髪入れずに真顔で即答されると少し切ない。


 陰陽師ならば妖怪や物の怪に喰われた人を助けるのがどれほど難しいことか知っているだろうに。

 下手をすれば、魂魄が剥がれてその人は一生夢の中を彷徨う、ということになりかねない。最悪の場合、三途の川を渡ることになる。


 それなのに、平然としていられる心持はどこから沸いてくるのだろう。

 状況をうまく飲み込めていない藤宮に、八剣の解説が入った。


「つまりだな、大髑髏から中の人を救出しなければならないが、その人がまひるの手をとるかはわからんということだ。なんせ相手にしてみたら呪詛の邪魔をする憎き陰陽師なわけだから」


 藤宮が目を瞬かせる。

 大髑髏はびりびりと音を立てて妖気を波立たせ、激しい奔湍の渦を作っている。

 打つ手が難しくなるほど八剣がどこか楽しんでいるようにみえるのは気のせいだろうと思うまひるだったが、それがあながち外れていないことを教える者はいなかった。


 凄絶な凍気を膨らませた大髑髏がいくつもの刀刃を生み出し、四方八方に乱射した。

 まひるが顔を袖に埋める刃をやり過ごすと、懐からまろがひょいと首を出した。いつの間にかまひるの狩衣の中へ逃げ込んでいたらしい。


「そんなところに隠れていたのか」


 まひるがまろのあたまを撫でると、まろはきゅううと鳴いた。つぶらな瞳からは強い意志が感じられる。まひるを見つめる強い光。まひるは、その目をじっと見つめた。

 やがて意を決したように、まろはまひるの肩に登り、左右の羽を羽ばたかせ大髑髏のはるか上空へ飛んでいった。


「まろ!」


 かなりの高さまで上昇したまろは、急降下の姿勢をとって迷うことなく急速に落下してきた。

 それに気付いた大髑髏はくわりと顎を開いて上を向く。


「喰われるぞ!」

「まろ、駄目よ!」


 ぱくりと。

 あっけなくも、まろは大髑髏に呑まれてしまった。


 藤宮たちが焦りの声をあげる。

 大髑髏は妖気を滾らせ、まひるに猛襲をかけ始めた。肌を切り裂く無数の刃が、風に乗って吹き荒れる。

 

 まろのつぶらな瞳に宿った決意。言葉は交わせずとも、まひるはしっかりとその決意を受け取った。


 憤怒する大髑髏の攻撃の全てを受け流しつつ、まひるは、藤宮が首から下げている勾玉に目を止める。

 まひるが藤宮に手渡しておいたお守りだ。


 せっかくまろが身をもって作ってくれた打開策。

 無駄にすることはできない。


 ――まろ、どうか無事でいて!


 胸中で祈りながらまひるは大髑髏と対峙するべく駆けだした。

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