3-20
「すげーなクラウス!」
琥珀が昨日からイライラしている様子で屋敷の中をぐるぐると歩いているので
落ち着かせようとクラウスが遊びに来てくれたの好機として中庭で一緒に罠を作るのを手伝わすことにした。
思いのほか楽しいらしく琥珀はすっかりクラウスに懐いてしまった。
「えぇっと…」
クラウスが呟きながら角度と高さ、長さ、幅などを測って板石に計算式を書いた。
「それは何を書いてんだ?」
「どうやったら正確に動くか、最初に計算しておいてそれをもとに設置するんだよ」
しゃがみ込むクラウスの隣で同じ格好でしゃがみ込む琥珀が板石を覗き込む。
「それは何だ?」
「数字だよ、学舎で習ってるだろ?」
「オレ、そんなとこいってねーもん」
クラウスが目を斜め上に向けちらりと私の方を見た。
「そういえばこっちに来たばかりみたいだもんな」
クラウスには琥珀は私の遠縁ということにしておいた。
「学舎に行けばいろんな事が分かってこういうものが作れるようになるかな」
クラウスの言葉に琥珀の眉が右上に上がった。
「ほんとうか?」
「嘘言ってもしょうがないだろ?」
クラウスがほほ笑みながら言う。
「なぁなぁ、ヴィ、オレ学舎ってやつに行ってみたい」
琥珀がしゃがんだまま興奮したきらきらした目で私の方を見上げた。
「ミレイに聞いてみるがたぶん行けると思うぞ。
いいな、琥珀はそういうとこに行くことができて」
私がほほ笑みながら言うと
「ヴィは行ったことがないのか?!」
琥珀が目を大きくして言った。
「ないな」
「行きたいなら、ヴィも行けばいいじゃねえか」
琥珀の問いに自分の状況を考えた。
「それはなかなか難しい事だろうな」
私の答えに琥珀が不思議そうに首を傾げた。
「それはそうと、クラウス。先日、本で見たのだがこのような物を作ることは可能か?」
私は立ち上がって伸びをしたクラウスに板石に書いた図を見せた。
「うーん、俺じゃできないけど彫金課のやつなら出来そうだな、聞いてみるよ」
「彫金課?」
私の問いにクラウスが軽く首を曲げる。
「ぁあ、うん。『彫金課』っていうのは主に宝飾関係の貴金属を加工するのを学ぶ課なんだ」
そう言ってからクラウスが首を傾げた。
「こんなもの、どうするの?」
「本当に使えるのか試してみたい」
何らかの可能性があるのなら備えておく。
「確かに、面白いかもね」
クラウスが板石を持ってじっくり眺めてから言った。
「たぶんできると思うから後で寸法取らせてくれる?」
「ありがとう、クラウス」
「オレもなんか作りたい!」
背が低いので板石が見えない琥珀が覗き込むように背伸びをしながらクラウスに言う。
「そうだな、いくらでも教えてやるぞ」
クラウスがポンと琥珀の頭に手を置いてから撫でた。
「ヴィ様!ミレイ様と駄…ヒューゴがいらっしゃいました!」
エディンの呼ぶ声に皆で屋敷の方へ向かう。
「早速、ミレイに琥珀の学舎のこと聞いてみよう」
私が琥珀の方を振り向きながら言うと琥珀が期待するように大きな瞳で私を見上げた。
「この指輪、どっかで見たことあるな…」
琥珀の学舎の件をミレイとエディンに相談すると、ミレイもエディンもとてもいいことだと喜んでいた。
学舎への手続きは落ち着いたらミレイがしてくれるとなって琥珀が椅子の周りを小躍りしながらぐるぐると回っていた。
そんな中、昨日描いて客間に置いたままの板石の指輪の絵を見てクラウスが呟いた。
意外なクラウスの言葉に皆の視線が一斉に集まる。
「どこで?どこで?」
長椅子に座るクラウスのその頭上に詰め寄りのしかかるように聞く長椅子の後ろに立つヒューゴを片手で制して、
「まてまて、いま思い出すから」
と言いながら額に人差し指を当てて押すようにしながら目を閉じる。
「お!そうだ!」
握った手と開いた手を当てて“ポン”と音を鳴らしながらクラウスが言った。
「どこで?!」
座ってるクラウスの頭上から長椅子の背に手を当てて逆さに覗き込むようにしてヒューゴが言う。
「ちかい、ちかい、ちかい」
片手をそのヒューゴのおでこに当て押し上げるようにどかしながらクラウスが言う。
「さっき、きんちゃんに言ってた彫金課のやつが見せてくれた図案に似てるんだよ」
「どういうことだ?」
「うん」
クラウスが思い出すように斜め上を向く。
「そいつが言うには『構築課』のやつと話してるときに指輪してるから珍しいと思ったんだそうだ」
「『構築課』?」
「そうだな、ええっと建物を建てたりそれを装飾したりすることを習ってる課なんだけど」
クラウスが分からない私にわかるように言葉を考えながら説明してくれた。
「で、その課が指輪をしていると珍しいのか?」
「うん、俺らは基本、作業の邪魔になるから手に何も付けないことが多いんだけど、
ましてや構築課のやつが付けてたから余計に気になったらしいんだ」
私の言葉にクラウスが頷きながら言う。
「なんでだ?」
クラウスの言葉を疑問に思って聞いた。
「石材とか木材を扱うことが多いから材料に傷がつく可能性があるから嫌がるやつが多いんだ」
「なるほど」
物を作るのに邪魔になるというのは技巧局ではいい事とされないだろう。
「で、気になってそいつによく見せてもらおうと思って話の最中に手を持ち上げたら慌てて手をひったくるようにして話の途中なのにそのまま走って行っちまったって言ってて…」
「それで?」
「で、結局どんな指輪だったのか見たのか?って聞いたらそこにあるようなものを描いて俺に見せてきたんだ」
「そいつが言うには意匠的に妙だと思ったからよく覚えてたんだそうだ」
私だけではなくミレイも首を傾げた。
「技巧局にもいるってことか」
「ん?どういうこと?」
私の言葉にクラウスが聞いてきた。
「この指輪を持つ人があちらこちらにいるらしい」
「少なくとも技工課では見てないな」
斜め上を見ながらクラウスが眉間に皺寄せる。
「なんの指輪なのかその彼に聞いたらわかるかしらね」
「明日、行ったらそいつに聞いてきますよ。
あと他にその指輪を付けているやつがいないかも確認してきます」
ミレイの言葉にクラウスが軽く請け合った。
「お願いしてもいいかしら」
「もちろんです」
クラウスが嬉しそうに頷く。
「ありがとう、助かるわ」
「いえいえ。お役に立てるといいのですが」
クラウスは片手を縦にして軽く振りながら顔を赤らめた。
そんな様子のクラウスを見て琥珀が頬を膨らませてクラウスの隣にピッタリくっつくように座った。
それを見たミレイが目を細めてほほ笑んだ。
「私も研究棟で聞いてみなくちゃね。
それはそうとあの後探したんだけどグルードが捕まらなくて、
そっちでの件での話がちっとも進まなくて困るわ」
ミレイがため息をつきながら両手を空に広げた。
「今日にいたっては琥珀ちゃんの学舎の話が進んだくらいよね」
“それはそれでいいのだけど”と続けながら言う。
「グルードさんって…あの『研究棟の歩く』…あ、の人ですか?」
クラウスが何かに思い当たったようで私を見てからミレイの方を向く。
「そうだけど…クラウス君知ってるの?」
「あの人を知らない局の人はあまりいないと思いますよ」
苦笑いを浮かべてクラウスが言う。
「そうねぇ…確かに。それでグルードがどうかしたの?」
「あ、そうだった!さっきここに来るときその人が『大酒家亭』に入っていくのを見ましたよ」
クラウスが慌てて言う。
「ほんとに!?ありがとう!ちょっと今から行ってくるわ!」
ミレイは慌てて立ち上がるとそのまま扉を開けて出て行った。
「ヒューゴ」
私は隣にいるヒューゴに声を掛けた。
「なに?」
「グルード殿の二つ名は何なのだ?」
ヒューゴが片眉を上げた。
「二つ名?」
「この前から聞いている『研究棟の歩く…』の先がいつも聞けないから気になる」
ヒューゴが一瞬考えるような顔をして上を向いてから頷くと視線を下して私を見た。
「…うんとね『歩く女の人好き』だよ」
「女の人が好き?」
確かにグルードとあった時
『「馬鹿だなミレイ。
可愛い娘を見たら声を掛けるってのが礼儀だよ」』
と言ってた。
「確かに…女の人が好きなのだな」
「そうそう」
ヒューゴがにっこりと笑いながら言い、なぜか他の人から安堵したようなため息が聞こえた。




