表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/196

余話3 王宮院 技巧局 技工課 二期生 クラウス・マドル 試験勉強

 こんなことで、あの白墨を使うことになるとは。

俺は半目のまま隣に座るヒューゴを見た。

事の発端はやはりきんちゃんで、書庫で会ったときに

武局の進級試験(テスト)があり

ヒューゴがあまりにも勉強していないので

ミレイ先輩に怒られているという話を聞いた。

きんちゃんを迎えに来たヒューゴに聞くとその通りだという。

その通りじゃダメだろう。

しかも当のヒューゴに危機感がない。

原因は武局(しろつき)進級試験(テスト)が二回あるということだ。

多分こいつのような(あほ)が一回では受からないという事での救済処置かと思われる。

そして一回目をこの時期にやるのは武局(しろつき)は血の気の多いので、

競技会前の冷却期間(クールダウン)だろう。

で、その後ヒューゴに勉強を教えてほしいと直々にミレイ先輩からお願いされた。

ちょうど技工課(うち)も午前授業だったのでミレイ先輩のお願いということで

二つ返事で請け負った。

ミレイ先輩が気を使って俺に労働対価(バイト)代を出すといわれたのだが

それは流石にお断りして休憩時のお茶と夕食で手を打った。

というわけで今の状況だ。


「よそ見しない」


スパーン


いい音がして我が技工課で今はやりの蛇腹扇(はりせん)

ヒューゴの頭に炸裂する。

技工課(うち)だけあっていかに音は大きく、

打力(ダメージ)は小さくできるかということで

技工課(みんな)がもっか精力的に製作中の物だ。

ちなみに俺が今、手に持っているものは

『クラウス・特別極(ハイパースペシャル)三号』だ。

「ぼ~うりょく、はんたい~!」

両手で叩かれたところを抑えながら

ヒューゴが潤んだ目で上目使いで見てくる。

顔が可愛い造形なので精神破壊度が高い。

こいつのあざとさの恐ろしいとこは、

計算ではなく地の性格だということだ。

違う意味で恐ろしいやつ。

「殺気は暴力じゃないのかよ」

「だって、あれはついもれちゃうんだもん」

両手の拳を口の下あたりにつけて小首をかしげる。

殺気(あれ)をため息みたいに言うな」

ヒューゴの頭頂部に額を当てて板石の方に顔を向けさせる。

「うんなこと言ってないで早く問題を解け」

「う~」

ヒューゴの勉強を見ていて思ったのだが

ヒューゴは地頭は悪くないが集中力がない。

お菓子の匂いがすると扉の方を見るし、

窓の外に蝶がいれば目で追う…落ち着きがない。

ちなみに今いるところはきんちゃんちの客間だ。

なぜここになったかというとヒューゴが住んでいるのは

武局の寮で四人部屋ということでまずヒューゴにとって

勉強できる環境ではなく、

また書庫などだと静かすぎてヒューゴが寝てしまう。

ということできんちゃんがうちでやればいいのではと

場所の提供を申し出てくれた。

まぁ、きんちゃんがいればヒューゴは

逃げ出さないしということで場所を借りることにした。

「ほれ、あと三問」

「ううっ」

目じりに涙をためながら板石に白墨を強く押し付ける。

折れにくい白墨作っといてよかった…というべきなのだろうか。


こんこん


「クラウス、ヒューゴそろそろ休むか?」

柔らかく扉の叩かれる音がして扉の向こうからきんちゃんが声をかけてきた。

「ありがと、でももう少しやらせるから落ち着いたら声かけるね」

俺がそう返すときんちゃんが承知したと返す。

ヒューゴから冷気が俺の方に漂ってきた。


スパーン


「そんなもん出す暇があったら知力を出せ」

俺の『クラウス・特別極(ハイパースペシャル)三号』がヒューゴの頭に炸裂した。

「うぅぅ」

ヒューゴが頭を押さえながら俺を潤んだ目で見てくる。

「俺にデレてもダメ」

ヒューゴは鼻をすすりながら板石に向かった。


 「もうやだぁ」

きんちゃんちで夕食を食べながらヒューゴが駄々をこねる。

「勉強しないお前が悪いんだろ」

俺の返答に、

「いいんだもん、二回目で受かればいいんだから」

頬を膨らまし口を尖らせながらヒューゴが言う。

「んなのダメに決まってるだろ」

「もうやだぁ~。飽きちゃったよ~」

「ヒューゴ、明日は来ないのか?」

きんちゃんの言葉にヒューゴがはっとしたように目を大きくした。

「ううん!来るよ!来る!」

慌てた様子で力いっぱい首を左右横に振る。

「そうか、では明日(あす)のお茶菓子は何がいいか?」

「焼き菓子!甘いの!」

きんちゃんがにっこりと笑うと体を食卓(テーブル)に乗り出す勢いでヒューゴが言う。

「では、そうしよう」

「うん!!」

ちょろいなヒューゴ。

ほんときんちゃんとこにしといてよかった。


「寝るな!」


スパーン!


ヒューゴの頭に『(略)三号』を落とす。

「うにゅにゅ…う、

だって昨日、外で寝てたからあんまり寝れなかったんだもん」

「夜中に何してんだ!試験前くらいちゃんと寝ろ!」

ため息をつきながら、俺が言うと涙目で俺を見てくる。

「だってぇ~」

「だっても明後日もあるかバカもんが」

外に目がいかないように窓に布を張ったのは失敗の様だ。

「ほれ、ここまでやったらお菓子食べていいから」

「うにゅう」

ヒューゴが頭を片手で押さえながら返事ともつかない言葉を発しながら

一応板石にに顔を向けた。

俺はその様子を見てから、窓の布をはがす作業のために立ち上がった。


 窓から外が見えなければいいかと思った作戦が失敗し、

試しに中庭(そと)でやってみたがむしろダメ。

中庭はヒューゴ気を引くものだらけだった。

また客間に逆戻りだ。

「も~、クラウス、僕の事べしべし叩きすぎぃ」

夕食時、様子を見に来たミレイ先輩にヒューゴが文句を言い始める。

「お前が寝るからだろ」

「眠いの我慢できないもん」

ヒューゴがぷぅっと頬を膨らませる。

「ちょっとは我慢しろ」

「まるで、兄弟みたいね」

ミレイ先輩がくすくすと上品に笑った。

「こんなすぐぶつ兄ちゃんなんてヤダ」

ヒューゴが斜め上を向きながら言う。

「俺だって殺気飛ばしてくるような物騒な弟は嫌だね」

「だ~から~、あれはついもれちゃうんだよ~」

口からぷすぷすと音を鳴らしながら言い訳をする。

「漏らすなバカ」

俺の言葉にヒューゴが『う』と言いながら下を向く。

「ヒューゴ、楽しそうよ」

ミレイ先輩が笑いをこらえたように言うと

ヒューゴがプイっと横を向いた。

「楽しくなんてないもん。クラウス、すぐ怒るから」

「へーえ、俺だって、妹だけで手一杯だ」

俺の言葉にミレイ先輩が目を大きくした。

「あら、クラウス君には妹さんがいらっしゃるの?」

「あ、はい」

「おいくつなの?」

「俺の二つ下です」

俺は自分の妹を思い浮かべた。

「一度、連れていらっしゃい」

「あ、ありがとうございます」

ミレイ先輩の言葉に一瞬躊躇してしまった。

あれをここに連れてきたら…。

「クラウスもうお兄ちゃんなんだから

僕のお兄ちゃんにならなくてもいいんじゃん」

「俺だってお前みたいな弟は願い下げだな」

「むぅ」

俺がそう言うとヒューゴがなぜか拗ねた顔をした。

「ヒューゴはクラウスのことが気に入っているのだな」

きんちゃんの言葉にヒューゴがちらりと俺を見る。

「んなことないよ」

ヒューゴがプイっと横を向く。

「へぇ~、なら明日も可愛がってやるからな」

『(略)三号』をヒューゴにだけ見えるようにした。

ヒューゴが小さく首を竦めたので思わず笑いが漏れた。


 「クラウスのバカぁ、変なの連れてきてぇ」

ヒューゴが恨みがましく顔を上げて俺を見る。

「それについては否定はしない」

「う~」

すまん。こうなるとは思っていたんだ。

「初めまして、妹のアルディリス・マルドと申します。

ディリスとお呼びください」

きんちゃんにした挨拶の頭を上げるなり、

「はぁぁぁ~、素敵、素敵です」

と、顔を高揚させきんちゃんににじり寄る。

「こ、こちらに…」

きんちゃんが妹に気圧されるように後ろに下がりながら言う。

妹が俺の方をバッと音がしそうな勢いで振り返る。

「兄様、私、今、幸せですわ!」

そうだろうな。

「そんなことより、とにかくこの問題を解け」

妹に気力を抜かれた俺は客間でヒューゴの頭上から言った。

「解かないと、いつまでたってもお茶の時間にならないぞ」

「うぅ」

扉の向こうから妹のはしゃいだ声がする。

(あいつ)無類の美形好きなんだよな。

『歌舞局』に入ろうとしていま楽器の猛特訓をしているのだが、

理由は『歌舞局』は美形が多いって理由だもんな。

そんな(あいつ)がここに来たらそれはもう楽園(パラダイス)だろう。

きんちゃん美少女だし。

「ヴィお姉さま!素敵です!」

妹の声がする。

「菓子を作っているだけだが」

「最初のお菓子はぜひ私に!」

「順番はないと思うが」

困惑しているきんちゃんの声が聞こえる。

色々、すまん。

俺は誰ともなく心の中で謝った。

「とりあえず、これやる」

ヒューゴの気勢(テンション)が下がって問題に向かった。

人間(ひと)って、自分より高揚(テンション)の高い者を見ると下がるんだな。

ヒューゴがやる気になったのはいいのだが

理由が微妙すぎる。


「ご招待いただきありがとうございます!

ヴィお姉さまもミレイお姉さまもエディンちゃんも

麗しくて…至福のいたりです!」

夕食時にヒューゴの進展具合を心配したミレイ先輩が来たことで、

さらに妹の高揚(テンション)が高まった。

ぁあ、なんだろう今、全方向に謝りたくなった。

「楽しんでいただけているのならいいのだが」

きんちゃんが妹の勢いに押されるように答えた。

「はい!こんなにも美しい方達に囲まれる…なんという幸せ」

我が妹よ、後半はもうひとりごとだぞ。

「ふーん、よかったね」

ヒューゴが一日中妹にきんちゃんの傍を取られたせいで機嫌が悪い。

「ヒューゴ兄さまも素敵ですよ!もちろん!」

言い惜しみをしないところが妹の美点ではある。

そう言われて、ヒューゴが少し赤くなる。

「私は、好ましい事はきちんと言っておきたいので」

妹が口角を上げてきんちゃんを見る。

「私も好ましいと思っていただけたという事か?」

きんちゃんが首を傾げた。

「はい!ヴィお姉さまは美しいです」

「だが、それは私の表層に過ぎないのではないか?」

きんちゃんの問いに妹が大きな笑みを浮かべた。

「だとしても、それは事実なのですから讃えるべきものだと思います。

私は、自分に何かあった時に本当はそうだったのかと思われたくないので

いいと思った事はその場で伝えるようにしています」

きんちゃんが妹を見た。

「その考え方はとても良いな」

きんちゃんが妹を見て微笑んだ。

妹が声にならない声を上げた。

「妹ってみんな、あんな感じ?」

ヒューゴが小声で俺に言ってきた。

「個人差はあるだろうけどな」

俺はヒューゴに片目を閉じながら

「弟のが楽かもな」

というと

「ふ~ん」

ヒューゴがにやりと笑った。


「やった~受かった」

ヒューゴが試験結果の紙をひらひらとさせながら

きんちゃんの家の扉を開けた。

「すごいな、ヒューゴ」

きんちゃんが嬉しそうに笑う。

妹と、きんちゃんの思いついた新しい遊びのおかげで

ヒューゴの途切れがちな集中力が試験日まで何とか持った。

「今日の夕食は、私とエディンが準備するから

きんちゃんはやらなくていいわよ」

「ミレイお姉さま!お手伝いをさせてください!」

胸の前で両手を握り左右に振りながら妹がミレイ先輩を見上げて言う。

ミレイ先輩の言葉にやったーとヒューゴが返事をした。

「ねーねー、きんちゃん!この前の続きやろ!」

ご機嫌なヒューゴがきんちゃんの手を引いて中庭に向かう。

「クラウスも早く、早く!」

歩きながら振り向いてヒューゴが俺も呼ぶ。

「ヒューゴ、クラウスに教えてもらった

お礼を言ってないのではないか?」

手を引かれながらきんちゃんが言う。

「あ、そうだった」

ヒューゴが足を止めて俺の方を向いた。

「クラウス、教えてくれてありがとうございました」

きちんと腰を折ってお礼を言われたので面食らってしまった。

「ど、どういたしまして、

…まぁ暇な時ならまた教えてやるよ」

「ほんと!?じゃまた教えて!」

断られると思ったら喜ばれてしまった。

「あ、でも今日はこの前の続きを

クラウスにも見てほしいからまた今度ねー」

きんちゃんとヒューゴの新しい遊びに、

いつの間にか俺も頭数に組み込まれているらしい。

けど、あれを遊びというのは些か語弊があるかなぁ、

と思いながらすでにそれに向かって走っている二人の後を追いかけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ