2-5話
天候晴れ。
月があの位置。
気温はと、温度計を見る。
歌は第二章。
現代語と古代語両方で歌う。
どの歌と糸の動きが反応しあうのか。
グルミの森にいるときはとりあえず神殿での祭事の時もともと『地』の位置に立っていたので親和性があるだろうと思い地に向かって糸を出してみた。
実験内容は神殿の外で糸を出せるかということと、どこまでの範囲に糸をつむげるかという実験。
実験は途中ではあたったが色々手ごたえはあった。
今はクラウスに報告書というものを見せてもらい、厳密に常に同じ条件とは言えないがあの方式で比較検証していくとどういう答えが出るのかを確かめようとしていた。
とりあえず、大まかであるが検証してみてその後範囲分けをしてさらに検証していこうと考えた。
標本が自分だけというのは心もとないが現状では致し方ない。
幸い、記載しなくとも覚えていられるので検証の状況を覚えるべく最初に言ってから始める。
昨晩は、屋内で同じくらいの時刻にやってみた。
日中は外出していることが多いのでどうしても、実験をするのが遅い時間になってしまう。
情報が集まったら日中でもやってみようと思う。
などと考えながら中庭に立っていると、右側の茂みから音がした。
視線を向けると茂みの中から金色の瞳が月を映していた。
「ヒューゴ」
声をかけるとヒューゴは顎を下げたまま左右を見てから
静かに狼の体を茂みから出した。
私を見てから足に絡みつくように歩くのでその横をつくように歩いた。
散歩がしたかったようだ。
しばらく歩いて中庭の池の縁石に腰を掛けるとヒューゴが頭を膝に乗せ持たれてきたのでその毛並みを撫でた。
ヒューゴを撫でているとこのまま一緒に眠りたくなる。
ヒューゴの顔が持ち上がり金色の目がじっと私を見つめてまた膝に戻った。
ヒューゴの金色の目を見つめたときに私は何かを忘れてる気がして顔を上げた。
「クゥゥン」
ヒューゴが小さい声で鳴いた。
撫でていた手が止まていたので鳴いたようだった。
改めて、ヒューゴを撫でていると気持ちがいいのか金色の瞳を伏せた。
「ヴィ様!」
急に後ろから声をかけられ私の背中が弾んだ。
ヒューゴを見るとヒューゴの背中の毛も逆立っていた。
狼姿形でも驚くとこうなるのだと感心した。
それにしても、ヒューゴが人の気配に気づかないのは珍しい。
「ヴィ様!」
振り向かなかったので業を煮やしたのか再度声をかけられた。
振り向くと池の向こう側に影のように誰か立っていた。
影の頭の左右両端が大きな耳が垂れているように見える。
私のことを『ヴィ様』と呼ぶのは…。
「え…」
「エディンです」
いつの間にか正面に回ってきたエディンが言う。
「このような夜更けにどうされましたか」
急にエディンが現れたせいかヒューゴがそのまま固まったように動かない。
エディンが私の膝の上のヒューゴに目を落とした。
「そちらは?」
「これはヒ…」
言いかけるとヒューゴが私の服の裾を引いた。
「こ、これはひ、日増しに懐いているものだ」
慌てて言ったので妙な文章になってしまった。
ヒューゴが膝から頭を外し私の横にきちんと座った。
「大きな犬ですね。飼い犬ですか」
犬と言われてヒューゴが気色ばんだ。
「飼い犬ではない」
「では、野良犬ですか」
エディンの青い目がさらに吊り上がる。
「『野良犬』?」
「飼われていない街中をうろつく犬です」
ヒューゴを見るとプイッと横を向いた。
「うろついてはいないが自由な者という点ではあっているな」
犬ではないしな、と付け加えるとエディンはそこは聞こえなかったようだ。
ヒューゴの頭が腕にもたれかかりそこを何度かこすった。
「随分と懐いているようですね。名でもお与えになりましたか」
なぜだか勝ち誇ったように両腕を組んでヒューゴを見ているエディンを見ていたら、一矢報いたいと子供のように思ってしまった。
「名か…」
『いぬっころ』の『ころ』はなんだか語感が丸い感じでいい』
「『コロ』だ」
ヒューゴの顔が驚いたように私を見た。
「名を与えているのだから中庭に自由に出入りしていてもよかろう?」
ヒューゴの頭がまた私の腕にもたれた。
エディンがなぜかため息を大きくつきながら、
「でしたら、『コロ』とやらヴィ様はもう床に就く時間なのですから、お前はお前の場所に行きなさい」
手を下で振って追い払うような仕草をした。
「クゥン」
ヒューゴは一度鳴いてから顔を私の顔に軽く擦り付け茂みの中へと歩みを進めた。
「さぁ!ヴィ様、きちんとお休みになってください」
エディンが両手を腰に当てて私を見下ろした。
私は今夜の検証をあきらめた。




