3-17
夜ということで明かりを幾つか用意して琥珀を先頭に西棟から城壁に向かって歩いていく。
傍から見たら何かの儀式にでも向かう怪しい一団のようだ。
侵入者捕獲の為ということでディーが手配して衛兵の人を西棟付近に配置してなくてよかった。
衛兵の人たちにこれを見られたら違う意味で捕まえられてしまうのは確実だ。
西棟前の庭園は野手の趣を残すということ構想で作られているらしく木立のように木が一見、無作為に植えてあるように見せている。
木々の合間を縫うように琥珀がすたすたと歩いていく。
「よく覚えているわね」
ミレイが迷いなく歩いていく琥珀に賞賛とも感想とも聞こえる言葉をかけた。
「ねーちゃんさがしてここらへんうろついたからな」
「なるほど」
コーガが納得したように言った。
「あそこんとこだ」
しばらく歩いていくと琥珀が木々の合間を指さした。
「うん?どこだ?」
コーガの言葉に琥珀が不機嫌そうな表情をした。
「おっさ…コーガ、見えんだろ」
琥珀が指さした先には膝から肩まで程の高さの小さな穴があった。
小さいといっても屈んで入れば抜けれそうな大きさではあった。
ただディーでは難しそうでましてやコーガなどは半身も入るまいという大きさだった。
「穴、開けているときに何か声を出してなかったか?」
私は琥珀に聞いた。
「なんもいってなかったけどな」
歌わずに糸を出せるのか、それとも違うものなのだろうか?
屋敷に戻ったらさっそく確認して見ようと思う。
そう思いながらその壁の穴に近づいた。
「きんちゃん!」
「ヴィ様!」
後ろから声が上がってヒューゴに手をつかまれた。
しかしその時には私の体半分はもう壁の向こうにいた。
ガルドの王城は平地に構えているので壁を出るとそこは通りの一角だった。
「いたた…」
声と服がこすれた音がしてヒューゴが砕けた石の欠片を頭につけながら私の後ろに立った。
「ひとりで動いちゃダメ」
ヒューゴが私を見てから頬を膨らませた。
「申し訳ない、つい体が動いてしまった」
ヒューゴに謝りながら私は周囲をぐるりと見渡した。
夜ということで確かに誰も歩いていない。
城壁だけあって高さは相当なものなので穴をあけるという手段でなら確かに侵入はしやすかっただろう。
もっとも、あの日は警備を意図的に薄くしていたからだが。
月明かりに照らされた彼女が開けた側の穴に手を当て触る。
糸の気配はわからない。というか糸を使ったとき痕跡は残るのだろうか。
これも検証案件だと思いながら穴をもう一度確認する。
城壁なので石を積み上げており石の幅分の奥行きがある。
穴の開き方も何カ所か放射状に罅を入れ弱くなったところの石が崩れたという感じだ。
私の糸の出方とは違う。
では糸を出したのではなく別の手段だったのだろうか。
「なるほど」
私はとりあえず納得したので戻るべく踵を返してふと思い返して、
「ヒューゴ、頭下げてじっとしていてくれないか」
と、ヒューゴに声を掛けた。
「ん?」
いわれるがまま頭を下げたヒューゴの髪に絡んだ小石を取った。
「きんちゃん、ありがと!」
先に私が穴を抜けると機嫌のよくなったヒューゴがまたざりざりという服が壁にこすれる音を立てながら後ろについてきた。
壁を抜けて顔を上げると目の前に目を吊り上げたエディンの顔があった。
「ヴィ様」
「とりあえず、ここはふさいでおこう」
ディーが言うとコーガとヒューゴが辺りを見回してた。
「また、ひとりで行動されるとは…」
エディンに睨まれながら言われる。
気圧された私は後ずさった。
エディンがそれについてくるように前に足を出す。
「こっちに大きな石があるよ」
ヒューゴがコーガに声を掛ける。
「とりあえず運んでみっか」
目の端に移るコーガとヒューゴがかなり大きい石を運んで壁の亀裂の前に置く。
「はは!どうだこれで琥珀も通れないだろ」
コーガが笑って琥珀に言う。
「だいたいヴィ様は…」
コーガ達の笑い声を聞きながら私は嵐が通り過ぎるのを待つように顔を下に向けたまま延々と続くエディンの説教を聞かされていた。
「ヴィ様!!」
午後の気持ちの良い風に吹かれて幹と枝の間でうつらうつらしていたら下からエディンの怒鳴る声が聞こえた。
「琥珀!ヴィ様になに変なこと教えてるんですか!」
私の少し上の枝で昆虫をつついて遊んでいる琥珀がびくりとした。
「変なコトなんて教えてねぇよ…木、のぼってただけじゃねぇか」
「これ以上ヴィ様を野生化させないでください」
『野生化』って…なんだか超巨大悪口を言われた。
「もうすぐコーガ様がいらっしゃるのですから出かける準備をしませんと」
目も髪の色も元に戻ったのでミレイの家の馬車で西棟を後にして琥珀、エディンと屋敷に戻った。
「よいしょ!」
屋敷に戻るなり伸ばし放題だった髪をエディンに切られてさっぱりとした様子の琥珀が掛け声をかけて木から飛び降りる。
しばらく歩いたところで
「うぁあ!」
と声を上げた。
「ヴィ!こんなとこに罠作んなよ!」
浅い穴に落ちた琥珀が落ちた状態のまま私に抗議した。
「申し訳ない。だがそれは罠ではないぞ」
そう、あの穴は罠で作った物でなく歌わずに糸が出るかどうかの実験の時に空いた穴なのだ。
仮説・実証・検証は大事だ。
歌わなくても、一応は糸が出せることはわかったが琥珀の体半分ほどの小さな穴しか開かなかった。石壁でも試してみたいところだが近辺に石壁があるのは王城位なので断念した。ここから得られた仮説は歌うことによって糸を出す力が増幅されているのではないかということだろうか。
「きんちゃんこんなとこにいたの?」
急に隣でヒューゴの声がして驚いて横を向いた。
ニコニコと笑ったヒューゴが私の隣の枝に座っていた。
「今度ここでお昼寝してもいいね」
風に髪をなびかせながらヒューゴが前を見ながら言う。
「んでも、今日はもうお出かけするから着替えてね」
そういうとヒューゴが私を片手で抱き上げて軽く飛び上がって木から下した。
「おい、早くしろよ!」
エディンに穴から引き揚げられた琥珀が私の方を見て怒鳴った。




