2-23話
「お前、なぜここにいる!!」
馬で来たからなのだが。
会うなり怒鳴ってくる足音の主であろう茶色い髪の男とばったり会った。
この状況で私を知っているという事はたぶんファルト師だろう。
私はユーディアナ嬢を追ってきたので遭遇するのも必然かとも思うが、
その事情を知らないファルト師からすれば確かに疑問であるか。
「貴殿こそ、ユーディアナ嬢をどうするつもりなのか」
私の方もファルト師側の事情が疑問だったので聞いてみる。
「私はあの娘にミューシェが死んだ理由を聞きたいだけだ」
また、『ミューシェ』か。
「どういうことだ」
「あの娘は『ミューシェ』を知っているといった」
「『ミューシェ』とは誰なのだ」
死んだということは地名などではなく人名なのだろう。
「ミューシェ、アミューシェル・ファルエ」
ファルト師が苦々しく絞り出すように言う。
「お付き侍女の?」
その名前は十歳の時の侍女の名前だ。
しかしそういわれても彼女のこと名前以外思い出せない。
「やはり、お前なのか?!」
ガッツ!
音を立ててファルト師が飛び掛かるかのように私の両肩をつかんでを壁に押し付けた。
ファルト師に拘束された痛みより私の中での疑問が気になった。
私がいままで名前しか覚えていないなどということはあったか?
ファルト師の碧色の目が大きく見開かれ、
尚且つあの目つきで私を見ている中、私は自問した。
ヒュッツ!
風音と共に黒い塊が私に覆いかぶさっていたファルト師を引き離し組み伏せた。
「無事だ!」
「早くあちらに!」
「そっちに逃げたぞ!」
遠く主館跡辺りで声が上がるのが聞こえる。
ユーディアナ嬢が見つかったらしい。
ズドッツッッ!
体に響く振動がして石積みが崩れる音がした。
何かが崩壊する音と振動で足元が大きく揺らいだ。
私達のいるところから少し先の防衛城塔が音を立て崩れた。
別の場所からも同様の音がする。
ファデル師の指示犯はファデル師ごと私達をこの砦に埋めるつもりの様だ。
確かに今はディーの部下もいるので一人ひとり殺すわけにもいかないと
いうことなのだろうが雑なやり方ではある。
その分逃げようもあるので助かるといえば助かる。
ここから離れるためにフェルト師を組み伏せているヒューゴを見る。
ファルト師が自発的に歩いてくれないと私にはさすがに成人男性を引っ張って歩くほどの力はないしヒューゴが引きずっておとなしくしてくれるのならそうするのだが。
ヒューゴがファルト師の喉の上で口を開いているのにファルト師は私をあの目で見据えている。
そう思っていたら、今いる歩廊の屋根の崩落が思うより早く
私達のそばに大きな岩のかけらが飛んできていた。
山に張り付いた形なので完全な崩落とはならなそうだが
このままだと、ヒューゴやファルト師にあたってしまう。
「ヒューゴ!」
私はヒューゴにファルト師のことを目で頼み、
防御のために糸を出してみることにした。
『アデルの箱』が増幅器で精霊石の力を引き出していたとはいえ、あの時私の糸で人形を作くれるほどであったのだから増幅器が無い今でも自分の糸だけで中空に守るための布くらいは作れるはず。
歌いだすと私の糸が背中上空で広がった後、球体を作る。
考えていた形と違うものになり私は困惑したがこの球体では小さすぎる。
まだ足りない、広げなければ。
移動手段の危機なのだからもう少し働くがいい精霊石!
胸元の精霊石が熱くなった。
思いのほか私から糸が出て予想外の大きさになった。
そんなに大きくなられるのも私の気力・体力を考えると迷惑だ。
そう思う私の思考と関係なしに止まることなく糸が放出されていく。
制御できない。
力が引きずられていく。
頭上の私の糸が楕円形の物になり硬く光沢のあるものに変質していく。
やがて、半透明になり何かがうごめいているかのように脈動している。
しばらくすると先端が裂けて乾いた音を立て
金色の頭が中から持ち上がり白い腕がぬらりとした体を押し上げる。
腹部が何度も揺らされてずるりと体全体が出ると何かを探すように白い腕が動いて
掌を石壁に当てる。
頭の中でそれと同調しているかのように何かにひびが入る。
突然、頭が痛み体がぐらつくのを額に手を当て抑えた。
ナニを作り出してしまったのだ。
私と精霊石は。
それの背中の濡れたような翅が膨らむように大きくなり
金色の髪が空に広がり
金と紫の翅をもつ女性の姿が現れた 。
蝶は私たちの上で羽ばたくとがれきがその風で飛んでいく。
まるで私とファルト師を覆いかぶさり守っているように見える。
「ミューシェ…」
ファルド師が蝶に向かい私の知らない彼女を呼んだ。
「…の…ゕわいぃ…ㇶめさ…ま」
頭の中でひび割れていく何かの隙間からかすかに優しい声が聞こえる。
柔らかく温かい寝具にくるまれているような日向で差し込む日差しのような。
ドヅッツ
それの翅にがれきが当たり翅がゆがんだ。
それを見た瞬間、私の血の気が下がり手足が冷たくなった。
「いゃぁぁぁ!!ミューシェ!!」
私の口が考えてもいない言葉を叫んだ。
「どういうことだ?!」
ファルト師の怒鳴る声がする。
頭の中で何かがはじけたように一瞬真っ白になった後、
一斉に頭の中で音がばらばらに鳴り
頭の中にある糸から作られた肌に似た光沢をもつ殻が
ひび割れて破れ砕けていくのが分かった。
「ァグッ…」
体に力が入らなくなり膝が崩れ目の前がかすむ。
この忙しいときに、なんということだ。
そこに現れていた蝶は私の意識がかすむのと連動しているかのように
糸がほどけるように端の方から空に溶け込んでいく。
「ミューシェェェ!!」
ファルト師の悲鳴のような叫び声が聞こえる。
私の上半身が床に倒れる直前にファルド師から離れて駆け寄ってきた、
ヒューゴが背中でそれを支え
そのまま背に乗せたようで顔にしなやかな毛並みが当たった。
「きんちゃん!」
「奴を拘束しろ!」
女性の心配そうな声と命じる声、複数の足音が聞こえた。
「…ゥ」
頭の痛みによる声が漏れて目の前が真っ暗になった。
ペリッ
暗闇の中で散らばる光沢のある破片の中から赤く染まった絵冊子が
現れて濡れた音を立てて開き始めた。




