5話
3日という道行が若干ずれて森を抜け、このまま街道を進めばリデンだ。
「リデンで誰か待っているのか」
「うん、ディーがいると思う」
「どこに」
リデンは地図でみるかぎり大きな町だ。待ち合わせ場所が特定できなければ待ち人と会えないのではないだろうか。
「うんとねぇ……『木馬てい』って書いてある」
直垂のポケットから紙片を出して読んでいる。
ヒューゴの国は識字率は高いようだがヒューゴが使いこなしていないようだ。
迷子札をいくつも持たされている。
「ここは何の店なのだ」
「さぁ、多分…食堂?」
疑問形なのがいまひとつ不安だが、ヒューゴと共に麓町にいたときにいろんな『店』というものがあり、それぞれ分類があることはわかった。
ヒューゴに頼み、持ってきたものを『換金』する事もでき、通貨も手に入れた。
ディーと言う人はわからなければ人に聞くようにヒューゴに言付けたということは『木馬てい』も人に聞けば辿り着け場所であるのだろう。
しかし、リデンはガルドとの国境の町でもあり私が出る事が出来るかという不安は残った。
私の顔が曇った事に気付いたのがヒューゴがにっこりと笑った。
「大丈夫!僕はずっときんちゃんと一緒にいるから」
むしろ不安が増した。
リデンの門は石造りで大層で重厚な作りだった。
門をくぐる前にヒューゴはポケットに手を入れて紙片を沢山出し始めた。
「これじゃないし、これも違うよね」
『通行証』
という文字を見つけ
「これではないのか?」
というとヒューゴがうれしそうに多分これだと呟いた。
しかし、私の通行証はない。どの様にするつもりなのか。
私が顎に手を当てていると、ヒューゴが軽く片目をつむった。
「きんちゃんはしゃべらないでね!」
ヒューゴが何を考えているのかわからなかったがとりあえず頷いた。
リデンの詰め所というところにはいろんな人が順番に並び『通行証』を見せていた。
ヒューゴも見せてから通ろうとして兵士らしき人に止められた。
「通行証がないな」
顎で私を指し示す。ヒューゴはにっこりと笑い
「うん」
その後、小さく兵士に耳打ちをした後に何かを兵士の手に握らせた。
兵士がニヤリと笑うとヒューゴの肩を叩いた。
「頑張れよ!青少年!」
ヒューゴは頷くと私の肩に手を回し詰め所を後にした。
しばらく歩いてから
「ほらね、上手くいったでしょ」
と笑った。
隣国に入ったという事は追ってから追跡が減ると言うことにほかならい。
ただ、罪悪感だけは増す。わかっている私は逃げているのだ。
「きんちゃん」
ヒューゴの声に顔をあげた。
「『木馬てい』ってどこだと思う?」
「私にはわからないが、わからなければ聞くように言われたと言ってなかったか」
何人かの人間に尋ねると店はすぐにわかった。
『木馬亭』は前に入った食堂よりも大きく人も更に多かった。
店の木の扉を開くなりヒューゴが左右を見回した。
「遅かったな」
後ろから声をかけられた。
ヒューゴと共に振り向くと逆光で顔が良くわからないが、長身で黒髪の男がヒューゴと私を見下ろしていた。
軽鎧に左側に長剣を下げている。
体躯はしっかりとしておりかといって筋肉がむき出しという感じでもない。
手の動きや足運びは護衛のもの達に似ている。
ヒューゴの知り合いであれば騎士なのだろうが格好は騎士のそれではない。
身分を隠して何をしているのだろうか。
「ヒューゴが待たせるからこの店の常連になっちまったぞ。まったく」
ヒューゴの頭をこずいてから私に視線を落とした。
「ディー、お腹すいたよ。きんちゃん一緒に食べよう」
ヒューゴは男の言葉を気にする事なくそういった。
話は食事が終わってからとヒューゴが強くいうので、話しができたのはディーと呼ばれる男がとった宿の一室だった。
「で、改めて、君は誰なんだい」
小さな部屋に通され頭にかぶっていたフードを外し勧められた椅子に座るとディーが走査するように
目だけで私の顔を上から下までまじまじと見てからまばたきをした後ため息をつきしばらく黙っていたが、
立ったまま机に手をつきながら聞いてきた。
「きんちゃんはここまで僕を連れてきてくれたんだよ」
私が答えるより早くヒューゴが答えた。
「私の名はヴィ。とりあえずここまでの道案内はすんだのでこれで失礼する」
あそこにいた時の名を使う訳にはいかないので幼少時の愛称を使ったが怪しまれてはいないらしい。
とにかく隣国に入ったからには早急に落ち着ける場所を探さなくてはならない。
「えー、ダメダメ!きんちゃんは悪い人に追われてるんだから一緒にいなくちゃダメだよ!」
立ち上がろうとした私の両肩をヒューゴがつかんで椅子にもどした。
以外にも力があるので些か驚いた。
悪い人というのは語弊があるかもしれない。彼らは彼らの必要で追ってきているのだから。
「しかし、ヒューゴ達は何らかの目的があっていずこかへむかっているのだろう?私がいては足手まといだ」
それに私事にこれ以上、他国の人間を巻き込む訳にはいかない。
「大丈夫、ぼくがきんちゃんを守るから」
根拠も理屈もない自信はどこからくるのだろうか。
「きんちゃんが一緒じゃなかったら行かない!」
駄々っ子のようにディーに向かっていう。
まるっきり話の展開からおいていかれたディーはなんともいえない顔をしてヒューゴを見てからため息をついた。
「俺の事はディーと呼んでもらえばいい。ヒューゴと違って俺は君の安全を保障するとはいえないがね」
ディーの方が多分、普通の反応なのだろうと私は思った。