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2-31話

 「ミューシェ!」

街に来た時、茶色い髪の男がミーシェに声をかけた。

「ディック様」

ミューシェの顔がいつもと違う喜びの顔になった。

「お出かけかい?」

からかうようにディック様と呼ばれた男が碧の瞳をミューシェに向けた。

「お仕えしているお嬢様と買い物に出ておりました」

そういわれてディックの目が初めて私に落とされた。

「ヴィと申します」

礼儀に従って簡素な礼をした。

「初めましてヴィお嬢様。僕のミューシェをよろしく頼みます」

碧色の片目を綺麗に閉じながら私に言った。

『僕のミューシェを』と言われて意味が分からず私は困惑した。

「ディック様!」

ミューシェが真っ赤になって下を向く。

このようなミューシェを見たのは初めてだった。

「ゆっくり楽しんでおいで」

笑いながらディックが手を振りながら離れて行った。

私はまだ顔の赤いミューシェを見ながらなぜだか不愉快な気分になった。

もっとも、その後フィル達と遊んだらすっかりそのようなことを忘れてしまった。


しかし、夜になりミューシェの顔を見ていたらなぜだかいら立ちを感じた。

「私が遊んでいるときにディック様と会っていたのか?」

髪を梳くミューシェに聞いた。

「お会いしておりませんわ」

鏡に映るミューシェがまた頬を赤く染めながら言う。

「私がいないのだから会えばよかったのだ」

自分でもなぜこのような物言いをするのかがわからない。

「やきもちを焼かれていらっしゃるのですか?」

ミューシェがクスリと笑った。

「やきもち?」

ミューシェが笑ったことで余計に腹が立った。

「自分と仲の良いものが他のものと仲良くしているときに起きる気持ちですよ」

それは初めて知る感情だ。

私はいら立ちよりもその知らない感情に興味が移った。

「ん、確かになんだかここのところがへんなかんじだ。今までにない感触だ」

私は腹の辺りを指さしながら言うとミューシェがふふっと小さく笑った。

「やきもちを焼いてくださるなんてうれしいですわ」

私のこのいらだった感情がミューシェにとってうれしいことだというのがよくわからなかった。

「私がそういう感情を持つとミューシェはうれしいのか?」

「ひめさまが私のことを好きでいてくださるということですから…それは嬉しいです」

ミューシェが頷きながら言う。

「ミューシェと同じ気持ちになってみたいが、

私にはミューシェ以外親しいものがおらぬからな」

ミューシェが私の頬に軽く手を当ててからそっと私を抱き寄せる。

「ひめさまが大きくなられたら私よりも大事な方ができて

きっと私がやきもちをやくことになりますわよ」

ミューシェがとてもきれいな笑顔で私に言った。

「そうだろうか」


 そうか、この時に私はファルト師と会っていたのか。

それを覚えていたファルト師が私の名前と姿を見て研究棟で反応をしたのだろう。

今、思うにあのような事をミューシェに言うということはミューシェと私の事を話すほど親密だった可能性が高い。

それにしても、記憶の中のファルト師は私が最近見知ったファルト師とはまるで違った。

そしてようやくミューシェの笑顔が私の絵冊子アルバムの中で浮かび上がった。

優しく切れ長の紫色の瞳。通った鼻筋。笑うとえくぼが浮かぶ口元。

風に流れる金色の髪。

私を抱き寄せてくれる腕。

頬にそっと当ててくれる手。

優しく私の髪をなでる指。

安心する胸の中。

私に優しく触れてそして消えてしまったから…。

そうか、優しく触れてくれる人

私を見つめてくれる顔がまた消えてしまうかもしれないという

気持ちだけは絵冊子アルバムが閉じられても残っていたのか。

だから優しい人の顔も覚えないように優しい手に触られないようにしていたのだ。

それをなくしてしまった時が痛すぎるから。


「きんちゃん何も悪くないじゃない」

ミューシェの最後を話した後、嗚咽を漏らすファルト師を後にして

屋敷いえに戻る間、そういいながらヒューゴがずっと憤ってた。

私もファルト師に話している時に思い出し息が苦しくなり、

小刻みに細かい息を繰り返していた。

そうしている私の手の上に手を重ねながら目に溜まった涙をヒューゴが舐めて

「あ、今は人間こっちだった」

耳元でそう言うと小さく舌を出しながら片目を閉じた。

ヒューゴの行為で落ち着いた私は一度大きく息を吸い、そして吐いた。

そのおかげで途切れることなく最後まで話すことができた。

「経緯はどうあれ私の軽率な行動が招いたことなので私の責任だ。

ただマーリアがなんであのような行動をしたのかはいまだにわからんのだが」

ヒューゴに答えながら私は首をひねった。

本当に、彼女はいったい何をしたかったのだろう。

「きんちゃん、人、信じすぎ」

ヒューゴが頬を膨らませ言う。

「そういえば、フィンとかっていう子達にそのあと会ったの?」

ヒューゴが不機嫌そうなままに急に聞いてきた。

「いや、あれから会ってないが」

記憶そのものがなかったので会いに行こうとさえ思わなかった。

そして今、私はガルドにいてフィル達がいたのはファデルだから

私がファデルに戻らない限り会うことはないだろう。

「それは思い出さなくてもいいのに」

「?」

ヒューゴが拗ねたようにつぶやいた。

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