表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: Kamias
4/8

LOVE TOXIN

夜も更け、身を切るような寒さ漂う時間。

夜の音に混じり、部屋ではギシギシとベッドが軋む音と、

自分の下で快楽に悶える女の上げる嬌声、

自身の荒くなる息遣いを聞いていた。


自分も女も裸でまぐわり合い、寒さより

身を焦がすような熱を感じていた。


嬌声も自身の吐息の音が段々と大きくなり、

互いが互いを貪ろうとする本能を剥き出しに、そして絶頂。

この瞬間が堪らなく好きだ。


強烈な愛の匂い。


むわっと六畳間を満たす生き物の匂い。

性と生そのものが溢れ出し、そのなかに漂っている感覚。


一糸纏わぬ姿で、地肌で、味覚で、嗅覚でそれを味わう。

すぅーっと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

『リョーくん…すごかった…』と下から声が掛かる。

ああ、そうだ。

この愛の持ち主だ。

バーで話しかけ一二杯飲んでそのまま家に来た、愛おしい他人。


色々話した気はするが、何一つ覚えちゃいない。

というよりは正直聞いてすらいなかった。

俺を愛してくれさえすれば、それだけで良かった。

とりあえず感謝だけはしなければと

俺は名前も知らない女を抱いて耳元で、

『アイしてるよ。とても良かった』と呟いた。



結局夜が傾くその頃まで愛し合った後

そのまま満足して女は帰っていった。

バタンと、自宅のドアが閉まる音と共に押し寄せる静寂。

あれほどまでに満たされていた愛の匂いが、薄れ、

"動物の匂い"へと変わって行くようだった。

いや、違う。

これは"一人ぼっちの匂い"だ。


俺は堪らずタバコに火を着ける

キャラメルフレーバーの強く甘い香りが口内を満たしていった。

情事の後は必ずタバコが吸いたくなる。

情事の後の臭いは、ただただ胸を掻き毟るようで嫌いだった。

落ち着きを取り戻し、ベッド脇に投げ捨てた衣類の中から携帯を取り出し、電話をする。

『もしもし、俺だけど…

久しぶりじゃん!ねぇ?今晩空いてるかな?ーー』


綺麗な女が好き。

健気な女が好き。

頭の悪い女も好き。

強い女も好き。

好きって言われるのが好き。

好きって言える自分が好き。

愛が愛おしい。

愛してるという言葉が愛おしい。


ーーそうやって俺を求めてくれさえしてくれれば、他には"何も"要らなかった。

"どうでも"良かったーー


夜電話の相手と出会い、すぐに女の家に行ってセックスをした。

時間など全く気にせず、互いに動けなくなるまで身体を重ねた。

あの匂いを嗅いで、そのまま眠りに着く。

その次の日も、次の日も同じ事を続けた。

それでもまだ、足りなかった。

乾きが、止まないんだーー


ーー俺は母子家庭の家に生まれた。

父親は物心つくころにはいなくなっていた。

父親の顔だけが切り刻まれた写真と俺と

壊れかけた母さんを残して。

父に会いたいなんて言った日には、

母さんに、死ぬほどぶたれた。

いつからか、顔も思い出せない父親を恨むようになった。


小さなアパート。

変わり変わり現れる男たち。

小さな俺を持て囃す男たち。

夜な夜な俺の眠る寝室の隣から聞こえる母さんの喘ぎ声。

何度も交わされる、「アイシテル」という言葉。

それが俺にとって、子守歌だった。

母さんが鳴いた次の日の朝は、母さんは優しくて

本当に温かかったから。


そんな母は俺が14の頃に、男と一緒に刑務所に行った。

覚醒剤の常習犯だった。

最後に見た母さんは、俺を見て恨めしそうにしていた。

今はもう、どこにいるのかも分からない。


施設で生活をして、高校に通い

フリーターになり、ただただバイトに行って

適当に飲んで寝て、それの繰り返し

そんな毎日を繰り返していた時だ。

バーで飲んでいた女と一夜を明かした。

その時のことは今も忘れられない。


母さんと同じように鳴く女の声と顔。

無我夢中になれる時間。

ただただ互いを求めるだけの行為。

母さんが夢中になっていたことを、

この時初めて理解することができた。

「アイシテル」を理解できたーー


ある日の事だ。

また飲み屋で女と話した。

この日の女とは、本当に馬が合った。

俺の事を心底分かってくれているかのようで、

まるで初めてな気がしなかった。

明けるような笑顔を振り撒くその女を、俺はいたく気に入り、

いつものように自宅へと向かった。


ベッドへと腰掛け、後から女を抱きしめて耳を噛む。

身体中をまさぐり、足から上へ這うように

ゆっくりと愛撫を続けた。

女の顔をこちらに向かせ、キスを交わす。

互いの舌を重ね合わせるたびに、下半身が熱を帯びる。


唇を離し、女の顔を見る。

先ほどよりも晴れたような顔を見せる女。


そこで腹部に衝撃と熱が襲った。


腹部を見ると、腹にナイフが刺さっていた。


『やっぱりウチの事、覚えてなかったんだね。

ウチはずっと覚えてたよ。ずっと愛してた。

殺したいくらいに』


痛みに身体を支えて居られず、ベッドに倒れ込む。

女は俺に跨り、手にしたナイフを振り上げては、何度も何度も俺を刺してきた。


『どうして、どうして…!!

こんなにも愛しているのにぃ…!!、

愛してるのに!!』

気が狂いそうになる痛みに必死に抗おうとするが、

こちらの抵抗以上の力で夢中でナイフを振り下ろす女。


段々と痛みが無くなってきて、視界が霞んできた。


薄れゆく意識の中

俺は、これまでにない程に


自分が満たされていくのを感じていた。


初めて、生を実感した。

生きていると心底思った。


目の前の女がナイフを振り下ろす度に、

"愛"を感じた。


愛だ。愛に満たされていく。

愛に溺れる。


こんなにも愛されているなんて、

こんなにも愛をくれるなんて

なんて愛おしいのか。


『愛してるよ』

力を振り絞り、女を抱きしめ呟く。

いつもより強く。


真っ赤になった俺の身体の上で女は涙を流して、笑ったような怒ったような顔をしていた。



愛の匂いと、鉄の匂いが


最後に漂っていた。


ーーーーーー



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ