ビラ配りと差し入れ。
僕は駅前のコンビニでバイトしている。
ある暑い日中、レジで接客していると、出入口が開閉する度に女性の声が聞こえてきた。
チラリと声のする方に目を向けると、その声の主は駅前で何やらビラを配っていた。
そのビラを受け取った中年のサラリーマンがこのコンビニに立ち寄り、ちょうど僕のレジで接客をしたので、
「駅前で貰ったビラって何のやつですか?」
と訊いてみた。
「あぁ、何か大通り沿いにラーメン屋が出来たとかで、そこで使えるクーポンが付いてるんだよ。帰りにちょっと見てこようかな。」
「へぇ〜、ラーメン屋かぁ。僕も後でビラ貰ってみます〜。あ、ありがとうございました。」
接客が終わったので、サラリーマンにそう声を掛けると、彼は片手を上げてそれに応え、レジ袋を反対の手で提げて立ち去った。
その後しばしば駅前の女性に目を向けると、彼女はずっと笑顔でビラを配っていた。
そうこうしているうちに、僕の休憩時間になった。
彼女、休憩もなしにずっと頑張ってるなぁ。
ビラを貰うついでに飲み物を差し入れしようと思い立ち、自分の分と彼女の分とスポーツドリンクを買い、彼女に近寄った。
「あの、僕もそれ貰っていいですか?」
僕に気付いた彼女は、笑顔ではいっ!と応えてビラを渡してくれた。
店内から見ていた時はちょっと遠くて分からなかったけど、彼女凄い汗をかいていた。
30度も超えるくらいの気温だ、当然だ。
「あの、僕目の前のコンビニで働いてるんですけど、これ、良かったら。差し入れです。暑い中頑張ってるし、水分も摂らなきゃ倒れちゃいますよ。」
彼女はほんの僅かの間キョトンとした顔で、僕が差し出した飲み物を見ていたのだが、すぐに僕の方に顔を戻して
「良いんですか?!」
と訊いてきた。
「勿論。あと、ビラ配りしんどくなったら、涼みに店内に入っても全然良いんで。」
「ホントですか?ありがとうございます、色々お気遣い頂いて!」
そう言って彼女は飲み物を受け取った。
「バイト終わったら、お店行ってみますね。」
「はい、是非!ありがとうございます!」
そう答えた彼女の笑顔と汗が、僕にはとても眩しく見え、それじゃ、とすぐに背を向け休憩に戻った。
休憩が終わり、店内で再び作業に取り掛かって暫らくすると、あの、と声を掛けられた。
その人の方を見ると、彼女だった。
「ビラ配りの時間が終わったので、私お店に戻りますね。飲み物とか、ありがとうございました。」
と一礼する彼女。
「え、わざわざ良いのに。」
「いえ、ビラ配りの時にあんなに親切にして貰えるとは思ってなくて、私凄く嬉しかったんです。お店で働く前とかに、こちらで買物させて貰いますねっ。」
「そんなに喜んで貰えると、僕も嬉しいよ。買い物も是非お願いします。」
と僕は笑いながら言った。
はい、と彼女は笑顔で応え、ラーメン屋に向かった。
バイトが終わったので、ラーメン屋に寄ってみた。
彼女のビラ配りの成果もあるのか、店の前には行列が出来ていた。
急ぎの用もないので、僕も列に並び、20分ほどして店内に入った。
食券を買うと、彼女が席に案内してくれた。
「今日のうちに来てくれたんですね、ありがとうございます!」
「うん、ビラ配りの成果、あったみたいですね。」
「はい、お陰様で。ラーメン来るまで少々お待ちくださいねっ。」
ビラによると、ここは醤油ラーメンがメインのようだ。
夏だからと冷やし中華もあるみたいだが、最初なのでノーマルの醤油ラーメンを頼んだ。
「お待たせ致しましたー!」
トッピングは海苔、葱、叉焼、メンマ、なるとの、昔ながらのといったもの。
麺は縮れ麺。
スープをレンゲに掬って飲むと、煮干の味がした。
最近家系の豚骨ばっかり食べていたので、こういうシンプルなラーメンもあると嬉しい。等と思いながら麺をすすり、スープまで飲み干した。
「水、おつぎしますね。」
彼女が僕のコップに水を注ぎながら、こう続けた。
「あの、私あともう少しで終わるので、良かったら一緒に飲みに行きませんか?」
え、まさかの?!お誘い?!
「え、あ、良いんですか?」
突然のことに吃りながらそう返すと、
「はい、ビール1杯奢らせてくださいよ。」
彼女はニコッと笑いながら言った。
僕は嬉しくて叫びたくなるのをグッと堪えながら、平静を装って、
「じゃあ、店の前で待ってますね。」
と答えた。
僕は彼女が注いでくれた水を飲み干してから、他のスタッフさんにもご馳走様でしたと声を掛け、店を出て彼女が来るのを待った。
女の子と2人っきりで飲みに行くとか久々だから、緊張するなぁ。何話せば良いんだろう。とそわそわしながら待つこと数分。
「お待たせしました!」
と彼女が駆け寄ってきた。
ポニーテール姿、スニーカーは変わらなかったが、ラーメン屋のTシャツから袖口にフリルがついた水色のカットソーへ、普通にくるぶしまで丈のあるブルージーンズから、太ももも見えてしまう白のショートパンツへと変わっていた。
な、何て眩しいんだろう・・・とドギマギしつつ、
「お疲れ様です。あっちにある居酒屋に行きましょう。」
と彼女を案内した。
変な気を遣わせても今後が気まずくなるので、無難にチェーン店の居酒屋で飲むことにしようと決めたのだ。
「「かんぱーい!」」
ジョッキをカチンと合わせてから、喉を鳴らしてビールを飲む僕ら。
一息ついてから彼女から話し始めた。
「あの、今日は本当にありがとうございました。実を言うと、あの時飲み物欲しい!買いに行こうかなって思ってたんですよ。だから、救世主来た!って思いました。」
その時のことを思い出したのか、ふふっと笑って彼女はそう言った。
「救世主とか、そんな大袈裟な。でも、ホント暑かったですから、倒れたりしなくて良かったです。」
「ですよねー。明日は別の子がやるので、飲み物持たせます!」
「その子にもヤバくなったらうちの店に涼みに来て良いよって伝えといてください。倒れたらホント大変ですし。」
「ありがとうございます、伝えておきます。優しくて頼れる人が近くにいて、良かったです。」
「いやいや、そんな・・・。」
「・・・っていうのがな、パパとママが出会った時の話なんだよ。」
「へぇ〜、そうなんだぁ。パパ、そのときからママのことがすきだったの?」
「そうだなぁ。そうかもしれないなぁ。だってさ、ママが笑ってる顔見てみなよ。可愛いだろ〜。」
「うん!かわいい!だからぼく、おおきくなったらママとけっこんする!」
「ダメですぅぅぅぅぅぅ、ママはパパと結婚してるから、ヒロトはママと結婚出来ないんですぅぅぅぅぅぅ。」
「えぇ〜!パパだけずるい〜!ぼくもママとけっこんする〜!」
「はいはいはい、2人でママを巡るのは嬉しいけど、お昼ご飯出来ましたよー。」
「わぁーい、ラーメンだー!!」
「「いただきます!!」」
今回見やすくなるかなぁと思って改行多めにしてみました。
どうでしょうか。