2-30話
「今日は、散策をいたしませんか?」
とミューシェが私に声をかけた。
いままで散策というと屋敷の庭園をただ歩くだけの単調なものだったので私は躊躇した。
「とてもいいところをみつけましたのよ」
ミューシェが耳元に小さい声で言う。
ミューシェのいう『とてもいいところ』に興味を引かれて承諾した。
皆から見えるところの庭園はおとなしく歩いていたが先を歩くミューシェが小さい声で
「こちらですよ」
というので黙ってその後ろをついていった。
ついていったところは確かに建物の陰になっており
他の者の目が届いていないところのようで
整備されずに色々な草花が勝手に咲いていた。
ミューシェはそこにじかに座った。
私は驚いたがミューシェが手招きするので私も座ってみた。
足元から草のみずみずしい匂いがしてひんやりと冷たく気持ちが良かった。
ミューシェがそばにある花を摘んで手元で何かを作っていた。
「花冠ができましたわ」
花と草が輪になった物を私の頭にのせてほほ笑んだ。
「一時的に装飾するためにこれらをぬくのはどうかとおもう」
私がつぶやくとミューシェが片方の眉を上げた。
「それが本当のひめさまの話し方なのですね」
私が慌てて口に手を当てるとミューシェがその手を軽くつかんだ。
「二人だけの時はその話し方にいたしましょう」
紫の瞳が細くなった。
「アミューシェル、良いのか?」
「私のことはミューシェとお呼びください。
そのかわりそれ以外のところではきちんとお話しくださいね。
私が女官長様に怒られてしまいますから」
ミューシェが肩を竦めながらそう言うので思わず笑ってしまった。
「ところで近くに畑とかはないのか、
抜いてしまった草花は肥料になると本には書いてあったのだが」
私の言葉に今度はミューシェが笑い出した。
肩に重みを感じて顔だけを向けると目を閉じたヒューゴが私にもたれかかっていた。
ヒューゴの指は私の指に絡まるように握られていた。
私はなんだか安心してミューシェの話をつづけた。
「ヴイ様、眠れないのですか?」
ミューシェが砕けた口調で横向きに寝ている私の顔を笑いながら覗き込む。
「女官長が『巫女姫様である以上、他の者たちに尊敬されるような
立ち居振る舞いをされなければいけません』というのだ」
ミューシェが寝台に座り私の右頬に片手を当てる。
「私はそうしているつもりなのだが、
うまくいっていないようで女官長が悲しげな眼で私を見る」
ミューシェが左頬にも片手を添えた。
「どうすれば良いのか今考えていた」
私は顔を上げてミューシェの紫色の目を見つめるとミューシェが片方の肩を竦めた。
「いい子ですものね。ひめさまは」
比較対象がないのでいい子がどういうものかわからなかった。
「そうなのか」
「気づいていないのがひめさまのひめさまたる所以ですわね」
ミューシェがフフフっと含むような笑いをした。
「では、考えてお疲れの良い子のひめさまを私の美声で眠りに誘いますね」
「は?」
ミーシェが何を言ってるのかがわからずに私は口を開けた。
「最近、子守唄を伝授いたしましたのでここで披露いたします」
「え?」
ミューシェが寝台に座り横を向いた私の背中に手を当て耳元で歌いだした。
『ねむれ、ねむれ、よい子よ
ねんねの国は
月の向こうにあるお国
木に架かる月の向こう
泣くのはおよし
月の道がかすむから
星屑の橋をかけましょう
ねむれ、ねむれ、よい子よ』
腹が立つことに、何度も繰り返し歌われるその歌と
背中を軽くたたかれる拍子で
私は気持ちよくなってしまい夢うつつの状態になった。
「どのようなひめさまでも私はすきですよ」
夢とも現実ともつかない意識の中で
ミューシェの言葉だけが私の耳に聞こえた。
「ぐっぅ」
牢の中から押し殺すような声がした。
ガルドの子守唄だと歌舞局で聞いた。
それをファデルのミューシェが知っていたということは
たぶん、ファルト師が教えたのだろう。
ファルト師は聞いたのだろうか。
ミューシェの月の光のように見守り、夢を照らす歌声を。
ここまで話したところで夕刻を告げる鐘の音がした。
「明日もまいります」
牢の中からは何の返答もなかった。
私は立ち上がり牢に向かい頭を下げた。
屋敷の客間につくと疲れているのか姿勢を保って座ることがやや困難だった。
「お二階行こう」
ヒューゴが私の髪に手を入れながら目を見て言った後に軽々と私を抱き上げた。
「連れて行ってあげる」
ヒューゴは私を寝台に入れると寝台のわきに腰を掛けた。
「ヒューゴ、ありがとう」
私は髪を撫でているヒューゴの手を両手で持ってお礼を言った。
「うん」
ヒューゴが金色の目で私を見てからその目を細めた。




