3-25
「救いの巫女様、こちらへ」
数人の男たちが私に触れないようにしてなのだかやや引いた様子で私に声を掛ける。
私は朦朧としているかのように半目でゆらりと立ち上がり男たちに囲まれながら別の場所に向かう。
連れてこられたのは広間のような所の奥で広間から一段高くなったところであった。
私は男等に指示され晒し者のように豪奢な椅子に座らされ周囲を無駄に装飾された花に囲まれることとなった。
紐で括られた手を隠すようにその上にも花が置かれた。
これについては好都合だ。
あの後、外套の男も出ていき私は周囲を見渡した。
私が連れてこられたところは洞窟の枝道を拡張して扉を付け部屋のように設えたところだった。
この様な部屋がたぶん幾つもあるのだろう。
だとすれば、やみくもに探しても彼女たちのいるとこにたどり着けるかは疑問だ。
暫し、この茶番に付き合う事にした方がいいのだろう。
私は花に囲まれた椅子の上からあの茸のせいでぼんやりとした様子を装って周囲を見た。
元は自然の洞窟で在ったものを更に掘り進め装飾を施した物の様だ。
多分最初から在ったであろう洞窟の中の広間は床が平坦に均されている。
天井は高く明り取りのくりぬいた天窓があるがそこからの光は弱く広間自体は薄暗い。
正面の扉が重い音を立てて開かれそこに先ほどの男と同じような頭巾を被り長い外套という装束をした者たちが龕灯を持ったものを先頭にぞろぞろと広間を埋めていく。
あの格好が統一された装束の様だ。
確かに同じものを着ていると結束が強くなると書物に書いてあるのを見た覚えがある。
それにしても、その様は本当になにかの儀式にでも向かう怪しい一団だ。
5、60人だろうか広間に動けない程入り皆、小声で隣り合うものと話しているのでその声が波のように不規則な突起のある天井で反響して妙な音の塊になる。
思いのほか早くこの者たちが集まってきたということは私を拉致する計画と同時にこの者たちに集結するよう連絡がされていたのだろう。
だとすれば、彼女たちがここに集められている可能性が一段と高くなったということだ。
私の後ろを通り、壇上に髭の男が現れた。
広間の者たちが歓声を上げる。
音の振動で、その場がびりびりと震える。
「はじめの闇 精霊の灯火」
「はじめの闇」
個々に『始めの歌』を歌いだす。
「まばゆく輝き」
「闇を切り裂く 灯火は弾け」
「「空を」」
「海を地を星を」
だんだんそろってきたものの歌というより唱えるという感じだ。
「人を獣を」
「花を虫を魚を」
精霊殿で歌われる基本の歌とはいえこのように平坦に唱えるように言われるのはいささか不愉快だ。
「「讃えよ讃えよ」」
「「讃えよ讃えよ」」
声が洞窟内に反響し広間の空気が波のようにうねる。
皆が『精霊歌 始めの歌』歌う中、教祖と言われた男が片手と声を上げる。
「しかし!今は黄昏の時!見るがいい!皆、精霊の力を失い、
皆、這いずるような生き様になっている!
汚れし者たちが世を席巻し、心亡き者の楽園と化している」
どこから来た話なのだそれは。
比較検証 資料も出さずそのようなことを堂々と言えるのが不思議だ。
「我々の手で精霊の灯火を今一度灯し
闇を裂き、希望の箱の下に新たなる世界を創るのだ!
その時、月は満ち我らを照らすだろう」
また『箱』か。
「『救いの巫女、月の巫女に照らされ希望の箱を開き新たなる光を讃えん』」
始祖と呼ばれた男の声に広間にいる者たちが同じ文言を唱和する。
「我々はついに希望の箱を開く『救いの巫女様』を手に入れたのだ!」
主に拉致監禁によってだが。
とにかくそれで指輪の文様が精霊の『灯火』と満ちていない月の『三日月』と救いもしくは月の『巫女』な訳か。
「これこそ我々が正義の証!」
それはまた大仰な事を言う。
拉致なぞしておいて正義などと言えてしまうその精神力には感心はするが。
「『救いの巫女様』が『月の巫女様』と共に我らを永遠の楽土に導いてくれよう!」
そのような機能は私にはないのだが。
『月の巫女』というのは彼女のことらしい。
彼女の方に目線だけ向けると彼女は目だけを始祖と呼ばれた男の後ろに控えている男に向けている。
先ほど私を恫喝した者だ。
彼女の目つきは前にどこかで見た目つきに似ている。
「『救いの巫女様』が希望の箱によって真にお目覚めになった時我らが王国が誕生するとき!」
巫女を使ってではなく自分が動いて国を良くすることを考えた方が建設的だと思うのだが。
物を考えることができる頭があるのにもったいないことだ。
しかしこの御仁、話せば話すほど顔を上気させ目が大きく開き声の調子も上がっていく。
自分で言っていることに自分で酔っているようだ。
「まずは誘いの『月の巫女様』からの祝福を皆に進ぜよう」
彼女が始祖と呼ばれた男の横につく。
左右の目の色が違う。
やはり彼女はあの時、城に侵入してきたものなのだ。
彼女は左手を伸ばし空に糸を出す。
その糸は中空に丸くなり輝き始める。
多分、糸の見えない者達には急に光の球が空中に現れた様にみえるだろう。
大きさとしては子供が遊ぶ両手で持てるほどの鞠に近い。
この薄暗い広間の中では眩く輝いているように見える。
暫くその状態が続いた後、糸が分解し光の玉が四散する。
光が尾を引きながら広間にいる者の一部に向かって落ちていく。
その様な糸の使い方は初めて見た。
歓声が上がりその糸の端をつかもうと各々が手を伸ばす。
これが『月の巫女』の奇跡というものか。
糸の本数としては少なく弱弱しい。
にしても、糸を出すたびに彼女が疲弊していくのが分かる。
まるで糸と生命を引き換えにしているようだ。
私も糸を出して寝込むことはあったがそれとはまた何か違うような気がする。
「『月の巫女様』はお疲れの様子です」
顔を真っ青に変色した彼女を横にいた男が支えるように抱き留める。
「大事の前だ。お休みになっていただきなさい」
始祖と言われる男の言葉に男に連れられ彼女が壇上から離れる。
彼女はあの目で腰を支えている男を見ていた。
男が口角を上げた。
もうそろそろ、ディー達が来る。
私は目を大きく開き自分の意志で巻き込まれたであろう衆人を目に映した。
貴方達はここに何を求めてきたのだろうか。
集まってこちらを見ている者たちは私に何かの奇跡を求めているようだった。
集まり祈るだけで起こる奇跡などない。
祈りにそのような力があるのなら私はミューシェを失うことは無かったであろう。
ガアァン!
音を立てて正面の扉が開きディー達が剣を立てて入ってきた。
開いた扉から流れる風で龕灯の灯が揺れ天井にゆがんだ影を映す。
「我が国の子らを略取した不届き者等をひっ捕らえよ!」
ディーの声が皮肉にも反響の良いここに朗々と響いた。
。
信者に紛れたディーの手配した者たちが機会を見計らって中から開けたのだ。
「我らが巫女様を連れ去るつもりだ!我らの王国に仇名すもの達を倒すのだ!」
始祖と言われる男が壇上から叫びそこにいた者たちがディーが率いる騎士たちに立ち向かう。
始祖と呼ばれる男はよく話を聞いてなかったと見える。
あくまでも略取されているのは『子供達』なので巫女ではない。
始祖の声にあおられたように信者たちが騎士たちにやみくもの突っ込んでいく様を見て呆れてしまった。
力関係からすると無駄なことだと思うのだが。
状況をきちんと認識しないのは戦略的に今一つだと思う。
「欠片も巫女もオレの物だ!!」
欠片?
始祖と言われている男がそう言いながら座っている私の縛られた両手首をつかみ走り出した。
ということは先ほどどこかに連れて行った彼女のもとに行く可能性が高い。
予定通りだ。
にしても、人を『物』扱いするのは人としてどうかと思う。
一応上に立つ者なら考えて発言した方が良いのではないだろうか。
「始祖様!」
信者たちがディー達に抵抗しているのにこの者はこの様なことを言っている。
この御仁の何をもって信頼もしくは信用したのかがわからない。




