3-22
「この前、頼まれていたものなんだけど…」
玄関であわただしく衣嚢を探りながらクラウスが言った。
「不具合があったら言ってね、直すから」
小箱を出してを出して私に手渡した。
「クラウス、今日は忙しいのか」
「うんそうなんだよ、ちょっと用事があって…でもまた来るから」
最後の言葉は私ではなく私の横にいた琥珀に向かって言った。
「ほんとうに来いよ」
琥珀がクラウスを見上げるとクラウスは琥珀の頭に手を置いて撫でると頷いた。
「ホントばたばたしててごめんね!」
クラウスは手を振りながら足早にうちを後にした。
「ディー、もう来たか?」
クラウスを見送ってすぐにコーガが屋敷の玄関に走りこんできた。
「いや?今日来る予定だったのか?」
「ハークから早馬が来たって言うから来てると思ったんだが」
「あら、そうなの?」
「きんちゃん!ただいま!」
コーガの後ろから声がしてミレイとヒューゴがコーガの大きな背中の後ろから顔を出した。
「ミレイ、おかえりなさいヒューゴ」
私は二人に声を掛けた。
「おかえりって…」
「もともと僕のじーちゃんちだもん。ね」
ヒューゴが私に同意を求めた。
「その通りだが」
私が答えるとコーガが“なんだかなぁ”と返した。
その状態で肩を落としたままのコーガを先頭に皆、客間に集まった。
コーガが落ち着かない様子で足を上下に揺らしている。
「落ち着きなさいよコーガ。貧乏になるわよ」
「どうしてだ?」
私がミレイに聞くとミレイがコーガの方を向いて
「あぁいうの貧乏ゆすりっていうのよ」
「コーガは貧乏なのか?」
私の問いに琥珀が大笑いをはじめてコーガを指さしながら床に転がった。
「ちげーよ!」
そう言いながらコーガが足を揺らすのを止めた。
「大体、お前ら、この前あれだけ俺にたかっといて笑うとかないだろう!」
「だって、コーガが好きなだけ喰えって言ったんじゃん」
ヒューゴが口をとがらせて言った。
「お前に言ったんじゃない!あれは琥珀に言ったんだ!」
「それは申し訳なかった」
私が謝るとコーガが慌てて片手を振った。
「違う、違う、きんちゃんの量は問題ない」
「それならよいのだが」
「おまえだよ、おまえ!」
コーガがヒューゴを指さした。
「あー、あー!人を指さすのはお行儀が悪いんだよ。前、きんちゃんに怒られたもん」
ヒューゴが勝ち誇ったようにコーガに言う。
「確かに」
私は確かにそうなので言うと、コーガがさしていた人差し指を中に曲げた。
「琥珀も指!」
コーガに言われた琥珀は指をさすのを止めてそのままその手を腹に当て床で“ひいー、ひー”と声を上げて苦しそうに笑いながら左右に転がっていた。
「なんだか楽しそうだな」
エディンが客間の扉を開きディーが入ってきた。
「なんかわかったのか?!」
床に転がっていた琥珀がディーの姿を見て即座に起き上がり聞いた。
「うーん」
ディーがふざけるように琥珀に返す。
「ハークから早馬が来たってコーガから聞いたんだけど」
ミレイがディーが座るなり切り出した。
「そのことで少々話をしていたので遅くなってすまない」
ディーは足を組みながら腕も組み息を吐いた。
「ハークについてなのだが…」
エディンがお茶の用意をして盆に乗せてきたので端に座っていたコーガが珍しく皆の前に置いた。
今回はでかいから邪魔とはミレイが言わなかった。
「ハークがどうしたのだ?」
私が問うとディーがお茶を一口飲んだ。
「うん、きんちゃんの聞いた通りハークの近隣で何件かの誘拐事件が起きていた」
つまりあの『ゲラルドの村』で老婦人が言っていたことは噂でも伝説でもなく事実ということだ。
「各村の自警団が警戒はしているらしいのだが妙なことに伝説になぞらえるかのように『氷の城』の噂も一緒に広まっていて実際にその城を見たというものまで現れる始末なんだ」
「何かが建っているということかしら」
ミレイが言う。
『「『構築課』?」
「そうだな、ええっと建物を建てたりそれを装飾したりすることを習ってる課なんだけど」』
ふと先日クラウスとかわした会話を思い出した。
「ミレイ、技巧局の者は習得した学習を現実に転嫁できるものなのか?」
「学年や人にもよるけど、現実に使えないことはないわね」
“あくまでも一部だけど”とミレイは技巧局らしくあいまいなものについては注釈をつける。
だとすると、それは伝説の『氷の城』ではなく宗教結社の物ではないだろうか。
多分、ディーもそう思っているのだろう。
「それで、彼らの思想信条はわかったの?」
ミレイがコーガを見ながらディーに言う。
ミレイも同じ結論に至ったようだ。
「潜ってもらっている者からの話だと『今は黄昏の時、故に精霊の灯火を今一度灯し
闇を裂き、希望の箱の下に新たなる世界を創る』
というのが旗標らしい」
なんだか薄い感じの旗標だが。
潜ってもらうということはすでにそこに誰かが潜入しているということか。
「あと唱和するのは『救いの巫女、月の巫女に照らされ希望の箱を開き新たなる光を讃えん』という文言らしい」
「「「『救いの巫女』?」」」
ディーの言葉に思わず私と琥珀とエディンが反応した。
「「「ん?」」」
全員がまたエディンの方を向く。
「エディンは「『救いの巫女、月の巫女に照らされ希望の箱を開き新たなる光を讃えん』という文言を聞いたことがあるのか?」
私の問いにお代わりを注ぐつもりだった急須を持ったままのエディンが首を傾げた。
「そのように長いものは知りませんが『救いの巫女』というのはおとぎ話に出てくる巫女様のことですよね」
全員が目をしばたかせた。
「ここではあまり主流な話ではないのですか?」
エディンの問いに皆で頷く。
「どんな話なの?」
ミレイに聞かれてエディンが人差し指を額の右端に当てながら思い出そうとしているようだった。
「『救国の巫女様』は子供のおとぎ話として聞かされておりました」
「エディンのいたとことはどこなのだ?」
エディンが悲しげに首を傾げた。
「私が幼いころにそこから離れてしまったので国名や地名はよくわからないのです」
「もうしわけない」
エディンの悲しげな顔に私は慌てて謝った。
「かまいませんよ。
『救国の巫女』様は皆が困っているときに助けに来てくれる方でおともに月を連れているという話でした」
エディンにしては珍しく優しく私に返した。
「困ってるってどんなこと?」
ミレイの問いにエディンがまた思い出すように首を傾げた。
「子供のころの話を総合すると主に天災についてのような話だったと思います」
「私も子供の時は信じていて、村が襲われたときには巫女様に祈っておりました…今なら絶対にあり得ませんが」
「何故?」
不思議に思った私の問いにエディンが皮肉な笑いを浮かべる。
「その巫女様がヴィ様だとすれば間違っても祈りませんよ」
「なぜだ」
「村ごと破壊されそうですから」
エディンが鋭い歯を見せてニッコリと笑った。
コーガかミレイから私が『アデルの箱』を破壊したと聞いたのだろう。
あれは私のせいではないのだが。
「民を守るべき巫女なのだからそのようなことはしないぞ」
私はエディンの誤解を解こうと必死になって言った。
「ヴィ様の場合、意図してではなく結果そうなる可能性が高いので」
「きんちゃんはそんなひどいことしないよ、わざとには」
ヒューゴ、援護になってない。
まじめな話をしているはずなのに客間にいる者のほぼすべてが肩を震わせていた。
なぜそうなった。
「ディー、話を戻してはくれまいか」
「ん、あ、そうだな」
震える声でディーが言う。
話を戻すといっても客間が妙な空気に支配されている。
暫し彼女の行動を考えることにした。
あの時、彼女は私を連れて行くにしても無策のまま来たように思える。
なぜならばあの時ヒューゴがそこにおらず私を気絶させたとしてあの開いた穴から私をどのように運ぶつもりだったかが不明だ。
ヒューゴやコーガほどの力があるのなら別だがヒューゴに飛ばされるような彼女の力でできるとは思えない。
そこまで考えての動きとは到底思えないのにそのようにしたというのはどういうことなのか。
それを考えると今聞いた『黄昏月』の者たちの言う『救いの巫女』と彼女の言っていた『救いの巫女』の間に齟齬がある気がする。
それはどういうことなのだろうか。
少しの物なのだが、何かがかみ合っていない気がする。
「ん、きんちゃんあーんして」
我に返るとヒューゴが焼き菓子を私の口に当てていた。
また、動きを止めてしまったらしい。
何故かはわからないのだがエディンがヒューゴに襲い掛かる勢いで睨んでいる。
ふと、思い当たって私はディーの方を見た。
「私を手に入れればハークにそれらの者は集結するのではないか?」
ディーが目を剥いた。
「きんちゃんになんかあったら外交問題になるんだがなぁ」
気楽な感じを装いながら目つきだけ鋭く私を見る。
「では、死なないように注意する」
元々、おとりとして使われたのだから問題はなかろうと思う。
「そうじゃなくて」
「今まで都合よく使っておいて今更そのように言うのはどうかと思うぞ」
私の言葉にディーが口を閉ざす。
そもそも、本当はそうしたいところを私が他国の姫という立場なのでディーからは言えなかったのだろう。
「きんちゃん」
ヒューゴが頬を膨らませて私を見る。
「ヒューゴが守ってくれるのだろ?」
私の台詞に口元をゆがませて何度か唸ってから
「そうだけど」
と困惑した様子でヒューゴが言った。
「では、外交問題にならぬよう策を練ろう」
何故かさっきまで笑っていた人達が一斉にため息をついた。




