テケテケになった日
自分で言うのもなんだけど、
これ書いたやつマジで死んだほうがいいとおもう。
カン、カン、カン、カン、と遮断機が降りる。
電車が通過してからも歩きだそうとしない女に、
傍らに立つ男は訝しげな表情で、どうかしたか、と訊ねる。
もとよりおかしな話ではあった。普段彼らはこの踏み切りを通ることはない。
今日に限って、彼女の方から『寄りたいところがある』と言われ、ついてきたところ、こんな場所に辿り着いた。
いつもは自己主張というものをほとんどしない彼女の頼みに興味を引かれてやってきてはみたものの、ここにはこれといってなにがあるというわけでもない。
ただ人々に忘れ去られたような古びた踏み切りが、寂しく音を鳴らしているだけだ。
……と。
声が聞こえたような気がして、男は隣を見た。
しかし女はひたすら前を見つめているのみで、言葉を発した様子はなかった。
気のせいか、と首をかしげて、男は女が歩き出すのを待った。
――男は知らない。
3年前、ここでひとりの女子中学生が、命を落としたということを。
そして自分の右隣にいる女が、その少女の死に深く関わっていたことを。
もう少し注意深く耳を傾けていれば、聞こえたかもしれない。
女は口の中でつぶやいていた。ごめんなさい、と。
ごめんね、アカリ。ごめんね。
ごめんなさい、ごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんーー
死んだ少女の名は、四ノ宮灯。
当時中学3年生で、女の幼馴染みだった。
遮断機が、ふたたび降りる。
カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、と。泣きわめくように。
Aパート
アカリのクラス内での立場は、『ちょっとかわいい女の子』だった。
特別目立つところはない。
成績は普通より少し下で、運動ができるわけでもなく。
はっと目を惹くような印象はないが、だからこそ身近で、
それでいて将来化けそうな、そんな気配を窺わせる少女だった。
中学3年生の夏休み直前。
休み時間のことだ。
廊下でぼうっ、としていると、アカリが訊いてきた。
「なっちゃん、志望校決めた?」
「まだだけど」
それで終わりでもよかったが、
アカリがなにか聞いてほしそうな顔をしているので、
「そっちは?」
と訊き返した。
希望に応えると、案の定目を輝かせて。
「ねえねえなっちゃん聞いてよー。
すっごいかっこいい人見つけちゃってさあ!」
一目惚れというやつだろうか。
それほど興味は引かれなかったが、
へー、すごいねーと相槌を打って。
「それで? どこの人?」
「○○高校!」
「……わりと頭いいとこじゃん。いけんの。今の成績で?」
ぐ、と言葉につまるアカリ。
だがすぐに決意をこめた眼差しで告げた。
「がんばる!」
「がんばれ!」
それは本心からでた言葉だった。
勉強教えて、という要求を、無理、と打ち落としていると、
「――なんの話してるの?」
後ろから声がして振り返ると、
同じクラスの北山晴治がドアのところから顔を覗かせていた。
「あー! 北っち聞いてよー!
なっちゃんがひどいんだよー!」
「どうしたの?
……ていうか“北っち”はやめてくれないかな?」
「なんで。いいじゃん!」
ぎちっ! と。
一瞬なんの音かと思ったが、それは自分が奥歯を噛み締める音なのだった。
上腕に鋭い痛みを感じると、爪を突き立てていた。
悪い癖だ、と思う。そして……、
話しているふたりを見る。少女の目には、特別なものは見受けられない。
だが、少年がアカリを見る目には、あるひとつの感情が見え隠れしていた。
肘に血が一筋垂れるのを感じて、掌で覆い隠す。
そして。
醜い。
★★★
夏休みに入ると、一気に受験ムードが漂った。
塾に朝からすし詰めになって講義を受けた。
忙しそうに鳴く蝉の声を煩わしく思いながら、
自習室でワークブックの問題を解いていると、肩を叩かれた。
「ねー、なっちゃーん。
明日の夜って、予定空いてるー?」
「……自習室での私語厳禁。
塾長に怒られても知らないよ。黙って勉強しといたら?」
「えー。夏希さんったらまっじめー!
ちょっとくらい大丈夫……」
と、アカリが言いかけたとき、
前触れなく入り口のドアがガラッ、と開かれ、
大柄で、目付きの悪い40代の男が入ってきた。
ボスだ。
アカリは滝のように汗を流し始めた。
多分、夏の暑さは関係ないだろう。室内はクーラーが効いている。
ボスは入り口で自習室の内部をぐるりと睥睨し、
自分たちが座る席のほうで目をとめて、言った。
「――サボりの気配がしたな」
ヒィ、と。
隣でアカリが小さく声を上げたのが聞こえたが、
城島夏希はワークを解く手を休めなかった。
巻き添えは勘弁だ。
1時間後。
そろそろ帰ろうかと荷物を手に持ったところ、アカリが隣にいなかった。
意識から存在を外していたのであのあとどうなったかは想像するしかないが、
おそらくボスとのマンツーマン指導コースに強制連行されたのだろう。
哀れなり。
しかしそうなると、アカリがなにを言おうとしていたのか気になる。
明日の夜? 明日は塾が休みだから勉強するにしても夜は自由になると思うが――
「肝試し、だってさ」
目を上げると、北山だった。
「『肝試し』?」。ナツキは聞き返した。
北山は「そう」とうなずいた。
そのままナツキと一緒に歩きだして、玄関にむかう。
靴を履きながら言った。
「城島ってまだ聞いてなかったでしょ?
四ノ宮に伝えてもらうはずだったんだけど、ほら、ボスに捕まっちゃったからね……」
苦笑いを浮かべて。
「△△墓地に9時集合。
塾のやつらで企画したんだ。先生には内緒で。
バレたらボスに殺されるから、くれぐれも内密にね」
露見したらしい。
次の日、アカリと連れだって集合場所にむかうと、塾長がにこやかに立っていた。
隣に目をむけると、気まずそうな表情で。
「えっと、口が滑っちゃって……」
はーん。
白い目をむける。
アカリは目を逸らし、
「……てへっ☆」
…………。
……あざとい。
実にあざとく舌を出してみせた。
憎らしいことにその仕草はうっかりときめくほど愛らしかった。
かわいいは正義だ。許すしかない。
ナツキは悔しげにアカリを見返して、ふと思う。
ボスが知っていたというのなら、なぜアカリはこの場にいるのだろうか。
どうしてとめないのだろうか。
ナツキは疑問を浮かべ、
塾長が放つ威圧感に負けずにじっと見た。
ボスはナツキの無言の問いかけに面倒くさそうな感情を隠そうともせずに答えた。
「別に、休みの日の過ごし方に文句つけるつもりはねえよ。
休みっつっても勉強はしたんだろうしな(アカリがさっと顔を背けた)。
だからといって、こういうイベントがあるってこと知って、
夜、ガキどもだけにしとくのはまずいからな。
なにか問題起こったらシャレにならん。
監督しといてやる。
俺もオフだっつーのに、たくっ」
苛立たしげな舌打ち。
震え上がっていると、次々と参加者が集まってくる。
そして墓場のそばに立つボスの迫力ある姿に戦慄した。
……こうして。
肝試しは始まった。
『アイエエエエ! ボス!? ボスナンデ!?』
『おい誰だバラしたやつ』
『……て、てへぺろ(・ω<)?』
『それはあざとすぎてあんまりかわいくないよ、アカリ』
『!?』
すでに地獄絵図だったが。
★★★
集まった男子と女子は同数で、
くじ引きでペアになって墓地に入ることになった。
昨日の時点でアカリから伝えられていた経路を通り、
奥の墓の前に置かれた木札を取ってくる、というのが肝試しの全容だった。
くじを引いた。
ナツキは、北山とペアになるようだった。
「よろしくね、城島。ちょうどよかった。
話したいことがあったんだ」
「なに?」
「ここではちょっと……。
肝試し中に、ふたりきりになれたら、そのときに」
「……?」
『ふたりきりになれたら』?
言い方に引っかかって少し考えて、
それからナツキは言った。
「ふたりきりになれない状況……なにかしらの妨害が入るってこと?」
「そうだね。だから、妨害が入らないところにいきたいんだ。
おれは企画した側だからね。妨害チームが配置されてないポイントを知ってる。
だけど人がいないぶん暗いし、危ないかもしれないんだけど……」
「別に、いいけど。恐いのとか、苦手じゃないし」
北山はほっとしたような表情を見せた。
話の内容には想像がついていたが、少しだけ、どきっとした。
5分おきにスタートしていき、自分たちは3組目だった。
北山が右手に持った懐中電灯の光を頼りに暗がりを進む。
墓の合間を縫って歩いていると、
横合いから『妨害チーム』が飛び出してくる。
だが北山はにこにこと、
ナツキは心を折るような無表情で、
まったく恐がる様子を見せなかった。
『おまえらなにしにきたんだよ』
妨害チームの一同が口々に言うのを完璧に無視して木札を取って、
折り返して少し進んだところで大きな岩蔭に身を隠した。
懐中電灯のスイッチを切る。
周囲は暗くなり、一時的になにも見えなくなった。
暗闇に目が慣れるのを待って、北山が口を開いた。
「話っていうのは、つまり、四ノ宮のことなんだけど……」
だろうね、とうなずき、先を促す。大丈夫。妙な勘違いはしていない。
だがまあ、
剥き出しになった二の腕に爪を食いこませる程度の自傷については多目に見てもらいたい。
少しだけ、皮膚が削れた。
血液が滲み出す。
月明かりにぼんやりと浮かぶ目の前の人影が、言葉を紡いだ。
「四ノ宮って、好きなやついるの?」
「らしいね」
「やっぱりなあ……」
北山はためいきをついた。次いで
「どんなやつ?」
と訊ねた。「そこまでは」と答える。そこまでは、聞いていない。ただ、
「高校生らしいよ」
「へえ、どこ校?」
「○○」
「……行けるのかな? あの子」
「知らない」
可能性は低いと言わざるをえない。
でも、
「合格できたらいいなって、思う」
本当に。
心の底からそう言って、ナツキは静かに微笑んだ。
そして――
多分、男が馬鹿だったのだろう。
北山晴治はぽつんと言った。
「俺も、同じとこ狙ってるんだよね――」
そのときだった。
ガツッ! となにか固いものに頭をぶつけたような物音が聞こえて。
「が、ガオー! って、アレ?」
白い着物を着て、白い三角の布をつけた額をさすりながら岩蔭から顔をつき出したアカリは、こちらを見て、口をポカンと開けた。
「も、もしかしてお取り込み中でしたか!?」
なぜか敬語で言われたトンチンカンな言葉に北山は苦笑し、
「いや、そんなんじゃないよ。
ちょっと話してただけ。もう終わったよ。……それより」
北山は「うらめしや~」などと言いながら手を体の前で垂らしているアカリの姿を見、ひとつうなずき、
「全っっ然恐くないね」
「ええっ! そんなことないよ北っち! そうだよねなっちゃん!」
動揺をあらわに少女は幼馴染みに助けを求めるように見て、
つと眉をひそめた。「ねえ、なっちゃん」。
「……なに?」
「うで、血が出てるよ」
「ああ」
ナツキは言われて気がついたように自らの上腕を眺めて、歩き出しながら答えた。
「蚊に刺されたところをかきすぎちゃったのかな」
家に帰り着いたナツキは、がりがりとそこを爪でこする。痒くて痒くてたまらないというように。
がりがりがりがりがりがりがりと。肉が抉れ、血が吹き出した。
夜の闇に紛れて、ナツキの行為は暴かれることなくエスカレートする。
傷口に指を入れて内部から押し広げる。
ぴちゃぴちゃと水の音。床にこぼれてシミをつくった。
ぽた、ぽた、と血が滴って。
その音に、ナツキは考える力を取り戻した。
ああ。
またやっちゃった。
ナツキはタオルで血を拭い、傷口に繊維が張りついた痛みに顔をしかめながら思う。このままではいけないと。
だがどうすればいいのだろう。
アカリにはちゃんと合格してほしい。だけど、北山も同じところだと言う。
自分も同じ高校に進学すればいいのだろうか……だけど、
ナツキは服に手をかけた。
アカリは名も知らない相手に恋をしているのだという。
その恋が実らないことは十分に考えられる。
そしてそのあとに北山と親しくなることも考えられないではない。
そしてそのときに。
私が勝てるとは思えない……。
だって私は、こんなにも、醜い。
ナツキは服を脱いだ。彼女の裸の体には腕といわず肩といわず胸といわず腹といわずいたるところにびっっっっっっしりと爪痕が刻みつけられている。
まだ治癒しきっていないので、脱ぎ捨てるときに血糊で皮膚が張りついて、べりりと引き剥がさなければならなかった。
服の内側にこびりついた皮膚をながめて、名案を思いつく。
アカリが同じくらい醜ければいいんじゃないか……と。
ふふっと笑みがこぼれた。
なんだ簡単なことじゃないか、さっそくどのように――
傷つけるか。
考えてみないとなあ……
そのときの心境を振り返って彼女が思うのは、
『殺すつもりはなかった』ということだ。
Bパート
――ここ、かな?
メールに添付された地図を見て、アカリは思った。
細い道の両脇には木々が鬱蒼と繁っていて、昼間なのに薄暗い。
目につくところにあるのは、そこだけ日が当たっている誰の役に立つのかわからない踏み切りのみ。
こんなところあったんだと、珍しくて見回した。
それにしても、ナツキはなんでこんな場所に呼び出したのだろう。
呼び出した本人がまだ来ていないことに首を傾げつつ、アカリは考える。
だがすぐにやめた。まあわたし程度が頭をひねってもなっちゃんの考えることなんてわかるわけないし。
だから、次に考えたのは別のこと。
学校帰りに出会った、あの人の――ことだ。
いや、
出会ったと言うのは正しくない。
彼は、多分自分のことなんか覚えていないだろうから。
7月13日は金曜日だった。
返ってきた期末テストの結果は無惨な有り様で、歩く道を黒猫が横切り、靴紐が千切れた。
あまりの運のなさに半べそをかいていると、曲がり角で人にぶつかって尻餅をついた。踏んだり蹴ったりだ。
ぶつかった人はよく見たら男で、かなり綺麗な顔をしていた。
爽やかな笑顔が似合いそうな美青年だったが、そのときの彼は仏頂面で、一欠片の愛想もなく
立てるか? 悪いな、追われてるんだ。
手は貸せねえから一人で立てよ。
言ってすぐさま駆け出した。
その言の通り、数秒ののち女の人がひとり駆けてきて、
その人は曲がり角で急停止して、きょろきょろと周りを見回した。
すぐそばにへたりこんだ中学生を見つけると、彼女は訊いた。
ねえ、キミ。○○高校の制服を着た、かっこいい男の子見なかった?
弟なんだけど、逃げるから困っちゃって。
アカリは「○○高校の制服かはわかりませんけれど、かっこいい人は見ました」と答える。どっち!? と聞かれたので青年が走っていった方向を指で差した。
ありがとう!
その一言を残して女の人は去っていった。
あとには茫然としゃがみこんだアカリだけが残された。
しばらくして思い出したように立ち上がって、家への道のりを歩き出した。途中、靴紐が切れたせいで何度も靴が脱げそうになりながら先ほどの出来事についてぼんやり考えた。
弟って言ってたけど、あんまり似てなかったな、とか。
でも美人だったな、とか。
それに――あの人。
なんで笑わないんだろう。笑ったほうがいいと思うのにな。
試しに笑った顔を想像してみた。
…………。
ぐは!
吐血しそうになった。ちょっと鼻血出た。
それほどにすさまじい破壊力だった。
想像でこうなのだ。生で見たらどれほどの凶器になるだろうか。
……また会えないかな。
だけどそれ以来会うことはなくて。
会えないせいで日に日に思いは募っていった。
好きな人と言えば……、
アカリは微かに口許を緩めた。
なっちゃんって北っちのこと好きだよね。バレてないとでも思ってるのだろうか。
北っちはどうなのかな? 脈はあると思うんだけど。
肝心なところで鈍感で。
だからこそ彼女は死ぬのだった。
なっちゃんホントに遅いなー、と木にとまった蝉を見ていると、後ろに気配を感じた。
「なっちゃん、やっと来た!
も~う。何分待ったと思って」
がつ。
★★★
…………、…………、…………、…………、……ン
なにかの音がうるさくて、アカリは目を覚ました。
体が暑くて、とても寝苦しい。寝返りをうとうとする。
だが体が固定されているように動かない。
ここはどこだろうか。それに暑いというより
熱い。
ジュウ。
身を灼く熱さに状況を把握しようとアカリは寝起きの頭をフル回転させる。
そして聞こえた。
カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、と。
まさかここ、線路の上か?
跳ね起きようとして、それができないことに気づく。
必死に目を動かして確認すると、右手が、左手が、
足も動かないのは、見えないのでわからないが多分同じように。
ガムテープで貼りつけられているからだろう。
頬が熱い。遮断機が降りる音がうるさい。
声を上げて助けを求めようとするも、誰も通らないし、口にもガムテープが貼られてまともに声も出せない。
とにかくもがいた。すると汗で粘着力が弱まっていたのか、まず右手が。
次いで左手が自由になり、両手をついて体を起こす。
上体をひねって足を固めるガムテープを引き剥がした。
よし。
まだ時間はある。
急いで遮断機をどかして道に出ようとして、右足が動かないことに気づく。
見た。
剥がし残したガムテープが、線路に貼りついていた。
かがみこんで剥がそうとするも、線路は鉄でできていて。
ガムテープとの相性はすこぶる悪い。
足首に残ったガムテープを皮膚ごと剥がせばいいのだと考えたときには、すでに手遅れだった。
車輪にはまず右足が巻きこまれた。足首が回転し、ビチビチビチと肉が千切れる音。
崩壊は膝にまでのぼって、そこから左足もあわさった。車輪の回転速度に腰が追いつかず、背骨が捻じ切られ、アカリの上半身はくるくると宙を舞った。
着地の衝撃に肋骨が圧迫され、耐えきれずに折れ砕けた。
支えるもののなくなった内臓がこぼれて地面に散らばった。
アカリの体は回りながら跳ねて、空を仰ぐような体勢でとまった。
遮断機が上がった。
★★★
アカリが死ぬ前に思ったことは、
踏み切りの前で泣きそうな顔で立ちすくんだ幼馴染みへの恨み言でも
あの人への思いでもなく、ただ。
高校に行きたかったな、と、それだけだった。
END
『テケテケになった日』
アカリは廊下で目覚めた。
しばらく横になったままぼんやりしていたが、やがてはっとして起き上がった、が、また倒れてしまう。
気まずくなってえへへと頭をかいたが、誰も見るものはいない。
……ここはどこだろう。
学校のようだ。だけど、自分が通っている中学ではない。いや『通っていた』か。
自分は死んだはずだ。電車に轢かれて。
なのに、なんでこんな場所にいるんだろう。
アカリは周囲の様子を窺おうと両手をついて進んだ。ぺたぺたと掌で床の感触を確かめながら近くの教室のドアを開けて、中に入ってぐるっと見回した。アカリは制服がひとつの椅子にかけられているのを目敏く見つけ、とてとてと近寄った。
息を呑む。
あの人が着ていたのと、同じ……。
つまり。
ここは、○○高校だ。
場所はわかったが、『なぜ』なのかはいまだに判明していない。
そして、ふと思う。アレ? なんでわたし立ち上がろうとしないんだろう。
それは。
気づかないほうが幸せで。
しかしいつかは気づくべき事柄だった。
アカリはゆっくりと足を見て、項垂れた。
足がなかった。下半身がまるまる見当たらない。
ああ、神様。
高校に行きたいと思ったけど。
こんな体になっちゃ、意味ないよ――!
こうして。
テケテケは誕生した。