忌まワしき生
死にたいのに死ねない。
……あなたなら、どうしますか?
「大丈夫か!? くそっ、救急車は呼んだのか!」
「すぐに来るって……! ああっ、どうしましょう!?」
……この日、僕は死んだ。
学校が苦しくて、社会が苦しくて、人生が嫌で……。
橋から飛び降りて、自殺した―― はずだった。
――なのに……。
「シンジ! シンジ! よかった……」
そこは病院。個室のベッドの上。
体が動かなくて、全身にたしかな痛みを感じる。全身のいたるところに包帯が巻かれているのがわかる。
「シンジ……、どうして自殺なんて……」
――ああそうか。僕は生きていたんだ。
……生きていた。
僕にとっては悲しいことなのに、ベッドの横で泣いてる母さんや父さんは嬉しそうだ。
「シンジ君、意識がもどったそうですね」
眼だけを横に動かすと、男の人と女の人がドアを開けて入ってきていた。
「シンジ、この二人があなたを助けてくれたのよ」
「シンジ君、びっくりしたよ。僕らの目の前で飛び下りるんだから」
「よかったわね。シンジ君」
――忘れもしないこの声だ。
ずっと遠くから聞こえていた、この忌まわしい声。
こいつらのせいで、僕は死ねなかったんだ。
体が自由に動けば、殴り飛ばしていただろう。かわりに、僕はそいつらをにらみ続けた。
助けやがって……、よくも助けやがってバカヤロウ!!
「シンジ君。まだ若いんだから、もう自殺なんてバカなこと考えちゃダメよ」
ああ……、このクソブタどもをぶっ殺してやりたい。
無責任に人を助けようなんて、バカなのはこいつらだ!
死にたいやつの気持ちもわからないくせに、正義ぶっているバカだ!!
僕の将来を何一つ保証してもくれないくせに、無責任すぎるじゃないか!!!
――クソッタレ……!
その後、回復も早かったため、僕は1週間で退院した。
『自殺なんてバカなこと』
その言葉は僕のプライドを踏みにじった。
僕がしたことはバカなことなんかじゃない……!
それ以来、母さんと父さんは、僕の行動の一つ一つに気を使い始めた。
少し外出するだけでも「どこに行くの?」といちいち訊いてくる。
この世界はもっと過ごし辛くなった。
僕は何度も自殺をはかった。
しかしその度に、処置が早かった、打ち所がよかったなどと、いらない奇跡が起こり、生き延びてしまう。
医者も呆れ果てるほど、僕は病院に入り浸りになった。
強制的にカウンセリングを受けさせられ、四六時中部屋に閉じ込められ、監視された。
生き地獄だ……。もう、本当に死なせてほしい……。
ペンで喉を刺し、自分の手で自分の首を絞め、舌を噛んだ。
苦痛だけが襲いかかるだけで、死ぬことはない。
どうしても死ねない地獄。この地獄から逃れるために――。
死ぬことだけが僕のクソ人生の目標となっていた。
何度死に、生きただろうか。
これで最後にしてやる。
ようやく周りの監視が解かれ、自由になった僕は、夜を待ってビルの屋上へ上った。
地上のアスファルトまで、30メートル。
邪魔者はいない。
僕はためらうことなく、フェンスを乗り越え、死の世界へ飛び立った。
今度こそ、本当に自由になるんだ。
「――あれ……?」
ゆっくりと落下しながら、その時になって、はじめて激しい後悔が心を打った。
僕はなぜ死にたかったんだ? 何に苦しんでいたんだ?
“死ぬなんてバカなこと”
僕はバカだったのか……?
そうだ、死ぬ気になれたのなら、どんなことがあっても生きていけるはずだろ?
何度も死んだのなら、もう生きることなんて怖くないじゃないか。
なぜ今まで気付かなかったんだ?
……まあ、いいや。
次からそうすればいいんだ。
今度は、死のうなんてバカなことを考えずに、真面目に生きよう。
僕は生きることができるんだ。
生きよう!
――グシャンッ!!!
あなたが将来、もしも死を決心したなら…、橋の欄干に足をかけたとき、屋上の手すりを越えたとき、ロープの輪に首をはめたとき…、三秒でもとどまってみてください。
三秒前に死んだ自分が見えることでしょう。
(次話追加:8月14日予定)