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エイエンニ



さぁて、最後のお話です。

今回のお話はけっこう長いです。一風変わったホラー(?)ですが、少しでも楽しんでいただければ…、まあ、最後ですし…;


 

 パラレルワールド―― この世界と並行して存在する別の世界。無数に別れた現実世界の分かれ道。無数にある可能性の世界……。


 もしも、その世界に行くことができるとしたら?


 この世界に、別世界への案内人がいるとしたら……。






 8月21日。


 この日、私の目覚めは最悪だった。

 悪夢を見たわけではない。――その逆で、楽しい夢を見たから。

 夏休みが始まったころの楽しい思い出を……。


「はぁ……、楽しい夢が悪夢に思えてくるわ……」


 時計を見ると朝の7時を少し回った時間。

 早く起きすぎたけど、二度寝をする気分ではない。しかたなく、のそのそと部屋を出て階段を下りた。


 キッチンでは、母さんが皿洗いをしていて、出勤前の父さんがテーブルで新聞を読んでいた。久しぶりに見る光景だ。

「あら? 今日はやけに早いのね、サオリ。登校日?」

「ううん、早く起きちゃって……」

「あらそう、それはいいけど……、あなたの分の朝食、用意してないわよ?」

「いいの、食べる気しないから」

 すると父さんが新聞から顔を上げた。

「いくら寝坊しても平気なんだから、サオリがうらやましいよ。夏休みはいつまでだ?」

「……うるさいわねぇ」

 私は怒りを込めたため息を吐くと、キッチンから出て洗面所へ向かった。


「(もう最悪!!!)」


 ただでさえ“嫌な夢”を見て憂鬱なのに!! 父親ってほんっと、デリカシーがないわ!!

 まだ宿題も半分以上残っている。作文も書かなくちゃいけない。夢の中にずっといたほうがマシだったかも……。

 乱暴に顔を洗い、タオルに顔をうずめてもう一度大きくため息を吐いた。




 昼前までカラ同然の時間を過ごしてから、友達のユリとエミに誘われていたショッピングに出かける。

 待ち合わせ場所で二人と合流し、昼食をとるためにファミレスへ。


「――うちもしょっちゅう聞いてくるんだ〜。夏休みはいつまでなんだ? 宿題は終わったのか? って、マジうざいよね!」


 注文したメニューを待つ間、暇つぶしにこぼした私の愚痴に、ユリも同感してくれた。

「来年は進学か就職かで忙しいし。高校生として、まともに過ごせる最後の夏休みなのに、呆気なく終わっちゃうわね」

「サオリこそ終わる終わるって言わないでよ〜。私まだ全然、宿題終わってないんだから」

「私も同じく……。なんなら一緒にやる? 去年みたく三人で。エミはどうなの?」

 向かいを見るとエミは、ぼーっと空になったお冷のコップを見つめていた。

「どうしたの、エミ?」

「……なんか、待ち合わせ場所に行く途中、変なおじさんに声かけられたのよね」

 私とユリは顔を見合わせた。

「……昼間から変質者?」

 すると、エミは首をかしげて、

「変質者っていうか、タキシードにシルクハット姿でステッキ持ってて――」

「何、今どきその紳士!?」

「――背中に天使の羽を付けてた」

「うわっ、絶対変質者だ!」

 想像して思わず爆笑する。

 ユリが興味津々に身を乗り出す。

「それでそれで? 何て声かけられたの?」

「うーん、私すぐに逃げちゃったから、よくわかんないけど……、パラレルワールドにご招待とか何とか……」

「パラレルワールド?」

 ユリと声がそろう。

 パラレルワールド―― 映画とかで何度か聞いたことがあるけど、どういうものなのかはよくわからない。

「やっぱりただの変質者だわ。忘れなよ、エミ」

 ユリは笑っていたが、私にはその変質者のことがどうも気になった。


 ――いや、『パラレルワールド』……。気になったのはそのフレーズかもしれない。



 その後、雑談を交えながらの長い食事を終え、ショッピングセンターへ繰り出すぞ! と勇んで席を立とうとしたときだった。

 指をコップに引っ掛けてしまい、残っていたお冷が思いっきり私の服とジーパンを濡らしてしまった。


「……最悪」


 気持ちが沈んでいくのを感じた。


「――まあまあ、たまにはあんな失敗もあるって! 気にするな!」

 他人事のように笑うユリと、哀れみの目を向けてくるエミ。

 昼食代は、ユリが同情しておごってくれたが、少しのなぐさめにしかならない。ジーパンが濡れると足が重いし気持ち悪い。その上恥ずかしい。おまけにひどくびしょびしょで、なかなか乾きそうにない。

 それだけならまだマシだったけど、更に追い討ちをかけたのが、

「あっ、サオリ、止まって!」

 突然、エミが叫んだ。

「え、何?」と聞くのと同時に、靴の裏でやわらかい何かが潰れた。

「……まさか……」

 ゆっくりと足を上げる……。


「最悪うぅ〜〜!!」


 ――今日は厄日だ。


 そう思うと楽しみにしていたショッピングも、楽しさが半減した。

 けっきょく買い物を終え、二人と別れるまで沈んだ気分のままだった。


「ああぁあぁっ!」と頭をかきむしりながら独り路地を歩いていると、ずっと前の電柱にもたれかかっているタキシードとシルクハットが目に入った。

 とっさに立ち止まり、遠くからその人物を凝視する。

 あの服装、ステッキ、そして……、背中の天使の羽……。


 ――間違いなく例の変質者だ。


「ヤバ……、マジで居た」


 遭遇しないよう、そっと後じさりする。

 そのとき、その変質者が私のほうを向いた――

「ぅえ!?」

 まるで瞬間移動のように、変質者が一瞬で私の目の前まで接近した。


 20メートルは距離があったはず。考えるよりも先に、私の頭の中に警告音が鳴り響く。

 ――人間ではない。直感がそう教えた。

 逃げたい。でもその人物が冷たい無表情の顔で、私を見下ろしていて、なぜか体が動かない。


「……てます?」

「……は、はい?」

「してます? 後悔」

「……は?」


 無表情が瞬間で満面の笑みに変わった。


 そいつ―― その男は一歩後ろへ跳ぶと、踊るようにステッキを振り回して喋り出した。


「パラレルワールド―― 今、貴方達が住む世界は、無数にある分かれ道の中の一つです。この瞬間でも時間は流れ、また無数の分かれ道―― 無数の世界が造られていきます。もしかすると別の世界で、貴方は結婚し、子供を持っているかもしれない。もしくはとっくに亡くなられているかもしれません。ですがきっと、その中には今の貴方よりもずっと幸せな貴方がいるはず。もちろん、別の世界を見ることなどできません。しかし貴方が望むのなら、ご案内しましょう、このわたくしが」


 男は優雅に一礼すると、また目の前に迫った。


「ぱ、ぱられるわあるど?」

「そう、パラレルワールドのご案内です〜。どうですか? 一度試してみませんか? いえいえ、やましい心はございませんとも。わたしくしはあなたのお役に立ちたいだけなのです」

「ぐ、具体的にどんな……?」

「そうですねぇ、少し前の分かれ道まで、もどしてさしあげましょう。無数に存在する分かれ道の中から、一つ大きなものを選んでですねぇ―― 行ってみればわかりますよ〜、いかがなさいます?」


 つまり何? 時間をもどすってこと? さっぱり呑み込めない。


「いかがなさいますぅ?」

 男がもう一度聞いてくる。

「……そ、それじゃ、少しだけ――」

「かしこまりました〜」

 今度は数歩分後ろへ跳び、男は踊り出す。


 前へステップ、後ろへステップ。ステッキ回して一回転。


「それでは、行ってらっしゃいませ〜」


 視界が真っ白に染まった。






「…………はっ?」


 ――にぎやかな話し声。

 気付くとそこはファミレスのボックス席。となりにユリ、向かいにエミが座っている。

「…………」

「さぁて、昼食も終えたし、ショッピングへ繰り出しますか〜」

「…………」

「あれ? どうしたのサオリ? 胃の調子が悪いとか?」

「え、は? ……ははは、な、なんでもないよ〜」

 服は濡れていない。コップも倒れていない。何もかもがあのときにもどっていた。


 ――夢、見てたのかな?


 そう思うとそんな気がしてきた。

 コップを倒さないよう、手元に注意して立ち上がり、会計を済ませて店を出た。

「心は晴れ晴れ! まるでこの空のように〜」

「ご機嫌だね、サオリ。何かいいことあった?」

「べっつにー? あ、ところでエミ、さっき話してた変質者ってさー」

「え、変質者? ……何のこと?」

「だから、タキシードとシルクハットの……」

 エミは困ったような顔で私を見ていた。

 あれ? もしかしてそんな話してないの? そういうこと?

 頭がこんがらがる。

「あっ、サオリ、止まっ――」

「はあっ!」

 私は大げさにジャンプして、すぐ足元に落ちていた“ソレ”をかわした。

「おお〜」

 二人がパチパチと拍手する。

「すごい反射神経だねぇ……」

「天使のおじさまのおかげよ」


 無数にある道の二つ目を、私は体験している。

 うさんくさい天使だったが、おかげで今度は前の分まで思い切りショッピングを楽しむことができた。




「どうでしたか? もう後悔はありませんね?」




 帰り道、あの路地であの男が待っていた。

「おかげで最高だったわ。パラレルワールドを体験するっていうのは、つまりタイムリープするってことね?」

「……簡単に言えばそういうことですかね。どうです? もう一度体験してみませんか?」

「いいの?」

「ええ、どこでもご希望の時間へ」

 と言われても簡単には思いつかない。

 大きな後悔はとくにないし、やり直したいことと言われてもすぐには――


 ――思いついた。


「それじゃあ、ひと月前―― 7月21日へもどりたい」

 そうすればまた、のんびり生活を満喫できる。

 宿題も早めに終わらせて、楽しいこといっぱいして……。最高の夏休みを。

「いいでしょう。それがお望みならば」

 男は前回と同じように数歩分後ろへ跳び、ステッキを回した。

「踊りは省略。めんどうなので」

 ビッ!とステッキを私に向ける。

「貴方とわたくし、もう二度と会うことはないでしょう。……それでは、いってらっしゃいませ〜」


 ほんの一瞬、男がニヤリと笑ったように見えた。


 けど、もう何も見えない。視界は真っ白になり、やがて暗くなった。






 ――ピピッ! ピピッ!


 耳障りなアラーム音で私は目を覚ました。

 のろりと起きてスイッチを止める。いつものクセで目覚ましをオンにしていたのだ。


 ……いつものクセ?


 ああそうか、今日は7月21日。夏休み初日だ。ケータイを確認するが、間違いない。

 何だか長い夢から覚めた気分ね……。でも、また夏休みはやってきた。


 足取り軽く階段を下りると、いつものように母さんは皿洗い。父さんはテーブルで新聞を読んでいた。

「あら、早いのね。夏休み入ったんでしょ?」

「うん。アラームのスイッチ入れちゃっててね」

「そう、でも早起きはいいこトだわ」

 父さんが新聞から顔を上げた。

「のンびりでキていいなぁ、サオリは。夏休み、いつまであるンだ?」

 初日からでもそれを聞くか、この父親は。

「いつまでだっていいでしょ? あ、それより母さん、今日お昼は外ですませるから」

「またユリちゃん達とオ出かケ? 夏休み初日カラ?」

「うん、そう、だけど……」


 ――あれ? 何か違う。


 過去だけれど、たしかにここは私の家で、目の前にいるのは私の母さんと父さん……、で……?


「ほんト、仲がいイノねアナタ達は。ウフフフフ」

「気をつケるンだゾ。うかれすぎテ事故に遭わなイようニナ。アハハハハ」


 ――違う。


「顔、洗ッテきなサイ。ご飯、食べるンデショ?」


 ――違う!


「さテ、父さンハそろソろ会社ニ行クとスるカナ」


 ――違う!!


 ピリリリ。ピリリリ。


 ケータイが鳴った……。ユリから……。


『もしもし、サオリ? 今日、昼からだけどさぁ』

「ユリ、助けて、違うの……」

『え? 何? 違ウって、ナニガ? ドコガ、どうイうフウニ、違ウ、ノ?』

「ユリ……」

『元気ナイわねェ、夏休みガ始マッタッテイウノニ。楽シイ楽シイ楽シイ夏休ミガ』


 ――絶対に違う!!!


『楽シイ楽シイ楽シイ楽シイ楽シイ……』


「やめてえぇ!!!」


 私はケータイを床に叩きつけた。

 母さんと父さんが、そんな私を無表情で見つめている。


 何なの!? 何なのいったい!!?



 ……ココハ、ドコナノ?






「パラレルワールド―― 貴方達が住む世界は、無数にある分かれ道の中の一つです。では他の分かれ道、無数に存在する別の世界はどうなっているのでしょう? ……いえいえ、そんなもの存在しません。貴方達の住むべき世界は、たった一つだけです。パラレルワールドがあるとすれば―― そこは人間の住む場所ではないのですよ。ふふふふふ……。ナニが住んでいると思います?」



「――ご案内してさしあげますよ。貴方がそれをお望みでしたら」









終わったぁ。もう気力はマイナス値です。

微妙な心境です。ラストの話がこれでよかったのか;

いえ、これでよかったのです!


【お詫び】

21日に更新を予定していたくせに、余裕かましていた僕は、当日の夜中になるまで一行も書こうとしていませんでした。それどころか、ストーリー構成も漠然としていて、徹夜でやっと半分書き上げた次第です;

計画性がなさすぎでした。すいません;


『七つのしずく』は完結ですが、連載中の小説のほうも、ごひいきにしていただければ、とても嬉しいです。

それでは、ごきげんよう。



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