3-23
長い薄布を頭からかぶりその布越しに外を見る。
下から綺麗にそろった声が聞こえて、石畳を靴がこする音がする。
「ファデルの巫女姫様がご覧になっておられる!皆、気を引き締めよ!」
コーガが騎士たちに声を掛ける。
応えが返りまた一対一の模擬戦を始める。
あのようにしてみると、コーガも武人だったのだなと思う。
「…様、……様、……ヴィ様」
何度か呼んでいたらしいエディンが耳元で私に声を掛ける。
エディンの姿は城にいる侍女たちと同じものを着ている。
そういえばファデルの屋敷でも皆、同じ白を基調にした服を着ていた。
ただそのような人が影のように左右に動いているというようにしか思い出せない。
1人1人に焦点を合わせれば個々の見分けもつくかと思うが私の中の彼女たちは押し並べてそのような印象だ。
「巫女姫様、そろそろお戻りになられますか?」
私は窓辺に行き軽く頭を下げるとエディンに向き合い頷いた。
控えていた他の侍女たちが頭を下げた。
西棟につくとエディンが、お茶の用意をし始めた。
「手伝うぞ」
「今は巫女姫様なのですからそのまま窓辺にお座りになっていてください」
薄衣越しなのでエディンの表情はよく見えないが声の調子が言外におとなしくするように言っていた。
「ここならば、もう誰も見ていないのではないか?」
「いましばらくは巫女姫様として動くのではなかったのですか?
ヴィ様が言いだしたことですよ」
私が椅子に座るとエディンがお茶を窓際の小食卓に置きながら言う。
「確かに東棟でのヴィ様は巫女姫様らしく見えておりましたよ」
私の横で急須を持ったままエディンが言う。
「先ほどのようにぼんやりとされておられれば所作もお綺麗ですしそのまま騙せるかと」
「ぼんやり…?それに騙すも何も、私が巫女なのは事実なのだが」
エディンがお茶を注ぎながらため息をつく。
「そうですね。世の中には知らない方が幸せな事もございますね」
「どのような意味だ」
私はエディンの言う意味が把握できずに聞き返した。
「そのままの意味ですよ」
エディンはそう言ってから扉に目を向けた。
「それが証拠に…」
エディンの目線に合わせて扉に目を向けると扉の陰から琥珀が顔を半分出して覗いていた。
「お、おまえ…ヴィなのか?」
おどおどとした様子で私を見ている。
私は立ち上がり琥珀のもとに行くとほんの少しからかってみたくなった。
琥珀の目線に合わせて腰を落とし、
「私のことがお分かりになりませんか?琥珀様?」
薄布ごしに巫女仕様で琥珀に話しかけた。
「や、やっぱ!こいつ!ヴィじゃねぇ!」
琥珀が怯えるように私に向かって指を刺した後、叫びながら廊下へ走って逃げていった。
「琥珀、人を指をさすのは失礼だぞ」
私のつぶやきにエディンがため息をついた。
東棟窓下の広間に午後、コーガ達に集まってもらい私の姿を見せるというのをここ三日ばかりしている。
向こうから見られてもいいように薄衣を被り、お城の侍女ではなくエディンに横についてもらっていた。
これも作戦の一環なのだ。
西棟の窓からは警備をしている者の姿が見える。
彼らからも巫女姫が見えているだろう。
であれば、エディンの言っていることの方が正しいのであろう。
そういえば、あの穴をふさいだ石はどうなったのだろう。
今は確認できないので後程、ディーに聞いてみようと思う。
明日はここを発ってハルドに向かうことになっている。
餌のついた糸を垂らす。
掛かるかどうかはわからないが、掛からなければ掛からないで名目通り『地震見舞い』をすればいい事だ。
夕刻になって、明日は決行の日ということで、西棟に皆が順次集まってきた。
「いやー、みんな、騙されてきんちゃんに見とれちゃって仕事になんねぇよ」
コーガが来るなりそう言った。
「騙すとは聞き捨てならんな」
私の言葉にコーガが耐えきれないかのようにクククと音を鳴らして笑いながら
「いや、だっていかにも巫女姫様って佇まいでこっち見てるから、笑うの我慢するのが苦しくて…」
と言った。
「巫女なのは事実なのだが」
私の言葉にコーガが我慢できないとばかりに吹き出した。
「そうなんだよ。会食の時にあの様子で来るから俺も笑うのを我慢するのが辛くてなぁ」
扉を開きながらディーがコーガの言葉を受け取り言う。
巫女として何度かガルド王を含めディーの親族と会食をすることがあった。
一応、ガルドにお世話になっているということで外交の一環なので髪の色を染めきちんと巫女仕様で対応した。
そういえば会食中ディーが下を向くことが多いと思っていたがこれが原因だったらしい。
静養中という設定で回数が少ないのが幸いだ。
にしても、巫女仕様でここまで笑われる私の人格とはどういうものだと思われているのだろうか。
やや腑に落ちない。
「きんちゃーん!見て!見て!どれがいい?」
大きな音を鳴らして扉を開けるなりヒューゴが飛んでくるように私の手を引いた。
「ミレイに見てもらっていたのではないか?」
手を引かれながら私が聞くとヒューゴが口を尖らせた。
「きんちゃんに決めてもらいたいの!」
「承知した」
ヒューゴに頷いて手を引かれながら扉に向かいながら私は後ろを振り向いて
「巫女であればあれが本来の姿なのだが」
コーガとディーに言うと
「だってそれはきんちゃんの本来の姿じゃないだろ」
大笑いを始めたコーガの言葉にディーも本格的に笑い出した。
笑い声が徐々に遠くなるという現象を受けながら私はヒューゴに手を引かれミレイのいる部屋に向かった。




