3-18
「琥珀は今幾つなんだ?」
琥珀が忍び込んだという家を確認に行くため街を歩いているときにコーガが琥珀に聞いた。
「ばかか、おっさ…コーガ。なまえもわかんねぇオレがわかるわけねぇだろ」
小さい頃のミレイの服をもらって着ている琥珀は前に見たような街にいる子供という感じだった。
「そ、そうかすまん」
コーガが頭をかきながら琥珀に言う。
「べつにあやまんなくてもいいぜ、こまっちゃいねぇんだから」
琥珀が頭の後ろで手を組みながら言う。
「ここは貿易商の多い地域だな」
コーガが周囲を見渡して言う。
歩いている人はほとんど男女問わず大人ばかりで体格のいいコーガと小さな琥珀はなんだか違和感のある組み合わせになっていた。
私は帽子をかぶり商家の娘が良く着るという服を着ている…のだそうだ。
エディンが言っていたのでそうなんだろう。
今一つ違いが判らぬのだが街中で浮かなければ良いのでエディンに言われるまま着た。
「うーん」
私と同じことを思ったのかヒューゴも前を歩く二人を見て首を傾げた。
周囲の人もちらちらと横目で見ている。
「そうだ!」
隣にいたヒューゴが何かを思いついたようで前を歩く琥珀に駆け寄り耳打ちをする。
琥珀が眉間に皺をよせ顔をゆがませた。
「やってごらんよ」
ヒューゴがにこにこと笑いながら琥珀に言うと琥珀は不愉快いそうな顔をしてから急に作り笑いを浮かべコーガを見上げた。
「お兄ちゃん!おなかすいた!」
周囲に聞こえるようにコーガの服の裾を引っ張りながら言う。
言われたコーガもぎょっとした顔をしていたが周囲の視線に気づいて
「すまんな、用事が終わったらご飯食べような」
と琥珀に笑いかけた。
確かにこれなら年の離れた兄妹のように見える。
「えー、まだなの?」
「すまん、すまん、もうすぐだからな」
琥珀の迷・演技のおかげなのか周囲の人等の視線がこちらを向かなくなった。
「ここだ」
琥珀が小声でコーガに言う。
「なるほど」
屋敷自体はこの辺りにあるものとさして変わりはなかった。
「なにか私共にご用件でも?」
コーガが門のところで見ていると向こうから来た男がコーガに気づいたのか声を掛けた。
「あぁ、すいません。ラフェット商会に用事がありましてここでは…」
コーガがすらすらと嘘をつく。
「『ラフェット商会』でしたらこの先の十字路を右に入ったところですよ」
「ありがとうございます」
コーガが男に会釈をすると
「お兄ちゃん、早く行こうよ!」
と言いながら琥珀が服の端を引っ張った。
「それではお気をつけて」
男も軽くコーガに会釈すると門を開けて中に入っていった。
その男の手の辺りを琥珀がじっと見ていたのでつられて私も見た。
コーガが男が屋敷の中に入るのを確認してからその屋敷の隣にある『オルド貿易』という看板のところに入っていった。
それを見てヒューゴが私の手を引いて向かい側の店の扉を開けた。
「すいません」
ヒューゴが声を掛けると奥から店主らしき人が勘定台まで出てきた。
店主らしき人はヒューゴを不審そうにじろじろと見た。
「なんの用だい?」
ヒューゴは困った様子で軽く屈んで店主を上目遣いで見た。
「彼女が向かいのお屋敷のことで御伺いしたいことがあるって言うんでお尋ねしたんですが…」
「ん?どういうことだ?」
「彼女のお兄さんが、半年前から家に帰らなくなって僕に相談してきたんですよ。
で、先日街で見たのでついていくとあのお屋敷に入っていったんでさっきお屋敷の人らしい人に聞いたんですがそんな奴はいないって言われてしまって…」
ヒューゴもこういう演技ができるのだなと驚いた。
「なるほど…じゃ、見間違えなんじゃないか?」
店主はもう話はおしまいだとばかりに奥に戻ろうとしていた。
「お願いです!あのお屋敷のことで何かご存じでしたらお教えいただけませんか?!」
私は帽子を両手で持ち軽くつぶしながら店主の方に詰め寄った。
店主が驚いたようにその場で固まった。
「私…私…お、お兄様がなにかに巻き込まれたりしていないかと…心配で…」
そういいながら瞳を伏せてうつむく。
「あぁ、確かにあそこは代替わりしてから少し変だな」
店主が私の方を見ながら言った。
「どんな些細な事でもよろしいのでお教えいただけませんか?」
「兄さんが心配なんだな」
「はい…」
店主が頭をかきながら
「あそこは親父の代までは普通の貿易商だったんだが息子に変わったらもう親父の仕事はしないっていって職域からも抜けたはずなのに昼夜問わずに人が出入りしてんだよな…あんたの兄さんもその一人なんじゃないか?」
「お兄様…」
私は帽子を握りしめて軽く震えてみせた。
「心配だよな…あんたみたいな娘に心配させるなんてとんでもない兄貴だな」
「お兄様はお優しいから悪い方にどこかに連れていかれたりでもしていたら…」
口元に帽子を当てながら下を向き首を横に振りながら言う私に、店主が何かに思い当たったように片目に皺を寄せた。
「連れて行くっていえばこの前あそこの屋敷から何人も、どこかに馬車で連れてったってあそこの馬車屋が言ってたな…そんなかにあんたの兄さんがいたかもしれないな」
「それはどこですの?!」
また私は店主に詰め寄った。
「あの角の『エルトラット商店』だよ。そこに言って聞いてごらん」
「あ、ありがとうございます!早速お伺いいたします!本当にありがとうございました!」
私は何度も大きく頭を下げると
「兄さんみつかるといいな」
と店主が言ったので私は目元を拭いながら「はい!」といいながら大きく頷いた。
店の扉を閉めてから前を見ると丁度コーガたちも店から出てきたところだった。
「さっきのきんちゃんすごかったねー」
コーガたちのところに向かいながらヒューゴが感心したように言ってきた。
「色々分かったしー。きんちゃんすごい!」
「ヒューゴの手伝いができないかと思ってな…身近で兄上様がいるのがディリスだったのでディリスの真似をしてみたのだ」
ヒューゴが小さくポンと手を鳴らした。
「どっかで見たことある感じだなぁって思ってたけど…そういわれればあれ、たしかにディリスだぁ」
ヒューゴがあはははと笑いだした。
「とにかく、きんちゃん、よくできました!」
ヒューゴは私が手に持っていたを帽子の形を整えてかぶせながら私の顔を覗き込んでにっこりと笑った。
「とりあえず、妙な屋敷であるのは確かみたいだな」
と、屋敷に戻る道すがらコーガが言った。
あのあと『エルトラット商店』にも聞きに行ってみた。
琥珀は無言で眉間に皺を寄せて目を細めている。
「琥珀、何か気になることがあるのか?」
私が聞くと琥珀が親指と人差し指を顎に当てて首を傾けた。
「あの男のしてた指輪…オレのいたとこにもあれとおんなじ指輪してるヤツ何人か見たことあるぜ」
琥珀は背が小さいので男の指輪がはっきりと見えたようだった。
「オレのいたとこ?」
「ファリチェット通りだ」
コーガの問いに琥珀が答えるとコーガの眉が跳ね上がった。
「花街か」
「花街?」
さっきコーガはこの辺りを貿易商の多い地域だと言っていた。
ということは花を売る店が多くある地域のことなのだろうか。
「コーガ、琥珀とそっちで話してよ」
ヒューゴが慌てたように私とコーガの間に割って入ってきた。
「では花街にいる者にも話を聞いたらよいのではないか?」
同じ指輪を何人もがしているということは何らかの団体の可能性がある。
それと琥珀の言うところの彼女との関係性は不明だが。
「そうだな」
コーガが顎に手を当てながら頷く。
「そこに私も同行して良いか?」
「ダメー!!それは絶対ダメ!」
ヒューゴが急に私の手をつかんで自分の方に引き寄せた。
「?どうしてだ?」
私が聞くとコーガが上を向き頬を指で掻きながら
「そうだな、若い娘が行くとこではないな」
と、言った。
「そんな場所があるのか?」
私がコーガに聞くとヒューゴがコーガを睨んだ。
「とにかく、その話はディーとコーガでして!!」
「そうだな」
コーガの返事に私は疑問に思いヒューゴの方を向いた。
「どうして、ディーとコーガなのだ?」
ヒューゴは一瞬ひるんだような顔をしてから何かを思いついたのかにっこりと笑った。
「んとね、あの通りはね大人の男の人しか行かないところなんだ」
ヒューゴの答えに私は首を傾げた。
「随分と範囲の狭い客層なのだな…何が売っているのだ?」
「さぁ、僕も行ったことがないから分かんないや」
ヒューゴが言うのを聞いていた琥珀が
「なんだ知らないのか?そりゃ…もがっ!」
言いかけているところでコーガの大きな手で口をふさがれた。
「琥珀が話してる途中だぞ、コーガ」
口をふさがれた琥珀がヒューゴを見た途端、顔を下に向けた。
「それでなんなのだ?」
コーガが琥珀の口から手を離したので話を促した。
「いや、それじゃねぇみたいだから…いいや」
琥珀はやや青ざめた顔でそういった。
琥珀の勘違いだったらしい。
後でコーガかディーに聞けばわかるだろうか。
そう思っていると、
「琥珀、腹減ったろ、約束通り美味い飯食わせてやるからな」
コーガが身体を屈めて琥珀の頭に手を置いて言った。
「やったー」
ヒューゴが両手を上げた。
「え、俺、お前らにもおごるのか?」
ヒューゴがにやにやしながらコーガの側に行った。
「うれしいな!ねー、お兄ちゃん!」
コーガを見上げながらニコニコと笑いながらそう言うヒューゴにコーガが肩を落とした。