7話
しばらく歩くと分かれ道がありディーは迷うことなく右に向かった。
これから向かうゲラルドは小さな村のようでそこに向かう道はあまり整備されていない。
確かに地図の上でもか細い線が書かれているだけであった。
周囲も木立が影をつけ見通しが悪い。
「きんちゃん」
ヒューゴが私の前を遮り、細身剣を両手に持ったのを見てディーも抜刀した。
ディーの構えは良くみ知った構えだ。
やはり彼は訓練された者らしい。
「関係ない人みたいだよ。左に4人あっちに3人」
顔を向けずにヒューゴがディーに言う。
「野盗か」
ディーが舌打ちをして私の眼前に立つ。
ガサッ
バキッバキッ!
存在が発覚したのを察しのかたしげみの中から巻頭衣の男達が一斉に現れた。
ディーの剣が右後方の男達を一線する。
風圧で男達の体制が崩れた。
ディーの腕はいいようだった。
動きに無駄がない。
「きんちゃん!」
焦ったようなヒューゴの声に振り向くとヒューゴのないだ剣が浅かったのか
男の一人がたたらをふみながらこちらに手を伸ばす。
私は落とした腰をあげ、首の辺りを狙い横蹴りの振りで足裏が正面に当たるように蹴りを入れた。
パキッ
小さく音がして男が叫び声をあげた。
上手く鎖骨を折る事が出来たらしい。
首元を抑えもがいている男の顔の横にヒューゴの剣が刺さった。
「ディー!この人達どうするの?」
「すてておけ」
ディーの声にヒューゴが剣を戻した。
顔を上げると男達はすでに逃げたあとだった。
視線を感じそちらを向くとディーがまじまじと私を眺めていた。
「なんか印象と違うな」
呟くように言う。
私にどんな印象を持っていたのかはわからないが驚いているようだった。
誘拐等の可能性があるので体術はそれなりに教えられてはいる。
ただ、それは相手から逃げる為のものだ。
私はそれが好きだったので警備の者に教えを請うた。
しかし、実践したことはなかった。
なので、今回もたまたまうまくいったに過ぎないと思う。
私が何も言葉を返さないのでディーはそのまま前を向き歩きだした。
一日歩き日のくれる頃、ゲラルドの村につくとやはり、
ディーと同じような軽鎧を付けた男女が村の入口に立っていた。
背の高い男がディーに向かって片手を上げ肩に手の平をあて頭を下げた。
略式だが正式な礼だ。
ディーが軽く手を上げた。
2人はヒューゴの後ろにいる私に気がつき男の方は片眉をあげ、女の方は驚いた顔をした。
2人の顔に気付いたのかディーが笑いながら
「ヒューゴが連れて来ちまったんだよ」
と頭をかいた。
「私はミレイ。お名前を伺ってもいいのかしら」
私より頭一つ半程、背が高く栗色の長髪を一つにまとめたミレイと名乗った女性が膝を折って私に目線を合わせる。
右肩がやや上がっている。このような体型の者は見たことがある。
「ヴィだ」
ディーに使った名前を 名乗る。
「とりあえずこちらへ」
もうひとりの男がディーを促し古びた家屋に案内する。
家は民家のようだった。
ディーを促して椅子を勧めてから男が私に視線を向けた。
「挨拶が遅くなって申し訳ない。俺の事はコーガと呼んでくれ」
がっしりとした体躯で短くかりあげた黒髪に手をあてる。
背の丈はディーよりもやや高い。
私は見上げるように顔をあげた。
「ヴィだ」
目を見て名を告げるとコーガの口角が上がった。
「きんちゃん、こっちに座りなよ」
ヒューゴが私の手を引いてディーの座るテーブルから少し離れた椅子に誘う。
私は頭巾を外しそこに座るとヒューゴは椅子の背に手をついて私の真横に立った。
ミレイとコーガが私を見て、息を呑んだ後にため息をついた。
私を少年だと思っていたのだろう。
ディーは残りの2人がテーブルに着くと肘をついたまま軽く片手をあげた。
「まず、そちらの状況から聞こう」
コーガが振り向かずに目線だけを私に向けたのをディーが目で促す。
「ディールの方はなにも異変はなかった。がらくたも宝石も落ちていなかったしな」
コーガは頭をがしがしとかきながら言うのを聞いて、ディーとミレイが喉で笑った。
「ただ村で春先によく来ていた北の商人がこないと行っていた」
ディーの眉間に皺がよった。
「その商人はどこの出なんだ」
「ネファルかハルドらしいって言っていたわ」
ミレイがコーガの言葉を繋いだ。
「行かなけれわからないという事か」
ファデルはアデルを中心に見ると西にあたる。
私のいた森は西南だ。
ディールはガルド国の北西の辺りだ。
ディー達は別れて何方向からかアデルに向かうことにしたらしい。
ただ、大回りに向かっている。
なにかの調査を兼ねての行程らしい。
「こちらは待たせて申し訳なかった。詫びというわけではないが手土産を持ってきた」
ディーがヒューゴを見ながら荷袋から酒瓶を取り出した。
「ぼく達の方にはなんかきたよ。2人だったけど」
ヒューゴが私の横から言った。
「何処でだ」
ディーの声にヒューゴが顔を斜め上に向ける。
「ディーに会う前」
ディーがため息をついた。
「リデンの街の2つ前の村を出てすぐだから場所でいうとアーケンの街道の辺りだ」
私がヒューゴの補足をするとディーが私を見据えた。
「何故わかった?」
「地図上であれば場所の確定は容易だ」
「地図がわかるのか」
「一度見れば予測はつく」
ましてや自国領だ。
「ヴィは地図が読めるんだな」
当たり前の事を確認されたので頷いた。
ディーが両腕を組み天井を見上げた。
しばらくそのままの姿で固まるように動かなかったが、大きくため息を一つ付き
「まぁ、とりあえず、飯にするか」
両腿に手を打ち付けた。
「村長さんにお願いしてあるので取ってまいりますね」
ミレイが微笑みながら立ち上がると私とヒューゴの方をみた。
「ヴィちゃんも一緒に行きましょう。ヒューゴ、手伝ってちょうだい」
私は何をするのか良くわからなかったのとヴィちゃんと呼ばれた事に驚いてしばし唖然としていたがが
ミレイに目で促されるまま立ち上がりミレイの後に続いた。
ヴィちゃんと呼ばれると私自身の事のようで不思議な気持ちがした。
先程の家は村長の離れのようなとこだったらしい。
先程の家よりしっかりした造りの家の横についている木の扉ミレイが叩くと中からふっくらとした中年女性が顔を出した。
「お手数おかけいたしまして申し訳ありません」
ミレイが頭を下げると女性は「たいしたものしかなくてこちらこそ申し訳ないねぇ」とぱたぱたと手を左右にふると中に入るように促した。
中に入ると料理が大きなテーブルに山のようにのっていた。
「ヴィちゃん、これとこれを持ってね」
私はいわれるがままミレイの指す籠と皿を持ち上げた。
振り向くとヒューゴは器用に皿を5枚持っていた。
「ありがとうございます。後ほど片付けにまいります」
ミレイが会釈をして扉から出た。
「ヴィちゃんがものすごくかわいいからおばさんがびっくりしていたわ」
ミレイが笑いながら私の方を見て言った。
美しい、綺麗とはいつも言われていたがかわいいと言われたのは始めてだったので少し驚いた。
もっとも綺麗、美しいというのは服を着るときの枕言葉なので私自身自分の容姿を気に止めた事がない。
かわいいというのはどういう状況なのか良くわからず私は困惑したので黙る事にした。
「さっき頭巾を外した時にものすごい美少女だったからびっくりしたわよ!」
ミレイは今度はヒューゴの方を向いて
「ヒューゴ、ヴィちゃんとどうやって会ったの」
と聞いた。
「穴に落ちた時にきんちゃんに助けてもらってご飯食べさせてもらった」
言ってから首を傾げる。思い出そうとしているらしい。
ミレイは慣れているのかヒューゴの方を見ながら微笑んだ。
「それから道がわかんないって言ったらディーのところまで連れて来てくれたんだ」
「なんで連れてきちゃったの?」
ミレイがクスクスとおかしそうに笑いながらヒューゴに言った。
「だって、きんちゃん、悪い人に狙われてるんだよ!ぼくが守ってあげないと!」
「狙われたの?」
ミレイは私の方に視線を向けた。
「森の入口にいたよ」
ヒューゴが答えた。
ミレイがふーんと感想とも返事とも付かない声を出した。
「で、なんできんちゃんなの?」
ミレイは笑いを含んだ声でヒューゴに言う。
ヒューゴはにっこりと笑って
「だって、きんちゃんは金色でふわふわで可愛でしょ」
ミレイが目を丸くしてから私を改めてみた。
「そうね。私もきんちゃんって呼んでいい?」
ミレイが皿を持ったままの為、
不自然な傾きの体制で私に向かって首を傾げた。
「かまわないが」
ミレイは綺麗に微笑んだ。
「後はどんな話しをしたの?」
「う~ん、きんちゃんの国の昔話を教えてもらった」
「あら、私も聞きたいわ、きんちゃん教えてくれる?」
ミレイが優しく私に微笑む。
どこまで私の事をわかっているのだろう。些か不安になったがうなずいた。
離れに戻ると男2人はテーブルの上の地図から顔をあげ、
テーブルの上を片付けた。
「お、美味そうだな」
ディーが覗きこんだ。
普段よりは質素で森にいた時よりは豪勢な食事を食べた。
食事中、ミレイがヒューゴと私が会った場面の話をしたのでディーとコーガがヒューゴをからかいヒューゴは頬を膨らませそっぽをむいた。
人がこんなに近い席で雑多に食事をしたり周囲で話し声がする中で食べるのは始めてだったので些か驚いたが、その状態なのに何時にもまして食事が美味しいと思えたのにも驚いた。
多分、変な顔をしていたのだろうミレイが私の顔をじっと見てから
「きんちゃん疲れたの」
と聞くと、隣に座っていたヒューゴが慌てたそぶりで私の顔を覗き込み、
「きんちゃん、大丈夫?大丈夫?」
と目を大きくして不安そうに聞いてきた。
「大丈夫だ。ただ…」
「ただ…?」
「戸惑ってしまったようだ」
このような状態をなんと説明していいのかわからずそう口にした。
「それならいいんだ」
何がいいのか良くわからなかったがヒューゴはにっこりと笑って私の頭に手を置いた。
このような触れかたをされたこともないので更に困惑した。
「やっぱり、きんちゃんの髪、ふわふわで気持ちいい!」
外ではこのような交流が普通なのだろうか。
私はますます困惑した。
私は頭に手を置いているヒューゴを見てからコーガを見た。
「どうかしたのか?」
コーガが水を向けたので先ほどから気になっていた事を口にした。
「つかぬことをおうかがいするが、コーガ殿」
「コーガでいいぞ」
コーガは片手を軽く左右にゆらす。
「コーガは熊に変幻されるのか?」
コーガは飲んでいたお茶を盛大にふくと口をぬぐいながら私をひたりと見た。
「なんで熊、限定?!
ってか、変幻しねぇ!」
ミレイが目を見開いてから口に手を当てわらいだした。
ヒューゴは躰を二つに折ったまま苦しそうに笑っている。
ディーは机に突っ伏したまま肩を振るわせていた。
私はどうも皆が笑うような事を言ったらしい。
「どうしてそう思ったの?」
ミレイが切れ切れの息の合間から尋ねてきた。
「ヒューゴが人狼であるなら皆、そうであるのかと思ったので伺ったのだが」
「ならねぇし!熊じゃないし!」
コーガの抗議が更に笑いを誘ってしまっているようだった。
「コーガが怒るようなこと申し上げてしまったか。
それであれば失礼した。申し訳なく思う」
私がコーガに謝罪の意を伝えると横からミレイが、
「コーガは怒ってないわよ!
だって本当のことだもの!」
といい更に笑い出した。
私はどうしたらよいのかわからないので呆然と席に座っているほかなかった。
ただ、ヒューゴが人狼であることはこの集団の中では公然のことだとはいうことはわかった。
食事も終わり、ミレイと片付けた。
食器を帰しに行き扉を出たミレイに続き出ようとすると、台所に子供が不服そうな顔をして椅子に座っていた。
「まだ、眠くないよ」
不平をもらす子供の声に
「早く寝ないと[闇男]が来てさらわれるよ」
祖母らしきふくよかな年配女性が眉をよせて言った。
「[闇男]とはなんなのだ?」
私の声に女性はこちらに顔を向け目を見開いたがまた私から視線を外した。
「[闇男]は[闇男]だよ」
「それはどのような者なのだ?」
「知らないのかい?夜になるとうろつき廻って子供達をさらうんだよ」
老婦人は声を潜めた。
「見た事はあるのか」
老婦人は首を横に何度か振った。
「どのような話しなのか教えていただければありがたい」
老婦人は私と子供の顔を交互に見てから話し始めた。