視線ノ先
誰かの視線を感じることはありませんか?
[フランス観光ツアーにご招待!]
友人の小野が俺に差し出した招待状。
『フランスにペアでご招待。7日間の観光ツアー』と印刷されている。
「雑誌に応募したら当選したんだ。一緒に行かないか?」
会社が夏の長期休暇に入り、暇だった俺にとっては最高の気分転換だ。
迷うことなくその話にのった。
ツアー当日――
俺と小野は、他のツアーメンバー8人と、まとまってバスに乗り込み、空港へ。
現地へ向かう飛行機の中、俺たちはそのツアーに期待を膨らませていた。
楽しい旅行になるはずだ、と……。
フランスに到着後、ツアーは本格的にスタート。
旅行会社のスタッフの引率で、バスなどを利用し、フランスの世界遺産や、観光名所を7日間で巡る。
自由時間の間、小野が持ってきていたカメラで、さまざまな建物や広場、花畑をバックにして、他の観光客に写真を撮ってもらう。
だが、小野の表情が時々強張り、突然後ろを振り返ったり―― 妙な行動を見せていた。
「どうしたんだ?」と訊いても、「なんでもない」と返ってくる。
彼の様子が気になったものの、せっかくの楽しいツアーだからと、その思いをかき消した。
フランスの街、土産物、食事。
7日間ツアーは、想像以上に楽しいものであった。
――しかし、日本にもどって数日後、異変は起こった。
休暇も終わり、仕事をしているときだった。
小野から会社に電話がかかってきたのだ。
「どうした小野?」
呼びかけるが、しばらく返事がなかった。
「……見てる……、女が俺たちを見てるんだ……」
やっと聞こえた小野の小さな声は、震えて、かすれていた。
「女? 何のことだ?」
「見てる……、ずっと……、気をつけろ……」
電話は切れた。
……女が見ている?
何のことだかさっぱりわからないが、ただ事ではない様子だった。
再度電話をするが、通じない。
――後で小野の家に行ってみよう。
焦る気持ちを落ち着かせながら、仕事に集中した。
仕事が終わり、すぐに会社を出た俺は、小野の住むアパートへ車を走らせた。
小野は、ボロいアパートに一人で暮らしている。
時間は午後7時を過ぎ、この時間には小野は家にいるはずなのだが……。
インターホンを押しても誰も出てこない。
ノブを回すと、鍵がかかっていないことに気付いた。
「小野ー、いるのか? 入るぞ」
それだけ言い、俺は薄暗い室内に入って、ガチャンとドアを閉めた。
小野がフランスにも履いて行った靴は、そろえて置いてある。俺も自分の靴を脱いでそろえ、台所から畳の居間に入る。
「小野、どうした――」
――息が詰まった。
窓から射し込む夕日に照らされ、首を吊った小野のシルエットが浮かんでいた。
「小野! 小野!」
俺はすでに冷たくなっていた友人を降ろし、震える手で救急車を呼んだ。
脈がないことは、調べなくてもわかる。首の骨が折れて生きていられるわけがない。
――なぜ死ぬんだ!? くそっ!
『女が見ている。気をつけろ』
小野が最後に残した言葉がよみがえった。
ふと、ちゃぶ台を見ると、写真の束が置かれていた。
ツアーで撮った写真だ。現像したと言っていたが、見せてもらっていなかった。
俺は無意識にそれを手に取っていた。
一枚一枚、写真を見る。生きている小野が写った写真を。
街で写した写真。古城で写した写真。ホテル前の写真……。
「……なんだこりゃ……」
俺は固まった。
そのすべてに―― どの写真にも―― 青いワンピースを着た女が写っていた。
黒髪の日本女性。ツアーメンバーの中にこんな女はいなかった。
その女は明らかに俺たちを見ている。
人ごみの中、木の陰、花畑の真ん中……。遠くから、近くから……。
女が見ている……。
ツアー中、小野の様子がおかしかったのは、このせいか。
写真の横に、新聞記事の切り抜きがあった。
『フランスツアー旅行中に女性が事故死』
死亡した女性の白黒写真。俺たちの写真に写っている女と、同じ顔だ。
そして、俺たちの時と同じ旅行会社の名前が。
「まさか……」
この女は小野を見ていた―― とり憑いていたというのか?
この女のせいで自殺を……?
いや、でもなんで――
ふと見ると、小野の足元にもう一枚、写真が落ちていた――
「……は?」
帰りの空港で撮った、俺と小野のゆいいつのアップ写真。
その写真にも女が――
俺の肩から蒼白い顔を覗かせ……
白い眼で……、俺を……、見ている。
「…………」
――急に、誰かの視線を感じた気がした。
……救急車は、まだ来ない……。
――あなたの後ろにいるのは、だれ……?
(次話追加:8月4日予定)