4話
パチッ
薪に火種がうつり弾ける音がした。
ヒューゴの予想通り野宿となってしまい星空の下やや開けた山の中腹に肩を並べて座っていた。
「ねぇねぇ、この国って、『精霊の巫女姫』ってお姫様が沢山いるってほんと?」
ヒューゴは火をみながら私に問い掛けた。
火がヒューゴの面を揺らめきながら照らす。
「そうだが」
ヒューゴの言う、この国とは、私のいたグルミの森をゆうするファデル国の事だろう。
ファデル国は北にガルド国、南東にロンダキア国、西にハーウェル国に囲まれた小国だ。
ヒューゴの聞いてきた[精霊の巫女]は正確には13人、内、本当の精霊の巫女は多分9人だ。
ヒューゴにとってはは10以上の数は沢山になるのだろうか。
パチッ
再び、たき火の枝が弾けた。
「その人たちってファデルの宝石って言われてるんでしょ?
うんとキレイな人達なんだろうなー」
宝石の意味は2通りある。私は自分の胸元に手を置いた。
「きんちゃんは見た事ある?」
「いや、ない」
日が落ちる時間にヒューゴはてぎわよく火を起こしていた。
あの小屋に付いてからしばらく上手く火を起こす事ができなかった私はヒューゴの手元を注視した。
書物で読むのと実践の違いを一番痛感したのは火をおこすという事だったからだ。
「『精霊の巫女』って何するのかな?」
たき火の枝を組終えて、パンパンと音をたて手をはたきながら小首を傾げた。
「神託を受けたり、世界の平和を祈る者とは言われているようだ」
「平和かぁ……みんな幸せっていう事?」
ヒューゴの言ってる事は概ね間違ってはいないだろう。
「祈るだけでできるなんてスゴイ人達なんだね」
巫女というのであればそうあらねばならない。
そう言いながらヒューゴは持っていた布袋の中から板状のものと
小さな杯を出した。
「はい、きんちゃん」
杯と板状の物を渡されて私が途方にくれているとヒューゴは皮袋から杯に水を注いでくれた。
考えるに板状の物は携帯食料なのだろう。
旅人は常備していると文献にあった。
だが、見るのは初めてでありどのように食べるのかは不明だ。
ヒューゴを見ていると同じような物を小さくかじって口の中で溶かしている。
「きんちゃん食べないの?」
こういうの嫌い?と聞きながら覗き込んでくる。
私は首を横に振るとヒューゴのように小さくかじってみた。
咀嚼すると塩味が強いが口の中で繊維がほぐれ肉の味が広がった。
なるほど塩づけにした肉を乾燥させたもののようだ。
携帯食料を眺めながら食べていると更に硬く焼いたパンを渡された。
「こんなものしかなくてごめんね」
ヒューゴがすまなそうにいうのでそのようなことはないという意で首を振る。
実際、珍しいものが食べられたので私はむしろ喜んでいた。
「ねぇねぇ、きんちゃん、なんかお話してよ、きんちゃんの国ではどんなお話があるの?」
ヒューゴは食べ終わると退屈したらしくまるで小さな侍女のように話をねだってくる。
「話……」
私は、ヒューゴでもわかりそうな昔話というものを思いだそうとしてしばし考えた。
「ヒューゴはこの世界の始めというのはどのようなものといわれてるか聞いた事あるか?」
私が顔を向けると、ヒューゴが両目を上に向けて考えような仕種を見せた。
「なんか、聞かされたような気もするけど…覚えてないな~どんなんだっけ?」
私は繰り返し教えられた神殿で歌う神聖歌を思い出したがここで歌う訳にはいかないので、
小さな侍女に言うように噛んで含めるように言った。
「昔々、世界は鳥の世界も獣の世界も人の世界も木の世界も空の世界、海の世界、
精霊の世界も地の世界、魚の世界、虫の世界、幾つもの世界が交わる事なく
ただ何もない闇の中をゆらゆらとたゆとうていました。
あるとき、精霊の世界で精霊がたわむれに星を作りました。
その星はまばゆく美しく輝くので精霊はたゆとう闇を照らす事ができたならどんなにか美しいものだろうと思い、
星々をたゆとうう闇の中に投げ入れました。
星々は闇の中で輝き他の世界を光で貫いたので貫かれた世界が綻びました。
精霊は、星を紡ぐ乙女とともに綻びを結びつけたので世界は混じりあい、今のような世界になりました。
紡がれた世界は星のまばゆい光によって栄え
世界は星を紡いだ精霊を仰ぎ、奉りました。』」
「ヒューゴも知っていると思うが」
「う~ん、覚えてないや。かあさんが言ってた気もするけど…
ファデルの巫女姫様達はその精霊の子孫なの?」
ヒューゴは小首をかしげた。
「そのように言われている」
私が答えるとヒューゴはふぅ~んと言いながら空を見て
「でも世界が混じった後、その星はどこに行ったんだろうね」
と、言った。
ヒューゴに言われてそういえば考えた事なかった事に気がつく。
神話を考察するという事はなかった。機会があれば再考してみようと思った。
「紡いだ時に砕けたかけらは地に落ちたというが、残りの星は今でもたゆとう闇の中で輝いているのかもしれないな」
私も木々の間から見える、本当の星々を見上げながら言った。
「きんちゃんってなんでも知ってるんだね」
欠伸をしながらヒューゴが笑った。
「きんちゃん、寝ても大丈夫だよ。森にいる分にはぼくがいるかぎり大丈夫だから」
確かに、森にヒューゴが入った時に気配が変わった。
動物達も捕食者の存在を感知したのだろう。いつになく静かだ。
動物達は姿形にはこだわらない。
騙されるのは人間だけだ。
「ありがとう」
礼を言うと何故かヒューゴの顔が赤くなった。
静かになったと思ったらいつのまにかヒューゴは狼の姿になり私を巻き込むようにしてしなだれた。
私もヒューゴの背を撫でながらもたれ掛かった。
ヒューゴの身体は暖かく毛並みは艶やかで気持ちがよかった。