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ひゃくまんツぶの祈り

 

 

もう、食事は終えましたか……?

 

 

 ――その日、あの人は戦艦に乗り込み、戦場へと旅立っていった。


 いえ、『旅立った』なんて立派なものではない気がする。



 私は、喜んでトシロウさんを見送る彼の母親も、国のために戦うと決心した彼も許せない。

 私は送り出されるトシロウさんの姿を、遠くから見ているだけしかできなかった。


 ――生きて帰られると思っているの?


 いくら周りが歓喜の声で満ちていても、私は少しも嬉しくなどなかった。



「すまんアキコ。けど、わしは絶対に生きて帰る。死んだりはせんから……。待っていてくれるか?」


 志願前日のトシロウさんとの約束。

 生きて帰る。そうしたら今度こそ一緒になろう。


 ――ともに生きよう。



 トシロウさんが出撃して以来、私は神に祈りを捧げ続けた。


 毎日毎日。一日もかかさず、浜に立って海の神様に祈った。


「あの人が生きて帰ってきますように」


「どうか、あの人をお守りください」


 この海の向こうであの人は戦っている。

 生きるために今も戦っているのだ。そう信じて。


 百万回は祈った気がした。

 海は何も語りかけてはくれない。でも私は信じた。


 ――彼は生きて帰ってくる!


「生きて……」




 ――トシロウさんは死んだ。


 出撃から1ヶ月後のことだった。

 彼の乗った戦艦は、敵戦艦の攻撃を受け、乗組員全員が死亡。

 戦艦とともに海の底へ消えた。


 ……あっけない死だった。


 彼との約束はまるで夢だったかのように……。




 ――しばらく経った日の夜。私は海へ足を運んだ。

 別れを告げるために……。


 トシロウさんにではなく、この世に。


 やはり海は何も語りかけてはくれない。

 いく万粒もの水泡が、砂の上ではじけて消えていく。私の祈りもこの泡のように儚くて無意味なものだった。


 悲しいのに……。とても悲しいはずなのに……。


 それなのに、満月でキラキラと輝く海は、果てしなく綺麗なものだった。


「トシロウさん……」


 今、あなたの元へ逝きます。

 波打ち際にぞうりをそろえて、私はゆっくりと水の中へ――

 静かに寄せる波が、着物をぬらしていく。海は私を受け入れようとしている……。


 波の音が、私に話しかけているようだった――



「……アキ、コ……」



 私はその声に驚いて海底へ進む足を止めた。


「……トシロウさん?」


 ……幻聴?


「……ア……キコ」


 幻聴ではない!

 トシロウさんの声だ!


 私は体の半分を沈めたまま、彼を探した。


「トシロウさん? トシロウさん!」


 ……彼の声は聞こえなくなった。


 たしかにあれは――

 トシロウさん……。もしかして、私にお別れを……?

 私が悲しんでいると思って……?


 そう、彼は生きるために戦っていたんだ。私と生きるために。


 それなのに私は…… 死のうだなんて馬鹿なことを……。


 自分の不甲斐なさに泣き崩れそうになった時――

 固い何かが、トンと、私の腕に触れた。そして、弱弱しい力で、何かが着物のそでを掴んだ。


「ひっ……」


 視線を下ろした私は震え上がった。


 海に漂っているのは、見覚えのある軍服を着た塊。

 ソレは波に揺られながら、強烈な腐敗臭を放って浮かんでいた。


 そして―― ソレは見覚えのある顔を持っていた。



 トシロウさん……?



「ア、キ、コ…… タ……」


 トシロウさんは、ほとんど崩れた顔の、真っ白な目玉で、私を見つめていた。


「タ、ス…… ケ……」




 ――祈りは通じていた。


 トシロウさんは、たしかに“生きて帰ってきた”。





 

食事は……、終えていましたか?


『グロ注意』とか書くと、オチが読めそうでしたので……;

ダメージを受けた方、ゾゾッと忘れてください。


はい。次からは真面目にやります……。


(次話追加:7月30日予定)

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